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皇子とレジスタンス



目に見えるもの、目に見えないもの

 ルルーシュはスザクをユーフェミアに預け…一人執務室で執務をこなしていた。
元々、軍人としての訓練を一切受けないまま、正規の軍人として、しかも、ルルーシュの騎士として前線に出してしまったのだ。
いくら、彼の体術やナイトメアパイロットとしての技量が高くとも、それだけで軍人が務まる訳ではない。
「はぁ…」
今日、何度目のため息だろうか…
これまで、自分の身近に人を置くと云えば、ジェレミア達くらいだったので、こうした時には非常に困る。
ジェレミア達はきちんと軍人としての訓練を受け、更にはルルーシュよりも年上だ。
その分、ルルーシュよりも戦場の事をよく知っていたし、戦いとなれば、どういった状況に陥るか、ルルーシュがシュナイゼルの軍には云った時には既に理解していたし、自分たちの中に軍人と言う自覚がある分、変な落ち込み方をする事もなかった。
しかし…
―――コンコン… 執務室の扉がノックされる。
「誰だ?」
『ライです…ロイドさんから書類を預かってきているのですが…』
扉の外からの声でルルーシュは執務室の扉を開いた。
ライも…一応軍人としての心得があるので、全くショックを受けていない訳ではないだろうが、スザクほどではない。
「これ、ルルーシュ殿下にお渡しするように…と…」
そう云って手渡された冊子は、特派のナイトメア(つまり、ランスロットとランスロット・クラブ)の修繕費の会計報告と二人のデヴァイサーの、あの戦いの後のシミュレーターによるナイトメア操縦のスコアだった。
ルルーシュがそのスコアを見ると…
「……確かにひどいな…。やはり、ちゃんと軍人としての訓練も受けていない者を前線に出したのはまずかったか…」
「何を仰っているんですか…。あれは、緊急事態でしたし…あの時、ランスロットが来なければ、あの、『神虎』とか云うナイトメア相手に我が軍のナイトメアの損失が倍に増えていたと思われますが…」
「……」
確かに、あの新型…ロイドたちに持って帰らせたが、『開発者の頭をかち割って中身を隈なくトレースしたい…』と、ロイドに云わしめる程、とにかく、スペック重視の機体だったらしい。
今のところ、あれだけの機体を動かすには相当のエナジーが必要で、パイロットも相当の技量がいる…現段階では実戦向きの機体ではないとのこと…
そして、そのナイトメアを操縦していたパイロット…
今のところ、国際法に則って捕虜の身柄を拘束しているのだが…恐らくは、これだけの騒ぎだったうえに、中華連邦が介入していたともなれば、どの道本国送りだろう。
「あと…枢木卿をユーフェミアさまにお預けになったとか…」
「気分転換は必要だ…。帰ってきたら、ちゃんと、軍人として使えるように短い時間でも士官学校に行かせるか…。とりあえず、実戦には問題ないからな…」
「十分実戦で問題があると思いますが…。あんな風に前線に出た後、ショックでテストもろくに出来ないのですから…」

 いつになく、ライが機嫌を悪そうにしている。
「珍しいな…お前が、そんな風にイライラしているところを見るのは初めて見るぞ…」
「あ…失礼しました…殿下…。ちょっと、僕も疲れ気味でして…」
「…?」
ルルーシュが不思議そうな顔でライを見ると、ライが苦笑して見せた。
「殿下…枢木卿がデヴァイサーとして使えないなら、僕でテストしろ…と、ロイドさんに仰ったそうですね…?」
言葉遣いは穏やかだが…多分、目は笑っていない。
それに、よく見れば、心なしかやつれている気がする。
「ああ、確かに云ったが…」
「その所為で、僕が完全にロイドさんのおもちゃ…じゃなくて、テストの相手をしなくてはならなくなりまして…。あの人の場合、本当に際限がないので…僕も休暇が欲しいんですよ…本当は…」
ぐったりした様子でライからの報告を受ける。
ロイドのナイトメアに対する情熱は聞いてはいたが…
それにしても、あのランスロットシリーズを乗りこなすライにここまで消耗させるとは…
―――そういえば…ランスロットの開発段階でどこの馬の骨かもしれないライがテストパイロットとなった時、軍内部からの不満が出なかったとは聞いていたが…
最新のナイトメアのパイロットとなれば花形のポジションだと思っていたが…
ロイド率いる特派に関しては例外らしい…。
「お前…少し休暇を取るか?私の事なら心配はいらない…。どうせ、暫くは政庁に缶詰め状態だ…。ロイドからは私から話しておく…」
「あ、いえ…大丈夫です!」
ルルーシュの言葉にライは慌てて背筋を伸ばすが…
それでも、目の下のクマややつれてこけている頬は隠す事が出来ない。
「無理をするな…いざという時、お前が動けなくなって貰っても困るからな…。そうか…ロイドのテストに付き合うと、そんなに大変だったのか…」
ルルーシュがライにそう言うと、引き出しの中から休暇許可書を出した。
「ここに署名と捺印しろ…。これまで殆ど休まずだったからな…少しは、身体をいたわってやれ…」
そう言って、ライにその用紙を渡す。
「い…いえ…殿下こそ、休みなど取っていないではありませんか…。殿下が休みを取られていないのに…親衛隊の僕が休むわけには…」
「これは命令だ!枢木は暫く使い物にならなそうだからな…。だから、それほど長くは休みをやれないが…それでも、そのやつれた顔をどうにかするくらいは出来るだろう?」
ライが何とかルルーシュの言葉を覆そうとするが、ルルーシュ自身、撤回するつもりもないらしい…
「イエス、ユア・ハイネス…。では、1日だけ…」
「3日だ…。明日から3日間、政庁に立ちいる事は許さん…」
ルルーシュにぴしゃりと言われて、ライはその用紙に名前を書いて、ルルーシュに渡し、ルルーシュもサインを入れてライに渡してやる。
「いいか…ロイドには私からの命令だと言え…。文句があれば、執務室へ来い…ともな…」

