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皇子とレジスタンス



黒の死神2

 結局、妙な形でルルーシュと云う存在の大きさを知らしめてしまった事になったのだが…
ルルーシュとしてはあの程度の事でここまで驚愕されてしまうと、正直、先が不安になって来るが、今は、ここにいる人間を使うしかないのだ。
『リフレイン』の事件に関しては、名誉ブリタニア人である者たちの一部とは云え、軍の関係者が絡んでいるという情報があるからだ。
確かに彼らの殆どは兵長以下の階級だ。
ブリタニア軍は、ナンバーズの昇進に高いハードルを設けている。
ブリタニアの貴族であれば、それだけで軍に入った時点で准尉程度の階級は得る事が出来るし、普通のブリタニア人でも伍長程度の階級が与えられる者もいる。
これは、実力に応じてのものであり、貴族などの身分のない者たちは軍に入る時点で適性試験を受け、その後に階級が授与される。
だが、ナンバーズでは、ブリタニア人と同じ点であっても、最初は一等兵である。
今のスザクはルルーシュの専属騎士と云う立場なので、准尉の階級を得ているが、普通、ブリタニアの皇族の専任騎士でこんなに低い階級の者はいない。
それは、ブリタニアの皇族の専任騎士は基本的にブリタニアの貴族出身者がつくものであり、ナンバーズの専任騎士は前代未聞の話だ。
ルルーシュとしては、ブリタニア貴族出身者と同様の階級を与えたかったが、ルルーシュも皇族の中でそれ程の発言力はないし、ここで身内に潰されるのも困る…と云う事で、専任騎士になる為の最低条件をクリアさせる事で妥協しているのだ。
ブリタニア軍とはそんな状態なので、ナンバーズだけで事を起こしているとは考えにくい点もある。
兵長では、自分が束ねるべき兵もいないと云う事だ。
これだけ大掛かりな事をやるとしたら、自分の統率する隊を持つのは、伍長以上の階級と云う事になる。
となると、ブリタニア人の軍人も絡んでいる可能性もある…
ブリタニアの軍人も絡んでくるとなると…本当に内乱ともなり兼ねない。
「つまり…ブリタニア軍は…使えない…」
ルルーシュが藤堂に手渡された資料を見ながらそう呟く。
「総督は状況判断が早いとお見受けする…。その年で…流石と云うべきか…」
藤堂の言葉にルルーシュは顔をあげる。
そして、この資料を作成したディートハルトを見た。
「この情報のソースは?」
多分、尋ねたところで口を割るとは思ってはいないが…
「ジャーナリストが自分のニュースソースを教えると思いか?」
予想通りの答えにルルーシュは苦笑する。
ただ、このジャーナリスト、見たところ非常にブリタニア軍に精通している事は解る。
そして、戦いに明け暮れているこの状況を楽しんでいる…そんな風にも思える。
ルルーシュの評価としては…有能であるが、危険な人物である…と、評価せざるを得ない。
自分たちに利用でき、きちんと使いこなせている内はいいが、非常に危険な存在であると判断した。

 ルルーシュはこの、スザクの下に集まってきたレジスタンスたちを見て思ったのが…
―――これだけ、各自に個性を強調して、中には日本解放と云う目的から外れた考えを持つ者もいる…。確かに、有能な人間の集まりかもしれないが…それと同時に…危険な存在…
頭の中ではルルーシュは素直な感想が浮かんできた。
確かに、全員が全員、有能だとは云わない。
先ほど、『ブリタニアの皇子』と云う理由だけで銃口を突き付けてくるようなバカもいる。
しかし…これだけの人間を一つにまとめている枢木スザクと云う男の存在感と人心掌握には感服せざるを得ない。
どんな戦場であれ、勝敗を決めるのは戦う人間だ。
そして、その戦場の状況を見極め、自軍を統率するのは、トップの仕事…
ルルーシュは幾多の戦場を駆けてきたが、自分がまとめて来たのは、ブリタニアに忠誠を誓い、ブリタニアの為に戦うと宣誓した者たちだ。
ここにいる人間はそうじゃない。
自分の目的のため…もっと言えば、利害が一致していると云う…それだけで集まってきているのだ。
自分に不都合な事、自分にとって利益にならないと思えば、簡単に裏切る可能性さえある。
「ルルーシュ…別に俺達は利害だけで集まっているんじゃない…。俺は、ここにいるみんなが必要だから頼りにしている…それだけの事だ…」
まるでルルーシュの考えを呼んだかのようにスザクがルルーシュにそう云った。
ルルーシュには考えられなかった。
これまでルルーシュが従えて来たのは…ルルーシュがシュナイゼルの下でめきめきとその才能を見せ付けたから…そのお陰で将来、シュナイゼルの下で高い地位を得ると期待されていたからだ…。
ルルーシュが何かの失態を犯し、降格と云う事にでもなったら、これまで付いてきた者たちは皆、ルルーシュから離れていく。
だから失敗を許されなかった。
確かにルルーシュは自軍の将兵たちを頼りにしている。
しかし、彼らはルルーシュが自分にとって得する相手でなくなれば皆、自分から離れて行く者たちばかり…少なくともルルーシュはそう考える。
これまで…シュナイゼルの片腕として、今では副官と云う地位を得るまでは誰も、見向きもされなかった、忘れられた皇子だったのだから…
だからこそ…地位を得た後の貴族たちの態度の変化に、ルルーシュは嫌悪を覚えたのだ。
「ふっ…私には無縁の言葉だな…。誰かを頼りにするなど…私には考えられなかったからな…」

