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皇子とレジスタンス



The Front

 スザクの乗ったランスロットが発進したのを見届けると、ルルーシュはすぐにライに対して指示を出した。
「ライ…一旦戻れ…。フロートユニットが届いているから…それを装備してもう一度出てもらう…」
『しかし…』
ライも戦場の状況を把握しているらしく、今の状態でランスロット・クラブが後方に下がる事はあまり好ましくない事だと判断しているらしい。
「大丈夫だ…今、枢木を出した…。枢木から通信が入ったらその場は枢木に任せてお前は一度戻れ…」
『解りました…でも、枢木卿は状況はまだきちんと把握していないでしょうから…』
「キューエルをフォローに回す…お前は枢木とコンタクトをとり、さっさとフロートをつけてすぐに戻ってもらうからな…」
『イエス、ユア・ハイネス』
ライトの通信が切れ、ルルーシュは再び戦場の状況を映し出しているモニタを隈なく見る。
確かに…あのナイトメアフレーム…ロイドやラクシャータが様々な心配を重ねるだけあって、優秀ではある…
しかし、優秀すぎるが故に…ブリタニア軍のナイトメアはランスロットシリーズ以外は全く歯が立たない事は解っているが、他に、自軍である中華連邦の鋼髏さえもあのナイトメアについてこられていない。
つまり…あまりに特出しすぎているのだ。
それゆえに、孤高で戦わなくてはならない…
だとするなら…
「枢木とライがうまく組んでくれれば…まだ勝機はある…」
ルルーシュは口の中でそんな事を呟く。
それに、あれほどの火力を搭載しているナイトメアだ。
必要となるエナジーも鋼髏の比ではないだろう。
「ラクシャータ…あのナイトメア…お前の知っている頃のフルパワーでの稼働時間はどのくらいだった?」
「細かい数字までは知らないけどぉ…でも、あたしの紅蓮の半分くらいじゃないかしら…。スペックが高い分、すごく燃費が悪いから…」
「その紅蓮のフルパワーの稼働時間は?」
「たぶん…ランスロットと変わらないわ…。キョウト六家のお陰でこっちは、結構潤沢なサクラダイトがあったからねぇ…」
ラクシャータの言葉にロイドが反応して、口をはさんだ。
「殿下…フロートユニットはまだ、本当はプロット版なんです…。フロート機能には結構エナジーを必要としているので…。スザク君のランスロット…フロートユニットを20分使うと、ヴァリス一発を撃ってしまえばエナジーが…」
ロイドの浮かない声色に…ルルーシュも言葉が出てこない。
確かにあれだけの期待を空中に浮き上がらせ、自在に操れるのだから…ある意味仕方ないともいえるのだが…
「枢木は…その事を知っているのか?」
「はい…ライ君もシミュレーターで訓練していますので…そのことは承知しているでしょう…」

 それでも、ナイトメアが空を飛んでいればそれだけでも相手に対する脅威となるだろう。
「そうか…二人が承知しているのであれば奴らもバカではない…。戦闘中、エナジー切れというバカな事にはならないだろう…」
「それは…状況が許せば…の話ですが…。あの、『神虎』というナイトメアのスペック自体、まだ我々も把握していないのです…」
「なら…ロイドとラクシャータはすぐに分析に入ってくれ…。ラクシャータ…すまないが協力してくれ…頼む…」
ルルーシュはラクシャータに向かって頭を下げる。
スザクの率いてきたレジスタンスが驚くのはルルーシュのこういうところだ。
普段はプライドが高く、決して頭を下げるような人間には見えないというのに…
必要とあらば…守りたいもののためならこんなに簡単に頭を下げる事に出来る人間…
恐らく、スザクも藤堂もこんなルルーシュに惹かれ、一緒に戦おうと考えたのだろう。
確かに、ルルーシュの戦略は天才…否、神懸かっている…
恐らく、ここまで成長するために失ったものは多いと思われる。
しかし、それらをルルーシュは決して無駄にしていないのだろうとラクシャータは考えた。
こんな子供が…こんな戦場で指揮を執っているなんて…普通誰がそんな事を考えるだろう。
自分の2倍も3倍も生きているような兵士や将校に向かって自分の作戦のために命令を下し、そのすべての責任を彼が負っている。
あの、『リフレイン』の闇取引の会場を取り押さえた時、扇たちは何人ものイレヴンたちを逃がした。
それも、『リフレイン』の中毒者たちをだ…
世界中で危険薬物として禁止されている『リフレイン』の中毒者たちを…ただ女子供で、無抵抗の人間だからと…その感情のみで逃がしてしまった馬鹿どもとは器が違う。
スザクがあのレジスタンスグループから距離を置いて、ルルーシュの傍で日本を変えていこうと思う気持ちが…ラクシャータはこの少年総督と知り合ってから理解できるようになった。
「解ったけどぉ…やっぱりプリン伯爵と一緒にやらなくちゃだめ?」
「別に…二人きりでやれとは言わない…セシルも付ける…」
「あらぁ…あの子、まだこんなプリンバカと一緒にいたわけぇ?」
ラクシャータがおどけたような口調でそう言い放つ。
本当は、そんな軽口を叩いていられるほど気楽な場面でもない。
ただ…
先ほどのルルーシュの様子を見ていて、ラクシャータのこのようなおどけたような口調はありがたいと思った。
ルルーシュが優秀なのは認める。
こんな…年端もいかない様は少年にしか見えない彼がここまでエリア11でのテロを納めてきている。
ただ…
―――その幼さゆえに、優秀であるからこそ危うい…

