>

皇子とレジスタンス



黒の死神6

 ルルーシュの異母妹の言葉に…スザクは唖然とした。
マスコミなどに登場する神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアとは、いつも、優しげな笑顔を見せており、世間の評判も『慈愛の姫』と呼ばれている。
姉のコーネリアは『戦場の女神』と呼ばれる程の武人だ。
表向きの評判は色々と誤解がある事は多々ある。
スザクも首相の息子をやっていたのだから、そのくらいの事は解る。
しかし、その『慈愛の姫』が愛する異母兄の為にあんな表情を見せるとは…と、つい思ってしまう。
ナナリーの前でも、ルルーシュの前でも正に『慈愛の姫』と呼ばれるにふさわしい顔を見せている。
「枢木卿?あなたなら…ルルーシュを守ってくれると思うから…だから、私はあなたに対してこう云う事を云うんです…。これまで…ルルーシュはずっと一人だったんです…」
今度は、切なそうな表情を見せる。
「殿下は…ルルーシュ殿下の事…」
何となくピンときたから、うっかりそんな事を言ってしまう。
言った後で、
―――無神経だったか…
と後悔して見るが、覆水盆に返らずとはこの事だ。
「はい…。異母兄としても大切ですけれど…それ以上に…ルルーシュの事を愛しているんです…。本当は…あなたになんて渡したくないのですけれど…」
更に続けられる言葉に…今度は何を言っていいか解らなくなる。
「……」
困ったような表情を見せると、ユーフェミアが楽しそうに笑う。
「でも…ルルーシュは…あなたの事が好きなんですわ…。悔しいですけれど…。だから…ルルーシュの想いとあなたの想いが同じじゃないのは仕方ないですけれど…それでも…『専任騎士』としては…絶対に守ってほしいのです…。まぁ、ルルーシュ自身は…自分の気持ちに気づいている様子はないですけれど…」
一体何の宣言なのだ?と、そんな風に思ってしまうが…
スザクにしてもルルーシュの事は嫌いではないし、現在のルルーシュの専任騎士と言う立場である事…決して嫌だとは思っていないし…むしろ…ルルーシュが日本を離れるとき…スザクは専任騎士から解放すると言うルルーシュの約束が果たされなければいい…と思ってしまう。
「ユーフェミア殿下…お戯れを…。自分は男で、ルルーシュ殿下も男です…。そんな噂が流れては…」
「別に…噂を流すつもりはありませんし、ルルーシュがお見合い写真を片っ端から見もせずに捨てていることから、そんな噂、今更気にする事でもないと思いますが?」
確かにそんな事を…執事長が言っていた。
「まぁ、私はルルーシュの相手があなたなんて…ぜぇぇぇぇぇったいに認めませんけれど?もし、万が一の時には、小姑特権で苛めぬいて差し上げますわ…」
言葉の後…フフフ…という恐ろしげな笑いがスザクの耳の届く。
そんなユーフェミアの姿に…『マスコミは知らないのか?この方のこの本性を…』と思ってしまっていた。

 その後、スザクもライもコーネリアとルルーシュの元へと呼ばれた。
「失礼いたします…」
そう云って、スザクとライが執務室へと入っていく。
「とりあえず、そこにかけろ…。ルルーシュから『リフレイン』の事件については聞いた…」
コーネリアの声に促され、二人は応接用のソファにかけた。
「あの…コーネリア皇女殿下は、この度…休暇でこのエリア11に訪ねて来られたと聞いているのですが…」
ライが率直に素直に尋ねた。
すると、コーネリアがふっと笑いながら答えた。
「否…話を聞いていて…枢木には辛い任務かと思ったのでな…。ルルーシュもお前を外したいと言っている…」
「な…」
コーネリアの言葉にスザクが焦って何かを言おうとするが…言葉が出てこない。
―――俺は…辛いなんて思っていない…。それに…ルルーシュが?俺を外したいと思っている?
これまで、騎士としての信頼はそれなりに得ていると考えていたのだ。
それなのに…ここにきてこのような話を聞かされて…焦らない筈もない。
それに…先ほどのユーフェミアとの話も…
騎士と言うのは、主を守る事が務めの筈だし、スザク自身、『総督』ではなく、『ルルーシュ』を守りたいと思っていた。
「私としては、お前はルルーシュの専任騎士なのだから…そんな私情をはさんで任務をこなすべきではないし、主を守る時には私情を捨てるべきだと考えている。今も、こいつの甘さに叱り飛ばしたところだ…」
コーネリアは『やれやれ』と言った表情でルルーシュを見た。
ルルーシュの方はと言えば、何を言われてもその言葉を覆す気はないと云った表情をしている。
「あ…あの…一つ伺ってもよろしいですか?」
スザクはルルーシュを睨みつけるように言葉を発した。
明らかに怒りを隠せない…と言う感じだ。
コーネリア自身、何となくスザクの気持ちが解るのか、主を睨むなどと言うその行為に対して何も言わない。
これに関しては、コーネリア自身、ルルーシュの方が間違っていると考えている所為もあるだろう。
「ああ…言いたい事があるのは理解する…。とりあえず、率直に言ってみろ…」
コーネリアの言葉にスザクがコーネリアに頭を下げた。

