その報告は…突然入ってきた。
ルルーシュが殲滅しようとした、シンジュクゲットーでの『リフレイン』の密売と、裏で糸を引いている組織…
しかし、結局は、澤崎一人を捕らえても、完全なる解決にはつながらなかった。
ルルーシュは現場から逃げ出して来た日本人を、女子供関係なく、全て捕らえようとしていた。
本当なら、全員を捕らえている筈だった。
しかし、後で異母姉のコーネリアにもこっぴどく叱られたが、レジスタンスの中に女子供と言うだけで力づくで捕らえる事を躊躇する者が存在した。
そして、その躊躇する者の感情のお陰でその場から逃げだした者達がいた。
あの場に、澤崎以外の日本占領戦の時の日本政府や軍の中枢にいた者たちはいなかった。
恐らく、澤崎と共にいたのであろうが、彼らは自らが逃げる為に澤崎を囮にしたのだ。
そして、完全に包囲していた筈だったのだが…逃げ出せる隙を見つけて、彼らは逃げだした。
そして、その、残った今回の『リフレイン』事件の首謀者と、ルルーシュ達が襲撃したその現場にいた他の者達が再び潜伏、籠城していると云うのだ。
「ジェレミア…今度こそ…潰すぞ…これ以上…あんなものの犠牲者を出していい訳がない…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
ルルーシュは頭の中で、今回は、スザクを同行させない作戦を立てていた…
これまで…このエリア11に来て、スザクを騎士にするまで…それが普通であった筈なのに…
こうして、ずっと傍らにいた人物を使えないと云う事となると…自分の中でも感じた事のない不安が過っている事に気づいていた。
ジェレミアも、ヴィレッタも、キューエルも…何の後ろ盾も持たないルルーシュに対して良く仕えてくれているし、彼ら各々が有能な人材だ。
彼らなら、もっと、皇位継承権の高い皇子や皇女に着く事だって出来た筈だ…
それでも、ルルーシュに対して誠心誠意、仕えてくれている。
「彼らがいれば…大丈夫だ…」
誰に云っているのか…そう聞かれたら…『自分に…』と言う言葉が出てきそうだった。
まさに自分自身に言い聞かせている。
「ジェレミア…ライを呼んでくれ…」
傍らでルルーシュの様子を気にしていたジェレミアに命じる。
ジェレミアはルルーシュが生まれたばかりの頃からずっと、ルルーシュを見てきてくれた…側近中の側近だ。
ルルーシュ自身、ジェレミアに対しての信頼は恐らく、配下の者…というレベルではなくなっている。
「殿下…本当に枢木を外すのですか?」
先日、今回の作戦に対してスザクを外す…そう云う決断を下してから、ジェレミアはずっとその事を気にしていた。
「いまさら聞くな…。早くライを呼んでくれ…」
まるで、他の者の言葉など耳に届かない…そんな感じの様子に…ジェレミアもはぁ…とため息をついた。
「畏まりました…少々お待ち下さい…」
ジェレミアはそう云って、自分のインカムで特派につなぎ、ライを呼びだした。
恐らく…ジェレミアの耳に入ってきている音声の向こう側には…スザクもいる筈だ。
「ライを呼びました…。あと、10分ほどでここに来るでしょう…」
「そうか…なら、ジェレミアはヴィレッタ達と作戦準備にかかってくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
ジェレミアが頭を下げて部屋を出ようとした時、ルルーシュの方を向かず…まるで独り言のように…でも、ルルーシュにはっきり聞こえる様に、一言…ジェレミアの本音らしき言葉を漏らした。
「まったく…我が殿下は…素直でいらっしゃらないのが困りものだ…。誰も…完璧な人間を演じるなど…できる筈もない…と言うのに…」
その言葉に…ルルーシュがぴくりと眉を動かす。
「何の嫌味だ?ジェレミア…」
「あ、失礼いたしました…。ただの独り言ゆえ…お気になさらず…」
そう云って、ジェレミアが部屋を出て行った。
その閉まる扉を見つめながら…ルルーシュの瞳にはいら立ちの様な者が宿っていた。
「私が…個人的感情に素直になってどうする…。私は…このエリアの総督だ…。そして、ブリタニアの皇子…。大切なものを守る為には…捨てなければならないものがある…」
ぎりっと奥歯をかみしめながら、一人、呟く…。
今のルルーシュにとって…辛い状況である事は…今のルルーシュを客観的に見ればわかる。
