ナイトポリスによって放たれたアサルトライフル…
「お怪我は大丈夫ですか?殿下…」
瓦礫の陰に隠れて、会場内での護衛役であったヴィレッタがルルーシュに尋ねる。
「ああ…大事ない…」
ルルーシュの右の二の腕から血が流れている事が解る。
ヴィレッタは応急処置として、血の流れている個所より上の部分を強く縛った。
「まさか…ナイトポリスまでこの件に関わっているとは…私も対処が甘かったな…」
「いえ…私の方こそ…これは、調査を行っていた我々のミスです…。戻ったら、存分に処分を…」
ヴィレッタが心底申し訳なさそうにルルーシュに云うが…ルルーシュにしてみれば、自ら乗り込むともなれば、この程度の怪我の一つや二つ、それほど驚くことではないと云う構えだ。
「そうだな…もし戻れたら…お前には一週間、私や親衛隊たちのお茶くみでもやって貰うか…」
こんな状態でルルーシュはヴィレッタを安心させるように軽口を叩いた。
年端もいかない…ヴィレッタよりも10歳も若いこの少年が…こんな状況下に陥っても決して動じる事がない。
あまりに冷静故に…そして、ブリタニア軍の損害を減らす為にどのような冷徹な策でも実行できるだけの精神力故に…こんな子供が『黒の死神』などと揶揄されている。
このような皇子に仕える事は…確かに光栄の極みだと思う。
ルルーシュはヴィレッタが目標とするマリアンヌの忘れ形見だ。
『閃光のマリアンヌ』…平民で軍人となった者であるならば…憧れを抱かない者はいない。
どうしてなのかは知らないが…アリエスの離宮内でマシンガンを放たれ、皇女であるナナリーを庇ってその命を落としたという事だけは知られている。
そして、そのマリアンヌの長子が、そのナナリーを守る為に子供と言われるような都市でありながら、多くの泥を被りながら…たった一人の妹姫を守り続けているのだ。
このエリアに来てルルーシュの騎士となったあの二人の少年たちは…まだ、ルルーシュが何故『黒の死神』などと呼ばれているのか…その所以をその目に映した事はない。
彼らが…そんなルルーシュの姿を見た時に…ルルーシュにどう接するのか…ヴィレッタとしても心配ではあったが…
しかし、その時、ルルーシュが傷つかなければそれでいい…今はそう思う事にしているのだが…
ただ、ライは大丈夫だろうとヴィレッタは思うのだが…あの枢木スザクは…曲った事が嫌いだという。
確かに目に見えている部分では、ルルーシュを卑怯者と罵る輩も多い。
あの枢木スザクにルルーシュの本質を見抜いて欲しいと…見抜いてくれると信じたいと…今ではそんな思いだった。
何せ、ルルーシュに仕えて5年ほど経つが…ルルーシュがここまで他人に対して思い入れたところを見るのは初めてだったから…
「ヴィレッタ…あのナイトポリスの所属は解るか?」
「この位置からでは…」
ヴィレッタの言葉でルルーシュは考え込む。
「仕方ないな…」
そう云って、ルルーシュは何か閃いたようで、その場から移動を始めた。
ルルーシュのその動きにヴィレッタは驚きの表情を見せる。
「な…何をなさっておいでですか!先ほども…あんな無茶をされるからナイトポリスまで出てくるんです…」
「あの騒ぎなら、ライか枢木が乗り込んでくる筈だ…。ロイドにナイトメアの運搬はさせているし、あのトレーラーで逃げ出して来たこの闇取引の参加者を運べと言ってあるからな…」
「まさか…また的になりに行くおつもりですか?」
ヴィレッタは何とかルルーシュを止めようと必死だが…
それでも、こうなってしまうとルルーシュが考えや行動を改める訳もなくて…
―――これは…ルルーシュ殿下の処罰よりもジェレミア卿の怒りの方が恐ろしい…
本気でそんな事を考えてしまう。
尤も、こんな形で火がついてしまったこの皇子はジェレミアでさえ止める事が出来ないのだ。