 ルルーシュのその一言にその場にいたレジスタンスたちがルルーシュに対して怒りを向けた。
「ルルーシュ総督…我々はあなたの要請を受けて動く…。我々はあなたの要請だったから受けた。信頼関係がなければあなたの指揮のもとで動く事など出来ない…」
そう告げたのは…藤堂だった。
「桐原翁も、あなたを信じ、頼りにするからこそ、あなたとの協力関係を結んだのでしょう?ならば、あなたも我々を信頼して頂きたい」
藤堂の言葉にルルーシュはきっと顔を上げて答える。
「私はあなた方の力、そして日本に対する思いを信頼している。だから、今回の事も協力願ったのだが?」
そんなルルーシュの言葉に、藤堂や、周囲にいた一部の大人たちがその年でそんなセリフを吐かなくてはならない彼のこれまでの運命に同情する。
ただ…有能である事は純然たる事実…
「ルルーシュ総督…とりあえず、今回はあなたに従おう。確かに我々はブリタニア軍の様な統制のとれた部隊ではないが…その分、その場の状況に応じて臨機応変に動く事が出来る…」
藤堂の言葉にルルーシュは驚いた表情を見せる。
突然、スザクが連れてきた、これまで敵として見てきた今、この日本を占領したブリタニアの皇子に対して指揮をとれと言われれば、普通は驚くだろう。
「藤堂中佐…あなたは何を言っているのか、解っておいでか?」
流石にルルーシュも作戦を考えるくらいの事はするつもりだったが…
状況的にルルーシュが事の収集をつけなければならなかったのは事実だった。
その辺りの取引の話をするつもりであったが…
「今のこの状況で、我々としては、エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子が、今、この地から離れて貰っては困る…。先程の玉城のあなたに対する対応は現在のグループの責任者である私から正式に謝罪する…。申し訳なかった…」
藤堂が正式な謝罪と共にルルーシュに対して頭を下げた。
流石に、醜態をさらした玉城も渋々ながら頭を下げた。
納得している様子がない事に、スザクは少々気になったが、それでも今、ここで話しに水を差す訳にはいかないので、とりあえず、彼の動きを注視する事にする。

 スザクとしては、ルルーシュを連れてくるつもりはなかった。
このグループの事をよく知るだけに…この皇子を連れて来る事に躊躇いを感じずにはいられなかった。
先ほどの玉城の様な行動に出るような連中は他にも少なからずいる。
カレンだって、自分の兄をブリタニア軍に殺されている。
―――ルルーシュを危険な目に遭わせる訳には…
心の中にはずっとそんな思いを抱いている。
何故かは解らない。
ルルーシュは日本が平和なエリアとなり、この地を離れる時には恐らく、スザクを専任騎士の地位から外す。
最初、ルルーシュの専任騎士となってしまった時にはそうでなくては困る…そう思っていた。
確かに騎士の心得の様なものは、嫌という程叩き込まれた。
スザクは、今のそのルルーシュを守らなくてはならないという思いは、全て、その時に叩き込まれた騎士としての心得の所為…今はそう思う事にする。
スザクは、今でこそ、ルルーシュの専任騎士だが…本来いるべき場所は…ブリタニアの皇子の傍ではなく…藤堂やカレンのいる、このレジスタンスグループなのだ。
今は…日本人が人間らしく生き、死んでいける場所にするために…ルルーシュの傍にいるのだ…
―――当初の目的を忘れるな…
自分で自分に叱責している。
スザク自身、それに気づいているのかどうかは怪しいところだが…
ルルーシュは本来、スザクが倒すべき敵であり、今は…単純に利害が一致しているから共にいるだけなのだ。
それに、スザクが望む目的があるからこそ、スザクにとって、ルルーシュは必要な人間だ。
敵としてだったら、これほど厄介な相手はいないと思う。
自分には到底思いつかないような戦略でルルーシュは戦う。
スザクは自分の身体能力を生かしての戦いをする。
「…るぎ…枢木…」
そう声をかけられて、スザクははっとした。
「あ…なんだ?」
声の主は今、スザクが守るべき存在となっているルルーシュだった。
「どうした?やはり、お前の良く知る者たちが関わっている事件だから…気が進まないか?なら…」
ルルーシュもスザクを利用している事は解っている。
スザクもルルーシュを利用しているのだ。
目的が達成されれば、スザクがルルーシュの傍にいる理由はなくなる。
「あ、そんなんじゃないんだ…済まない…」
自分の心の迷いをどうやらルルーシュは勘違いしたようだった。
確かに澤崎達はスザクの父の政権において重要な人物であった事は確かだが、澤崎とスザクの父、ゲンブとは意見の対立もあったし、ゲンブを殺した一派の名前の中に澤崎の名前もあったくらいだ。
むしろ、こんな口実が出来たのなら、堂々と父の無念を晴らせるとさえ思う。

