シンジュクゲットーのレジスタンスグループやキョウト六家の桐原がエリア11の総督であるルルーシュと会談を行った事は…すぐに日本中に知れ渡り、そして、その報せは中華連邦に亡命している澤崎敦の元へも届いた。
「キョウト六家め…一体何を考えている…!」
その情報を前に澤崎が歯軋りする。
元々、スザク達のグループの活躍は聞き及んでいたから、彼らにある程度の道筋を立てさせてから、中華連邦に働きかけて、日本奪還作戦をするつもりであった。
スザクの父、枢木ゲンブが首相であった頃は、結局、彼は政権を握る事が出来ず、敗戦国の元官房長官と云う、不本意極まりないポジションに置かれている。
しかし、自分はエリア11となった日本の目と鼻の先である中華連邦に逃れ、情勢を見ながら、自分が先頭に立って、日本奪還作戦を敢行するつもりだった。
それが…たった15歳のブリタニアの皇子にすっかり丸め込まれたかのような印象のニュースばかりが耳に届くのだ。
「これでは…のんびり静観…と云う訳にはいかない…」
本当は、もっと、しっかりとした下準備を施してからエリア11へと奇襲をかけるつもりだった。
『日本軍』を名乗れば、エリア11に残る日本人たちは必ず呼応してくるという目算もあったし、中華連邦のバックがつけば、戦力も、日本とブリタニアの戦争の時程の差が生じる事もない。
澤崎自身が、日本奪還の先頭に立ち、今、エリア11で反体制勢力として活動している日本解放戦線を始めとした旧日本の義勇軍たちを纏めるつもりだった。
恐らく、前任の総督なら、それも可能だった。
しかし、ブリタニアの第二皇子にして、宰相であるシュナイゼル=エル=ブリタニアの異母弟、15歳の少年総督は、日本を少しずつではあるが、それでも確実に治めている。
イレヴンと呼ばれている日本人の中にも、その少年総督を支持する者が出てきているらしい。
日本人の中から彼の専任騎士が選ばれた事、そして、彼が総督に就任した時の記者会見で、日本人を『イレヴン』と呼ばなかった事に、日本人たちは好感を持ったらしい。
それに、その態度は、言葉だけではなく、日本人全体の生活の充実、向上に繋がっている事実も日本人たちの支持を集めている要因となっている。
「これでは…このまま私が日本に戻ったところで、日本人の支持が得られないではないか…」
確かに、先の戦争の後、自分だけさっさと中華連邦に逃れた元官房長官よりも、たとえ、ブリタニアの皇子でも、日本人の生活をも考えた執政を執り行っている現在の総督の方が日本人にとっては好意が持てる。
「ブリタニアの皇子に、枢木の小倅め…」
そんな澤崎に、一人の人物が話しかける。
「ならば…我々の手で…日本人たちの目を覚まそうではありませんか…」
そう澤崎に進言するのは…藤堂たちがスザクと合流した後、密かに日本を脱出した…元日本軍の…片瀬少将だった…
そして、彼らは密談を始める…
その話が終わる時…二人の顔に、にやりと笑みがこぼれる。
「情に熱い片瀬少将が飛んだことを思いつくものですな…」
「これも…日本人の為です…。このまま、騙され続けていては、日本人たちが哀れと云うもの…」
二人は、不敵な笑みを交わしあった。
一方、エリア11では、騒ぎが起きていた。
ゲットーに住まうイレヴンたちにある、薬物が蔓延しているという。
『リフレイン』と呼ばれるその薬物は…それを投与すると、過去の幸せだった頃に戻れるという、違法ドラッグの一種だ。
常習性が高く、その、懐かしさを求めてなけなしの金を払って、それを求めるイレヴンが後を絶たない。
軍に所属している名誉ブリタニア人の中には、軍で押収した『リフレイン』をくすねて、自分で使ったり、ある闇ルートに横流ししている者もいる。
その事を察知したルルーシュはゲットーで動いている地下組織のブローカーと軍組織内にそのブローカーと通じている者がいると判断して、洗い出しをしている。
恐らく、前任総督の時には、エリア内のテロ活動鎮圧のためにそこまで手が回らなかったのだろう。>
『リフレイン』は違法ドラッグだ。
違法ドラッグと指定されるからにはきちんと理由がある。
一度使ってしまうと、習慣的に投与しなければ中毒症状を起こして、狂乱状態になる。
そして、長期間、使い続けると、他の違法ドラッグ同様、廃人となる。
一度目なら…時間をおかずに最近開発された中和剤を使えば、中毒になる事はない。
しかし、その中和剤が効果を発揮するのには、厳しいタイムリミットがあり、きちんと、準備をしていなければ、中毒患者となる。
一度中毒になると…禁断症状が現れて、その後の治療は、本人も、周囲も相当な肉体的、精神的に負担のかかるものとなる。
そして、いったん回復しても、後遺症として、ちょっとした事で、中毒時の事がフラッシュバックしてしまうという。
「枢木、ライ、ヴィレッタが調べ上げた、『リフレイン』の売買が行われている場所だ…」
そう云って、ヴィレッタが纏めた資料をスザクとライに渡す。
「ここは…シンジュクゲットーの…。こんなところで堂々と闇取引が行われていたのか…」