ヴィレッタに止められる訳がないと、とりあえず言い訳を思いついて、とりあえず、これ以上ルルーシュに怪我をさせないように気をつけなくてはならない。
先ほどの騒ぎで会場内はだいぶ静かになっている。
瓦礫の陰から這い出していくと…案の定、ナイトポリスはしっかり残っていたし、指揮を執っているであろう人物も恐らくどこかで見ている筈だと確信する。
ルルーシュ自らが乗り出しているという事で、お互い大きなリスクを覚悟でリーダー同士がこの場に出てきているのだ。
それに、中華連邦に逃れた元日本の要人たちが犯人だとするなら、一通り顔は知っている。
「さて…とりあえずは、出て来て貰えないだろうか?澤崎敦元日本国官房長官殿…」
ルルーシュは立ち上がると同時にそう、どこに潜んでいるかも解らない人間の名前を呼んだ。
そして、ルルーシュが姿の見えない相手に声をかけたと同時に後方からナイトメアの…恐らくランスロットがこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
「ヴィレッタ…とりあえず、枢木に事情を伝えて、彼にもここへ来てくれるように言ってくれ…」
ルルーシュの傍らでルルーシュを守る様に銃を構えていたヴィレッタが驚いた顔を見せるが…ルルーシュはお構いなしだ。
「大丈夫だ…。それより、あの勢いで突っ込まれる方が危ない…」
言われてみればその通りで…
「イエス、ユア・ハイネス…。殿下の御身に危険が及んだら、これを投げて下さい…5m離れていれば爆発に巻き込まれる事はありませんから…」
そう云って、ヴィレッタは小型の爆弾を相手には見えない様にルルーシュのジャケットのポケットにねじ込んだ。
「お前もあの興奮状態の我が騎士のランスロットに引き殺されないようにな…」
この状況下で信じられないブラックジョークであるが、ルルーシュに仕えている時間が長いからそんな言葉にもクスッと笑って返してやり、走り出した。
ルルーシュはヴィレッタの後ろ姿が見えなくなると、会場であったこのホールの真ん中へと歩みを進める。
そして、ナイトポリスのアサルトライフルの銃口が自分に向けられている事を承知でその場に立ち止まり、相手が出てくるのを待った。
ここまでくれば、多分、どこかでヴィレッタに何かを渡された事を見られていても、ヴィレッタのくれた爆弾ではとても逃げきれないし、相手も、そんな大した物を手渡されたとは思っていないだろうから、相手も出てきやすいと考えていたのだろう。
案の定、あまり待たずに澤崎が出てきた。
恐らく、ルルーシュの3倍以上は生きている…そんな相手だが…
ただ、ルルーシュとしてもこの男に関連する資料はあまり得られていないのだ。
どのように攻略すればいいのかと、頭の中で考える。
ただ…自分が優位に立てる場所でなければ決してこんな風に出て来る事はないだろう事は解る。
だからこそ、日本に残ったテロリストにテロ活動をさせておいて、状況を判断しながら日本へ戻り、独立義勇軍のトップとして立つつもりでいたのだろう。
なのに、ルルーシュが総督となり、日本のテロリストたちの活動も力を失った状態だった。
何より、枢木ゲンブの息子と云う、旗頭がブリタニアの皇子の専任騎士となってしまった今、その息子を旗頭にも出来なくなった。
―――確かに…直接見ると、器そのものの容量が小さいな…
ルルーシュの素直な感想だった。
ただ、気の長い方ではなさそうである事は解る。
自分の思い通りにならなければ、この場のナイトポリスにルルーシュの射殺を命じるだろう事は簡単に予想がつく。
「お初にお目にかかる…私は、神聖ブリタニア帝国第11皇子にして、現在のエリア11総督の任に着いているルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです…。元日本国官房長官、澤崎敦殿…」
