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皇子とレジスタンス



イレギュラー

 目の前の…恐らく…最新鋭の機体と思われるそれを見て…ルルーシュは驚きを隠せなかった。
「ライ…ロイドを呼べ…。それから…枢木はあのラクシャータ=チャウラーとディートハルト=リートから情報を得ている…。すぐに呼び出せ!」
「イエス、ユア・ハイネス!」
まだ…一撃も受けていないが…
これまでの戦場での経験が…それによって培われた戦場における間の様なものが…ルルーシュの胸に苛立ちを覚えさせている。
ライが出て行って、間もなく…そのナイトメアからの一撃が発射された…。
破壊力…を見て…ルルーシュは驚愕するしかなかった。
恐らく…スザクの駆るランスロットのヴァリスと…互角の火力だ…。
確かにスザクの云う通り、グラスゴーやサザーランドではとてもじゃないが相手になるとも思えない…。
「ジェレミア!一旦引かせろ…とにかく、グラスゴーとサザーランドでは相手にならない…。今、ライを出すから…引きつつ…防衛線を守れ!」
『イエス、ユア・ハイネス…』
これまで、まともにナイトメアでの実戦をした事のない、エリア11に駐留していた部隊では…パニックに陥るのも早かった。
日本占領戦では、相手はナイトメアもない…旧兵器相手に、ナイトメアで攻め込んだ。 その時には、相手は手も足も出ない状態…
大した訓練を受けていないパイロットでも、パイロット本人は傷一つ負う事のない戦いだった。
そう…たった一つの局地戦においては…
あのとき…旧日本の軍上層部に感謝せざるを得ないだろう。
あのまま、藤堂鏡志郎が頑張っていれば…あれほど少ない犠牲で済んだとも思えない。
とは云え…一方的な戦いであった事は否めない。
その時の兵士たちがエリア11の駐留軍となっていた。
それ故に…スザク達がの様なグループが出現して…前任の総督の下で…統率もままならず…エリア11全体でテロ活動が活発化して…収拾つかない状態になっていたようだ。
今…目の前にある、この状況が…ルルーシュが総督となった、エリア11に配備されているブリタニア軍の現実だった…。
それを受け止めたうえで…この戦いを制せねばならない…。
―――読みが甘かった…。中華連邦が絡んでいるという時点で…中華連邦の動きをもっとしっかり把握しておくべきだった…。
そうは思うが後の祭りだ。
しかし…これほどのナイトメアが開発されており、ロールアウトされていたというのであれば…必ず何かの形で情報が入って来る筈だ…。
それなのに…

 色々な可能性が浮かんでは消えている中…ルルーシュがライに呼ばせた人物の中でロイドが一番真っ先に入ってきた。
「ルルーシュ殿下!」
「ロイドか…お前は知っていたか?恐らくあのナイトメア…中華連邦で開発されたものだろう?」
ロイドはモニタに映し出されたナイトメアを見るが…
「実際に画像などでは見た事はありませんが…噂程度の話でしたら…。しかし…確かに開発はされていたらしい事は聞いていますが…」
なんだか、奥歯に何かが挟まっているような口調だ。
ロイドらしくないと思う。
「どうした?」
ルルーシュがロイドに再び問い直した。
すると、ロイドはある資料を手渡した。
その資料は…極秘扱いの資料となっている。
恐らく、ナイトメアについて詳しいものではければ解らないものであろう事は解るが…
「これを…。噂程度でしか僕も知らないんですが…確かに中華連邦が新型のナイトメアを開発しているという話を耳にした事はあるんです…。ただ…」
そこまで云うと、ロイドは再び言葉を切る。
「ただ?」
ルルーシュもロイド自身にそれ程の情報がないと判断しながらも、知っている事があるなら全て話して貰わなくては…前線で戦っている者たちに対して指示を出す事も出来ない。
「ただ…そのナイトメア…中華連邦で極秘に開発されていると…そう云う話だったので…現在のあの機体が完成形となっているのかは僕も知りませんが…ただ…実戦でこうしてお披露目する程度までは完成した…と考えられます…。僕が格納庫から見ていたあの映像を見る限り…恐らく…ランスロットと互角の機体であるかと…」
「やはり…。では、さっさとグラスゴーとサザーランドを引かせて正解だったという事か…」
「しかし…僕の見た段階での判断です。あのナイトメア…開発者がスペックの高さのみを追求したという話を聞いています。それ故に…パイロットが見つからなかったと…」
「そのパイロットが見つかった…と言う事か…」
「そう考えるのが妥当ですが…しかし…」
ロイドがそこまで告げた時、ライに呼び出されたラクシャータとディートハルトが入ってきた。
「これはこれは…お久しぶりです…総督…」
相変わらずの軽い口調…
そして…
「プリン伯爵…」
ロイドを見るなり、ラクシャータがあからさまに不愉快だと言わんばかりの表情を見せた。
「ラクシャータ…今は僕との個人的な感情に振り回されている場合じゃないよ…。とりあえず…これは君がインドにいた時に見ていた筈だ…」
ロイドの言葉にルルーシュは驚きの表情を見せる。
ラクシャータ…確かにアジア系の顔立ちだが…一体どういった経歴であるのか…と思ってしまう。

