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皇子とレジスタンス



戦場

 突き止めた、『リフレイン事件』の首謀者達が籠城している古ぼけたビルの周囲をルルーシュはライをはじめとする、ルルーシュが選んだ精鋭と共に取り囲んだ。
しかし…そこにはスザクの姿はない…
結局、ルルーシュはスザクを外したのだ。
建物の中には…あの、闇取引会場から逃げだした者たちもいる。
『リフレイン』という薬物は…使い続ければ、廃人…そして死に至る危険なものだ。
だからこそ、ブリタニアは国を挙げてその薬物を禁止していたし、他の国でもこの薬物は例外なく危険な者として禁止薬物としていたのだ。
中には、マリファナの様に国のよっては条件付きで許可されている場合もあるが…そんな薬物、麻薬は基本的にはないと言っていい。
しかし…そんな危険薬物まで使わなくては生きていけない様な現実が…このエリアにはあるという事だ。
確かにどんなに平和に見える国でも、ふたを開けてみれば、個人的に心が病んでしまってそう云った禁止薬物に手を出し、人生を台無しにする者もいるが…
このエリアの場合、貧困や差別の中、とても現実を直視する事が出来なくて、そんな薬物に頼っているような状態…の者達がこうして騒ぎを起こすような事態になっている。
「ジェレミア…今度こそ逃走ルートを封鎖したな?」
「はい…今回はこのエリア駐留のブリタニア軍の1/3をこちらに割いておりますし、今回は我々しか今回の作戦の糸を知りません。ですから、軍内部の内通者がいたとしても、それは取り押さえられます…」
ジェレミアの言葉にルルーシュは表情を変えずに『そうか』とだけ答えた。
「では、内部物資の一番新しい情報は入っているか?」
「は…現在、中にいる生存者の数は非戦闘員含めて約1500…一応、こちらが、そのリストとなります。3日ほど前に概算を出した資料なので、多少の誤差はあるかと思いますが…それでも、あそこから逃げ出した者の名簿と、こちらで調べ上げた『リフレイン事件』に関わっている者の資料とを照らし合わせての数となっています…」
ジェレミアからその資料を受け取ると…かつて、藤堂たちがいたという、『日本解放戦線』のメンバーも随分名前を連ねている。
尤も、『日本解放戦線』のトップに立っていたのは、現在、ルルーシュが追い詰めている片瀬元日本軍少将だ。
つまり、あの時点で既に、『日本解放戦線』は分裂していたと考えても差し障りがないと言える。
確かに…彼が率いていた頃の『日本解放戦線』には確かに藤堂と、彼につき従う四聖剣が存在していた筈だ。
にもかかわらず、彼らが所属していた『日本解放戦線』に対してはあまり危機感を感じていなかったように思える。
動く気配がなかったから…
しかし、藤堂と四聖剣がスザクの率いているあのシンジュクゲットーのレジスタンスグループと合流してからは、ルルーシュの中でも、ルルーシュの側近たちの中でも重要人物として見られていたのだ。
―――つまり…コマがどれほど優秀でも…それを使いこなす者によって、その優秀さは左右される…と云う事だ…

 ルルーシュは手渡された資料を見て、自分の心を決める。
「ジェレミア…今回は枢木を政庁に置いて来ている。だから、派手に暴れて構わん…」
ルルーシュの言葉にジェレミアが少し驚いた表情を見せる。
「枢木がいたら…作戦を変えていたのですか?」
主のこれまでに聞いた事のないセリフにジェレミアは思わず聞き返してしまう。
「あいつは日本人だ…。まして、この中には非戦闘員の女子供も含まれている。あの時のあいつの率いていたレジスタンスグループの連中の脆弱さを見ただろう?トップの姿を映し出した姿だ…。だからこそ…私は枢木を政庁の置いてきたのだ…」
多分、普段のルルーシュでもそんな風に答えるであろうと思うが…
ジェレミアには何かが違って聞こえてきた。
確かに戦略的には日本人であるスザクが、下手をすると、虐殺劇の様な場所に置いておいたら邪魔になるだけかも知れないが…
それでも、これまでルルーシュはそんな風に個人的感情で戦略を変えた事など一度もなかった。
それ故に驚くし、それ故に…危うさを感じざるを得ない。
今のルルーシュにとって、スザクの存在がどんどん大きくなって行っている事に…
これまで、自らを律して自分の良くを抑えつけてきた。
ブリタニア軍の勝利のため…ひいては、それがナナリーを守る為の要となっていたからだ。
しかし…今のルルーシュは…ナナリーを守るという事を忘れている訳じゃないとは思うが…それを天秤にかけたうえで、スザクを慮っているのだ。
―――恐らく…殿下もお気づきになられてはいない…
そして…ルルーシュが無自覚とは云え、そこまで自分の意思で欲した者を失った時の…ルルーシュの絶望を考えたとき…ジェレミアは全身が総毛立つような感覚に襲われた、
「殿下…では、さっさと始めましょう…。時間を食い、戦力を削られれば、殿下の専任騎士である枢木が出撃せねばならなくなりますゆえ…」
「そうだな…10分後に投降、降伏の勧告を行う。そして、10分経っても返答がなければ排除を開始する!」
「イエス、ユア・ハイネス…」
ジェレミアがそう跪いてルルーシュに答えた後、前線に立つ者たちに対しての通達を始めた。
そして…その様子を横から窺っていたライが…ルルーシュに近づく。
「殿下…」
ライはルルーシュのすぐ横まで来て、跪いた。
ルルーシュはライのそんな、以前からルルーシュを立てようと、自分の主であると示そうとするそのまじめな性格に苦笑してしまう。
―――本当に…枢木と正反対だな…

