>

皇子とレジスタンス



約束

 ルルーシュが倒れて1週間が経ち、漸く、ルルーシュが公務に復帰できるようになった。
「異母姉上…折角訪問頂いたのに…申し訳ありませんでした…」
ルルーシュが倒れた事を知り、コーネリア達がすぐに引き返してきた。
そして、ルルーシュが床に伏せっている間、コーネリアがルルーシュに代わり、政務をこなしていた。
「まぁ、お前がこうなる事は予想していたからな…。総督になって…更に気苦労が増える事となった訳だが…」
「いえ…それは私が未熟故で…」
ルルーシュが伏せ目がちに小さくそう告げようとするとコーネリアがすぐさまその言葉を遮る。
「おまえ…私と一体幾つ年が離れていると思っている?流石に今の私と同じ年になってもこんな事が続いていたら情けない事だが…お前は…よくやっている…」
戦場では、鬼のような指揮官となるコーネリアだが…こうした時の情は非常に深く、また、コーネリア自身、ルルーシュの母、マリアンヌに大きな憧れを抱いていた事もあって、母は違うが、ルルーシュとナナリーの事を大切に思っている。
「ありがとうございます…又、枢木の非礼…どうぞお許し下さい…」
スザクは命令に背いて、コーネリア達を放り出して政庁へ戻ってきたのだ。
本来なら厳罰に問われても仕方ないところだが…
「まぁ、枢木も、ユフィとナナリーに散々遊ばれて懲りただろう…。それに免じて不問にしてやる…」
コーネリアはユーフェミアがスザクに対して嫉妬していて、ナナリーを抱き込んで色々とスザクに対するいびりを考えていたらしいが…コーネリアが見せた、ルルーシュの姿を見て、その足でトウキョウ租界に帰ってきてしまったのだ。
そして、少し予定を早めてコーネリア達もトウキョウ租界に帰ってきて…ルルーシュが倒れた事を知らされた。
ユーフェミアもナナリーも居ても立っても居られない…と云う様子だったが…恐らく、コーネリアを含めて、彼女たちにそんな姿を見られたくはない…ルルーシュはそう思う事をコーネリアは十分に承知していた。
それは…彼女自身、同じ戦場に立ち、ルルーシュが倒れる姿を見てきていた。
そして、ルルーシュのプライドの高さは知っている。
それでも…ルルーシュにとって、そうやって、誰にも見られたくない…そう言った自分の姿を見せても大丈夫な…そんな人間が表れた事をコーネリアは素直に喜んだ。
これまで、ブリタニアの王宮の中では、皇帝の血を引くものの、母親が平民出身で、王宮の現実を目の当たりにするたびに…ルルーシュの瞳には、他人に対する疑心暗鬼の色が滲んでいた。
その度に…ルルーシュは自分の周囲から人を遠ざけようとした。
ユーフェミアやナナリーはともかく、シュナイゼルやコーネリアでさえ、ルルーシュが自分の事を『僕』と云ったのを最後に見たのは…恐らく、マリアンヌが殺されてしまう前だ…
―――ユフィが枢木に対して嫉妬する気持ちも解らなくはないな…
ユーフェミアにしてみれば、ルルーシュは異母兄と云うカテゴリーを超えているように見えるのだ。
ユーフェミアの願いは何でもかなえてやりたいと考えるコーネリアも…流石にこればかりは何ともできない事だ。
―――枢木…悪いが、ユフィの嫁いびりはお前に任せるぞ…

