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皇子とレジスタンス



真実の姿

 執務室で今回の戦闘に関する書類整理が一通り終わり、ルルーシュはほぅ…と息をついた。
寒気がするし、めまいもする。
―――また…か…
ルルーシュがもうじき一通りの仕事が終わる…と云った時にライまで追いだした理由はそこにある。
スザクに関しては半分以上がスザクの事を案じてのものだったし、よい口実が出来たと思ったのだが…
ライに関しては、ライの方から切り出してくれなければ、地方にある租界の視察にでも行かせていただろう。
そして、ジェレミアに直接繋がる通信機のボタンを押す。
そのボタンを押して、すぐにジェレミアが駆けつけてきた。
「殿下…また…」
「済まない…ジェレミア…」
「そんなことより…失礼いたします…」
そう言って、ルルーシュを抱きあげ、執務室から出ようとした時…
「ルルーシュ!」
勢い良く入ってきたのは…スザクだった…
ルルーシュの様子がおかしい事は一目瞭然で…
「ジェレミア卿…一体何が…」
スザクが慌てて二人の元へ駆け寄ってくる。
「枢木…お前…何故…」
「そんなことより…なんだよ…その顔色…凄い熱じゃないか…」
スザクがルルーシュの額に手を触れて驚いた表情を見せる。
「……」
余程辛いのか…それ以上の言葉が出て来ない。
「とにかく…後で事情を説明してやるから…お前は殿下を寝室へ…。私は医師を呼んでくる…」
そう言ってジェレミアがルルーシュをスザクに渡し、その場を出て行った。
スザクも、その身体から発している熱を感じて、慌ててルルーシュを寝室へと運ぶ。
ルルーシュをベッドに寝かせて、きっちりと着こまれているスーツを緩めてやり、クローゼットの中から、ルルーシュの寝巻を出してやって、着替えさせる。
そして、間もなく、ジェレミアが医師を連れて入ってきた。
医師がルルーシュの診察を始めた。
その医師がまず発した言葉が…
「相変わらずですね…。無理して戦闘での陣頭指揮に当たられる事もないでしょうに…」
恐らく古くからルルーシュの事を知る医師なのだろう。
その医師はやれやれと云った表情を見せた。
そして、水分補給のための点滴をその細い腕につなげた。
「あの点滴が終わったら、こちらのものと交換して下さい。目が覚めたら、一度、身体を拭いて、着替えさせてやって下さい…」
「解った…いつもすまない…」
「いえ…殿下はまだお若い…。本当は…こう言う時に支えになれる者がいれば…よろしいのですが…」
その医師はジェレミアにこの後に必要なものを渡して、出て行った。
スザクは彼らの会話の中で、さりげなく鏤められたルルーシュの姿に…驚いた表情を見せた。
「これが…世間に『黒の死神』と揶揄される殿下の真実の姿だ…」
ジェレミアがスザクの方に向き直ってそう告げた。
スザクはその言葉に更に驚きの表情を見せる。

