突入作戦実行日前夜…ルルーシュは改めてパソコンを開いて遅くまでシミュレーションをしている。
ルルーシュがこの作戦に関して政庁に戻らないのは、政庁には軍関係者も出入りしている。
どこから情報が漏れるか解らないのだ。
事実、このグループに所属する、ディートハルト=リートと云う、一ジャーナリストがエリア11駐在のブリタニア軍の中にもこの事件に絡んでいる者がいると知っているくらいだ。
とりあえず、ジャーナリストの情報収集能力の高さを改めて認識する。
ならば、情報をばらまくのもジャーナリストの得意分野であろう…そう判断したルルーシュは、恐らく、ジェレミアが近くにいたら『マリアンヌ様に顔向けできない…』とばかりにおいおい泣きだしたに違いない。
そう、今回、鼠どもを誘き出すのに使ったエサは…ルルーシュ本人だったからだ。
1週間前…
『ディートハルト…今回のこの事件…エリア11総督であるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアが先頭になって解決を図っていると言う情報をばらまけ…。私が前線に出ている事を強調して…』
ルルーシュの騎士であるスザクがギョッとしたようにルルーシュを見て必死に止めようとする。
『お…お前…それは、自分が的になるって事だぞ!解っているのか!?』
『枢木…今は私の騎士であると同時にこのレジスタンスグループのリーダーだろう?この事件を解決しなければ、お前達の組織の中にも影響が出るかも知れない事を忘れるな…。法的禁止薬物が…どうして禁止薬物になるか…お前だって、首相の息子であったのだから解らない訳ではないだろう?』
確かに…ルルーシュの言っている事は正論だし、相手が相手だけに、相当大きな餌をぶら下げなくてはならない事くらいは解っていた。
だから、スザク自身、自分が餌になる事を覚悟していた。
ところが、この皇子様は、自分を餌にすると云い出しているのだ。
『まったく…本当にあなたは面白い方だ。このエリアの支持を…ブリタニア人、イレヴンに関わらず集め始めるだけの情の深さを持ちながら…随分過激な事もなさる…』
楽しそうに笑いながらディートハルトが云う。
『キングが動かなければ、家臣たちは着いてこない…。チェスでも戦闘でも…私の第一のモットーだ…』
確かに…ルルーシュ本人が先頭に立って陣頭指揮を執っているともなれば、彼らはルルーシュを出来る事なら生き餌として使う為に生け捕りを画策する。
当然リスクが伴う事は承知だろう。
しかし、そのリスクを背負うだけの価値のある魅力的な餌である事に変わりはない。
『しかし…ルルーシュが彼らの手に渡ってしまったら…日本は…』
『だからお前がいるのだろう?枢木スザク…』
パソコンの画面を見ながらキーボードを操っているルルーシュの背中を見ながらそんな事を思い出していた。
ジェレミアをはじめとする、ルルーシュの側近たちの苦労が窺い知れる。
しかし、だからこそ、神聖ブリタニア帝国の宰相の片腕とまで言われるのだろう。
歴史上の人物でも、有能であるリーダーの周囲の者達は誰もが苦労している…色んな意味で…
恐らく…ルルーシュもその一人なのだろうと思う。
『黒の死神』…この年でそんな呼ばれ方をするからには、周囲もかなり有能な者たちばかりなのだろう。
そして、ルルーシュは…戦いの中で決して私情を挟まない…
恐らく、戦闘中に、子供が倒れていても、その子供を助ける事によって自軍にダメージを与えるとなれば…ルルーシュは自らの手でその子供を撃つだろう…
それは何となく予想できる。
まだ想像の中での話だし、普段のルルーシュの姿を見ていると…単なる想像の中の話であると…そんな風に思ってしまうが…
でも、いつか、ルルーシュは『黒の死神』の姿を見せる事になるだろう。
―――それを目の当たりにした時…俺は…何が出来るだろう…
今はまだ想像の範囲の中の話だ。
実際にそんな姿を見ている訳じゃないし、見た訳じゃない。
でも、ルルーシュの傍にいれば、必ずそう云った場面に遭遇するだろう。
「心の準備が…必要なのかも知れないな…」
一応、政庁にある書庫の中にルルーシュの戦歴記録があったから時間の許す限り呼んできたが…この年で何でこんな事が出来るんだ?と普通に疑問を抱いてしまうような戦歴だ。
そこらの指揮官クラスの軍人などよりも遥かに戦場と云う場所を知っている感じだった。
まるで…戦争を題材にした小説を読んでいる気分になっていた。
しかし、その記録が小説ではなく、自分の仕えている皇子の残してきた記録なのだから…
その中には、想像できないような惨状の中に立っていた事もあるという記述だってあったのだから…
「ルルーシュ…そろそろ休んだ方がいい…。明日、決行なんだから…」