外交の場では必ず、敬意を払った挨拶をする。
どちらの立場が上であれ、挨拶の仕方でその相手の人となりが解るものである。
それも解らない相手ならこれほど楽な事はないし、その方がルルーシュとしてもその実力を惜しむことなく叩き潰せる。
「これは、これは…ブリタニアの若き皇子と聞いてはおりましたが…。なかなかしっかりしたお方のようだ…。いかにも、私が元日本国官房長官、澤崎敦だ。」
ルルーシュは確かに口は回る様だとは思った。
確かに、名誉ブリタニア人のブリタニア軍人を取り込んだり…果ては、ナイトメアの騎乗を許されたブリタニアの警察をも取り込んでいる辺りは、侮る相手ではないと判断する。
「今回のこの事件の黒幕は…あなたですね?澤崎殿…」
ルルーシュは、恐らく現在、その冷たい瞳を見て生きている人間は、それほど多くない死神の目をしている。
ルルーシュは…今回の事件の黒幕がこの国を祖国とする日本人…そして、ブリタニアが占領するまで政治の中枢に立ち、国民を導いてきた人間だと思うと…許せなかった。
ルルーシュのその質問に澤崎は大声で笑い出す。
その笑い声を聞いていったん外に出ていたヴィレッタとランスロットから降りたスザクが慌てて中に入ってきた。
ホールの真ん中で澤崎とルルーシュが対峙している。
「殿下!」
「ルルーシュ!」
スザクとヴィレッタが同時にルルーシュを呼んだ。
「騒ぐな!とりあえず、ルルーシュ殿下には…人質になって頂こうか…。ここであなたを殺しても意味はないが…お前達が動けばこのまま撃つ…」
酷薄な笑みを浮かべてスザクとヴィレッタの位置からでも見える様にルルーシュのコメカミに銃口を向けた。
ルルーシュの顔は澤崎の方に向いているから、表情は窺う事は出来ないが…慌てている様子もない。
―――玉城に銃を向けられても眉一つ動かさない訳だ…
スザクはそんな風に思うが…ヴィレッタの方は、慣れている事とは云え、焦りは隠せないようだった。
「で…私を人質にして何を要求するつもりだ?」
至って冷静にルルーシュは澤崎に尋ねる。
ルルーシュの背後に立つスザクやヴィレッタの方に注意を払っている間にルルーシュは15歳の少年らしからぬ顔つきとなっている。
『黒の死神』…その比喩は聞いた事があった。
恐らく、ルルーシュがそんな風に呼ばれるのはこう云う時のこの瞳の所為だろう…澤崎はそんな風に思うが…
そのルルーシュへの比喩は別の事に向けられたものだ。
ルルーシュの今の『黒の死神』の表情はその行動に伴って身に着いただけの…外見上だけのものだ。
「…お前はブリタニアの皇子の中でも、あの宰相のお気に入りと聞いている…。お前を人質とすれば…」
「宰相閣下は、私情で私の命乞いなどしない。顔色一つ変えずに私を殺すだろうな…。宰相閣下とはそう云うお方だ…。残念だったな…」
どう考えても澤崎の息子よりも若いような皇子に…完全に気圧されている事に気づいた。
―――枢木の位置から…今の私の顔が見えないのは…幸いだな…
澤崎を追い詰めながらルルーシュはそんな事を考えている。
これまではナナリーもユーフェミアもこうした場に立ち会う事がなかったし、この二人以外にこうした『黒の死神』の顔を見られたくないなどと思った事はなかった。
「さぁ…この場で私を殺してから、枢木とヴィレッタに捕まるか、それともこのまま大人しく捕まるか…好きな方を選べ…」
澤崎の表情が青ざめているのがよく解る。
ヴィレッタはそう云う時のルルーシュの顔を知っているから何の不思議もないと思うが、スザクとしては、これだけ静かに話しているルルーシュに対して、いい年をして、スザクと同じ年の少年と話しているのに、何故そんなに青ざめているのか…不思議にさえ思う。