 ルルーシュが眠っているベッドの傍らに置いてある椅子に腰かけ、ルルーシュをじっと見つめる。
「殿下は…ああ言った、一方的な作戦を立て、実行した後はいつもこうなる…。他の者達が迷惑にならないようにとの気遣いだろう…。殿下のやるべき仕事すべてを…終えてから…な…」
ジェレミアが医師から渡された点滴薬や、薬品の説明書をチェックしながら口を開いた。
「いつも…?でも…ルルーシュは常にそう言った過酷な戦場を…」
「ああ…ルルーシュ殿下は血が苦手だ…。母君が殺された時、その姿を見つけられたのは殿下だった…。その光景は…本当に…血の海のようだったのだ…」
ジェレミアの言葉にスザクは言葉も出なくなる。
確かに…ルルーシュの武勲は様々な形で世界に流れている。
だからこそ、敵対する国々は彼の事を『黒の死神』と呼ぶのだろう。
凄惨な戦場を生み出し、そして、多くの犠牲を出す…。
しかし、その為に味方の兵士たちが救われていると云う一説もあるのだ。
確かに…敵であれば悪魔と云う立場になるのは至極当然だ。
「では…何故あのような任務を?ルルーシュなら…他に出来る事がいくらでも…」
この日本がエリア11となり、暫定的に配置された総督の頃にはとにかく、テロが勃発していたし、イレヴンと呼ばれるようになった日本人の生活も困窮していた。
たった半年ではあったが、あの時、日本人全てが将来を悲観し、絶望していた。
ブリタニア人による横暴は何でも許されていた。
日本人に対してなら何をしても構わないという風潮だった。
たった半年で日本人が絶望し、ブリタニア人に対して憎悪や嫌悪を抱くには充分すぎる状態だった。
だから、スザクだってレジスタンスグループを作った。
ブリタニアと戦争をして勝てる見込みがない事は充分解っていたし、あの戦いの中でのブリタニアの軍人たちの振る舞いは…確かに戦争の中での出来事とは言え、あまりに凄惨過ぎた。
そして…日本と云う名前の国は消え、エリア11となり、日本人と云う民族が消え、イレヴンと呼ばれるようになった。
そんな絶望の中、世界に名を轟かせる神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル=エル=ブリタニアがこよなく愛し、その片腕と言われる異母弟皇子であるルルーシュがこのエリア11の総督に就任した。
それまでの経緯があるから、最初は当然のように日本人は反発した。
テロ活動も盛んだった。
しかし…スザクはルルーシュの姿勢に心打たれた。
凄い奴だと思った。
だから…ルルーシュから差し出されたその手を取った。
最初の内は色々言われたが…やはり、ルルーシュの施した政策は決して日本人をしいたげるものではない事を知った日本人たちの中で彼を支持する者が続出した。
しかし…日本人の中にもいろんな奴がいて…ルルーシュを陥れようとする輩が存在した。
そして、ルルーシュはそう言う輩に対し怒りを抱き、討ち取った…
「それは…ルルーシュ様が望んだ事だ…。シュナイゼル殿下も最初は反対されていた。ルルーシュ様がシュナイゼル殿下の軍に入ると決意したのは…マリアンヌ様が暗殺された時…まだ、10歳だったからな…」