 ルルーシュはコーネリアからここまでの政務の進み具合などを聞き、仕事を引き継いだ。
「異母姉上…そろそろ異母兄上から頂いた休暇は終わる頃でしょう?申し訳ありませんでした…私の所為で…折角のお休みを…」
「否、お前の様子も解ったし、じっとしている方が辛いからな…。本当なら、あの時のテロリスト退治にも参加したかったがな…。休暇として来ていたから…。今度来るときは、そう言った時にも備えてくるよ…」
コーネリアは真面目にそう答えたのだが…
「異母姉上…もう、そんな事はありません。と云うより、私にも心強い騎士がいますから…。そのような心配は御無用に…」
ルルーシュがコーネリアのそんな言葉を受け入れて、そうして欲しいなどと云う事はないとは解っていた。
しかし…
ルルーシュの口から、『心強い騎士』などと云う言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。
エリア11に来て…ルルーシュは変わったと思う。
確かに、まだ15歳の子供だ…。
時間が経つにつれて変わっていくのは解るが…こちらに来てからの変化は…劇的に見えるのは…恐らく、コーネリアの気の所為ではないと思われる。
「そうか…。お前と再び同じ戦場で戦える事も…暫くはなさそうだな…。今のこのエリアを見ていれば…それがよく解るよ…」
「ありがとうございます…。しかし、私だけではとてもこうはいかなかったでしょう…。ここで、多くの事を学びました…。エリア11の総督を任せて下さった事…心から感謝いたします…。異母姉上にも…シュナイゼル異母兄上にも…」
ルルーシュはそう言ってコーネリアに頭を下げた。
「ああ…シュナイゼル宰相に…そう伝えよう…。『あなたの最も愛する異母弟はあなたに感謝していたと…。そして、このエリアに来て成長していた…』と…」
「異母姉上…これで帰られたら…また戦場に…?」
「ああ…今度は西ヨーロッパへ行く…。今度は私の軍のみで…だが…」
「時々、ニュースで見ていました…。あそこも…かなりの激戦区となっているとか…」
「ああ…だから私が行くのだ…。だから、暫くはお前の面倒は見てやれん…。しっかりやれよ…ルルーシュ…」
コーネリアがルルーシュの方にポンと手を置いた。
そして、その瞳は…酷く優しい…自分の愛する異母弟に向けられる最上級のまなざしだった。
「はい…異母姉上こそ…ご武運を…」
ルルーシュの相変わらずな堅い態度は…少し、コーネリアにとっては寂しいものを感じずにはいられないのだが…
それでも、ここへ来て、マリアンヌが殺される以前のルルーシュの姿を少しだけ垣間見た気がした。
ルルーシュがあんな風に素直に笑える日が来ればいいと思うが…それでも…状況がそれを許さないのであれば、ルルーシュの周囲にルルーシュの心も含めて支える存在が出来た事に…コーネリアは柄にもなく、天に感謝していた。

 一方、ちゃっかりルルーシュのお気に入りの座についてしまった騎士二人に無理難題を課している異母姉妹たちがいた。
「枢木スザク!髪の毛を一本よこしなさい!」
ユーフェミアがスザクの目の前にびしっと人差し指を突きだして、そう命じる。
「か…髪の毛…ですか?一体…何のために…?」
「エリア11にいる間に色々この国の事をお勉強いたしましたの…」
「そうしたら…『丑の刻参り』と云う日本の古いお参りがあるとか…」
スザクは…このお姫様達があまりに明るい声で恐ろしい事を云っているので、ついうっかり後ずさってしまう。
「えっと…まさか…自分の髪を…」
とりあえず恐る恐る聞いてみるが…
二人の皇女たちはそれはそれはいい笑顔で答える。
「はい…日本では『嫁イビリ』と云うのでしょう?」
「私たち…お兄様の為に、お兄様の騎士たちに試練を与える事にしたんです…」
「そう…ルルーシュは私たちの大切な兄上ですもの…。ですから、ルルーシュの騎士は強い人でないと困りますもの…」
「ですから…お二人とも…頑張って下さいね…」
あまりに明るい笑顔で、相当物騒な事を云っている気がするし、何か間違ってばかりいるような気がするのは…
恐らく、スザクが獲物…じゃなくて、ターゲットになっているからではあるまい…
「あ…あの…皇女殿下方…『丑の刻参り』なんて…どこでそんな言葉を覚えてきたのです?」
スザクが恐る恐る尋ねる。
ライはすっかり『触らぬ神に祟りなし』の構えらしい…
「えっと…ルルーシュがかつてここが日本国だった頃の、日本の国立図書館の蔵書を全て政庁の地下の文書庫に保管してくれていたんです…。その中から、私たちでも読みやすそうなものを探しまして…」
「私は目が見えないので…ユフィ異母姉さまに読んで貰ったんです…」
スザクは頭がくらくらしてきた。
―――あいつ…ちっとも一人きりじゃないじゃないか…!と云うか、こんな物騒な妹姫を命がけで守っているのか?あいつは…
「あ…あの…ユーフェミア皇女殿下、ナナリー皇女殿下…。『丑の刻参り』とは、日本に古くから伝わる…えっと…つまり、憎い相手を呪う為の儀式…なのですよ?枢木卿にそんな呪いをかけたら…ルルーシュ殿下は…」
流石に哀れと思ったのか、ライが横から口を出してきた…
しかし、この二人の皇女殿下はそんな言葉にひるむ事は決してない。
「あらぁ…折角、藁人形と五寸釘を用意いたしましたのに…。藁とか、五寸釘とか…なかなか手に入らなくて大変でしたのに…」
スザクは…許されるならこの場でぶっ倒れてしまいたい程の衝撃を受ける。
無邪気なお姫様達と云うべきか…本当に、ルルーシュ大好きなブラコンと云うべきか…
「そ…そこまでの情熱を持って、自分を呪いたかったのでしょうか…」
「まぁ、ルルーシュがあなた方の事ばかりを話すんですもの…。それに…これまで、私やナナリーにしか向けられていなかったあの笑顔を…いえ、私たちも見た事ないようなルルーシュの表情を…あなた方の前ではするんですもの…」
「あ、呪いだって解っていたんですね…」
ブラコンな妹たちが大好きなルルーシュをとられるような気がして、考え付いた、精一杯の行動だったらしい…
ルルーシュの騎士二人はその場で脱力して、膝をついてしまう…

