とりあえず、藤堂との交渉は、今のところ成功と言っていい…。
ただ…問題はその先だ。
今、エリア11にこれだけのテロリストが存在すると云うのは…大きなバックアップが出来る存在があると云う事の証しだ。
はっきり言って、総督としての立場では非常にありがたくない状況だ。
それに…本当の意味で潰すべきトップは恐らくは…キョウト六家の桐原泰三だ。
彼がテロリストたちに支援出来ないようにしてしまえば、このエリア内でのテロ活動は非常に困難となる。
これだけのテロ活動が頻発しているとなると、正味な話、ブリタニア人だけでなく、イレヴンたちも被害を被っている筈だ。
そうしたテロリストたちの動きに反発する一般のイレヴンたちを救済するという形で掌握していくのも手の一つだ。
とにかく、このエリアの利潤を上げていけば、ルルーシュが多少、意表をついた統治をおこなっても文句は言われない。
そう考えてのこうした交渉での事の収集を行っている。
「枢木…桐原翁とは…どのような人物だ?」
ルルーシュが傍に控えていたスザクに尋ねる。
「そうだな…厳しい人ではあるけれど…話の解らない人ではないという印象はある…。俺がレジスタンス活動をしていた時には、俺の進言でも要請でも、きちんとした道筋を立てて話をしなければ力は貸してくれなかった。でも、きちんと、説明して、どのような結果を生むために必要なのかを順を追って話した時にはきちんと支援をしてくれたよ…」
「話の順を追って…きちんと説明…か…」
ルルーシュとしては何だか試されているような気がしてきた。
確かに、旧日本であれだけ政財界に力を及ぼしていたほどの人間だ。
そう一筋縄でいくとも思わないが…
スザクは桐原翁の孫に当たるという。
とすると…ルルーシュと話す場合も…祖父と孫…そのくらいの差があると云う事になる。
相手の経験などを考えた時…ルルーシュがどれだけ策を労したところで恐らくは逆効果となるだろう。
かと云って、直球で行くのは危険な気もする。
恐らく、これまで、様々な戦場で交渉の場に立ち合ったり、交渉事を進めたりしてきたが…次の相手はなかなか厄介そうな相手である。
年齢の事を考えても、経験の差を考えても相手の方が一枚も二枚も上手である事は確実だ。
そう考えた時…どうしたらいいか…ルルーシュの頭の中でシミュレーションを繰り返しているが…どうする事がよりベターなのか…やはり…人間との交渉が一番難しいと思う。
元々、人との付き合いはうまい方ではないし、お世辞にも愛想のいい人間とは言えない。
それでも、やるべき事はやる…いつもその精神は忘れてはいない。
しかし、苦手な事となると…どんな人間でも頭を抱えてしまうものだ。
ルルーシュ自身、そんな得体の知れない相手との交渉をどうすればいいか…今は必死になって考えている。
そんな風にスザクの前で頭を抱えているルルーシュを見ていると、スザクはルルーシュは本当に頭がいいのか、バカなのか…よく解らなくなってくる。
と云うか、変に難しく考えすぎの様な気もしてきた。
恐らくは…常に変化球を必要とするような交渉ごとが多かったのだろう。
スザクの知る桐原泰三と云う人間は、子供相手にそんな裏をかくような真似はしない。
それに、どれほどの小手先技を使ったところで、その相手との話の中で、その人物が…何をしたくて、何をしようとしているのか…それを探って話をする相手だ。
だから、ルルーシュが一番危険だと思っているストレートに今、ルルーシュが何を成そうとしているか、その為に何が必要なのかをそのまま話せばいいだけの話なのだが…。
スザクはそれが解っているのだが…ルルーシュはこれまで難しい交渉場面には立ち合っても、こうした、ストレートな直球勝負の交渉はした事がないらしい。
ルルーシュにとって、交渉事と云うのは、いかにして、相手の腹を読んで、裏をかくか…そんな、タヌキとキツネのばかし合いの様な事ばかりしてきたのだから…スザクが口で言ったところで直球勝負と言われても解る訳はない。