 ジェレミアの言葉にスザクは驚きを隠せない。
「な…なんで…そんな…」
愚問である事は解っている。
ブリタニアの国の姿勢とはそういうものだ。
強ければ生きる事が出来るが、弱ければ殺されても文句は言えない。
「マリアンヌ様は庶民の出だ…。大きな後見もない。マリアンヌ様個人に注がれる信頼もお子様たちだけではそれは…意味のなさない事だ。ルルーシュ様はそれをよく理解されていた。だから…必死になって…自分の心を殺してでも…ナナリー様をお守りするべく、ご自身で決められた事…。私にもっと、力があれば…」
ジェレミアが口惜しそうにそう口にするが…あの無人島でルルーシュがスザクに対して叫んでいた…
『なんだと!何も知らないくせに!解った風な事を言うな!皇族とは言っても、母が庶民出で、強力な後見もない!その母を亡くした皇子と皇女が生きていく為には私自身に力が必要なんだ!それが、周囲から見てどんなに不可解な事であったとしてもな!それでも…僕は…』
あの言葉は…本当は…誰かに助けて欲しかったのかもしれない…
スザクはそんな風に思う。
皮肉な事に、ルルーシュにはその能力があった。
それこそ、大人が驚愕するほどの実力を持って生れていた。
「ジェレミア卿…俺…以前、ルルーシュと一緒に無人島に飛ばされたのはご存知ですよね?」
スザクがいきなり話を切り出し、驚いた顔を見せたがジェレミアは黙って頷いた。
「あの時…ルルーシュ…『総督』としての顔じゃなくて、『皇子』としての顔でもなくて…多分…ただの『ルルーシュ』だったんだと思うんです…。確かに『総督』『皇子』としてのルルーシュって凄い奴だけど…ただの『ルルーシュ』は…本当に…ただの15歳の…俺と同じようなガキでした…」
スザクの言い回しにジェレミアは顔をしかめるが…それでも、目の前の騎士がルルーシュの事を理解していると…そんな風に思えるから黙っている。
「俺が、『ルルーシュ』って呼んだ事…凄く喜んで…。あの時、ジェレミア卿に見つかる前、ブリタニア軍が近付いている事を察知して、俺を逃がそうしたとき…こう言ってくれました。『礼だ…私を『ルルーシュ』と呼んでくれた事への…』と…。相当、肩肘張っているんだなって思いました…。たまには…息抜く時間をあげて下さい…」
「ならば…お前は殿下の元を離れるな!」
ジェレミアがぴしゃりと云った。
そして、穏やかな声でこう続ける。
「殿下は変わられた…貴様を騎士としてから…。貴様と一緒にいるときの殿下の御顔は…本当に心穏やかなのだろう…。殿下はこのエリア11を離れる事になった時には本当に貴様を解任する気でいるがな…」
「俺も…そんな風に言われていますが…」
「しかし…殿下にとって、貴様とライは必要な存在だ…。幼少の頃よりお仕えしている私には解る…。すぐにご自身の事を後回しにしようとされる悪い癖は…そろそろ直して頂きたいものだがな…」
はぁ…とため息をつくジェレミアを見て、スザクが何かを思いついたように口を開いた。
「ジェレミア卿…ライは?ライは今どこに?」

 スザクの言葉にジェレミアは驚いたような顔をするが…
「今、ルルーシュ様のご命令で…休暇を…」
「なら、呼び戻して下さい…」
「しかし…ルルーシュ様はライに対して休暇中は政庁への出入りを禁じると…」
「なら、好都合です!ライだって、ルルーシュのこの状態を知れば飛んできますから…」
スザクが何を思い立ったのかは知らないが…ジェレミアはとりあえず、スザクの言う事に従ってみる事にした。
確かに、ルルーシュとは年が離れているジェレミアよりも、彼らの方が…ルルーシュには必要なのかもしれないと…心の中で悔しいと思いながらもそう思ってしまったから…
そして、ジェレミアからの連絡を受けてライが予想を裏切らず飛んできた。
「これで、二人とも命令違反です…。つまり、俺たち二人は…命令よりもルルーシュ個人に対して重きを置いている…と云う事になりませんか?ジェレミア卿…」
ライ自身には話が見えていないが…ただ、ルルーシュがこれまで、自分たちに黙って無理をしていた事を知り、ショックを受けていた事は確実で…
スザクの言葉に強く頷いた。
「おまえたちは…本当に若さが羨ましいな…と云うより、あまりの馬鹿さ加減に笑えてくる…」
ジェレミアがその一言を残し、部屋を出て行った。
「ジェレミア卿だって…そんな年じゃないだろうに…」
スザクがぼそっと呟いた。
そして、奥の寝室で点滴を打ったまま浅い息を繰り返すルルーシュの元へと向かった。
「ここにあるのが…ルルーシュ殿下に投与する点滴薬ですね?」
「ああ…多分…。俺、そう言うのはよく解らないから…。ライは…解るのか?」
「まぁ、基本的な事は…。時間が来ればこの輸液ポンプが知らせてくれますね…。その時に代えればいいようです。後は…」
ライが説明を読みながら一通りの説明をする。
「なぁ…ライ…まだ、俺を疑っているか?」
ライがシュナイゼルの命を受けて、スザクを見張っている事は薄々気づいていた。
確かに、元々旧日本の首相の息子で、レジスタンスのリーダーだったスザクに対して疑いの目を持つのは至極当然だと思う。
「いきなり何を…」
「おまえ…ずっと俺の事疑っていたからさ…。俺、実は、ルルーシュの命令破って帰ってきたんだよ…。コーネリア殿下から聞いて、ジェレミア卿の話を聞いて…この命令違反は間違っていないと思ってる…心の底から…。俺は…ルルーシュ個人を守りたいと…今はそう思っているよ…」
「そうですか…結局…僕はあなたを排除しきれないんですね…。ずっと、その日が来るのを待っていたのに…」
ライは熱で苦しそうな息をしているルルーシュを見ながらそう告げた。
その目は…なんとなく、切ないような色をしていたような気がしたのは…多分、気の所為ではないと思った…