少なくとも手ががくがく震えている今の彼にルルーシュを撃つ事など出来ない。
そして、隙を見て、澤崎の持つ拳銃を取り上げて澤崎に向ける。
「ナイトポリスに騎乗している者たちは…即刻武装を解除し、投降せよ!抵抗する者は、我が騎士である枢木スザクのランスロットによって殲滅すると心得よ!」
その声にスザクはランスロットの方へと走っていく。
大体、澤崎は日本人であり、ナイトポリスはブリタニア人で利権がらみで繋がっていたであろう絆だろう。
この中で澤崎の命を惜しむものはいない。
それどころか、今となっては用済み、否、邪魔な存在だ。
ナイトポリスに騎乗している者達の中でナイトメアから降りて来るものは皆無であった。
「枢木!ここにいるナイトポリスを殲滅せよ!」
『イエス、ユア・ハイネス…』
その掛け声と同時に、ヴィレッタはルルーシュへと近づき、澤崎を拘束した。
「大丈夫ですか?殿下…」
「ああ…とりあえず、頭は捕まえたが…片瀬と草壁が一緒ではなかったようだな…」
そんな会話をしていると、ランスロットとナイトポリスの銃撃戦が始まったようだった。
「殿下…ここは危険です…。とりあえず、こいつは眠らせますから…」
そう云って、ヴィレッタは澤崎の首辺りに小さな針を刺した。
「…!っな…」
意味をなす言葉を紡ぐ間もなく澤崎は意識を失った。
ヴィレッタはその澤崎を肩に担いで、ナイトメア戦の影響の受けないところまで走りだす。
「そんなに細いのに…意外と力があるんだな…」
「これでも軍人です…。殿下くらいでしたら2人担げるくらいの力はあります…」
さっきのお返しとばかりにちゃちゃを入れたようにヴィレッタが返した。
スザクの方は、10機ものナイトポリスと対峙している。
確かに、軍事用のナイトメアはないが、凶悪事件やテロ事件の初期段階で出動するナイトメアだけあって、それ相応に訓練された者達が搭乗している。
『イレヴンの分際で…最新鋭の第七世代のナイトメアフレームなど…』
『ルルーシュ殿下は、何か血迷われているに違いない!』
ナイトメアの外部スピーカーから丸聞こえのナイトポリスのパイロットたちの声…
その声にヴィレッタはその不敬罪をも恐れぬ発言に怒りを露わにするが、ルルーシュは『気にするな』と制止する。
大体、こちらは素手なのだ。
ナイトメアの戦いはランスロットに乗っているスザクに任せるべきだ。
『あなた方の…言いたい事は…それだけですか?』
ルルーシュを侮蔑する様な言葉をひとしきり聞かされた後、スザクが低く怒りを交えた声でナイトポリスのパイロットたちに話しかける。
スザクのその声の調子にパイロットたちも息を飲んで黙り込んだ。
『言いたい事がないのなら…殲滅します…』
その一言を告げたかと思うと、フルスロットルでナイトポリスたちに突っ込んで行った。
それは…圧倒的…一方的な戦いだった。
ランスロットのポテンシャルも加味されてのものだろうが…全く無駄のない操縦で…ルルーシュもヴィレッタもただ…言葉も出なかった。
MVSの動きも、人の剣術を見ているかのような速さだ。
ナイトメアは機械だから、人の様な滑らかな動きは出来ない。
当然、無駄な動きも出てくる。
ナイトメアの操縦が未熟であればそれは顕著に出てくる。
しかし、スザクがナイトメアに乗り、しかも、最新鋭のナイトメアを完全に乗りこなしているのは事実で…しかも、日本にはナイトメアはなかった筈で…
スザクが本格的にナイトメアに乗ったのは最近の事であると容易に想像がつく。
余程…今回の事件に対して怒りを感じていたのだろうと…ルルーシュもヴィレッタも思う。
―――やはり…枢木をこんな場所に連れて来てはいけなかった…
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