ルルーシュは幼い頃、母を亡くして、異母兄、シュナイゼルの軍に入り、指揮官を務めると言った事をしてきたおかげに…ルルーシュ自身、自分を第三者的に分析する事に長けた子供となって行った。
だから…自分自身が辛いと思っている事がある…それは解っている。
そして、その辛いと思っている事が…これから先、自分の首を絞めていく事も…。
いつの間にか…自分の中で大きくなっていった存在…
だからこそ…今回の作戦から彼を外した。
自分の…二つ名の意味を…本当の意味を知られる事が怖いから…
「どの道…知られてしまう事…なのに…。往生際の悪い…」
ルルーシュは…この時になって、何故、あの無人島で、スザクの命を救おうとしたのか…そして、そのまま騎士となってくれた事に喜びを感じていたのか…
―――少しだけだ…本当に少しだけ…
解ったような気がした…
―――この件が終わったら…あいつを…自由にしてやろう…。あのレジスタンスグループなら…藤堂がいてくれれば…これから先も…きっと…
ルルーシュの心の中で…そんな決意をしていた。
―――コンコン…
ジェレミアの呼び出しにより、ライがこの部屋にきたらしい…
時計を見ると、あれからそれほど時間が経っていないのだが…いろいろ考えていたお陰で、その数倍くらい長く感じていた。
「失礼いたします…」
「済まないな…明日、作戦を決行する…。お前も奴らのアジトを包囲するときには…ランスロット・クラブで、出て貰う…」
「承知しております…」
ルルーシュにとって、このエリア11に来てから得た…もう一人の騎士…
―――この男も…私の二つ名の意味を知ったら…
そんな思いが過った時…ライは、まるでタイミングを見計らったかのようにルルーシュに言葉をかけた。
「殿下…僕は…殿下が『黒の死神』と呼ばれている事…承知しております。ただ…どうして、その年齢でそこまで云われるのか…その理由までは存じ上げません。しかし…これまで僕が仕えてきたルルーシュ殿下が…本当のルルーシュ=ヴィ=ブリタニア様であると…僕はそう思っています…」
「ライ…」
「僕は…確かに…『黒の死神』と呼ばれる所以となるお姿をこの目に入れたとしても…僕のルルーシュ殿下へ仕える気持ちは変わりません…。現に、その事をご存じのジェレミア卿やヴィレッタ卿、キューエル卿も貴方様の事を敬愛されております…」
まるで、ルルーシュの気持ちを奥の奥まで見抜いているようなその一言…
「それに…僕には野望があります…。枢木卿を押しのけて…ルルーシュ殿下の専任騎士になる…と言う…」
いたずらっぽく笑いながらライはルルーシュにそう告げる。
「ありがとう…私は…いい人々に恵まれたな…」
ルルーシュがそう云って、ライにふわりと笑みを見せた。
「あ、後…一つ…枢木卿から伝言があります…。聞きますか?」
ライの唐突な言葉に、ルルーシュが目を丸くした。
「あ…ああ…」
「『ルルーシュが『黒の死神』と呼ばれている事くらい知っている!それを承知で俺は騎士になったんだ!バカにするのも大概にしろ!』との事ですが…」
その言葉に嬉しくもなるが…それは実際に見ていない者が言える…ただの戯言…にも聞こえる。
ただ…今は、その言葉を素直に受け取った。
「ありがとう…ライ…。次の作戦からは…ちゃんと私の陣頭指揮のもとで動いて貰う…そう枢木に伝えてくれ…」
「なら…ご自身でお伝えください…」
ライがそこまで云うと、部屋の扉が開いた…
そこに立っていたのは…
いったいどこのデバガメだ?と尋ねたくなるような状態で聞き耳を立てていた特派の3人組…
ロイド、セシル…そしてスザクだった…
「お…お前たち…」
滅多に見せる事のない、仰天したルルーシュの表情に…3人はバツが悪そうに笑っていた。
しかし…スザクはすぐに表情を戻して、ルルーシュの元へと歩いていく…
―――パシッ…
軽い衝撃音…
ルルーシュの左頬がかすかに赤みを見せた。
本来…騎士が主に手を上げるなど…不敬罪もいいところだ。
しかし…その場にいた3人はその様子を見守る。
「ルルーシュ…俺は言った筈だ…。俺とお前の望んでいる先は同じだと…。だから、俺はここに残ったと…。俺は…ルルーシュに守られる為にお前の騎士になった訳じゃない…。お前と一緒に…このエリアを…日本と何とかしたいと思ったから…そして、お前もそう思ってくれていると思ったから…お前の騎士になったんだ…。それは間違っていないと…俺は思っていたのに…」