 その後、3日ほど高熱の状態が続いて、ルルーシュは眠った状態だったが…
「……ん…」
流石に徹夜続きでスザクもライもうたた寝してしまっていたのか…ルルーシュの睫毛が動いた事に気づいていなかった。
ルルーシュが目を開いて、周囲を確認しようとするが…なかなか目の焦点があってこない。
―――そうか…私は…また…
ルルーシュは戦闘の事務処理をすべて終わらせた時に倒れた事を思い出す。
ちょうど、スザクをユーフェミア達に預け、ライには休暇命令を出した直後だった…
しかし、目の焦点が合ってきて、周囲を確認すると…
いない筈の自分の騎士たちがそこで、うたた寝しているではないか…
「…な…なんで…」
当然ながら寝起きの頭ではこの場の状況把握は出来る訳もなく…
いつもなら、その日の日付やどのくらい眠っていたかなどを気にするのだが…
「お…おい…お前たち…そんなところで眠っていたら…風邪をひくぞ…」
ルルーシュはふらつく頭を押さえながら起き上り、ベッドのふちに突っ伏して眠っている二人の肩を揺らして起こす。
「ん…あ…ごめん…眠ってた…」
「僕も…つい…」
二人はそんな事を言いながら、お互い以外の人間に起こされた事に気づいた。
「おまえたち…ここで一体何をしている!」
「ル…ルルーシュ…目が覚めたんだな…」
「殿下…熱は…?」
なんだか微妙にかみ合っていない会話…
しかし、スザクもライも目を覚まして、上半身を起こしているルルーシュを見てほっとして、そして、その場に座り込んだ。
どうやら、緊張状態から解放されて、力が抜けたらしい。
「おまえたち!なんでここにいる!枢木!お前は異母姉上達と一緒に…ライ!お前には3日の休暇の間政庁への出入りは禁じた筈だ!」
「そんな命令…聞けなかったんだよ…。どうせ、一人で無理すると解っていたからな…俺たちの仕えている皇子様は…」
「殿下…申し訳ありません…。でも、ジェレミア卿からの連絡を受けて…ご命令に背きました…」
スザクは勿論、ライも口では謝っているが…全然反省する気も謝罪する気もないのは明白だ。
「おまえたち…私の命令をなんだと思っている!」
「我々は確かにルルーシュ殿下の騎士ですが…いえ、騎士だからこそ、殿下をお守りする為に命令違反をも犯す覚悟があります。今回の事…お叱りはきちんとお受けします。ですが、殿下も…我々を騎士とするのであれば…こう言う事の一つや二つ、起こりうる事を御覚悟下さい…」
ライにまでこんな事を言われるとは夢にも思わず、ルルーシュ自身、どこに怒りをぶつけるべきか解らなくなっている。
「ルルーシュ…コーネリア殿下も心配されていた…。ジェレミア卿も…。だから、もう…一人で何でもかんでも背負い込むな…俺たちはその為の騎士でもあるんじゃないのか?」
スザクの言葉に…何と答えていいか解らない…
こんな事を言われたのは初めてで…
ただ…目から頬を伝う温かいものだけははっきりと感じていた…

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