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皇子とレジスタンス



黒の死神5

 シンジュクゲットーのビルでの『リフレイン』の闇取引の会場にいた参加者がほぼ、全員確保したとの報告を受けた。
「ほぼ?ほぼとは?」
ルルーシュがレジスタンスグループのメンバーの一人に聞き返した。
すると…
「中には女や子供も混じっていたんだ…そんな相手を…」
その返事にルルーシュは怒りを露わにした。
「そうやって…中途半端な情けをかけるからこうした事件を完全に解決出来ぬと…何故解らぬ?」
ルルーシュのその言葉に、レジスタンスグループのメンバーがむっとしたように言い返した。
「武器も持たない相手に…銃を向けて確保など出来る訳がない!」
こんな…中途半端な情が物事の解決がままならない事を気づいていないのか…と…自分よりも遥かに年上であろう、言い返してきた男に対して思う。
「なら…その女子供が『リフレイン』中毒者であれば…彼らはまた苦しむ事になるな…。先程、捕まった連中の簡易検査の結果を見たが…あれは、重度の薬物中毒者たちだ…。ここ以外のところから逃げ出した中には女子供も混じっていた。その女子供たちの血中の薬物濃度も…重度の中毒者である事を示していた…」
端的に…事実だけを述べる。
そう…彼らが逃がした女子供たちの血液にだけ薬物反応が出ない…なんてことはあり得ない。
そして…ロイドのトレーラーで簡易検査を行った者たちの検査データをその男に見せてやった。
ある、薬物濃度だけ尋常でないほど高い数値を示していた。
その結果を見て、その男が何も言えなくなるかと思えば…結局、自分可愛さのフェミニズムに走った発言を繰り返した。
「なら…あんな丸腰の…何の力も武器も持たない女子供を捕まえる為に銃を突き付けるのか?それじゃ…何の為に俺達は日本解放のために戦っているのか…」
「甘ったれるな!」
ルルーシュは周囲の人間が驚くほどの声でその男を怒鳴りつけた。
「何の力も持たないから…何の武器も持たないから…だから、罪を犯しても許されるのか?お前たちの行ってきたテロリスト活動の中でも…丸腰のブリタニア人が何人も殺されている…。助けを請い、お前たちの銃に怯え、逃げながら…」
ルルーシュのその言葉に取り成そうとしていたスザクやライも黙ってしまった。
確かに…女子供を逃がしてしまった男の云っている事よりも、ルルーシュの云っている事の方が正しい…
その女子供たちを哀れと思うなら…その場で確保して、きちんとした薬物中毒者への治療を行うべきであったのだから…
「そんな…『卑怯者』と云うレッテルを貼られる覚悟もないくせに『正義の味方』として、ブリタニア軍と戦っていたのか?お前は…」
ルルーシュの声は…怒りで震えていた。
『正義の味方』とは…聖人君子では務まらない。
時に…様々な『罪』と『業』を背負いながら…それでも戦い続けるのだ…。

 ルルーシュの苦悩の表情に、藤堂が前に進み出た。
「済まない…私の監督不行き届きだ…。ルルーシュ総督…確保した者の名簿と、この会場に会った参加者の名簿はあるのであろう?」
藤堂のその介入で少しは頭が冷えたのか…ルルーシュはやっと、ほぉ…と大きく息を吐いた。
「こちらこそ済まなかった…藤堂…。私も冷静にならねばならなかったな…」
藤堂の介入に感謝しながらルルーシュは藤堂の方を見た。
「名簿はある…。しかし、このような失態があるのであれば…あなた方に任せる訳にはいかない…。こんな…安っぽい情で火種を大きくする訳にはいかないからな…」
藤堂も、ルルーシュの云っている事が解るだけに…その事に関しては何も言えなかった。
もし、あの薬物中毒者たちが中毒症状を起こして問題行動を起こしたら…
あの闇取引の最中にルルーシュ達が乗り込んで、混乱を起こして、参加者を片っ端から確保したのだ。
基本的に、『リフレイン』を求めている側に『リフレイン』が渡る前に彼らは逃げだし、混乱したのだから…。
当然、逃げ出した女子供たちも、『リフレイン』の持ち合わせなどないだろう。
中毒症状が出てしまったら…そして、その行動で問題が発生したとするなら…捜索範囲はシンジュクゲットー全域に広められる。
そして…逃げ出した者達のあぶり出しが始まるのだ。
匿った者も当然同罪として逮捕される。
もし、軍備を整えた組織に助けを求め、籠城でもされたら、そこを取り囲んで組織の人間も、逃げ込んだ『リフレイン』中毒者も…根こそぎ殲滅命令を出す事になる。
「所詮…レジスタンスたちを信用した…私がバカだった…そう云う事だ…」
ルルーシュはそう云って踵を返し、後ろに控えていたスザクとライに声をかけた。
「すぐに政庁に戻る…。そして、逃げた者達の行きそうな場所を洗い出し…探し出す…。最悪…銃殺も許可する…」
わざわざレジスタンスたちに聞こえる様に二人に命じた。
ルルーシュとしては…彼の犯した失態の大きさを知らしめるためであったのだが…
藤堂はルルーシュのこの行動の意味を読み取ったが…ルルーシュはここでレジスタンスグループのメンバーたちの反感を買う事となった。
しかし、ルルーシュにしてみれば、そんな者は痛くもかゆくもなかった。
こんな、くだらない情の所為で…死ななくていい筈の命をまた…ルルーシュの手で消さねばならぬと云う事に…苦しんではいたが…
「藤堂…出来る事なら…私はあなたとこの日本を…変えていきたかった…。ブリタニアの皇子である私が云うのは…おこがましい事かも知れないがな…」
最後に、ルルーシュはそう伝えて、その場を後にした。