スザクが驚いたように地図に示された会場の場所を見る。
普段は、イレヴンたちがささやかな娯楽会場として使っている、古びたビルの地下だった。
「表向きには日本人の娯楽施設であれば、確かに、隠しやすいかもしれませんね。ただ、日本人たちが、集まってゲームをしているように装えますし…」
「木は林に隠せ…と云う言葉をそのまま表しているな…。実際に、どこの国でも、こうした裏世界の取引はどこにでもある遊技場の地下で行われている事が多い。もしくは、新興宗教を装って人を集めるとか…」
ルルーシュもライもため息をつきながら、どこでもあまり変わらぬこうした闇取引について語る。
今回の場合、下手に軍を使う訳にはいかない。
軍の中でこうした活動に手を貸している者がいる以上、ルルーシュやその周囲の側近たちだけでなんとかせねばならぬのだ。
下手をすると、ブリタニア正規軍の軍人を相手に大立ち回りを演じる事になるのだ。
地図に書かれたビルの見取り図を出して、彼らはどう現場を取り押さえるかを話し合う。
今回、ルルーシュが使えるのは、自らの騎士と、たった一人の親衛隊員。
そして、ブリタニアから連れて来たジェレミア達と異母兄シュナイゼルから譲り受けた特派だけだ。
「もしなんだったら、扇たちと連絡を取ろうか?彼らなら、顔は割れていないだろうし、潜入するなら都合がいいだろう?」
スザクがそう提案する。
藤堂や桐原との会談後、ギブアンドテイク…と云う形での協力関係を結んでいる。
それに、確かに彼らにとっても『リフレイン』の蔓延は由々しき事態と言えるだろう。
恐らく、前任総督の頃からこう云った事はあった筈だ。
ただ、ルルーシュが総督になるまではそれについて、構っていられるだけの余裕がなかったのだろう。
テロは頻発し、政庁内はめちゃくちゃ…そんな状態で、イレヴンたちの間に蔓延している薬物になど構っていられなかったのだろうと云う事は容易に想像はつく。
しかし、その事で、ブリタニア軍の中にもそう言った者が蔓延させてしまったのだ。
名誉ブリタニア人になっても、ブリタニア人からの差別は激しく、現実逃避をしたいと心に隙間が出来た時…それに縋りつく者がいても…ある意味、仕方のない事なのかも知れない。
それでも、違法薬物は広がれば広がる程、国の根幹を揺るがす事になる。
過去には、そう言った麻薬が要因となって戦争だって起きているのだ。
それほどまでにそういった薬物とは恐ろしいものである。
「今、『リフレイン』がどこから流れてきているのか…流通ルートを調べさせている。こんな状態になるまで、放置状態だったとはな…」
本来なら、とっくに流通ルートを調べ上げて、根っこから引き抜いていてもおかしくない。
エリア11とは、周囲が海に囲まれていて、密輸のしやすい環境にある。
故に、海外から持ち込まれるこの『リフレイン』に関しては、エリア11だけの問題では終わらないのだ。
必要とあらば、輸出元である国の政府をも巻き込んだ、国際問題に発展させる事だと覚悟せねばならない。
「枢木、とりあえず、藤堂たちに連絡を取って欲しい…。このまま広がったら、ゲットー全てを洗い直さなくてはならない…。我々がこのエリアに駐屯している軍を使えない以上、彼らの協力も必要だ…」
「解った…」
スザクはそう返事して、ルルーシュの執務室から出て行き、藤堂たちに連絡を取りに行った。
そして、執務室に残されたルルーシュとライが再び今回の件の話をする。
とにかく、出来るだけ、薬物中毒に侵された人々を救済しながら、首謀者を叩くと云う方法を取りたかった。
やっと、このエリアでのルルーシュへの支持も集め始めていると云うのに、ここで薬物中毒者とは云え、虐殺のような真似をする訳にはいかない。
恐らく、少数精鋭で行く場合、スザクとライのナイトメアに頼る事になる。
軍内部にそう言ったところに通じているものであれば、闇取引現場にも戦闘準備がされている筈だ。
ここまで、何の騒ぎにもならなかったのは、単にそれまでの総督が無能だった…それだけの話なのだから…
そう言った闇取引をする連中が、丸腰で事を構えていると考える方が甘すぎるのだ。
「ライ…今回は…恐らく、軍の関与が考えられる…。出来れば、戦闘にしたくはない…。しかし、抑止力として、ナイトメアを使いたい…。下手をすると、これは内乱に発展する…」
確かに、軍内部の人間が関与している以上、ここに軍事力を介入させたら内乱だ。
本当なら、ルルーシュとしては、軍事力を使いたくないが…調べられている内容からして、確実に軍の内部の人間がかかわっているのだ。
「ならば…藤堂たちに動いて貰っては?正規軍を使えないのであれば…第三者の介入をさせればいい…」
「しかし…彼らとは…」
「これはギブアンドテイクです。日本人としても、『リフレイン』の蔓延は大きな問題です。こちらは、それについての情報を彼らに提供する。その代わり、実働隊については、彼らに担って貰う…」
確かにライの云う通りではあるが…果たしてうまくいくのだろうか…。
確かに藤堂は信用できるだろう。
ただ、他のメンバーたちは?