 その頃、ユーフェミア達の護衛と言う名目でスザクは山中湖に来ていた。
この地を踏むのは…ルルーシュが『キョウト六家』との交渉をする為に護衛として付いてきた時以来だ。
「ホント…この山は不思議な形をしていますね…」
「ユフィ異母姉様…どんな形なのです?」
目の不自由なナナリーに対してユーフェミアはその手に指で描くように形を教えてやる。
後ろに控えていたスザクがその光景を不思議そうに見ている。
ナナリーは目が見えない事を知ってはいたが…
「不思議な光景か?でも、最初にああやって、何かの形を教える時にナナリーの手に指先で描いてやる…と言う事を始めたのはルルーシュだ…」
「そう…なんですか…。それで…解るものなのですか?」
「まぁ、私たちには解り難いだろうな…。ただ、ナナリーが視力を失ったのはまだ、7歳の頃…神経系などの成長がまだ不完全な頃だ。その過程の中で、ナナリーは手に触れた物に関しての感覚は鋭いらしい…」
コーネリアの答えにスザクが感心したように聞き入る。
二人の異母姉妹の姿は…本当に微笑ましくて、幸せそうで…
でも、それを守ろうとしているルルーシュを見ていると…常に自分の中の何かを削っている気がする。
それに…戦場での…あの惨劇…
これまで、テロ活動そのものをしてきたが、正規の軍人として軍の命令系統の下で戦ったことなど一度もない。
まして、あんな形で…逃げ惑う人々を…
「お前は…ルルーシュの指揮の下で戦ったのは初めてだったな…。そして、ルルーシュはあの先頭の前線からお前を外した…」
「はい…」
コーネリアの言葉にスザクは力なく答えた。
あれが、戦争というもので、国を守る為の戦いなのだろう…。
軍人は軍に入隊する時にそう云った教育も施されると云う…。
しかし、スザクの場合、ルルーシュの騎士になってからの軍への配属だった。
それ故に、軍人としての教育を十分に施される前に前線に出て行ったのだ。
しかも…前線の危機を察知したとはいえ、一歩間違えれば命令違反のような行動を起こして…
「ルルー…否…殿下は…いつから、軍に入られたのですか?」
これまで、ルルーシュの事を何も知らなかったと思う。
聞く事もしなかった。
ただ…目に見えない何かを抱えている事は解っていたが…目に見える部分ではその中身を探るのには限界がある。
「そうか…お前は、ルルーシュの事を何も知らなかったんだったな…。まぁ、ルルーシュもお前の事はデータバンクに残されているパーソナルデータしか知らないだろうが…」
「はい…元々は…成り行きで騎士になったようなものだった事は…コーネリア殿下もご存じでしょう?」
「ああ…異母兄上から聞いている…。だから、イレヴンの騎士…と言う事で私は反対していたのだが…今にしてみれば…よかったと思っている…。あんなに頑ななルルーシュがああいう顔も出来るのだな…と思ったからな…」
「ああ云う顔?」
スザクは不思議そうにコーネリアの方を見る。
コーネリアは『やれやれ』といった感じで笑っているが…
「執務室の監視カメラの映像を…見せて貰ったんだ…。ジェレミアがあまりに珍しいものを見た…と騒ぐのでな…」

