シンジュクゲットーで違法ドラッグ『リフレイン』が出回っている事を知り、その黒幕にかつて、ブリタニアに占領される前の日本の政治の中枢に立っていた者たちがいる事を知った。
そして…その中に…スザクの父であり、旧日本最後の首相である枢木ゲンブを抹殺した者たちがいると言う。
確かに政治の中枢に立つという事は、そう言った、暗殺、排斥などの恐れのある立場である事は、間違いはない。
自分の作り上げた内閣の中から裏切り者が出てくるという事態も必ず想定されてしかるべき事態だ。
スザクとて、首相の息子だ。
そんな事くらいは解っていたし、スザクの父は常に凄腕のSPを連れていた。
命が狙われる…国のトップとは、いいにつけ、悪いにつけ、そう言った疑念を持ち続けなくてはならない。
まして、国外からの脅威にさらされている時には、当然だが、国の政治に携わる者は危険が付きまとう。
そして、国外からの脅威にさらされている時には、国全体が一丸となって心を一つに…と言う、勧善懲悪なフィクションとは違って、現実にはそんな者は綺麗事でしかなくなる。
確かに自分の安全、国を守ると云う部分では一致していても、方法についてはそれぞれの心の中で違っている。
戦争を回避しようとする者がいれば、徹底抗戦を唱える者もいる。
あのブリタニアとの戦い…どちらを選んでも…結果は変わらなかったともいえるが…
今の日本…エリア11となってしまったこの地は…徹底抗戦を唱えた枢木ゲンブの招いた結果…と言う事になっている。
ただ…あの時、戦争を回避しようと、ブリタニアに膝を折っていたとしても…ブリタニアの姿勢は変わらなかっただろう。
前総督と現総督を見ているとそんな風に思える。
その時の戦力を考えた時、どの道、敵う相手ではない事くらいは解っていた。
云い方は悪いが、殆ど舌先三寸の様な外交手腕だけで、EUにも、中華連邦にも、ブリタニアにも…迎合せずにいられたのだ。
勿論、『世界有数のサクラダイト産出国である』と言う、外交の為の武器を利用して…
それでも、ブリタニアと云う国は、そんな、口先だけの外交で何とかなる相手ではなかった。
その証拠に、日本からの会談要請を完全に無視し続け、領海侵犯、領空侵犯は当たり前…時には、日本の領海内での軍事演習すらしてのけていた。
そんな、国を相手に戦争するか、服従するか…そんな究極の選択に迫られた時、それぞれの思いがあり、思惑があり…
そして、徹底抗戦を構えた枢木ゲンブは…それを反対する勢力の者の手にかかって…殺された。
その事実は…暫くの間、伏せられ…既に切られていた戦火を終わらせるための無条件降伏の際、終戦の口実として、その死を利用されたのだ。
スザクはその、父を殺した勢力の人間に心当たりがあった。
当然と云えば当然だった。
子供だったとは云え、身近で日本の危機を…詳しい事情は解らなくとも、自分たちを取り巻く空気で、不穏な状況は解った。
そして…スザクも殺されそうになったが…父であるゲンブの命でスザクの護衛役となっていた、スザクの師匠、藤堂に命を救われた。
あんな形で…国が割れていたのだ。
首相自らが選んだ内閣の人間に…首相が殺されているのだ。
スザクは…政治家であれば…まして、混乱期の政治家であれば、仕方ない…そう思うようにしていたが…それでも、こんな形で、父を暗殺したグループのトップがこんな形で日本の支配権を狙っていると思うと…怒りで震えてくる。
―――俺は…今度こそ…守って見せる…。あんな形で…失うのは…もう嫌だ…
スザクが握りこぶしを震わせながら思っていると…
「枢木…」
背中から声をかけられた。
今、ブリタニア軍の中でのスザクの立場を確立してくれたルルーシュだった。
ルルーシュはスザクが、かつて、スザクの父と共に、日本を支えてきた人間が日本に対して仇なしている事を悲しんでいるのだと勘違いしているようだった。
「日本は平和だったのだな…。ブリタニアではこんな事…当たり前だった。実力がない者、弱い者は強い者に支配される事が当たり前…。地位や名誉を得ても、油断すれば引きずり落とされる…。その為には国に仇なす事さえ厭わない者だっていくらでもいる…」
恐らく…ルルーシュもそんな中、決して息をつける場所もなく、スザクと同じ年の子供でありながら突っ走ってきたのだろうと思う。
守りたいもの…守らなくてはならない者がいたから…
スザクにも…守りたいものはあった。
日本と言う国に暮らす…日本人たちの…平穏な生活…
