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皇子とレジスタンス



総攻撃

 ルルーシュはスザクが敵のナイトメアを確保したのを確認した。
そして、それと同時に、その、切り札であったナイトメアがブリタニア軍に確保されたと報告を受けた、今回の騒動ん首謀者である、片瀬と草壁が前線を放棄して逃げようとしていた。
それを見つけたキューエルがその二人を確保したとの報告を受けた。
そして…ルルーシュはその報告を受けて、連行するようにキューエルに命じた。
その直後…
「ブリタニア軍全軍に告げる!現在、我が軍が囲んでいるビルに総攻撃をかけよ…。中にいる者が命を落とす事になっても構わん!この中に立てこもっている人間は一人残らず、確保…不可能であれば殺せ!」
ルルーシュの命令が辺りに響き渡る。
ルルーシュの事を知る者であれば、それは逆らってはならない命令だと、その命令の通り、自分の使命を果たそうとする。
そうでない者は…ルルーシュのこの命令に驚愕する。
そして…それを聞いていた、ビルに立てこもっていた者たちは…恐怖に打ち震える者…そんな脅しに屈したりはしないと根拠のない威勢を放つ者…そして、噂を知る目の前の『黒の死神』率いるブリタニア軍に対して恨みがましい視線を送る者…様々だ。
戦略に長けている者であれば…これは致し方のない事だと…判断も出来る。
一度、闇取引の現場で取り逃がしているのだから…
そして…それだけが直接の原因ではないにしろ、このビルに立てこもった者の数が増えたのは…そのことが一因を担っている。
―――同じ過ちを繰り返さない…
どの道、彼らは薬物中毒者だ。
ゲットーで同じ日本人として生きていくにも、逆に、ゲットーでは困る事も多いだろう。
同じ日本人として、あのような薬物に手を染めなくてはならなくなった彼らの運命に同情はするが、彼らに対して何をしてやれるかと言われれば、何もないのだ。
薬物中毒…それは…この地がまだ日本として存在していた頃でも犯罪だ。
ルルーシュが総督となって、ゲットーも幾分は暮らしやすくなったが…それでも、重度の薬物中毒者を面倒みられるだけの余裕はないし、そんなことは租界だって同じだ。
ならば、しかるべき施設で治療し、そして犯罪に対する償いをしてから社会復帰する…と言った方が賢明だ。
しかし…ルルーシュのこの命令に関しては…ビルに立てこもった人々にその真意は伝わらないし、スザクやライだって一人残らずここで確保するといわれても、混乱状態で、誰も傷つけずに…なんて無理な話だ。
そして…ルルーシュは逃亡する者に関してはその場で殺害も許可している。
頭では解っていても…まだ、少年の年齢の域を超えていない彼らには…そして、軍人として前線に立った経験の浅い彼らには…躊躇してもある意味仕方のない事だったかもしれない。
それでも…彼らの主はその命令を下した。

 相手にはもはや、戦えるだけの力も、気力もない。
否、その戦場から逃げ出そうという気さえを起きていないのかもしれない。
武器を持たない老若男女がブリタニアの正規軍の攻撃に悲鳴を上げ、血を流して倒れていく。
凄惨…恐らく、この場で一番その状況を的確に表す言葉だろう。
『枢木!何をしている!』
確保したナイトメアを指示された場所まで運び、前線へと戻ってきたスザクに対して、プライベートチャンネルから叱責の怒鳴り声が聞こえてくる。
スザクははっと我に返り、ランスロットのMVSを構えて、そのビルを崩しにかかるが…
一体どれほどの非戦闘員がいたのだろうかと思うほど…爆発音やビルの崩れる音に混じっての悲鳴がその凄惨さを表している。
ルルーシュが…なぜ…スザクをこの戦いのメンバーから外したのか…漸く解った気がしたが…
しかし…それを受け入れていたら…ルルーシュの騎士として失格だし…
スザク達が起こしてきたレジスタンスとしての活動の中でも、ここまでの規模はなくとも…
非戦闘員のブリタニア人の犠牲は当然あったのだ。
―――俺は…ちゃんと…その自覚を持っていただろうか…。ルルーシュは…ずっと、子供であるという言い訳もせず…どんな揶揄を向けられても…その責務を果たしてきた…
スザクの心の中で様々な思いが駆け巡っている。
ルルーシュがスザクをこの作戦から外そうとした意味…そして、ルルーシュはたった一人でこの現場の全責任を負っている事実…
恐らく…この状況なら…細心のナイトメアである、ランスロット、ランスロット・クラブが出ていくまでもないだろうが…
ただ…それでも、相手はこれだけの騒ぎを起こした組織だ。
バックには確実に中華連邦が付いている事も証明されている。
ここで気を緩めたりしたら…どんな結果が待ち受けているか解ったものではないから…
それに…ルルーシュはいつの間にか、自分のナイトメアで前線の指揮を執っていた。
ライが心配して、ジェレミアと通信で話していたのを聞いたが…ジェレミアがライの質問に対して答えたのは…
『だから我々がしっかりせねばならぬ…。殿下自身、自分だけが安全な場所でデータだけで作戦を立てることを極度に嫌われている…。ライも殿下が何度も殿下自身がゲットーへ乗り込んで行かれているのを知っているだろう?殿下曰く…『キングが動かなければ、家臣たちは着いてこない…。チェスでも戦闘でも…私の第一のモットーだ…』そうだ…』
噂に流れるルルーシュの姿と…実際に目で見たルルーシュの姿…
確かに敵軍からみれば、恐ろしい悪鬼のような子供だろう。
しかし…それは自軍にとっては、最も少ない犠牲の下、そして、最も効率のいい作戦を立てているという事になる。
『安っぽい情で火種を大きくする訳にはいかない』
かつて、ルルーシュが武器を持たない相手だからと、闇取引の会場で扇たちに失跡した時の言葉だ。
ルルーシュは…決して、戦いの中で、どんな場面と向き合っても、目をそらす事がない。
そして、言い訳をしない…
その事を尊敬すると同時に…こんな事で心が揺らいでいる自分の精神的な脆弱さに自己嫌悪を覚える。
かつては…反体制のレジスタンスグループのリーダーとして存在していたスザクだ。
そんな事も解らずに『日本開放』を掲げて、戦っていたのかと思うと…素直に情けないと思ってしまう。