 そこへ…ルルーシュとコーネリアが入ってきた。
「ユフィ…ナナリー…そんなにルルーシュの騎士たちを困らせるんじゃない…」
コーネリアが『やれやれ』と云った表情で、二人の妹達を見る。
「だって…お姉さま…」
ユーフェミアが面白くなさそうに抗議しようとするが…
「ユフィ…私にとって君たちは誰よりも大好きな妹たちだ…。それは変わらない…」
ルルーシュが宥めようとしてそう告げた時…ユーフェミアの二つの大きな瞳からぶわっと涙がこぼれ出した。
「ルルーシュ…ルルーシュは私をお嫁さんにしてくれるって…云ってくれたのに…それなのに…」
そう言ってナナリーに抱きついて泣きだしたのだ。
ナナリーがそんなユーフェミアを抱きしめ返して、ユーフェミアのこう告げる。
「お兄様をお嫁さんに出来ないのなら、お兄様を私とユフィ異母姉さまのお嫁さんにすればいいんですよ…。ね?ユフィ異母姉さま…」
大人しそうな顔をして中々凄い事を云う妹だと思うが…
でも…マリアンヌが殺されて、ルルーシュがシュナイゼルについて回って、ナナリーに会う事が出来ずにいた時間も長いのだが…
ユーフェミアのお陰でナナリーもこうして、楽しい会話を出来るようになったのだ。
母が殺されてから…ナナリーはなかなか笑う事が出来ずにいたと云うのに…
「ありがとう…ユフィ…ナナリー…」
ルルーシュは素直にそう告げた。
「ルルーシュって…無自覚に罪作りだな…」
「僕たちって…こうして、ルルーシュ殿下がこのお二人に甘い言葉を掛けられて、その後僕たちに親しくされる度にこのお二人から呪いを受ける事になるのでしょうか?」
脱力したままの二人の騎士がひそひそとそんな風に話しているが…
コーネリアも面白いものを見せて貰ったと…隅の方で笑いをこらえていた。
そして、そんな甘ったるいのか、暗雲が立ち込めているのか、個人によって味方の変わってくる空気の中、コーネリアが口を開いた。
「ユフィ、ナナリー…そろそろ私たちはブリタニアへ帰るぞ…。私もそろそろシュナイゼル異母兄上の元に戻らねばならん…」
その言葉にユーフェミアとナナリーが身体をこわばらせた。
そう…ここはまだ、テロリストが横行し、今回の事件で中華連邦とのにらみ合いの最前線となるエリアだ。
遊び感覚でいていい場所ではないのだ。
コーネリアの言葉にスザクもライもすっと立ち上がる。
「枢木、ライ…お前たちは引き続き、ルルーシュを守ってくれ…。そして、少しずつ平和を取り戻しつつあるこのエリアを守るのだ…」
現在はブリタニアの植民エリア…
しかし、ルルーシュが総督となってから、公による差別は本当に緩和された。
実力のある者はどんどん起用されている。
スザクが率いていたレジスタンスグループは今となってはシンジュクゲットーでのイレヴン同士の争いの時の仲裁役に回る事も多い。
そして、ゲットー内でのブリタニア人とイレヴンとの対立の時にも彼らが沈静化させる為に動いているのだ。
ルルーシュが総督となって、エリア11は、ブリタニアの植民エリアでありながら、他のブリタニアの植民エリアと比べると治安も安定してきて、生産性を上がっている。
「ルルーシュ…私たちは3日後、ブリタニアへ帰る…。見送りはいらん。おまえは…お前の仕事をしろ…。私は…私の役割を果たす…」
コーネリアの言葉に、ルルーシュは一礼し、二人の騎士たちは跪いた。
「承知いたしました…」