あの戦争で…一瞬でぶち壊された。
目の前にいる…立場上、スザクの主であるルルーシュの母国が…日本をそんな形に作り変えてしまった。
しかし…ルルーシュ個人は…エリア11として、スザクの母国を見ている訳ではない…そんな風に思えた。
本心は解らないが、それでも…表向きにはルルーシュは日本人に対して決して理不尽な政策を執ってはいない。
ブリタニアと言うのは、実力主義と言うだけあって、ブリタニアにとって利益ある当地であれば、どんな政策を執ってもお咎めはないようだった。
実際に、ルルーシュの政策は前総督の様な締め付け、吸い上げる政策ではなく、環境を整え、生産力の向上を計る政策でブリタニアに利益をもたらしている。
それによって、ルルーシュが日本を『エリア11』と呼ばなかった事に関しては…表向きには大した騒ぎにはなっていない。
ただ…ルルーシュが表に出していない…と言う部分は否定できないが…
ルルーシュの勘違いの含まれる言葉にスザクは皮肉に苦笑した。
「ルルーシュ…そんな事は解っている。日本だって…そう云う意味ではブリタニアと変わらない…」
やっと発したスザクの言葉に…ルルーシュが首をかしげる。
そんなルルーシュを見て、スザクはルルーシュの日本に対する大いなる誤解を解くように語り始めた。
「俺の父親は…ずっと、ブリタニアに対して徹底抗戦の姿勢を見せていた…。民主主義を唱えていた日本ではその反対意見も当然ながら出ていた。しかし、どっちの道を選んでも…あの時の日本では、結果は今と同じだった…」
スザクの言葉にルルーシュは心配そうな瞳をスザクに向ける。
こんな事を話しているスザクを見るのは初めてだったから…
いつでも、強気に話し、弱っているルルーシュにその時に一番欲しい言葉を…スザクが暮れていた…そんな風に思っていたから…
しかし、今日のスザクは…否、今回の『リフレイン』の事件で澤崎の名が出てきてから…スザクが色々と思い悩んでいる事は解っていた。
「澤崎さんは…俺の父親とは反対で、戦争する事なく、ブリタニアに従い、機会をうかがって日本の主権を取り戻す…そんな政策を父親に進言していた…。しかし、澤崎さんの政策でも…きっと…ブリタニアは日本に対して進軍していただろう…と言う事を…俺の父は予想していた。だから…同じ破壊されるでも…日本政府が日本人を守ろうとした…そう云う姿を日本人に見せておけば…いずれ、心ある日本人たちが遺志を継いでくれる…そう信じていた…」
スザクの言葉にルルーシュは、はっとする。
そう…枢木首相がブリタニアに対しての徹底抗戦は…後世の日本人たちに立ちあがる意思を…継いで欲しいとのメッセージだったのだろう。
戦わずに日本をブリタニアに差し出していれば…日本人たちは日本政府が日本人を見捨てた…そう思ってしまうだろう。
でも、負けと解っている戦いでも…全力で日本人を守ろうとした…そんな姿勢が日本人たちの心に残っていれば…やがて…自らの力で立ち上がる気力を生み出してくれる…と言う…残された日本人たちへの信頼…だったのかも知れない。
そして、その遺志を本当に継いだ者たちが…今、ブリタニアの支配に対して抗っている姿勢を見せているが、ルルーシュの政策を理解し、賛同した者たちは、ただ、反抗し続けている事はない。
必要とあらば、話し合いの席にも参加してくれている。
少しずつ、ブリタニアと日本との関係も変わりつつある中での、この『リフレイン』の事件は…スザクにも、シンジュクゲットーで潜伏しているスザクの率いていたレジスタンスグループ内にも動揺を生んでいる。
藤堂などは、同僚であった草壁中佐が関わっている事を知って何も言えずにいた。
恐らく、この事実に動揺していないメンバーはいないだろう。
しかも、澤崎と共に中華連邦に逃れた片瀬少将の名前まで出てくれば、もはや思考さえストップしてしまいそうだ。
しかも、その情報のソースはディートハルトの情報で、しっかりと証拠まで見せられている。
エリア11の総督であるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアからも事態の鎮静化の協力を要請されている。
このまま放置されたら…いずれ、ブリタニアの正規軍がその鎮静化の為に動く事になる。
ゲットーでブリタニア軍が動く事になれば、事情を知っているレジスタンスも知らないレジスタンスもそのまま高見の見物と言う訳にはいかないだろう。