 マリアンヌが殺されて以来、ルルーシュは自分の為に笑わなくなった事をコーネリアは知っている。
口には出さないが、ユーフェミアもナナリーも知っている。
そんなルルーシュが、執務中にスザクとのやり取りで楽しそうに笑っていた…と言うのが、彼女にはとても印象的だったという。
「そう…何ですか…」
「ルルーシュが部下に対してあんな風に呼ばせるのもお前だけだ…。本当なら不敬罪になるところだが…あのジェレミアでさえ、その事は咎める事が出来ないと云うくらいだからな…」
スザクとしてはどう答えていいのか解らない…
大体、普段のルルーシュが既に、スザクの中でのルルーシュなのだから…
確かに、執務中や会議中は『総督』の顔になるし、各国の代表との会談では『皇子』の顔となる。
しかし、基本的にスザクと接するときのルルーシュが、スザクの中でのルルーシュになってしまっているのだから…コーネリアの発言も驚くのはある意味仕方ないかもしれない。
「もう一つ…ルルーシュの本当の姿を見せてやろう…」
コーネリアは意を決したようにスザクを伴って歩き出す。
近くにいたコーネリアの騎士、ギルフォードにユーフェミアとナナリーの事を任せて、歩き出した。
暫く歩いて行くと…まだ、作りかけの公園のようなところに出てきた。
「あの…ここは…?」
「ルルーシュが『エリア11の総督』の名で接収した…元々未開発だった土地だ。どうも、役所などでも、色々な持ち主が複雑化していて、トラブルの種になっていたとか…で、ルルーシュが強引に接収した…。このエリア11とは、国土が狭いから土地に関してのトラブルが多いらしいな…」
そう言いながら、まだ工事中のその講演の中を歩いて行く。
すると…まだ工事中であると云うのに…(突貫工事で作られている事はよく解るが)人の背丈の半分ほどの高さの碑が建てられていた。
しかも、その碑には特に、誰が作ったものであるとか、そう言ったものが彫ってある訳でもなく、ただ一言…
『天に召された魂がいずれ、ここに戻ってきた時にこの緑を目にする事が出来る事を願う…』
と彫られているだけだった。
きっと…誰かの御霊を供養する為に作ったものだろうことは予想できるが…
「これは…もしかして…」
「そうだ…あいつは、自分の母親を暗殺という形で亡くしているからな…。本当は、血を見る事も怖いと思っている筈なのだ…。それでも…これ以上失わない為に…自分の心を殺しているのかもしれんな…」
「でも…それでは…」
「言いたい事は解る…しかし枢木…お前も似たような形で肉親を失っているのだろう?」
確かに…スザクの父親は…あの当時…枢木政権と対立する過激派に…
「根の部分ではあいつの見ているものはお前と同じだと私はみている。ただ…立場や育ちの違いで…多少、それについて、表に出す術が違ってはいるがな…」

 スザクは目の前の碑を見て…何となく複雑になった。
確かにあの戦場で、あんな攻撃命令を出したルルーシュに対して、思うところはあったし、騎士としてやっていけるか不安にもなった。
その上、ナイトメアのシミュレーターに乗ってみれば、記録的な最低スコア…
ロイドたちは『正規の軍人としての訓練を受けている訳じゃないから…暫くは仕方ないよぉ…』と言ってくれたが…
でも、ルルーシュの専任騎士となったからにはそんな言い訳が通用する訳がない。
今回、ユーフェミアに誘われて、彼女たちとここに来たが…自分は何をしているのだろう…と思ってしまう。
「殿下…ご心配をおかけしました…。自分が、ルルーシュ殿下の専任騎士として、何が出来るかいまだによく解りませんが…それでも…彼の姿勢をこれまでずっと傍で見てきて…確かに、自分と同じところを見ていると思います…」
少しだけ、憂いの消えたスザクの顔を見てコーネリアはほっと息を吐いた。
「別に…お前の為ではない…。おまえに何かあれば、ルルーシュが失策を犯す…。その時…ルルーシュの皇族としての立場も…色々複雑だからな…。そうなった時…ユフィやナナリーが悲しむ…。私は、自分の弟妹が可愛いのだよ…」
「肝に銘じます…」
スザクはもう一度…一言だけ彫られている碑を見た。
きっと…ここを訪れる人々は何の碑であるのか…全く想像もつかないだろう。
この次、あんな形での戦いがあってはいけないと思うが…澤崎たちのバックに中華連邦がいたとなれば、そうとも言っていられない。
その時…ルルーシュはまた、総督として、陣頭指揮に立つ事になるだろう。
ルルーシュの周囲を固める彼の部下たちは優秀だ…
一部の人間の私腹を肥やしている国に負けることなどあり得ない。
そうなった時…ルルーシュはまた同じことをするだろう。
敵、味方関係なく…
その時には…
―――俺も…一緒にやらせて貰おう…。俺が、レジスタンスとして殺めてきた命に対して、綺麗ごとを言い続けてきた…。でも、ルルーシュは一切言い訳もせず、綺麗ごとも云わず、ただ…こうして、散って逝った命の御霊に礼を払っている…
「殿下、申し訳ありませんが、自分は一足先に政庁に戻ります…。お許し頂けますか?」
スザクはコーネリアに願い出た。
今は…ただ…自分の主の元へ行き、話したい事がたくさんある気がした。
「許さんと言っても、帰る気でいるのだろう?私たちの事は気にする必要はない…。まぁ、私たちが帰った時、ユフィに嫌みの一つや二つ言われることは覚悟しておけ…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
スザクはその一言を残して走り出した。
そして、わざわざユーフェミアがここを選んだ理由が解った気がして…彼女たちに感謝の念を抱く。
そのあと…コーネリアがユーフェミアとナナリーに
『小姑として、あの、小生意気なルルーシュの専任騎士をいじめ倒して差し上げるつもりでしたのに…』
と、相当ご立腹の様子で責め立てられる事となるのだが…
それでも、あの未熟で有能な異母弟とその騎士に関しては…コーネリアとしてもこれから先が楽しみだと…そんな風に思っていた…

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