今度はルルーシュの方がスザクから目を放そうとするが…しかし…スザクのその強い瞳から目をそらす事が出来なかった。
あまりに真剣で…あまりに悲しそうだったから…
そして…これ以上ないほど悔しいという思いを湛えたその光…
「俺は確かに…お前ほど頭は良くないし、見たものをストレートに…そのまま受け止めてしまう部分もある…。でも…それは、何の予備知識もない、表面から見える部分しか解らない相手に対してだけのつもりだ…。この数ヶ月…お前と一緒にいて…お前の事を…少しは解った気がするから…」
ルルーシュにとっては…初めての存在だった。
異母兄姉妹たちは…ルルーシュを…ナナリーを慈しんでくれていた。
恐らく、彼らの愛情は本物である…そう思いながらも、自分の立っている場所が邪魔をして、それを素直に受け入れる事が出来なかった。
貴族たちは…庶民出の母を持つ皇子として…蔑んだ目で遠くから見ていた。
そして、シュナイゼルの軍に入り頭角を現してくると、掌を返したように媚を売るようになってきた。
それが嫌で堪らなくて、ジェレミア達には申し訳ないと思いつつも、自分の身の回りに置く人間は極力少ないようにしてきた。
皇子付きの従者であれば、基本的には貴族出身者だ。
それでも、ヴィレッタは平民の出だ。
ルルーシュの周囲は、ルルーシュの母と言う事もあって、普通の皇子や皇女であれば考えられないような事はいくつもあった。
そして…その、考えられないような事の筆頭は…ルルーシュの騎士、枢木スザクだった…。
スザクのその気持ちを聞いて…嬉しいと思うと同時に…自分が弱くなったのではないかと不安にも駆られる。
「殿下ぁぁ…そんなに難しく考える事はないですよ…。だって…スザクくん、ルルーシュ殿下に『作戦から外す』って言われちゃったとき…それはもう荒れちゃって…テストどころじゃありませんでしたからねぇ…。僕としては…」
ロイドがそこまで云いかけるとスザクがロイドを黙らせようとロイドに飛びかかった。
「ロイドさん!そんな事…ルルーシュの前で…」
耳まで真っ赤になっているスザクを見て…ルルーシュ自身、きょとんとした顔を見せる。
そして…何か、考え込む様に下を向いた。
これまで…自分が見ようとしてこなかったものを…目の前に突き付けられた…そんな気分だった。
あの時から…相変わらず『ルルーシュ』と呼んでくれているスザクと、常に陰から見守り続けているライ…。
ルルーシュ自身、まだ…それは何があっても失われないもの…そんな風に思いきることはできなかったが…
でも…これから先もずっと…失わずにいたいと思うもの…
「………おけよ…」
ルルーシュは下を向きながら…小さな声で呟いた。
「え?ルルーシュ…言いたい事があるなら…」
ルルーシュが何かを言った事に気づいたスザクがルルーシュに向かって相変わらずな調子でルルーシュに尋ねてきた。
「お前たち…覚悟しておけよ…。これまで…『黒の死神』の姿勢を見て、逃げ出さなかった専任騎士候補はいない…。それでも…私に従う覚悟があるなら…枢木スザク…今度の作戦…お前もついて来い!」
「やっと…偉そうなお前になったな…。そうじゃないと俺も調子が狂う…」
何かと一言多い奴だと…普段のルルーシュならそう思っていただろう。
しかし…今は…そんな…何の気兼ねもなく話しかけて来てくれる彼のその存在が嬉しいと思うし、有難いと思う。
―――私がここまで弱くなってしまったのは…枢木スザク…貴様の所為だ!最後まできっちりと責任を執って貰うからな!
ルルーシュはそんな事を考えながらスザクを睨みつける。
「僕は…何があろうと…ルルーシュ殿下の元を離れるつもりはありません…。次の作戦で…どうか、僕の言葉が真実であると…その目でお確かめ下さい…」
ライがそう云ってルルーシュの前に跪いた。
恐らく…ルルーシュが『自分は弱くなった』と思わせる原因となったもう一人の人物…。
一人じゃない…そんな幸せな錯覚を見せてくれた…
「その言葉…違える事は許さない…。違えた時には…この私が許さない…」
恐らく…その言葉を信じているからこそ出てくる言葉…
これまで、そんな風に感情で臣下に言葉を投げた事はなかった…。
「イエス、ユア・ハイネス」
そんな、過酷な状況にその身を置かざるを得ない3人の少年を…この場にいた2人の大人たちが…目を細めて見つめていた…
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