事情を知っているレジスタンスであれば、そこに住んでいる日本人たちを守るために武器を取らなくてはならない。
知らないレジスタンスであれば、ブリタニア軍に対して徹底抗戦の構えを見せるだろう。
そうなれば、ブリタニア軍の目的が『リフレイン』の闇取引の収集であっても、銃口を向けられれば撃たねばならない。
もし、そんな事になったら、せっかく、減ってきたテロ活動が再び全国に広まって混乱状態に陥っていく事は目に見えている。
スザクとしても、スザクがリーダーとなっていたレジスタンスグループにしても、そんな事を望んでいる訳ではない。
少なくとも、藤堂などは決してそんなことは望まない。
おまけにブリタニア軍に所属している名誉ブリタニア人が関与しているともなると、下手にブリタニア軍を動かす訳にもいかない。
とすると、ルルーシュの直属の配下と、ルルーシュと協力関係を結んだ藤堂たちが何とかするしかなかった。
そして、最後には総督であるルルーシュがその場を収めた事にしなくてはならない。
ルルーシュが総督になって日本人たちからの支持も少しずつ得られるようになってきた。
しかし、半信半疑の者たちもいる。
この事件の解決の仕方によって、これからのルルーシュの立場も変わってくるし、総督の立場が変わって来るとなると、これからの統治も変わって来るのだ…
そんな風に考えると…今回の事件はどちらにとっても重要なポイントとなっている。
恐らく、相手もそれが解っているし、スザクのグループの中でも理解している者はいるだろう。
少なくとも、自分の意思で考える事の出来る者たちは…理解している。
そういった事情を鑑みてもスザクの気持ちは複雑だった。
父を暗殺した連中が…日本を奪う為に…自分たちが守るべき日本人を陥れている事実…
「枢木卿…もし、あなたの心に迷いがあるのでしたら…僕が殿下を守り、指揮を執ります。迷いのある者が戦場に出て行っても、殿下を危険にさらすだけです…」
ライが声をかけてきた。
スザクの心の迷いを読み取ってのものだろう。
ライはルルーシュを心酔している。
だからこそ、ルルーシュの危険となると思えば、自分の上官であるスザクに対してもはっきりとものを言うし、逆らいもする。
「否…俺は…迷っている訳じゃない…。目の前に奴らがいれば、俺が撃つ…」
スザクが握りこぶしを震わせながらそう、呟く。
「なら…何故そんな顔をしているのです?ルルーシュ殿下がずっと心配しておいでです…」
ライは厳しい目をしてスザクを見ている。
そして、ルルーシュも複雑そうな感情を顔に出している。
今では、ルルーシュは騎士として、スザクを信頼しているし、大切にしている。
ライもそれを知っていた。
だからこそ、中途半端な気持ちで、その場に立って貰っては困る…そんな風に思うのだ。
ルルーシュはその事実を知った時に云ったのだ…
『この作戦…すべての情けを捨てよ…。今回の…私、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアからの絶対の命令だ!』
と…
身内に対する感情など持たれては…恐らく、ルルーシュに対しても危険が及ぶ。
そうなっては、ここまでエリア11を大切に扱ってきたのに、ルルーシュにもしもの事があれば、きっと、ルルーシュを愛しているシュナイゼルは決してこのエリアを許さなくなるだろう。
それが…個人的感情の問題だと言われても…シュナイゼルは決して許さないだろう。
「ルルーシュ…頼みがある…」
スザクが拳を握りながら、低く言葉を口にした。
「なんだ…枢木…」
ルルーシュがスザクの方を見ると、これまでに見た事もないような怒りの表情を浮かべている。
「俺を…グループに戻る事を許してくれ…この件が終わったらすぐに帰るから…。これは…俺たち日本人の手で何とかする…。表向きの発表は好きにして構わない…。でも…俺は…澤崎も、片瀬も、草壁も…許せないんだ…」
スザクの申し出に…ライが慌てたように口を開こうとした時、ルルーシュがそれを制止した。
「本当に…戻ってくるか?戻ってこなければ…お前は…私たちに追われる身となるが…」
「俺は…約束は守る…。必ずここに帰る…だから…」
スザクの決心が固い事はよく解った。
そして、その言葉を聞いたルルーシュはライが倒れそうな言葉を発した。
「解った…ただし、条件がある…。私も連れていけ…」
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