色々な意味でルルーシュにとってイレギュラーだらけだった『リフレイン』の事件ではあったが、今のところ一段落して特派を含めてトウキョウ租界の政庁内は平穏無事の様相を呈していた。
確かに、あの一連の事件に中華連邦が絡んでいた事もあって、現在、本国では水面下の外交戦略が飛び交っているようではあるが…
とりあえず、現在、ブリタニアにとって中華連邦との国家交渉の上で要となるエリア11は重要拠点と云う事もあり、エリア11内に対する警戒も当然しているが、エリア11を取り巻く他国への警戒にも目を光らせるようになっている。
そこで、ブリタニア本国からはナイトオブラウンズが3名、赴任してきた。
ナイトオブスリー…ジノ=ヴァインベルグ、ナイトオブシックス…アーニャ=アールストレイム、ナイトオブテン…ルキアーノ=ブラッドリー…
この度エリア11に赴任してきた3名のナイトオブラウンズだった。
「ルルーシュ…この間の『リフレイン』の件で随分凄い顔ぶれが日本に来たな…」
先ほど、ラウンズ3名が総督であるルルーシュへの挨拶を終えたところだった。
「まぁ…中華連邦はブリタニアとしても無視出来ない程の大国だし、確かに国力そのものはブリタニアの方が上だが…あの、『神虎』のようなナイトメアの開発までしていた事を知ってしまっては…仕方ないだろう…」
3人のラウンズの案内役にはジェレミアとライが回っている。
「どの道、これからも中華連邦からは目を放せないって事だよな…。澤崎たちも…結局利用されていただけみたいだったし…」
『リフレイン』の事件の時、首謀者として捕らえた、スザクもよく知る人物たちからは驚くほど何も出て来なかった。
「そうだな…だから余計にあそこで食い止められて良かったと思うよ…私も…」
「確かに…。そう言えばルルーシュ…お前、中華連邦からも見合い写真が来ているんだって?」
どこでそんなネタを拾ってきたのかは知らないが…スザクが何も考えていないかのようにそんなセリフを吐いた。
その時点で、ルルーシュはピタッと歩みをとめた。
「スザク…頼む…。見合いの話しはなしにしてくれないか?誰かがそれを私の前で口にすると…不吉な予感がするんだ…」
顔を引き攣らせているルルーシュにスザクは不思議そうな視線を送る。
確かに、以前、執事長に泣きつかれていた事もあったが…ここまで顔を引き攣らせるほど恐れていたようには見えなかったが…
と云うか、執事長の話を完全に受け流していた…と云う印象だったが…
「ルルーシュ?一体どうしたんだ?顔色が悪いぞ…?」
スザクも一応、ルルーシュの騎士であると云う自覚はある。
だから、自分の主の異変に気づいて、そんな風に声をかけた時…
「あああ!やっと見つけた!ルルーシュ!観念して大人しくお縄を頂戴しなさぁい!」
背後から聞こえてきた、多分、自分たちと同じくらいか、やや年上くらいの女の声だ…
しかし…ルルーシュに対してこんな呼び方をするなんて…
「スザク…逃げるぞ…」
「は?」
「いいから…」
そう言って、ルルーシュはスザクの手を引っ張り走り出すが…
「ふっ…相変わらず甘いわね…ルルーシュ…この私に見つかって逃げ切れるとでも思っているのかしら?咲世子さん!お願い!」
「お任せ下さい…ミレイさま…」
顔も見ずに走り出したのだが…すぐに目の前にふわりと…メイド服のスカートが翻しながらルルーシュとスザクの目の前に立ちはだかる一人のメイドが立っていた。
「ルルーシュ殿下とその騎士、枢木スザクさまとお見受けいたします。ミレイさまの命により、拘束させて頂きます…」
と云うが早いか、どこから出したかは知らないが、錘のついた投げ縄が彼らを捕らえた。
「え?なんで俺まで?」
殆どとばっちりに近いスザクがそう叫ぶ。