 スザクはその場に立ち上がり、ルルーシュを見下ろす形になった。
「殿下…自分は、あなたの専任騎士です…。自分が『イレヴン』である事…旧日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子である事が…今回の決定の理由ですか?」
隣に腰かけていたライとしても…流石に同情しているのだろう…
ここまで、半ば強引に叙任させられたと云っても過言でない経緯ではあったが、それでも、スザクはここまでルルーシュの為に…それが、ルルーシュの考えている統治に賛同しているから…と言う理由からであったとしても、専任騎士として遜色のない働きをしている筈だ。
それに、スザクが騎士となってから、ルルーシュの表情が柔らかくなった事は、気づいていた。
だから、今でも、シュナイゼルの命令を肝に銘じながらも、スザクの事はルルーシュの傍にいる事で、ルルーシュに対していい影響を与えていると思っていた。
「そうだ…」
ルルーシュが表情を変えずにその一言を告げた。
コーネリアも表情を変えていない。
ただ…なんだか…いつもと何かが違う…ライはそう判断している。
しかし、スザクの方はと言えば…完全に頭に血が上っているようで…
でも、流石にここで殴りかかる訳にもいかないので、必死に怒りを抑えている様子だった。
「失礼します…」
その怒りをこの場でぶちまける訳に行かない…しかし、今、この場にいてその怒りを抑えるだけの自信がスザクにはなかった。
だから、スザクは全身から怒りを放った状態でその執務室を出て行った。
「枢木卿!すみません…殿下方…私も失礼します…」
ライも慌てて立ち上がり、スザクの後を追って行った。
二人が部屋を出ていくのを見送り、コーネリアがはぁ…と息を吐いた。
「ルルーシュ…」
「申し訳ありません…私の…個人的な我が儘です…」
ルルーシュ自身、下を向いて、そう、静かに口から言葉を発した。
ルルーシュ自身、肩が震えているのがよく解る。
コーネリア自身、ルルーシュが何故、『黒の死神』と呼ばれているのか…よく知っていた。
「お前に…そんな存在が現れた…と言うのは…喜ぶべき事なのだが…」
「しかし…このままでは…どの道、枢木は私から離れていきます。枢木が、これ以上…私に対して…私の望む存在になる前に…突き放しておくべきなんです…」
小さく震えているルルーシュの頭をそっと、自分の肩に寄せた。
「まったく…お前がそんな風に考えられるのなら…もう少し…奴を信用してやってもいいんじゃないか?」
「枢木は…私の傍にいるにはまっすぐすぎます…。ライは…きっと、シュナイゼル異母兄上の命令もありますから…本意ではなくとも…私について来てくれるでしょうが…枢木は…」
今にも泣きそうになっている異母弟の不器用さに…コーネリアはただ、切ないため息をつくしか出来なかった。