もう、日付が変わりそうな時刻になっている事に気付き、スザクがルルーシュに声をかけた。
「ん…ああ、そうだな…。後、5分くらいで仕上がるから…それが終わったら休む…。お前はもう休め…」
ルルーシュはパソコン画面から目を放す事なくそう答える。
しかし、まだルルーシュの騎士となって日の浅いスザクではあったが…
「何を言っているんだ…お前の場合、そのまま徹夜している事の方が多い…。さっさと寝るぞ…」
そう云って、ルルーシュを無理やり椅子から引き離し、一応、データのセーブだけしてやり、パソコンの電源を落とした。
「お前…私の邪魔をするのか!」
「今は俺しかいないからな…ルルーシュが体調を崩したという事にでもなったら、あの、ジェレミア卿に俺、八つ裂きにされる…」
そう云って、用意されていた簡易ベッドにルルーシュを連れて行き、さっさと寝るようにと、ご丁寧にルルーシュを横たわらせて布団までかけてやる。
子供扱いされているようでルルーシュはむっとしたようだが、そんな視線など、痛くもかゆくもないと云った感じで、視線を返してやると、やはり疲れがたまっていたのか…ウトウトし始めていた。
「ったく…体力ないくせに無理するからだ…」
スザクはそう云って、自分も空いているベッドに横になった。
そして、決行日…
先行部隊は先に『リフレイン』の保管場所に向かい、回収を始めている。
ルルーシュ、スザクが中心になっている部隊は…イレヴンたちを集めて『リフレイン』を売りさばいている会場へ…
表向きには、生活が苦しい人々の相談会の様な形で行われているが…その実、彼らに対して『これを使えば幸せな気持ちになれます』と…あまりに古典的な詐欺商法で売りさばいている。
そして、現実に、『リフレイン』漬けになった人々がこうしてこの会場に集まっている。
ルルーシュはレジスタンスグループのメンバーをいくつかのグループに分けた。
このビルにはいくつもの出入口があり、その出入口を全て押さえておかないと、首謀者が逃げてしまう可能性がある。
ルルーシュ自身を餌にした事によって、この、『相談会』の主催者がこの会場に現れるスペシャルデーとなったらしく、多くの『リフレイン』中毒者たちが集まってきた。
実際に、こうした『リフレイン』の売買は、表向きには宗教関連の集まりだとか、カウンセリングなどと称したイベントとして宣伝される。
全てがそんな犯罪行為をしている訳ではないが…
『すべての出入口は確保したわ…』
カレンの声が小型無線のイヤホンから聞こえてくる。
「了解…じゃあ、出てきた者は全員確保してくれ…。中毒者の中には子供も混じっているらしいから…年齢問わず、この建物から出てきた人物は、全員確保してくれ…」
『スザク…本当にこんな形でやるの?子供までって…』
無線の声が不満げに言葉を発している。
確かに、軍人の訓練が施されていないお嬢様では仕方ないとルルーシュは笑うしかなかったが…
「なら、ライを呼ぶ…。そんな覚悟もないままテロ活動をしてきたのか?君たちは…」
ルルーシュの言葉にイヤホンの向こうからの声が聞こえなくなる。
確かに、『リフレイン』の中毒者であるのなら、治療が必要だし、禁止薬物であるのだから方で裁かれるのは当たり前なのだ。
出入口の数はここを含めて5か所…
屋上に一か所、地上に3か所、地下に1か所…
ルルーシュが連れて来たジェレミア、ヴィレッタ、キューエルなら一つの入口に一人配置すれば十分に抑えられる。
ライも実力の上ではそれが可能だ。
それでも、レジスタンスグループを使おうと思ったのには当然、情報交換もあったが、スザクの立場を確立したかった。
今の状態ではスザクはブリタニア軍の中でやるべき事もまともに出来ない状態だ。
ルルーシュのバックアップがなければ騎士として動けないのでは、本末転倒だから…
だから、今回、スザクが所属していたグループを使う事にしたのだ。
彼らはこのエリアの平穏を願っているのであって、ブリタニア軍と戦いたい訳ではないという意思表示をさせる為に…
それでも、スザクへの風当たりはそう簡単に弱くなる事はないだろうが…それでも今よりはマシになる。
そう考えて、ルルーシュは敢えて、自分の身に危険が及ぶ事を承知でここに来ていた。
ある意味…イチかバチかの賭けに近いものもあるが…
ルルーシュに何かあれば、スザクは即刻解任されるだろう。
しかし、解任されればスザクは自分の居場所に戻れることになる。
ルルーシュに何かあれば…と云う何か…それがルルーシュの死であれば、スザクにとってはある意味好都合だが…でも、それではルルーシュの守りたいものが守れなくなる。
「あちらを立てれば…こちらが立たず…か…」
そして、全ての『リフレイン』の回収が済んだとの連絡が入るとルルーシュが立ちあがった。