 やがて、ライが戻ってきたことが報告される。
そして、ライはいったんブリッジに入ってきた。
「殿下…」
「ライ…あのナイトメア…戦ってみてどう思う?」
ルルーシュはライの姿を見てすぐにその質問を口にした。
「確かに…かなりスペックは高いと思われますが…ただ…僕自身も、世界最新鋭のナイトメアを騎乗させて頂いている身として申し上げるのであれば…スペックが高すぎます。それゆえに、パイロットも相当な使い手ですが…それ故に、僕は専門外になってしまいますが…現在の技術であれだけの機体を維持するのには…相当なエナジーが必要かと…」
ライの感想はナイトメアの開発者たちと同じようだった。
確かに傍目で見ていてもあまりに高い技術が組み込まれている。
恐らく、最新の技術が数多く盛り込まれている事だろう。
戦場で最新兵器を利用するにあたっての問題点は…その、稼働時間と、一旦エナジーが切れてしまった時、回復するまでの時間…
それを使われる側もそれが解れば最新兵器などそれほど恐ろしいものとは考えない。
確かに、目の前に突きつけられる技術に関しては驚愕するだろうが…
それでも、どれだけ高い技術があろうと、その技術を活用されなければ何の脅威でもないのだ。
そこは…取り乱した方の負けである。
「じゃあ…ランスロットと、ライ君のクラブ…で継続的に攻撃を加えていれば?」
「僕たちのナイトメアの操縦技術にもよりますが…先に根を上げるのはあちらかと…」
ライの言葉でロイドもラクシャータも少し安堵したような表情を見せる。
「ですから…グラスゴーとサザーランドを下がらせた枢木卿の判断は間違ってはいません。あちらも、雑魚にかまっている暇はなくなったようですし…」
確かに、ライがランスロット・クラブで出撃して、ライとの戦闘に集中している形だ。
つまり…注意せねばならぬ相手をさっさと片付けなくてはならないということを承知しているという事…
あまりもたもたしていると、やられるのは自分たちの方であると証明している。
鋼髏と『神虎』のスペックの違いはそれこそ桁違い…天と地ほどの差がある。
少なくとも、ブリタニア軍のランスロットとグロースターは世界でも最新鋭のナイトメアフレームだ。
そして、サザーランドもついこの間まではブリタニア軍では指揮官が乗るような最新の機体だった。
「見た目に騙されなければ…こちらの勝ち…ということか…」
「はい…少なくとも僕はそう判断しますし、恐らく、枢木卿も戦われてみればそう判断すると思われます…。現在の段階では…」