 コーネリア達が来て、本当に色々と問題が起きてしまい、何だか、あまり彼女たちと話が出来たという実感がわかないルルーシュではあったが…
それでも…愛する妹たちの笑顔を見る事が出来た。
そんな気持ちを抱きながら、ルルーシュは執務室の自分のデスクに向かっている。
―――コンコン…
ノックされた音が聞こえる。
「誰だ?」
『俺だ…ルルーシュ…』
その声にルルーシュはすぐに扉を開けた。
「ご苦労だったな…異母姉上達は無事出発されたか?」
「ああ…お前の姉妹って…ホントに凄い人たちばっかりだな…」
彼女たちの滞在の間に、様々な衝撃を受けて、彼女たちへの印象が変わって云ったスザクが一言零した。
「そうか?私にはかわいい妹たちだし、頼りがいのある異母姉だと思っているが…」
「ホント…ルルーシュに対しての愛情だけはスペシャルだけどな…」
そんな事を云いながら、部屋の真ん中にあるテーブルセットの上の書類を見つけて、その書類を手にしながらソファにかけた。
「でも…有難うな…」
スザクが書類に目を通しながらそう、告げる。
「何の事だ?」
ルルーシュが不思議そうに尋ねる。
スザクは相変わらずルルーシュの方を向こうともせず、ただ、顔は書類の方に向いているが、その書かれている内容は目には入っていないだろう…
「日本の…国立図書館の蔵書…全部…保管してくれていたんだろ?ユーフェミア皇女殿下から伺った…」
植民エリアともなれば、日本の古くからの文献など…すべて破棄されているとばかり思っていた。
彼女たちが調べた内容に関しては物騒極まりないが…それでも、そんな時代の文献が残っていた事が嬉しかった。 「あれは…私の…趣味だ…。元々…本が好きだからな…。別に…日本の為じゃない…」
そんな風に答えるが…ルルーシュがそこで素直にそれを認める筈がない事はよく解っている。
「ああ…それでも…有難う…」
古くからの文献をすべて破棄されると云う事は…その国の文化全てを捨てると云う事と同義だ。
理由はどうあれ、それが…残ってくれていた事に感謝せずには居られなかった。
元日本国首相の息子としても…一人の日本人としても…
「俺さ…頑張るから…。俺…ちゃんと、ルルーシュの騎士が務まるように…頑張るから…だから…これからも…よろしくな…」
決してルルーシュの方に顔を向けることなく紡がれる言葉…
「なんだ…いきなり…気持ち悪い…」
「別にいいだろ…云いたかったんだから…」
「おまえは…そう言う奴だったな…。見ていて飽きないよ…」
ルルーシュがくすりと笑いながら答える。
こんな風に、同じ年の相手と喋ったことなど…スザクと出会うまでなかった事…
だからこそ、知ってしまった…こう言った存在に対する自分自身の執着…
「私こそ…よろしく頼む…スザク…」
ルルーシュの言葉にスザクが目を見開いたまま、声を出す事も動く事も出来なくなった。
ただ…その言葉…その呼び方に…やっと、少しだけ…彼に近付けたような気がして…素直にうれしいと…そう感じているのだった…

『皇子とレジスタンス 第二部』END

『真実の姿』へ戻る  : : 『第三部 平和のち大騒動』へ進む
『皇子とレジスタンス』メニューへ戻る


copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