 怒りのまま執務室を出て行って、いつの間にか政庁の屋上に来ていた。
初めてきた…
「こ…これは…」
その屋上の風景に…スザクは目を丸くした。
緑と花に囲まれた…庭園となっていた。
「枢木卿!」
立ち止まったスザクの肩をライが力いっぱい掴んだ。
スザクはその痛みに気がついて、後ろを振り返る。
「ライ…」
スザクの表情に…ライ自身も個人的な嫉妬等が吹き飛んでしまった。
元々、スザクはルルーシュ自身が、無人島でスザクが捕らえられそうになった時に命を救いたい…そんな気持ちの下、自分の立場を顧みずに助けた存在だった。
―――さっき、僕が感じた違和感は…これか…
ライは何となく、先ほどのルルーシュの一言に感じた謎が解けた気がした。
「枢木卿…とにかく、頭を冷やしませんか?何故…ルルーシュ殿下があのような話をされたのか…僕らは知らない…」
スザクよりも、冷静に物事を見る事の出来るライがそう、スザクに進言する。
「それに…僕もここに来たのは初めてですが…そんな今にも暴れだしそうな表情でここにいたら…せっかくの庭園が台無しですし…下手をするとこのままあなたが暴れてしまってはめちゃくちゃになってしまいます…」
ライの言葉にスザクも一呼吸おく事が出来たのか、肩の力を抜いた。
そう云えば、先ほど、それを命じたのはコーネリアであった。
ルルーシュは重要な命令を下す場合、自分の口で命令を下す。
多分、コーネリアの命令は…恐らくルルーシュの本心であろう事は予想がつく。
だいたい、ルルーシュの専任騎士に対しての命令は、ルルーシュから直接下されるべきであり、コーネリアからの命令を聞く義務はない…。
「ライ…どうしてルルーシュは…いきなりあんな事を言い始めたと思う?」
「さぁ…自分には…。ただ…殿下は…常にあなたの事を気遣っておいでですよ…。きっと、澤崎が捕まえた時…澤崎が真っ青な顔をして殿下の顔を見ていたとか…。その事に関係しているのでは?僕たちは…ルルーシュ殿下に仕えていながら…ルルーシュ殿下の『黒の死神』と揶揄される理由となっている姿を…知りませんから…」
ライに云われてみると、確かにそうだ。
以前、敵として戦っていた頃、幾度か垣間見た『黒の死神』としての顔…
ただ…あれは、本当の『黒の死神』の姿ではない。
敵の将を揶揄するとき…等身大よりも大きな評価をされる事もあるのは知っている。
しかし…ルルーシュはどれほど優秀とは云え、まだ、15歳の子供…
そんな子供につけられた二つ名…
「……ふっ…俺も…甘く見られたものだな…」
スザクは…ライの一言に…ただ…自嘲が零れた。

 二人が出て行った後…ただ…下を向いたままのルルーシュだったが…
「ルルーシュ…もう少し、枢木の事を信用してやってもいいんじゃないのか?私は、最初はイレヴンの騎士など…反対だった…」
ブリタニア人とナンバーズの区別をはっきりつける…そう云う考え方のコーネリアならごく当たり前の考えだ。
「そう…でしょうね…。私も…あの時…枢木を騎士にするべきではなかった…今になってそう思います…」
ルルーシュは力なく答える。
「でも…お前の心をそうやって、年相応に動かしてくれる存在だ…。これまで、お前を軍人として接してきた私が云うのもおかしな話だが…お前が枢木と一緒にいる姿を見聞きして、少しほっとしたのだよ…」
時々見せる…異母姉としてのコーネリアの顔…
普段、非常に厳しい…。
軍人であればごく当たり前の事だ。
ちょっとしたミスが命取りになる。
大切な存在であればある程、コーネリアは厳しく接してくる。
「?」
コーネリアの言葉にルルーシュが不思議そうな表情を見せる。
「お前が…15歳の少年らしい顔をしている…。済まないと思ったが…この部屋での様子を…防犯カメラの記録で見せて貰った…。まぁ、お前にぞっこんのシュナイゼル異母兄上と、ユフィが見たら…大目玉だろうがな…」
「防犯カメラの…記録…」
執務室…確かにスザクと一緒にいる時間が多かった。
専任騎士なのだから…至極当然なのだが…
「お前…枢木と一緒にいるとき…私も見た事のない様な表情をしていたからな…。正直、驚いたよ…」
コーネリアの言葉にルルーシュ自身…驚いた表情を見せる。
今、ルルーシュの目の前にいるのは…異母姉としてのコーネリアだった。
「ユフィは怒るかもしれないがな…。それでも、私は嬉しかったよ…お前があんな表情をしているのを見たのは…マリアンヌ様がお亡くなりになった後…初めて見たよ…」
「申し訳ありません…総督として…」
ルルーシュは自分の失態を叱責されていると思ったのか…ルルーシュらしくない顔をコーネリアに見せる。
「何も、その事について責めている訳じゃない…。安心したんだよ…私は…。お前は、シュナイゼル異母兄上の配下になってから…いつも…辛そうな顔をしていたからな…。枢木がイレヴンでなければ…全く問題はなかったのだがな…」
「しかし…私は多分、枢木がナンバーズでなければ…ここまで思わなかったと…思います…。自分の…二つ名の真の姿を見られるのが…怖いなんて…」
「怖いと思えるほどの相手…お前の傍にいられる相手であれば…良かったのにな…」
「しかし…私は彼があのような…私にはない真っ直ぐな心根を持つからこそ…」
コーネリアの言葉と、ルルーシュの言葉…
コーネリアは、いつか…あの、枢木スザクにこの、何の飾りもない、何の偽りもない今の異母弟のこの言葉を…知ってほしいと心から願っていた…

『黒の死神5』へ戻る  : :『黒の死神7』へ進む
『皇子とレジスタンス』メニューへ戻る


copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