 ロイドの言葉にラクシャータも確かにその通りだと思ったのか…煙管を吹かしながら話し始めた。
「あれは…あたしは直接関わっていた訳じゃないんだけど…ただ…研究所でも有名な機体だったからねぇ…。あれは…『神虎』…。開発者のスペック追及にパイロットがついていけなかった…孤高のナイトメア…あたしがインドにいた時はそう呼ばれていたよ…」
ラクシャータがそこまで云うとディートハルトが間に入ってきた。
「私が初めに調べた時には…確かにパイロットは不在の筈でした…。一人候補がいたようですが…中華連邦の中心に君臨している大宦官たちからはあまり良く思われていなかった人物の様で…」
ディートハルトの言葉に…ルルーシュは少しずつ話が読めてきた気がした。
中華連邦がこの時期に…わざわざエリア11にそんな最新鋭のナイトメアを投入…。
しかも、なかなかパイロットが見つからない…見込みのありそうな者はいたが…その者は…大宦官にとっては目障りな存在…そう云う事だ…
「つまり…あの、『神虎』とか言うナイトメア…ブリタニアへの牽制と…その、大宦官たちが気に入らない人物の排除…それを目的に投入されたという事か…」
ルルーシュは低く呟いた。
恐らく…中華連邦へ逃れた日本の多者たちを保護している内に、エリア11となったかの地は、ブリタニアの総督ではなかなかまとまらず、混乱状態が続いていた。
中華連邦はそこに目をつけたのだろう。
エリア11は世界有数のサクラダイト産出国だ。
サクラダイトの利権がブリタニアの手にある限り…中華連邦としては、そんな危なっかしい状態の日本列島をそのまま放っておくわけにはいかないと判断したのだ。
だからこそ…日本の主権を取り戻したい澤崎達のグループにこれだけの尽力をしたのだろうと思われる。
現在、エリア11に暮らす日本人はブリタニアの為の労働力だ。
『リフレイン』でその労働力を削ぎ、生産力を下げる。
そして、薬物中毒者たちが増えていけば、まずはゲットーから治安が悪化していく。
やがて、ブリタニア人の中にもそう言った薬物中毒者が出てくれば、今度はエリア11の中枢そのものが、麻痺していく事になるのだ。
実際に、軍内部にもこの事件に関与している者達が多くいたのだ。
ナイトポリスにも…
そして…中華連邦としてはあと少し…と言うところでの、二番目に就任したエリア11の総督…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの出現により、彼らの中で計算の狂いが生じたのだ。
あの、神聖ブリタニア帝国宰相である第二皇子シュナイゼル=エル=ブリタニアの、最愛の異母弟、そして、片腕を担う少年…

 しかし、逆にいえば、ある程度騒ぎが大きくなっていたエリア11でルルーシュの名を貶める事が出来ればやがて…ルルーシュはエリア11から離れる事になる。
多くを望めば、騒ぎの中、そのままこの世の住人でなくなればなお都合がいい。
「もしかしたら…異母兄上は…薄々気づいていたのでは…」
ルルーシュの頭の中でそんな事が過る。
最初はクロヴィスがこのエリア11の総督に就任する予定だったのが…突然ルルーシュに変わったのだ。
確かに…自惚れる訳ではないが…元々、戦場に足を踏み入れて、血まみれになって戦うのは不似合な異母兄だ…。
その点…ルルーシュは彼よりも年若いながら…様々な戦場で様々な策略をめぐらせ、功績をあげてきた。
シュナイゼルの下で、政治を学んできたし、これまでにも、そのエリアに総督が就任するまでの間、暫定統治の責任者として立った事もある。
「ラクシャータ…率直に聞く…。ランスロット、ランスロット・クラブ…あの二機が相手をしたとき…あの機体はどこまで戦う事が出来る?」
恐らく…それはロイドのプライドを傷つけることにもなる発言だが…現在のこの状況はそんな事も言ってはいられない。
ロイドの方とちらっと見るが…ロイドは確かに嫌な顔をしている訳ではないが…恐らく…内心ではひどくプライドを傷つけられているだろう…
「まぁ…あの機体がどのレベルのスペックで出てきているかは知らないけど…全力出されたら、ランスロット二機で戦っても…危ないかもねぇ…」
「そうか…」
ルルーシュはそう答えると踵を返した。
今、あの機体と対峙しているのは…ライのランスロット・クラブだけだ…
「私もグロースターで出る…。枢木が来るまでの間…せめて…」
「いけません!殿下…。ランスロット二機でもあのナイトメアを知っているラクシャータが危ないと言っているんです!」
珍しく、ロイドが必死になってルルーシュを止めようとする。
ルルーシュ自身、スザクやライはおろか、ナイトメアではコーネリアとも勝負にはならない。
確かに、必要な訓練は受けており、その辺の兵よりも遥かに腕は高いし、操縦している機体スペックも高いのだが…
それでも…今、ラクシャータの述べた評価はランスロットにはスザクを…ランスロット・クラブにはライを騎乗させた場合での評価だ…。
彼女も、そしてここにいる誰もが、この二人のナイトメアパイロットとしての実力を知っているし、彼ら以上にあのナイトメアを乗りこなせる者はいない事は解る。
「しかし…この目で…状況把握は必要だ…。必要とあらば…前線で私が指揮を執る!」
ルルーシュの耳に誰の声も届かなくなったそのとき…
「ダメだ…ルルーシュ…」