 ルルーシュが総攻撃の命令を出して30分も経たない内に、彼らが経て籠っていたビルは完全に崩壊し、瓦礫の山と化した。
そして、ルルーシュが自分の機体から降りて、その現場へと向かってきた。
すでに到着していた戦後の調査班の者たちに状況説明をさせるのだろう。
スザクとライも一旦ナイトメアから降りて、ルルーシュのもとへと駆け付けた。
「殿下…」
そう声をかけると、ルルーシュはいつもの通りに彼らを見ている。
まるで、この凄惨な状況を何も感じていないかのように…
「ご苦労だったな…枢木…ライ…。このままお前たちは自分たちの機体で軍本部へ向かえ…。ロイドとセシルを先行させている…。あと、ラクシャータも一緒だ…。機体のメンテナンスをして貰ってくれ…」
スザクもライも、そんなルルーシュを見て、驚きを隠せない。
ルルーシュだって、皇族の出だといっても、彼らと年は変わらない…
それなのに…これだけ冷静に、落ち着いて現場での指示を出しているのだ。
呆然とルルーシュを見ているスザクとライに気づいて、ルルーシュは再び二人に声をかける。
「流石にこんな戦闘は初めてだったからな…お前たちは…。ロイドとセシルに頼んで、メンタル面でのケアもして貰え…。私からも伝えておくから…」
そう言って、ルルーシュは二人の傍を離れ、調査班の人間と話を始めた。
恐らく…歳がいくつであろうが…関係のない…
ここで、うろたえていては、前線で指揮を執ることなど出来ないだろう…。
普段からそれほど表情を表に出さない彼らの主ではあったが…
それも…こんな状況を経験しているからなのだろうと…彼らは思う。
「枢木卿…殿下の命令ですから…我々は…」
「しかし…このままルルーシュを一人には…」
スザク自身、ルルーシュと同じ年であり、これまで触れてきたルルーシュという人物を自分なりに解析してきた。
自分自身が、レジスタンスグループのリーダーであった事、そのリーダーとしての自覚があったのかどうか…問われているような気がしてきた。
「枢木卿!今のあなたでは殿下の足手まといになります!あなたがうろたえてどうするんですか!?」
ライの叱責にスザクはただ、黙り込む事しか出来なかった。
「大丈夫です…ルルーシュ殿下は…ちゃんと、今はご自身の力で立っておいでです。ですから…今、僕たちは、殿下の命令を守ることが最優先です…」
あんなに細い体で…本当は…誰よりも優しい心を持ちながら…否、その優しさゆえに全ての泥をかぶる事の出来るルルーシュを目の当たりにして…自分のしてきたレジスタンス活動とは…一体なんだったのだろう…と…ただ、心が沈んだ。