 ライの言葉を聞いて、再び戦場を映し出しているモニタに目をやると…
確かに最新技術が目に見えると、インパクトは強いようだ。
あんなスペックの高いナイトメアを有しながらも、ランスロットが空を飛んでいるという現実を見せつけられて、ひるみ始めたのは相手の方だった。
「ならば…ライはランスロット・クラブにフロートを装着を確認したらすぐに出撃してくれ…相手に冷静になる時間など与えてやる必要はない…一気に叩く!」
「イエス、ユア・ハイネス」
「殿下…では、僕はフロート装着の手伝いに行ってきます」
ロイドは立ち上がってライとともにブリッジを出て行った。
そして、ラクシャータが興味深そうにルルーシュを見ている。
「坊やさぁ…ホント…苦労性みたいねぇ…」
ラクシャータの言葉にルルーシュは目だけラクシャータの方に向けた。
「あんなプリン伯爵を自分の配下において…結構大変じゃなぁい?」
間延びしたような口調は、今の緊張状態のルルーシュには非常に耳触りではあるが…
でも…ライとも、ロイドとも、そして、スザクとも違う…この女科学者…
張り詰めた中で、いつ、切れるか解らない糸を、そっと緩めているような気がする。
「お前…ロイドの事…相当嫌いみたいだな…」
「まぁね…嫌い…というのも語弊があるかなぁ…。単純にあのプリン伯爵の考え方についていけない…それだけなんだけどぉ…」
ラクシャータの言葉の意図がよく解らなかった。
だいたい、なぜ、ルルーシュと二人でこのブリッジに残っているのか…
さっさと、研究室のモニタであのナイトメアの分析をしてくれればいいものを…と思うが…
「あたし…いつだったかなぁ…あんたの率いている軍がある街を殲滅した時…ちょうど、あんたの率いていた軍を見かけた事があるんだよね…」
「……」
「確かに、あの街の連中は焼け出された。直接手を下したのはあんただったから、街の連中はあんたの事を『悪魔の子』と言っていた…。でも、あれってさぁ…無理な作戦…っていうより玉砕作戦を立てた、街を守るためにいた筈の守備軍も悪いんじゃないのぉ?その直後だったよ…あんたが『黒の死神』って呼ばれるようになったのは…」
もう…何年も前の話だ…
こんなところで、その話を知っている人間に出会うとは…ルルーシュとしては驚くしかない。
「スザクがあんたの傍にいるんだ…あんたはもう、あんな涙を流さなくていいんじゃないのぉ?スザクがあんたの騎士になるって決めた時…扇たちは相当嫌がっていたけど…あたしはスザクの考え…賛成だったんだよねぇ…。あそこであんな風に涙を流せるんだ…あんたは…」
「…一体…いつの話をしている…。そんなことより、あのナイトメアの分析を急げ…」
「はいはぁい…」
ラクシャータは軽く手を振りながらブリッジを出て行った。

 ラクシャータが出て行ったところで、ライのランスロット・クラブにフロート装着が完了したとの報告が入る。
「では、ライ…頼むぞ…」
『イエス、ユア・ハイネス』
その答えと同時にランスロット・クラブが出撃していく。
前線では、ブリタニア軍側がきちんと役割分担が出来始めて、形成的には有利に傾きつつある。
そして…あの『神虎』と呼ばれたナイトメアの動きにも焦りが見え始めている。
確かに、ハイスペックだという自覚は研究者の中にもあったのだろう。
そして、スペックの高い機体にはエナジーが多く必要である事も…
それ故にその対策は多少施してあったらしく、ロイドたちが考えるほど稼働時間は短くはなかったようだが…
それでも、フロートユニットを搭載したランスロットの出現により、自軍にも乱れが見え始める事になる。
そして、そのハイスペックについてこられるだけの…フォロー役のナイトメアもない。
ひょっとすると、指揮官も持てあましているのかもしれないと思うほど…あのナイトメアは孤高…というより孤独に闘っている感じだった。
ここは日本であり、そのナイトメアを指揮しているのも日本人であろう…
あのナイトメアのパイロットが日本人なのか、中華連邦の人間なのかは知らないが、民族の問題を抜きにしたとしても…フォローできる機体もない。
中華連邦のナイトメアの技術はこれまで高くはなかった。
あれは…中華連邦が占領していたインドで開発されていたものだという…
「枢木、ライ…恐らくあのナイトメアのエナジーもそろそろ切れる…一気に叩け!」
ルルーシュはそう指示を出した。
彼らのナイトメアのチャンネルから返ってくる答え…
『イエス、ユア・ハイネス』
そうして、あの青いナイトメアのフォローが入ることなく、機体が沈黙した。
「ライ、そのナイトメアを確保しろ!枢木…ライにナイトメアの回収をさせている間、お前がサザーランドを使って鋼髏の排除をしろ!」
ルルーシュが指示を出し、彼らが的確に動いていく…
ルルーシュは…この戦いの中で知った事がある…
ラクシャータがルルーシュに告げた、過去の戦場の記憶…
しかし、今のルルーシュは、あの時とは違う…
これまで仕えてきたジェレミア達とも違う…
臣下でありながら…臣下ではない…恐らく…ルルーシュの中に出来たもう一つのポジション…
―――今の私には…作戦遂行するために必要な…フォローをしてくれる者たちがいる…。これは…私が弱くなったという事なのだろうか…

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