 そう云って入って来たのは…ずっと政庁で待機させていたスザクだった。
「枢木…」
「遅れてごめん…フロートシステムの調整にちょっと時間がかかっちゃって…。後からセシルさんも来る…」
スザクはそう云って、ルルーシュが前線へ出ると、熱くなっている状態をしっかり把握できたらしく、努めて冷静にルルーシュに告げる。
そして、ロイドの前に進み出た。
「すみません…ロイドさん…勝手にフロートユニット…セシルさんに搭載して貰っちゃいました…」
「否…大正解だよ…スザクくん…」
ロイドは、スザクの状況判断と…頭に血が上ってしまったルルーシュをなんとかなだめられる人物の登場にほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、俺出ます…。セシルさんがランスロット・クラブのフロートも持ってきますから…その時には一旦、ライを下げて下さい…」
「待て!枢木…あの機体は…」
「うん…来る時にランスロットの通信から聞いたよ…。俺の事は心配するな…。とにかく、ルルーシュは全体の状況を把握して、指示を出してくれ…。それがお前の仕事だ!」
なんで、そんな風に落ち着いていられるのか…ルルーシュは不思議でならなかった。
元々、自分が組み立てた計算の下でこれまで動いてきた。
それにこれまで、どんなイレギュラーが起きても…決して、こんな形で取り乱した事など…記憶にない…。
「ルルーシュ…やっと…この日本から…テロが消えようとしていた矢先なのに…それを壊そうとしているのが…同じ日本人だなんて…お前も呆れているだろ?俺も、正直、笑っちゃうほど呆れているんだけど…」
まるで、普段話しているような、世間話でもしている様な…そんな言葉ではあるが…
スザクの目は…笑っていなかった。
「枢木…」
「俺は…最初は日本が俺達の手に戻る事を望んだ…。だから…レジスタンスとしても戦ったし、お前を知って、この日本の為に、お前と手を組んだ…。それを気に入らない奴がいてもある意味仕方ないのかも知れない…」
そこまで云うと…スザクはそっと目を閉じ、下を向いた。
「でも…こんな形で…自分に気に入らないからと…多くの…まだ何も解らない子供たちまで巻き込むのは…やっぱり許せない…。あいつらに日本を渡すくらいなら…ルルーシュがこの地で総督をしてくれている方が…俺にとっては…まだ理想に近い日本であれると思う…」
スザクの握っている拳が震えているのが解る…。
「だから…命じてくれ…。俺に…あのナイトメアの破壊と、片瀬と草壁の確保を…」
スザクがルルーシュにこんな事を云うのは…初めてだった。
これまで…ルルーシュとは…表向きには皇子と騎士と言う事になっていたが…決して、こんな形での命令はした事がなかった。
余程…この状況に怒りを感じているのだろう。
ここで、彼らが勝利したら…確かにブリタニアは日本から撤退する事になっても…今度は中華連邦が入って来る…。
日本の中から巣食う形で…
それは…今ルルーシュが治めている日本よりも遥かに暗い未来が待つ事を示す。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの名において命ずる…。あのナイトメアの破壊と、今回の事件の首謀者である片瀬、草壁の確保せよ!どんな手を使ってでも…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
スザクはそう答えて、そこから出て行った。
ルルーシュはそんなスザクの後ろ姿を見て…
―――私自身…枢木に対して…どれほどの事が出来ているのだろうか…。これまでしてきた事は…?

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