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皇子とレジスタンス



黒の死神1

 あの後大変だった…
ルルーシュが
『私も連れていけ…』
などと言い始めたからだ。
スザクとしては、
―――本当にこいつは、自分が皇子だって云う自覚…あるのかよ…
と素直に思ってしまったくらいだ。
スザクだって、かつては首相の息子だったのだから、国のトップの子供の立場…と言ものくらい、多少は弁えている。
国のトップともなれば、常に身の回りの警備は怠りないし、その人物に近しい人間にも厳重な警備がつく。
まして、スザクの主であるルルーシュは、帝国宰相の片腕とまで云われている人物だ。
確かに頭はいいと思うし、作戦の遂行などは短い付き合いではあるが、『天才って言うのは本当にいるんだな…』と思わされるくらいだ。
だが、直接自分の身を守る…と云った点では、あまりに身体が細いし、腕力もある方だとはとても言えないだろう。
確かに、皇族であるが故に、それなりの護身術は身につけているのだろうが、それでも、ルルーシュがスザクと共に行くと云った場所は…それまで、スザクが率いていたレジスタンスグループだ。
確かに、ルルーシュのやってきた事の功績や、ルルーシュの専任騎士を日本人であるスザクを据えた事で、日本人たちからの心象は以前の総督に比べれば100万倍いいだろう。
しかし、レジスタンスグループの中に入っていくという点では、あまりに危険だ。
あの時、ルルーシュを必死になって止めようとしていたライが、
『どうしてもと仰るなら、せめて、自分も…』
そう進言した時、
『ダメだ…私一人でいい。それに…枢木がいる…。枢木は私の専任騎士だ。私を下手な死に方をさせたらどうなるかくらい…理解出来ないほど頭の悪い奴ではないと思うが…?』
そう云って、絶対に引かなかったのだ。
後で、昔からルルーシュに仕えているジェレミアにも大反対されるものの、ルルーシュは断固として自分の意志を曲げようとはしなかった。
そして、最後に…
『大丈夫だ…。ジェレミア…お前ならこれまで私がどういう策を取ってきたか…知っているだろう?それに、反対されたところで、お前たちの意見を飲むような真似はしない事も…』
ルルーシュの言葉にジェレミアが押し黙る。
その沈黙が解り易い答えとなった。
『済まない…。でも、私は許せないんだ…。自らの地位を得る為に…同胞を売る輩を…。人があってこその国…それを理解出来ない者に、国を統べる資格はない!だから…この件については、口を出すな!それに…枢木はお前たちが思っているよりもずっと、頼るに値する男だ…』

 そんなやり取りの後…スザクはルルーシュと二人でかつて、シンジュクゲットーで扇たちを率いていた時のアジトへと向かう。
一応、事前に藤堂や扇、カレンには知らせてあるが…妙に短気な連中の多いグループだ。
一応、協力関係にあると云う部分は全員納得しているだろうが…ブリタニアの皇子…しかも、今この日本を『エリア11』として、その総督の任についているルルーシュを共に連れて行けば…ひと悶着はあるだろうと予想はされる。
―――信頼してくれている事は、確かに光栄だけど…
と、この先の事を考えると、つい、この上ない本音が頭を過る。
しかし、見た目よりも遥かに頑固で気の強いこの皇子を説得する術は…スザクにはなかった。
「ここだ…。とりあえず、俺が合図するまでは通路で待っていてくれ…。ここは基本的に他のレジスタンスが来るところじゃないから、いきなり襲われる…と言う事もない…」
スザクが地下道に入り、アジトの入口の前でルルーシュにそう伝える。
「解った…」
ルルーシュはスザクの言葉に素直に従った。
ルルーシュだって、ここが、敵ではないにしても、味方でもない事くらいは承知している。
ルルーシュが最初に提案しているのだ…
『ギブアンドテイク』
だと…。
キョウト六家の桐原ともそう云った話になっている。
個人的な話では恐らく、桐原はルルーシュの事を気に入ったとは思うが、実際に組織と組織の間の話では個人的感情を絡めて話してはいけない…
皇子として育ってきたルルーシュに叩きこまれた教えの一つだ。
だから、スザクだって、その橋渡しの為のコマであるし、キョウト六家も、そして、スザクの率いていたレジスタンスグループも、これから日本を治めて行く上でのキーポイントであると据えている。
だからこそ、警戒を怠る訳にはいかないし、ここで、ルルーシュが簡単に殺されるような真似をする訳にもいかない。
そんなことをしたら、せっかく落ち着いてきたこのエリアは再び混乱状態となる。
そんな失態をしたら、ルルーシュ個人の問題だけでなく、このエリア全体の運命も変えてしまう事になる。
折角、生産力が上がり、治安も落ち着いてきて、少しずつではあっても、安定の兆しを見せ始めているところなのだ…
その矢先に起きた…この事件だ…。
ルルーシュもスザクも、自分の立場はともかく、こんな混乱…ブリタニアの貴族たちに付け入る隙を見せてしまえば、ルルーシュはエリア11から離れなくてはならなくなる。
そうなった時、やっと、ゲットーで暮らす日本人たちの希望が一切断たれると云う事になるのだ。
そう…中華連邦に逃れた澤崎達がこんな嫌がらせの様な行動を起こしても…ブリタニアに対して根本的な抵抗運動とはならない。
ただ…『事態の鎮静化』と言う名目の下、『粛清』されるだけだ。