 重い気持ちを抱えたまま…政庁に戻ると…
「ルルーシュ!」
聞き覚えのある…明るい声がルルーシュを迎えた。
「ユ…ユフィ?何で…ここに…」
世間知らずで破天荒なルルーシュの異母妹姫がいきなりルルーシュに抱きついてきたのだ。
「私だけではありませんわ…。ナナリーと…コーネリアお姉さまも一緒です…」
抱きついているユーフェミアの身体をそっと話し、彼女の肩の向こうを見ると…ナナリーと…ナナリーの車いすを押しているコーネリアの姿があった。
「ナナリー…異母姉上…」
先ほどの、重苦しい気持ちを吹き飛ばすかのような来客だった。
そして、ルルーシュの後ろに控えていたスザクとライも一瞬驚いて硬直するが、すぐにその場に跪いた。
「私は…異母兄上からルルーシュの様子を見て来いって言われてね…。EUの制圧へと赴いていたのだが…少し休暇を貰った事を伝えたら…この二人がどうしてもお前に会いたいとうるさくてな…。で、異母兄上からも言われて仕方なく…」
そう云いながらも、可愛い異母弟の姿にコーネリアが目を細めた。
「お姉さま…またルルーシュったら痩せちゃったみたいですわ…。今抱きついたら、何だか、また全体的の細くなっているんですの…。ひょっとして私よりも体重少ないのではないかと思うくらい…」
あまりにショックだと云う表情をコーネリアに向けているが、そんなユーフェミアにコーネリアは苦笑するばかりだ。
そして、コーネリアがナナリーの車いすを押してルルーシュの前まで来る。
「ナ…ナナリー…元気だったかい?」
「はい…ユフィ異母姉さまと毎日、お勉強していたんです…。いつか…お兄様のお役にたてるように…と…」
ナナリーのこの、元気づけられる言葉は嬉しいが…先ほどまで…ユーフェミアにもナナリーにも知られたくないルルーシュの顔だったのだ…
その苦悩が…どうしても顔に出てしまう。
コーネリアがその事に気づいて後ろで跪いている二人の騎士に声をかけた。
「枢木、ライ…すまんが、ユフィとナナリーの相手をしてやってくれないか?政庁の中庭でいい…。一緒に散歩でもしてやって欲しい…」
コーネリアから命令されたのでは、ルルーシュが拒否しない限り、逆らう訳にはいかない。
「「イエス、ユア・ハイネス…」」
二人は跪いたまま答え、さっと立ちあがって、スザクはユーフェミアの手を取り、ライはナナリーの車いすを押した。
そして、ルルーシュとコーネリアが4人の姿を見送り、二人の会話が聞こえないところまで遠ざかったことを確認してコーネリアがルルーシュに声をかけた。
「本当にまた痩せたな…ルルーシュ…」
まだ15のルルーシュにとっては過酷な公務である事は…コーネリアも承知している。
どれだけ優秀であったとしても、まだ、子供なのだ。
「少し…ティータイムでも付き合え…。いろいろ話も聞きたいからな…」
そう云って、ルルーシュに普段仕事で使っている執務室まで案内させるのだった。