そこへ…ルルーシュの親衛隊であるライが入ってきた。
「殿下…どうしました?お加減でも…?」
目の前に頭を抱えて、考え込んでいるルルーシュを見てライが慌てたように声をかけてきた。
そして、スザクが近くにいる事を確かめた時、ライはスザクを睨みつけた。
「枢木卿!あなたは殿下のお加減が悪いと云うのにのほほんとしていたのですか!」
ライがスザクに怒鳴りつける。
その様子に気がついたルルーシュがライに声をかけてライを制止する。
「ちがう…枢木が悪い訳ではない…。私が次の交渉にどうしたらいいか解らずに悩んでいただけだ…。枢木はきちんと教えてくれたのだが…どうにも私には経験のない事で…」
ルルーシュのこんな姿を見る事になるとは思ってもおらず…ライとしても目を丸くする。
いつもは…難しい顔をしながら、何を考えているのかよく解らない…でも、しっかりと先を見据えており、けっして、他人に対して弱みを見せない。
ずっと、そんな風に思っていた。
ルルーシュの意外な一面を見て嬉しかった反面…ルルーシュは何故、スザクに対してここまで他の人間の知らないルルーシュの姿をさらせるのか…ライには不思議で堪らなかった。
そう云えば…スザクがルルーシュの騎士となる時に言われた…
『そうやって…決めつけるから…ルルーシュは…仮面を被り続けるんだよ…。あいつは、俺と同じ15歳の子供だ。どれだけしっかりしているように見えても、どれだけシュナイゼルの下で功績を挙げていてもな…。それでもあいつは、自分の責務を忘れないから…周囲がちゃんと察してやらないとあいつ…本当にパンクするぞ…』
と…。
恐らく…ルルーシュは無意識の中でスザクが今ルルーシュの身の周りにいる誰よりも、ルルーシュの本質を見抜いていると…気づいている。
だから…ルルーシュのあのような振舞いも…恐らくは…無意識のうちにしている事…。
やがて…藤堂のとりなしでルルーシュがキョウト六家のトップである桐原泰三と会う日になった。
とにかく、考えていても仕方ないので、スザクに言われた通り、自分のやりたい事、そして、その過程で必要な事を一つ一つ説明する事にした。
これでは、交渉と云うよりも、これからやろうとしている事の報告である。
しかし、スザクはそれでいいという。
ルルーシュは日本人は複雑だと感じた。
ルルーシュがこれまでして来て成立してきた交渉は…『決して、自分の本心を見せてはならない、そして、切り札は決して見せない、見せるならもっと奥の手を持て…』と云う事だった。
これはシュナイゼルからの教えだったが、実戦に立った場合、このシュナイゼルの教えがまず基本に立っていた。
そして、シュナイゼルにもそう言った交渉術をさんざん叩き込まれてきた。
そう言った、先読みや、一瞬にして考えられる可能性を思いつく速さだけでいえば、ルルーシュはシュナイゼルのそれを凌いでいる。
それ故に、シュナイゼルの右腕としてのし上がる事が出来たし、その交渉術で『黒の死神』とまで言われる程の功績をあげて来たのだ。
そして…交渉不成立の後の、ルルーシュの素早い、的確な動きで、敵を殲滅してきた。
確かに卑怯と取られる者もたくさんあったし、その自覚もあった。
だから、『黒の死神』と呼ばれる事は気持ちのいい事ではないし、ナナリーにとってもあまり喜ばしくない兄を持たせてしまった事へのナナリーに対する申し訳なさもあるし、かわいそうな事をしたと思っている。
それでも…幼いルルーシュには…必要だった…。
守る為に…
もう…大切なものを…失わない為に…。
10歳のあの時…目の前に血まみれとなった母が倒れていた。
息をしておらず、肌の色は…生きた人間の色ではなくなっており、いつも優しくルルーシュを抱いてくれたその両の腕は…硬く…冷たくなっていた。
―――あんな思いは…もうごめんだ…
そんな思いから…ナナリーを守る為になら何でもした。
そして、ルルーシュには…道を選んでいる余裕などなかった…。