 ルルーシュはそんな事を思いながら思わず苦笑してしまう。
「なんだ?」
「枢木卿は…今朝まで、ここに来るつもりでいたようですが…」
今朝、やはりスザクを置いていくというルルーシュの決断にスザクは怒りまくって、ライに八つ当たりをしていたのだ。
「ああ…聞こえていたよ…」
ルルーシュも彼らの更衣室の前を通った時、そんなスザクのどなり声を聞いていたから知ってはいるが…
「ご存知でしたのなら…前線に出さないまでも…せめてお傍に…」
「ライ…枢木が黙って私の隣に立っていられると思うか?それに…今回の作戦は…最初の勧告だけは行うが…基本的には殲滅だ…。あいつがその場にいて…飛び出して行かないとも…」
そこまでルルーシュが云うと、ライが怒りを込めたかのようにルルーシュの名前を呼んだ。
「ルルーシュ殿下!」
昨日のやり取りをよく知っているので、ルルーシュからそんなセリフを聞いたら、スザクがどれほど悔しがるか、どれほど失望するか、そして…どれほど悲しむか…ライには解っていた。
普段は温厚なライではあるが…否、だからこそ、一度怒りを見せた時には本気の怒りなのだ。
「済まない…解っている…。恐らく…枢木は自分の言葉を覆さないだろう…。自分の心にウソをつく事を躊躇いながらも…。多分…これは私の逃げだ…」
ルルーシュの自嘲気味な苦笑に…ライはルルーシュに対して何もできないと思い知らされていた。
多分、物理的な役に立つ事は出来るだろう。
ライはこれでも、『ランスロット』のデヴァイサーとして選ばれた人間だ。
しかし…ルルーシュの心を支えていた者が…誰であったのかを思い知った時…ライ自身にもなんだか辛い思いが込み上げてくる。
「申し訳ありません…。僕には…枢木卿の様にルルーシュ殿下に対して、あのように振舞う事が出来ず…」
こんなとき…ライ自身、スザクが妬ましいと思った。
仮にも自分の主に対して呼び捨てにするわ、敬語を使わない、友達のような話し方をするわ…
ライには、ルルーシュに対してそんな風に出来なかった。
新宿ゲットーに入り込む時に『殿下はなし』と言われて、『ルルーシュ』と呼んだ時にも、ライの中では常に、自分に言い訳をしていた。
これは…命令なのだから…と…
ルルーシュを大切に思い、支えていきたいと思う気持ちは多分スザクに負けない自信はある。
それでも…ルルーシュが心を開いているのは…スザクなのだ…
「何を言っている?ライ…お前がいるから…私はこうして立っていられる…。枢木の様なガサツな奴が二人も傍にいたら叶わないからな…」
「しかし…今の殿下は…とても…お寂しそうです…」
「寂しそう…?私が?」
ルルーシュはライの言葉に対して目を丸くした。