スザクがまとめていたあのグループには様々な思いの人間がいると云う…。
単純に、日本人の安寧だけを考えている…と云う訳ではないのだ。
「物は試しです。我々も一応、ナイトメアで待機します。ただし、その組織を一網打尽にするのは、殿下でなくてはなりません…。それが、総督たるあなたの責任です…」
「彼らを…試すと云うのか?お前はまだ、彼らを信用できないのか?」
ルルーシュはライの用心深さは嫌いではなかったが、それでも、ここまで疑っているともなると、帰って不信感を抱かれてしまわないかと思ってしまう。
「殿下…我々はこのエリアを統治する側の人間です。彼らを信頼していますが、彼らには彼らの役目、殿下には殿下の役目をしっかりと肝に銘じて欲しいのです…。でなければ…彼らとの協力関係は何も意味をなしません…」
ルルーシュはこれまで、戦略で相手を従えた事はあったが、こうした協力関係となったのは初めてだ。
実際に、どこまで信用すべきか、していいのか、今のところよく解らないでいた。
ただ、彼らにとって、この『リフレイン』の蔓延は彼らの望むところではない…それだけは確実だ。
「とりあえず、枢木が藤堂たちと連絡を取っている。その先の話は、枢木が戻ってきてからする事にしよう…」
とにかく、今はルルーシュ達だけで話をしていても何にもならない。
やがて、藤堂と連絡をとった、スザクが執務室に戻ってきた。
その表情にはあまり、芳しくない色が見える。
「枢木…藤堂たちは何と?」
ルルーシュはスザクの表情に不安を覚えてそう尋ねる。
「『リフレイン』のルートや闇取引の殲滅に関しては承諾してくれたよ…。ただ…嫌な相手が動き始めているんだ…」
「嫌な相手?」
スザクの表情の原因は藤堂たちの事ではなかったようだ。
では…何だと云うのだろうと、ルルーシュとライは不思議そうに顔を見合わせる。
「中華連邦で…日本の元官房長官だった、澤崎さんと、そして、先月、中華連邦に逃げた片瀬少将が日本国内の反体制勢力に色々と呼びかけているらしい。その中で、ディートハルトが得た情報なんだが…」
スザクが言葉を切った。
何かよほどの事なのだろうと、二人は息をのんだ。
「藤堂さんについてこなかった『日本解放戦線』のメンバー…主に、草壁中佐を中心としているグループなんだけど…今回の『リフレイン』のルートを辿ると、そこを経由しているらしいんだ…」
スザクの言葉にルルーシュもライも驚きを隠せない。
「彼らは…日本人を守るためにレジスタンスをやっているんじゃないのか?そんな…」
「誰にそそのかされたかは…今の枢木卿の発言で解りますね…。これで、『リフレイン』の密輸元は…恐らく、中華連邦でしょう…」
ライが驚きながらも、冷静に分析する。
しかし、ライに説明されなくても、簡単過ぎる公式だ。
「そして…その糸を引いているのは…今、中華連邦に逃れている…」
日本人が日本人を踏みにじって、自分の手に日本を取り戻そうとしている…
あり得ない事ではない。
ブリタニアなら、自分の権力を誇示するためにこうした裏工作をして、人々を騙すと云う事は多々ある。
しかし、ルルーシュの学んだ日本と云うのは『武士』と云う者の心を持ち、卑怯な真似は好まないと聞いていた。
「まさか…澤崎さんが…そんな事を…と…思いたかったけれどな…。でも、ディートハルトの情報は完全に裏も取れている…」
スザクの言葉に…ルルーシュは日本と云う国を憂いている者たちばかりが相手ではないと云う事を悟った。
「ならば…私も、遠慮する事はないな…。同胞を売ってまで権力に固執するような相手に…容赦する必要はない…」
ルルーシュは怒りを湛えた瞳で呟いた。
そこにいる、二人が背筋に寒さを感じるほどの…ルルーシュの怒りを感じていた。
「枢木!ライ!この作戦…すべての情けを捨てよ…。今回の…私、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアからの絶対の命令だ!」
ルルーシュの剣幕にそこにいた二人はただ…こう答える事しか出来なかった…
「「イエス、ユア・ハイネス…」」
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