そして、咲世子が素早く二人まとめて縄をぐるぐる巻きにして拘束する。
お陰でルルーシュとスザクは背中合わせに縛りあげられている形となっている。
「咲世子さん…どうもありがとう…」
そう云いながらミレイは咲世子に引き立てられている二人の元へと近づき、ルルーシュの前に跪いた。
「ご無沙汰しております…ルルーシュ殿下…。私、ミレイ=アッシュフォードは本日付で執事長助手を任される事となりました…。宜しくお願いします…」
スザクはこの女性の行動のギャップはいったい何なのだろうかと頭がくらくらしてきた。
と云うか、この咲世子と呼ばれた女性の動きにも度肝を抜かれる。
「おまえくらいだぞ…私に対してこんな事を平然とやってのけられる輩は…」
「褒め言葉と取らせて頂きます…」
ミレイは立ち上がりながらルルーシュに対してにっこりと笑いかける。
同時にルルーシュの顔は目尻がひくひくと引き攣っているのだが…
「ごめんねぇ…執事長に泣きつかれちゃって…私もやだったんだけどさぁ…」
ルルーシュはそんなミレイを見て更に顔を引き攣らせて
「言っている事と顔が一致してないぞ!単純に楽しんでいるだけだろうが!お前は!」
ルルーシュが力いっぱい怒鳴りつけるとミレイは悪戯っぽく笑う。
「あ、やっぱり解る?それに…殿下の信頼を射止めたって云う騎士様にも会ってみたかったし…」
そう云いながら、ミレイはスザクの方へと回った。
スザクとしては目の前にいる女性がいったい何者なのか…そもそも皇族に対してこんな傍若無人を働けるこの人物の正体を知りたかった。
「へぇ…君が枢木卿かぁ…。私はミレイ=アッシュフォード…。ルルーシュ殿下のヴィ家の後見をしているアッシュフォード家の娘で…当主、ルーベン=アッシュフォードの孫にあたります…。どうそよろしく…」
「あ…枢木スザクです…。宜しく…」
スザクもつられてミレイに自己紹介する。
二人はそのまま執事長の元へと連行されていった。
「執事長…ルルーシュ殿下をお連れしました…」
扉を開いて二人まとめて縛りあげた二人を執事長の前に差し出した。
「で…殿下…これはいったい…」
この姿に驚いのは執事長であった。
相手は皇族とその専任騎士…
下手をすれば、ルルーシュをここに連れて来るように指示した執事長まで不敬罪に問われかねない。
「早くこの縄を解いてくれ…」
頗る不機嫌な声でルルーシュが命じる。
執事長も慌ててルルーシュとスザクを拘束している縄を解いた。
「も…申し訳ございません…殿下…」
実行犯二人は結構涼しい顔をしているが、執事長は真っ青になって床に額をこすりつけている。
「……別にかまわん…。それに、ミレイの気配に気づかなかったスザクや私にも責任はある…」
縛られて固定状態だった腕に血液が回るようにルルーシュが腕を振りながらそう告げる。
「執事長…私、ちゃんと云いましたよ?枢木卿の人間離れした運動能力を聞いていたから…多少手荒になりますよ…って…。大体、咲世子さんでさえ、彼の警戒オーラであんな強硬手段しか打てなかったんですから…」
「バカモノ!だからと云ってここまでやるなんて…」
「しかし…枢木さまのの闘気…一歩間違えれば私とミレイさまの方が捕獲されておりましたが…」
咲世子が申し訳ありません…と付け足しながらそう告げる。
この状況…一体何の話かは察しが付くのだが…
「で、ここまで強硬手段を講じて私を呼びだしたのには理由があるのだろう?」
ルルーシュが気を取り直して執事長に尋ねる。
尤も、返ってくる答えは既に解りきっているのだが…
「もちろん…殿下の婚約者選びをして頂く為にございます…」
ルルーシュはあからさまに『やっぱりか…』と云う顔をする。
そのルルーシュの表情にミレイが気がついた。