 スザクが久しぶりのアジトに足を踏み入れた。
「久しぶりだ…みんな…」
スザクがルルーシュの専任騎士になってからは…と言うより、トウキョウ租界の成長を襲った時以来、ここに足を踏み入れていない。
スザクの姿を確認した、グループの中心部の人間たちの表情は様々だ。
素直にスザクのその姿を見て喜ぶ者、スザクがブリタニアの皇子の騎士になってしまった事を訝しむ顔を見せる者…
スザクも彼らの複雑な心情は何となく予想していたからそんな事はとりあえず無視しておく事にした。
「藤堂さん…例の件なんですが…」
奥の方で控えていた藤堂にスザクが声をかけた。
「ああ、その辺りの準備は政庁からの情報とディートハルトの情報を照合して準備を整えている…」
その答えにスザクはほっとした顔を見せるが、問題はここからだ。
何の手回しもないまま、この部屋の扉の向こう側にはルルーシュが立っているのだ。
「あと…一人…この件に関しての…協力者を連れてきたんですが…」
何となく言いにくそうにスザクは藤堂に話す…が、その先の言葉がなかなか見つからない。
そんなスザクの様子を見て、藤堂は、また、この弟子は突拍子もない事をしでかすつもりなのだと予想がついた。
元々、子供の頃から無茶な事をする少年ではあったが…
「ほう?協力者と言うなら…我々は歓迎するが…?」
とりあえず、藤堂は、スザクのその様子を無視して話を続けた。
その藤堂の起点にスザクは感謝しながら扉の方に声をかけた。
「入ってこい…。自己紹介をしてくれ…」
スザクがそう、扉の方に声をかける。
そして、扉が静かに開いた。
入ってきた人物のその優雅な身のこなしと、隠しても隠しきれぬその人物のオーラをまとった…一人の少年が入って来る。
その少年のその雰囲気に、部屋にいた人物たち…特に、彼と直接会うのが初めての人間たちは金縛りにあったかのように身体が動かなかった。
テレビでは何度も見てきたその人物…
実際に目にすると…書くの違いを思い知らされる気がした。
着ている服などは、その辺の子供が着ているようなカジュアルな格好…スザクが着ている服と大して変わらない素材で、デザインなのに…
相手は…たった15歳の子供なのに…
しかし、天の神々に愛された人物に年齢など…関係なかった。
その場にいた人物たちはその姿を…呆然と見つめる事しか出来なかった。
「初めまして…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです…」