 ライはある程度軍人としての訓練を受けていたようだったから、この状況に対してうろたえた様子を見せてはいなかったが…
―――あの時は…仕方がなかったとはいえ…枢木を出す事になってしまった…
ルルーシュの中で後悔の念が生まれて来る。
先ほどのスザクとライのやり取りに…心が痛まなかったわけではないが…
今のルルーシュはこの戦場において、ブリタニア軍の責任者であり、すべてを知る義務を負っている。
そして、これからの捕虜となった者たちの処分などについても考えなくてはならないのだ。
調査班のすべての説明を終えて、ルルーシュはその調査班を軍本部のデータ係に調査で得た情報を分析するように命じた。
そして、ジェレミアを呼んだ。
「ジェレミア…また…いつもの通りに…」
「相変わらずですね…殿下は…。あの二人にもそのお姿を見せて差し上げれば…少なくとも枢木はあれほどまでに取り乱したりはしなかったでしょうに…」
「否…あいつが知る必要はない…。それに…これは私の自己満足だ…。本当なら私一人の手でするべき事なのだろうが…」
「殿下一人で?相変わらず無茶な事を仰る…。で、そのあとは…?」
「そうだな…エリア11のフジサン周辺は…非常に綺麗なところだった。あまり大規模にすると目立つから…一部、ブリタニアの総督の名で接収した土地があったな…そこでいい…」
「承知いたしました…。調査班の調査も終わりましたゆえ…ただちに作業を開始いたします…」
「あまり目立たないようにしてくれ…。残された者たちは…私への恨みを糧に生きる事も出来る…。しかし、こんな事を知ったら…恨みきれなくなる者も出て来るからな…」
「……殿下…。何故、そこまで…」
「『黒の死神』がこんな事をしていたら…その名の拍がなくなってしまうだろう?私は…これからも戦場に立つ以上は…相手に侮られてはならないのだ…」
「相変わらず…不器用な方だ…。マリアンヌ様も…さぞやご心配でしょうに…」
「確かに…母上なら…もっとうまく立ち回るのだろうがな…。それにナイトメアの腕も母上には遠く及ばないし…。私は本当に閃光のマリアンヌの長子なのか?」
「それは…このジェレミア=ゴットバルトが保証いたします…。あなた様は、現皇帝陛下シャルル=ジ=ブリタニア様と閃光のマリアンヌ様の御長子にございます…」
「そうか…」
じきに暗くなるという時間…ルルーシュはある事をジェレミアに命じて、ルルーシュ自身も成長に帰って行った…

 それから1週間たってくると、その戦後処理もだいぶ落ち着いてきた。
しかし…ルルーシュの専任騎士である、枢木スザクの様子が…変わってきた。
「殿下ぁ…スザク君…シミュレーターでもこれまでにこんなスコアを出した事ないほど、ナイトメアの操縦が出来なくなっちゃっているんですよぉ…」
泣きながらルルーシュの執務室に入ってきたのは、特派の主任であるロイド=アスプルンドだった。
「あの戦いで…少々思うところもあるのだろう?少しは休ませてやれ…。ライはどんな調子どうなんだ?」
「ライ君は…流石に軍人としての訓練を受けていますから…きちんと気持ちの切りかえが出来ていますけど…」
「なら、ライでテストをしてくれ…。枢木をあの戦場に出した私のミスだ…許せ…」
あれから…スザクがナイトメアの操縦が出来なくなったという。
体調などの問題はないらしいので、どうやら、精神的なものらしい。
とりあえず、『リフレイン』事件に関してはエリア11内での黒幕をとらえて、背後関係が大体わかってきた。
解ってきたが…相手が中華連邦であるという事がネックとなり、今は様子見という事になった。
だが、『リフレイン』の取り締まりは以前より厳しくなった。
島国であるエリア11は水際で叩くというのが非常に難しい。
現在では、海岸線にもブリタニア軍を配備して、『リフレイン』を積んでいる、積んでいないに関わらず、許可のない密航船と解った場合には無差別に発砲を許可している。
そもそも、現在ブリタニアの植民エリアとなっているこのエリア11…小さな島国ゆえに密航がしやすいという地の利を頭から外れていた事にルルーシュとしては自分の配慮のなさを痛感した。
あれから…1週間…スザクは毎日登庁してくるが…表情がさえない事はルルーシュも気づいている。
そんな事を悶々と考えている時に突然執務室の扉が開いた。
「ルルーシュ!」
その明るい声の主は、まだ、このエリア11に滞在していた異母妹のユーフェミアだった。
「ユフィ…どうした?」
「あの…ルルーシュの専任騎士を貸して頂けませんか?今、全然使い物にならないって聞いたので…なら、私のおもちゃ…じゃなくて、遊び相手になって頂こうかと…」
ユーフェミアの言葉にルルーシュはあごに手を当てて考えた。
確かに、あの戦いの後、スザクの様子がおかしくなった。
そして、ここにいる限り、あの戦いの余韻から冷める事が出来ないだろう…
なら…
「ああ…構わない…。ただ…あまり無茶はしてくれるな?異母姉上も心配なさるから…」
「大丈夫ですわ…お姉さまもナナリーも一緒ですから…。両手に持っても余るお花でしょう?」
にこやかに笑っているユーフェミアの表情に救われた気がする。
「ああ…そうだな…。確かに…枢木が羨ましいよ…僕も…」
そんな風に冗談を返してやると、ユーフェミアがにっこり笑った。
「やっと…ルルーシュ…『僕』って言ってくれました…。まぁ、私はあんなヘタレ…ルルーシュのお相手になんて絶対に認めませんから…。小姑としてしっかりと躾けてからお返ししますね…」
ユーフェミアのある意味物騒な発言にはルルーシュも驚くが…でも、スザクがあの明るさに救われてくれればいいと思う…。
来た時と同様、帰りも勢い良く帰っていく、明るい異母妹の笑顔に…ルルーシュも救われた気がした…

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