「なぁに?ルルーシュって…女に興味がない人?」
いちいち気に障るのだが…過去を振り返ってみても、ミレイのペースに乗せられたらまず、逃げ道がない。
どう云う訳か…ブリタニアにいた頃から、ミレイにだけは勝てた例がないのだ。
「だから…私には婚約者など…。大体、私がシュナイゼル宰相閣下の下で成果を上げるまでは誰も見向きもしなかったくせに!」
ルルーシュもこの話からはとにかく逃れたいので、逃げ道を探すのに必死だ。
大体、母、マリアンヌが生きていた頃だって、貴族も数少ない後見であるアッシュフォード家とヴァインベルグ家以外の人間は基本的に見向きもしなかったヴィ家だ。
「なぁに?じゃあ、私と結婚する?」
いつものミレイの冗談だとは解ってはいるのだが…
それでもその一言は強烈である。
―――この女の夫になったら…絶対に苦労する…
過去のミレイのルルーシュへの仕打ちを考えると身震いさえする。
「イヤ…エンリョスル…」
ルルーシュの冷汗だらだらで青ざめている顔を見てミレイは…
「あらぁ…残念…」
自分が遊ぶ為の獲物を逃したと云う…そんな表情でルルーシュに告げた。
そんなルルーシュとミレイのやり取りに…
「まぁ、アッシュフォードの戯言はさておきまして…。彼女を妻としたくなければ今、ここにある1205名の求婚者の写真くらいは目を通して下さい…。10名の正室候補はこちらで、後、側室は好きなだけお選びください…」
スザクは山のように積み上げられた見合い写真に呆然とする。
皇位継承順位がそれほど高くなくても、次期皇帝の最有力候補のシュナイゼルの片腕と云う肩書があるだけで、これだけの貴族やら他国の王族やらが求婚してくるのだ。
中には世界的大企業の社長令嬢までいる。
「まったく…私はまだそんな年じゃないって云うのに…」
ぶつぶつ云いながらルルーシュは正室候補の写真から開いて行く。
正室候補と云うだけあって、相手は王族であったり、国家元首の娘だったりと…肩書も相当なものだ。
その中から、ルルーシュははっとさせられる写真を見つける。
「これは…」
ルルーシュは驚いて執事長に声をかけてきた。
ルルーシュの手には2冊の見合い写真のアルバムがある。
一つは…『キョウト六家』の代表である皇神楽耶の写真…
もう一つは…
「ああ…最後に送られてきた、中華連邦からのものですね…。まだ、9歳だと云うのに…」
年齢の部分でいえば、ルルーシュだって普通の少年たちから見れば、ある意味気の毒なのだが…
「ん?誰の写真なんだ?」
「中華連邦の…お飾りの国家元首の少女だ…」
覗き込んできたスザクにルルーシュが答えた。
確かに、『リフレイン』の件でブリタニアと中華連邦の間には亀裂が生じているが…
それを承知でルルーシュに対して正室候補として資料を送ってきたと云う事なのだろうか…
というより、ブリタニア本国が何を考えているかが良く解らない。
「その件に関しましては、ブリタニア本国からも報告が入っております。あの、『神虎』と云うナイトメアのパイロットは、元々、この少女に対して忠誠を誓っていたそうなのです。それ故に、ブリタニアとの交渉には邪魔だった…。中華連邦の大宦官たちは元々、ブリタニアへ領土の一部割譲と、この少女と、最初は第一皇子殿下、オデュッセウス殿下との婚姻を求めていたそうですが…」
執事長の言葉にルルーシュもスザクも…そしてその場に残っていたミレイや咲世子も驚きの表情を隠せなかった。
「それって…」
「国を売るっていう事じゃないですか…」
ミレイとスザクが驚きと怒りを込めて言葉を口にした。
ルルーシュも顔に怒りを表しているが、それでも、他国の問題であり、ブリタニアの中枢に関わる者がその事を口にしたら内政干渉として、これまた国際問題となる。