 気を取り直して資料に目を向ける。
「ここに突入…するのか?」
スザクが一通り資料を呼んでから尋ねる。
「ああ…出来ればナイトメアを使いたくはないが…万が一という事もある。軍関係者が関わっているともなれば、こちらも万全を期す必要がある…」
本当に気が進まないのか、ルルーシュは表情を曇らせながら云った。
確かに、自分の配下の者を討たねばならないのだ。
『黒の死神』と呼ばれながら、決して人の命を軽んじる事はない姿を見ている。
そして、この事件を知った時のルルーシュのあの怒り…今でも思い出すと身震いがしそうなくらいだ。
「それに…出来れば一度で終わらせたいからな…。恐らく、この日本全国に散らばるこうした犯罪組織の中心がこのシンジュクゲットーの密売組織だろう…。今はゲットーに暮らす日本人だけだが…今のままでは確実に、日本人、ブリタニア人関わらず、薬物中毒者が出て来る事になる…」
確かにルルーシュの云う可能性はあり得る話だ。
「ルルーシュ総督は…一度で叩きたいと仰るが…澤崎や片瀬がこんな末端の密売会場に現れるでしょうか?」
藤堂が尤もな質問を投げかける。
その質問に対して、確実に来るであろうと予想していたかのようにルルーシュが笑みを浮かべる。
「このままでは姿を現さないだろう…」
事もなげに言葉を放つルルーシュに玉城がイライラした様子でルルーシュを睨みつける。
「餌をぶら下げればいい…と云う訳ですな?」
そう返したのはディートハルト…ここまでの情報を集めてきた張本人だった。
ルルーシュはディートハルトに向かってご名答…と云うような視線を送った。
どうやらこのルルーシュの瞳を見て、ディートハルトはすっかりルルーシュを気に入ったらしい…。
「あなたは面白い方だ…。これまでのブリタニアの貴族や無能な皇族達とは…一味もふた味も違う…」
ディートハルトの言葉にルルーシュは―――あんな温室栽培された皇子や皇女と一緒にされるのは心外だ…―――と云う表情を見せる。
「異母兄上は…もっと面白い方だが…な…」
ふっと笑ってルルーシュはそう答える。
とりあえず、胡散臭い男ではあるが、ルルーシュに興味を持っている内は役に立ってくれるだろうと考える。
無能であれば捨て置いても構わないし、向いている方向が違う様な気がするが、それはそれである意味仕方がない事だ。
「ディートハルト、お前の情報網…フル活用させて貰う。そして、まずは中華連邦に逃れている首謀者を確保する…。それが最優先だ…。後…それに関わった組織の人間…全てを捕らえる…。出来なければ…この地の残しておくのは危険だ…。捕らえられなかったら…その場で射殺する…。それを徹底しろ…」
ルルーシュの一言にその場はシーンと静まり返る。
恐らく、内心では、『殺さなくても…』と思うのだろう。
そんな考えを見透かしたようにルルーシュは言葉を続けた。
「恐らく、この事件には日本人もブリタニア人も関わっている。二度と起こしてはならない事件だ。見せしめのためにも…最初が肝心だ…。必ず徹底しろ…。出来なければ、他に出来る人間を探す…。必要ならば、心を悪魔に出来る人間を…な…」
ルルーシュの言葉に…スザクはあの時のルルーシュの言葉を思い出していた…
『枢木!ライ!この作戦…すべての情けを捨てよ…。今回の…私、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアからの絶対の命令だ!』
―――全ての情けを捨てる…そう云う意味か…

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