 目を丸くしているルルーシュを見て少し寂しげにライが笑う。
「大丈夫です…。必ず…あなたの事は枢木卿の元へお返ししますから…。勿論、僕にも、枢木卿から専任騎士の座を奪うという、目標がありますから…あなたの心を少しでも頂いて、枢木卿に悔しがらせてやるつもりです…」
ルルーシュはライの事を誤解していたと…今になって思う。
ライは…いつもルルーシュを立て、ルルーシュの事で自分を押し殺していると…そう思っていた。
初めてライに会ったとき…傍にいて欲しいと思った事も事実だ。
もし、シュナイゼルの配下の者でなければ、あの時点で、皇族特権を駆使して騎士にしていたに違いない。
「ライ…どうやら私はお前の事を誤解していたようだ…。いつも自分を抑えていると…。でも…お前にはきちんと…秘めた野心があるのだな…」
「野心のない人間が出世するには一番手っ取り早い軍になんて来ませんよ…。僕には確かに…幼い頃の記憶はない…。でも…解るんです…こうして、殿下の隣に立っていると…僕は…力を欲していたと…」
「力を…?何故?」
「それは解りません…。ただ…ナナリー皇女殿下を必死になってお守りしようとしているルルーシュ殿下を見ていると…何となく…その心が解る気がしたんです…。きっと…僕は…記憶を失う前に…何かを失っているんでしょうね…。だからこそ…大切なものを失わない為に力が欲しいのだと…そう思います…」
ライの言葉が…何を意味しているのか…解る様な…解らない様な…そんな不思議な感覚だ。
しかし…ライ自身、記憶がないというが…彼のその思考や理念などは…本当にしっかりしていると思う。
そして…その意志も強いと思う…。
「そうか…」
ルルーシュがそう言ったとき…ブリタニア軍からの勧告が始まった。
恐らく、相手はその勧告を受け入れる事はないだろう。
受け入れてくれればそれはそれで、有難い事だが…
だが…仮にもルルーシュは支配者としての立場にある。
一度、取り逃がしている相手に対して情けをかける訳にはいかないし、やっと、少しずつルルーシュの理想の形になりつつあるエリアではあるが、まだ、信頼を得た訳ではないのだ。
ルルーシュの失策が続けば…当然ながら侮られる。
そして、このエリア全体でテロが勃発するに違いない。
それは、これまでルルーシュが立ってきた戦場がブリタニアの植民エリアになった地域でそう言った姿を見てきたから…だからこそ、ルルーシュは今、この時期の失策を恐れる。
ただ…ルルーシュ自身は、戦場には立ってきたが、これまで、為政者としての立場に立った事はない。
だからこそ…ここで躓く訳にはいかないのだ。
これから先、ルルーシュが身を立て、ナナリーを守るためにも…

 やがて、勧告から10分が経った。
「時間だ…全軍に告ぐ!目標は今取り囲んでいる13階建てのビルだ!そこから逃げ出す者は…ネズミ一匹逃がす事は許さない!全軍、砲撃開始!」
砲撃が開始されると、そのビルのどこに安置していたのかは知らないが、敵軍からもナイトメアが発信されている。>
「あれは…中華連邦の…鋼髏(ガン・ルゥ)…」
「やはり…中華連邦が後ろ盾の様ですね…。ブリタニアのサザーランドに比べて性能は落ちますが…あの火力は厄介です…」
「しかし…裏を返せば、長い時間は持たないという事…。あの連中がそれ程の補給路を持っているとは思えん…。とにかく、エナジー切れに追い込め!」
ルルーシュが次々に入って来る前線の状況を得ながら指示を出す。
確かに…あのナイトメアフレームの性能であれば、ライを出す必要もない…。
これでは…あまりに一方的過ぎて…まるで…虐殺劇にも見えるほどだ。
鋼髏は確かにその放出される火力が強いが、俊敏性や命中率を考えた時、ブリタニアのサザーランドどころか、グラスゴーにも及ばない。
要するに…当たらなければいい…
そう思っていた。
しかし…ルルーシュは何かがおかしいと思う。
何の策もなしに、ただ、鋼髏を数だけ揃えて当たらせたところで、ブリタニアのナイトメアには敵わない事くらい、中華連邦だって承知している筈だ。
今、ナイトメアの技術を上げれば…ブリタニアは世界一だ。
「何か…おかしい…」
ルルーシュは現在の戦況を見てそう呟く。
確かに、相手もナイトメアだ。
ブリタニア軍も無傷と云う訳にはいかないし、ナイトメア以外で戦っている者たちの中には多くの死傷者が出ているという報告もある。
「殿下?」
「ここは中華連邦じゃない…。まして、彼らは中華連邦の人間ではなく、日本からの亡命者たちだ…。それに対して、鋼髏の数が多過ぎるし…それに…何かほかに目的があるように見える…」
「確かに…あのナイトメアではグラスゴーと対等に戦う事も難しいでしょう…。実際に、ロストしている数は遥かに、あちらの方が多い…」
そこに…政庁からの緊急通信のアラートが鳴り響く。
「どうした?」
『ルルーシュ!ディートハルトからの情報が今入った…』
相手は慌てた声のスザクだ。
『今回、中華連邦が澤崎達の後ろ盾になった理由だ!本当の目的は…中華連邦の新型のお披露目…とでも云うのか…。今、戦況はどうなっている?』
「今は…鋼髏相手に戦っている状態だが…」
『なら、一旦、グラスゴーとサザーランドは引け!あの新型…ラクシャータの話では…』
「どういう意味だ!?枢木?」
『俺がそっちに行く…ちょうど、ロイドさんがフロートユニットのテストをしたいって言っていたからな…政庁からランスロットでそちらに向かう!』
そう、一方的に喋って通信が切れた。
「ライ…どうやら…お前にもナイトメアで出て貰わないといけなくなったかも知れないな…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
ライがそう答えた時…ルルーシュ達の目の前に…現れた…中華連邦のものであろう…ナイトメア…
「な…何だ…あれは…」
見た事のない…恐らくスザクの言っていた新型だろう…
青を基調としたナイトメアが…その姿を現した…

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