「枢木卿、アッシュフォード…これは中華連邦の問題…。我々が口出ししてよい事ではない。それに、あの事件の後故に、第一皇子殿下への求婚を持ちかけて来なかっただけまだ、思慮があると云うもの…」
執事長が二人の怒りをばっさりと切り捨てた。
ルルーシュは黙ったままその写真に目をやっていたが…その目に、幼い少女の姿を映しているかどうか解らない。
「殿下…とりあえず、この中から正室候補と側室候補を何人かお選びください。いずれ、このエリアにお招きして、直接会って頂き、そしてご決断頂きますゆえ…」
その一言を残し、執事長は部屋を出て行った。
「ルルーシュ!」
元首相の息子で…ある程度の政治の事に関しては把握している筈のスザクでも、この事に関しては怒りを抑えられなかったらしい。
ミレイも身体を震わせた状態でルルーシュを見つめている。
「スザク…ミレイ…これが政治と云うものだ…」
ルルーシュの浮かない表情を見て入るが…
それでも、彼らにはそれを『政治』という言葉で片付ける事が出来なかった。
「でも!これじゃあ…」
「私の力で何とか出来るならとうに何とかしている…。ただ、今回は…中華連邦としてもブリタニアに対して敵対の意識はないと示したいのだろう…。噂によると、中華連邦の大宦官たちにはブリタニアの『公爵位』が与えられるそうだ…」
「それじゃあ…中華連邦は…」
「事実上、ブリタニアの植民エリアとなる訳だな…。誰が総督になるのかは知らないが…」
ルルーシュはその写真のアルバムをぱたんと閉じて、次の写真を開き始める。
ルルーシュ自身、理解はしているが、納得できている訳じゃない。
ナナリーだって…いつそのような形で国の為に利用されるか解ったものじゃない。
皇族として生まれたからには当然…と云われてしまえばそれまでだが…
それでも、ルルーシュ自身に力があれば出来るだけそのようなことから遠ざけてやる事が出来る…
だからこそ、ルルーシュは地位を求めた。
こんな形で見合い話が欲しくて手柄を立ててきた訳じゃない。
オデュッセウスの次に選ばれたのがルルーシュでよかったかもしれない…。
皇族と云う事だけでえらいと勘違いしているような皇子の元へ送られてはあまりに気の毒だ。
しかし、ルルーシュ自身、この幼い少女と婚約する気はない…。
ルルーシュが彼女を選ばなければ、他の候補者に回されるだけだ。
ルルーシュの次ともなれば…それなりに身分の高い貴族の家へ…という事になるか…
その場で全員が静まり返っているところへ…
「でぇんか…今度、うちにあの『神虎』と云う中華連邦のナイトメアを引き取る事になりましたぁ…。そのご報告に…あれ…?」
ロイドが明るく入ってきた。
しかし、ロイドの言葉の中に…僅かばかりの光を見たような気がした。
「ロイド…あの、『神虎』を特派で引き取るって事は…デヴァイサーは?」
ルルーシュが顔をあげて、尋ねると…
「当面はあの、パイロットを使わせてくれるそうですよぉ…。あの機体…相当厄介で、他のところでは10m歩かせるのも大変だったそうですからぁ…。あ、当然、常に監視役がつきますけれどね…」
ルルーシュは少しだけ救われる気がしてはぁ…と大きく息を吐いた。
「解った…。後で、詳細を資料にまとめてくれ…」
「はぁ〜〜〜い…♪で、何かあったんですか?」
この場にいる全員がどんよりしていた為にロイドが尋ねて来るのだが…
「否…お前の報告のお陰で、少し光が見えてきたところだ…。有難う…」
「???いえ…どういたしまして…」
訳解らないロイドをよそに…その場の空気が少しだけ和んでいた。
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