 一方、ユーフェミア達は政庁の中庭でお茶を楽しんでいた。
「お兄様は…最近ちゃんとご飯食べていらっしゃいますか?」
ナナリーが先ほどのユーフェミアの言葉に心配したらしく、尋ねてきた。
「いろいろお忙しいので…ゆっくりお食事を…と云う訳には参りませんが…必要な分はきちんと召し上がってらっしゃいますよ…ナナリー皇女殿下…」
「そうですか…。お兄様って…ホント、少し目を放すとお食事を抜いたり、一晩中読書に耽っていたり…。困ったお兄様なんです…」
「今日は…私たちと一緒にお食事できるかしら…。ねぇ、これからはもう、ルルーシュのお仕事はないのでしょう?」
ユーフェミアも負けじと質問してくる。
先ほどのシンジュクゲットーでの騒ぎを思うと…大切な妹姫たちと一緒に笑いながら食事…と云うのも今のルルーシュには辛いのかも知れないと思う。
「まだ、書類の仕事などが残っていらっしゃるみたいですが…。後で殿下に確認してみますね…」
大切に育てられている事がよく解る…この二人の…ルルーシュの妹姫たち…
特に…ナナリーがいなければ…ルルーシュはあそこまで自分を偽って戦い続けるなんて事はしていなかっただろう…。
それでも、彼女たちがいるから…ルルーシュはこうして、辛いこの生活も乗り越えて行けているのであろう事は予想が出来る。
「ねぇ…枢木卿?ちょっと、お話がありますの…。お付き合いいただけますか?」 「ユフィ異母姉さま?」
「あ、別に、ルルーシュの専任騎士を取るつもりはないの…。ただ…少しだけ、ルルーシュの事をお聞きしたいし、ルルーシュの事もお話したいの…」
ユーフェミアのその言葉に…ナナリーも何か心当たりがあるのか、はっとしたように『解りました…』と云って、ライに命じてその場をユーフェミアとスザクへと譲り渡した。
ライがナナリーの車いすを押して離れていくのを見送り、ユーフェミアがスザクの方へと向き直った。

 その時のユーフェミアの顔は…ただの世間知らずなお姫様…と云う印象はぬぐえないものの…それでも、大切な者を守りたいと願う一人の少女の顔をしていた。
「枢木卿…先ほどまで…ルルーシュは…戦っていたのですね?」
ユーフェミアの言葉にスザクは驚いた表情を見せる。
そんなスザクの顔を見てユーフェミアがくすくすと笑いだす。
「ごめんなさい…。私…ルルーシュの事なら…何でも解っちゃうの…。ルルーシュにとっての一番はナナリーだって解っているんだけれど…」
ユーフェミアのそんな態度に…スザクはどうしていいのか解らない。
第一…ユーフェミアはスザクに何を話したいのだろうか…
そんな事が頭に浮かぶ…
「枢木卿…私が…あなたと初めてお会いした時…私があなたになんて言ったか…覚えていますか?」
覚えていた…
自己紹介をしたかと思ったら…いきなり『どうか…ルルーシュの事を守って下さい…』と頭を下げられたのだから…
「ユーフェミア皇女殿下は…本当にルルーシュ殿下の事を大切に思っていらっしゃるのですね…」
スザクがそう云うと…ユーフェミアは『当たり前です!』と云う表情をした。
「ルルーシュは世界で一番素敵な方ですわ…。本当は…誰よりも幸せになって欲しいのに…。なのに…ルルーシュは…いつも優しいから…いつも…ルルーシュだけが悪く言われるように振舞うんです…」
ユーフェミアが今にも泣きそうな顔でスザクに訴える。
まるで、肩思いをしている女の子の相談を聞いている気分になって来る。
「ルルーシュが『黒の死神』なんて、世間では呼ばれているらしいですが…でも…私はルルーシュが誰よりも優しい事を知っています…。本当は…ルルーシュの傍で…ルルーシュを守りたいのに…それが出来ないから…」
無力な自分を責めて、嘆いている様な…
しかし、彼女がどれだけ自分を責めたところで…何も変わる事はない。
そう思っていると…くっと背筋を伸ばして、スザクの目をまっすぐに見た。
「悔しいですけれど…あなたがルルーシュの専任騎士です…。だから…もう一度お願いします…。ルルーシュを…守って下さい…。そして…」
ユーフェミアはそこまで云うと…一旦言葉を切った。
そして、一呼吸おいて再び口を開く。
「あなたは私が望んでもなれないルルーシュの専任騎士となったのです。だから…ルルーシュを裏切ったりしないで…」
ユーフェミアの言葉に…スザクは…何も答える事が出来なかった。
言葉に詰まっているスザクに…ユーフェミアは更に言葉を続けた。
「もし…あなたが傍に着いていながら…ルルーシュに何かあった時には…私の持つすべての権限を使って…エリア11を壊滅させますから…」
彼女の脅迫の様な言葉の中に…ルルーシュが『黒の死神』と呼ばれている本当の理由を…少し垣間見た気がした…。
『慈愛の姫』と呼ばれるユーフェミアにここまで云わせるルルーシュ…本当にあらゆるものに対して、『慈愛』を抱いているのは…誰なのか…少し解った気がした。

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