 突然のエリア11の総督、否、神聖ブリタニア帝国第11皇子の登場に…その場の空気は止まった。
しかし、はっと我に返った時、一人の男がルルーシュに対して銃口を向けた。
「このブリキ野郎!俺達のアジトに一人のこのこやってくるとはいい度胸だ!」
銃口を向けた男は我を忘れたように怒鳴り散らす。
しかしルルーシュの方は、その男に対して何をするでもない、銃を向けられている事に恐怖心さえ表に出さずにその男をじっと見つめている。
否、見つめていると云うよりも…強い眼光で威嚇しているとでも云おうか…
ルルーシュはこの男が大した使い手ではない事を一瞬で見破る。
恐らく、これまでの相手は丸腰で、銃口を向ければ彼のいいなりになっていたのだろう。
銃とはあくまで、道具であり、使いこなせなければならない。
完全に依存しているような男を恐れる理由は、ルルーシュにはなかった。
沈黙の時間がどれほど続いただろうか…銃口を向けている男ががたがたと震え始める。
銃口を目の前に突きつけられても、顔色一つ変えない…しかも、丸腰の、年端もいかないような少年がそんな様を見せつけているのだ。
「どうした?震えていては照準が合わないだろう?」
ルルーシュが静かに一言言い放つ。
その一言でその男は顔色を変えていく。
これまでは…銃を持たない丸腰の相手だったら、銃口を相手に向ければ自分の思い通りになってきたのだろう。
ルルーシュの中ではこの男に対する軽蔑よりも、自軍の銃口を向けられたくらいで怯んでしまう現実の方を嘆いていた。
あと、この男は、軍人でない民間のブリタニア人に対しても…自分が気に入らないと云う理由だけで銃口を向けていたのだろうと…判断した。
「やめろ!玉城!」
この沈黙に待ったをかけたのは、このグループのリーダーであり、ルルーシュの専任騎士であるスザクだった。
スザクのその待ったの声で玉城自身、何かから解放されたかのように、全身から力が抜けて行ったのか…その場でへなへなと座り込んでしまった。
スザクも藤堂も、この少年の持つ何かに感服し、何故に『黒の死神』などと呼ばれるのか…その片鱗を見たような気がした。
確かに、ルルーシュと、問答無用でルルーシュに銃口を向けた男とでは格も器も桁違いに違う。
「済まない…ルルーシュ…」
スザクがルルーシュに謝る。
しかしルルーシュはふっと笑った。
「否、中々面白い余興を見せて貰った。お前…本当はすごい奴なんだな…。こんな人間もいるのに、あれだけのレジスタンス活動を行えていたんだから…。やはり、私の目に狂いはないと自惚れていいのかな?」

 ルルーシュとスザクのやり取り…正直、ルルーシュの物言いに関しては、腹が立つ部分がある事は否めないが…今回はどうみても、『ブリタニアの皇子』と言う肩書だけで銃を向けた玉城が悪い…その場にいた誰もがそう思ってしまう。
実際に、ルルーシュがこれまで日本に対して尽力してくれていた事は事実だし、最近では、ブリタニア人の中でも、総督であるルルーシュに感化して『イレヴン』と呼ばず、『日本人』と呼ぶ者が出てきているくらいだ。
どうして、こんな少年の云う事がこれだけの影響力を与えているのか…不思議でならなかったが…実際に会ってみると…なんだか納得してしまう。
その理由は何だか解らないが…でも、納得してしまった。
「ルルーシュ総督…とりあえず…今回のこちら側の非礼に関しては詫びねばならないが、事前に連絡をしてくれていたら…こちらとしてももう少し違った対処をする事も出来たのだが…」
藤堂が何とか、その場を繋ごうとルルーシュに声をかけてきた。
そして、ルルーシュの方は微笑を浮かべて素直に頭を下げた。
「申し訳ない…。私も桐原翁ではないが…あなた方の能力を知りたかった…。事前に連絡してしまっては、変に構えられてしまって、真の姿を見る事は出来ないだろう?」
ルルーシュの言葉に藤堂も押し黙ってしまう。
確かに、事前に連絡を貰っていたら、妙な緊張感が走る事は事実だ。
いくら、『ギブアンドテイク』と言う事で手を結んだとは云え…緊張状態が解けた訳ではないのだから…
「私もこのくらいの事は計算していたし…気にしていない…。こちらも突然こうして現れたのだからな…。非礼はお互い様だ…」
先ほど、玉城とのやり取りをしていた少年と同一人物とは云えない程の穏やかな表情…。
穏やかな表情であるが、その脳裏には様々な思惑がめぐらされているのだろうと予想が出来る。
どんな事を考えているかは…さっぱり解らないが…
それでも、これまでの彼の行動を知っていれば、今は信じていいと…誰もが思った。
あの、玉城と対峙している時の、彼を取り巻く空気は…天性のものだけではなく、これまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきている者のものだ。
そんな相手を敵に回したら、人生を何回やりなおしてもこの少年を倒す事なんてできないと思った。
ならば…協力関係を築けているのであれば、その関係を…今は大切にしようと…この時、誰もが思ったのだった…

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