「枢木…ここから出てきた者は全員確保してくれ…。今からロイドを応援として呼ぶ…。その時には特派も一緒に来るから、各ポイントの捕獲者の状況を確認して、彼らに動いて貰ってくれ…」
「解った…。しかし…お前…本当に一人で行くのか?」
スザクの心配はある意味当然なのだが…ここにきて取りやめる訳にもいかないし、ルルーシュ自身、失敗する気もない。
こうして、自分を餌にした作戦はいくつもあったのだから…
「こんな事は私にとって珍しい事ではない…。それに、これは私が勝手にやっている事だ。それは、ジェレミア達も証人となってくれる…お前に累は及ばないよ…」
ルルーシュのその言葉にスザクは怒りを覚える。
少なくとも、専任騎士が主に何かあった時に責任逃れの為に、ルルーシュの配下の者達に弁解などして欲しくはない。
それに…そこまで主に心配されるなど…何の為の騎士なのか解ったものではない。
「お前…いつまで俺をバカにすれば気が済む…?俺は、お前が俺を逃がそうとした時に俺の意思でお前の隣の残った…。今更そこにウソ偽りがあったと思っているのか?お前は…」
「バカにしているつもりはなかったんだが…。済まない…。失言だったな…。お前をバカにした事など…一度もない…。………と思った事は…何度もあるがな…」
言葉の一部がよく聞き取れなかった。
「なんだよ…」
「ああ…時間もないからな…帰ってきたら…話してやる…」
そう云って、ルルーシュは中へと入って行った。
ルルーシュが中に入って行って、5分ほどで、ロイドやセシルが乗った、ランスロットと、ランスロット・クラブを乗せたトレーラーが到着する。
「枢木准尉…殿下は?」
セシルの言葉にスザクはすぐに答える。
「中へ…入って行きました…。予定通り…」
「まぁったく…また僕たち、シュナイゼル殿下に怒られちゃうね…」
ロイドの言葉に、スザクは『こんな事しょっちゅうあるのか?』と思ってしまう。
「ロイドさん、とにかく、ここから出てきた人を、ブリタニア人、イレヴン、大人、子供関係なく確保してください。かなりの人数が集まっているようなので…。あと、連絡が入り次第、この地図にあるポイントで脱走者の確保を行っています。そこへ行って、その確保された人間を全て、トレーラーへ…」
「このトレーラー…犯罪者の護送車じゃないのに…」
「人数が人数です…。仕方ないと諦めて下さい…。それに…ここからもかなりの数が出てくるでしょうから…」
ライの言葉でも、ロイドはまだ何かぶつくさ言っている。
「屋上の方の手配はどうなっていますか?」
「キューエル卿が手配しているわ…そろそろ到着するころよ…」
とりあえずの確認だけ終えると…スザクは何だか妙な胸騒ぎがしていた。
―――気にし過ぎだ…。合図があれば、ヴィレッタ卿が…
そんな思いを抱えつつ、ルルーシュが会場へと入って行った後、この、『リフレイン』の闇取引の参加者達が逃げ出してきた。
ルルーシュ一人で入って行ったものの、護衛にはヴィレッタがついている。
大体、その闇取引の参加者が中に多くいると云うのであれば、その連中を放っておく事も出来ないが、それ以上に確保しなければならない者たちもいるのだ。
そして、そうしている間に次から次へと逃げだしてくる参加者達をこの入口で取り押さえている。
恐らく他の出入口で待ち伏せしている連中も脱走してくる人々を確保しているだろう。
一人残らず確保する…それがルルーシュの命令だった。
だから、この出入口から出てくる人間は老若男女問わず全員確保している。
そんな状態が15分ほど続いた時…
中から大きな爆発音がした。
「え?」
「今の音…」
「ナイトポリスの…アサルトライフルの…」
ナイトメアの専門家たちには解るらしい…音の違い…
そんな事よりも、ナイトメアのアサルトライフルの銃声がする事の方が問題なのだ。
「ロイドさん…ランスロットの起動キーを…」
スザクがこれまでに見た事もないような目でロイドに殆ど命令に近い声色で頼んでいる。
ロイドもここで拒絶する理由も見当たらないので、さっと起動キーをスザクに投げた。
それを握り締めてトレーラーのランスロットの積まれている荷台へと走り出す。
「セシル君…サポートしてあげて…ライ君は、このままここで確保をお願い…ここにもナイトメアが来ちゃう可能性があるからね…」
ロイドの指示に従い、全員が動く。
ライとしては、自分が乗り込むべきだったと思うのだが…
それでも、こうして逃げだしてきている人間を放置するわけにもいかない。
色々思うところがあるのだが、今は任務を遂行する…そう考えながら、逃げ出してくる人々を確保している中、ランスロットは崩れかけているビルの中へと入って行った…
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