ルルーシュはそんな思いを抱きながら生きてきた。
これからも…ナナリーがしっかりとした家に嫁いで…その身の安全が保証されるまで…ルルーシュはわき目も振らずに戦っていこうとしていた。
その為には…ルルーシュは…心をいて突かせながら…その身を戦いに投じる事しか出来なかった。
自分の大切なものを…守る為に…
そして…今回の交渉も…どんな手を使ってでも…成立させてエリア11を平穏な地域にして、次期総督に渡せばいい…。
その時には、スザクも開放してやれる…ルルーシュはそんな風に思いながら、桐原の手の者に案内されて、桐原泰三の前に進み出た。
通された部屋は…日本の畳が敷き詰められた部屋で…質素ではあるが、落ち着いた空間であった。
そして、真中に足の短い長いテーブルが置かれており、ルルーシュから向かって右側に桐原が座っていた。
「どうぞ…そちらへ…」
案内のものに促されて、向かって左側の座椅子に正座した。
そして、体制が整ったところで、ルルーシュが口を開いた。
「初めまして…私は、神聖ブリタニア帝国第11皇子、エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。この度は…こちらの要請を受けて頂き、心より感謝を申し上げます…」
ルルーシュが殆ど付け焼刃的に覚えた挨拶をして、深々と頭を下げた。
ここでは、ブリタニア人の方が、立場が上…と云う姿勢を見せてはならない。
あくまで、対等の立場で話をする…相手もその意思があるから、ルルーシュを上座に据える事も、桐原を上座に据える事もなかったのだろう。
「これはこれは…ご丁寧なあいさつを…。私が桐原泰三だ。スザクと同じ年と聞いてはいたが…本当にまだ、子供臭さの抜け切らぬ総督殿だ…」
桐原はバカにしているというでもなく…ただ、敬意を払っているようにも見えない。
ただ…孫と同じ年で大きな責務を背負わされているこの少年総督に対して、何か、感慨深げにルルーシュを見つめている。
「して、この老体に一体何用かな?エリア11の総督殿は…」
まるで、子供に対して話している口調に、ルルーシュはむっとするが、ここで怒っていたら話が進まない。
相手の態度がルルーシュを子供扱いをしているにしても、ルルーシュをこのエリアの『総督』として、相手は評価しているのだ。
「この…今の日本のテロ活動をなくしたいのです…。私は…戦いを望んでいる訳でも、争いを望んでいる訳でもありません。ただ…我が国の方針はこのようにして植民エリアの拡大…と云う国策に則った外交を繰り広げているのは、桐原公もご存じでしょう?」
ルルーシュはここまで話すと、一旦言葉を切った。
そして、桐原の対応を待った。
「うむ…こちらとしては…ブリタニアに出て行って頂きたいとは思っていますがな…。そうも出来ないとなれば、互いの妥協し合える中での折衷案が必要と…そう云う事ですかな?」
桐原の言葉に、ルルーシュは頷きながら言葉を続ける。
「はい…。これ以上、双方の血を無駄に流す事もない…。日本人が『日本』と云う名を取り戻したいと願っている事は存じ上げていますが…ブリタニアとしても戦火を切って、植民エリアとしたこの地をむざむざと返す訳にも行きませんし、仮に、私個人が日本を独立しても良いと考えたとしても…ブリタニア本国はそれを許しはしません。ですから…桐原公のお知恵とお力をお借りしたいのです…」
ルルーシュはまっすぐに桐原の目を見つめる。
桐原も、そのルルーシュの真剣な目をじっと見ている。
そんな時間がどれほど過ぎただろうか…
桐原がふっと表情を変えた。
「あなたは良い目をしていらっしゃる…。スザクが自分たちのグループの元を離れて、それでも、『俺は裏切っていない』と言い切る意味が解りましたよ…。いやいや、失礼した…。少々あなたの事を試させて頂いた…。藤堂からあなたの考えているこの先の道筋については大体聞いております…」
桐原の言葉にルルーシュが驚いた表情を見せた。
これから駆け引きをするものだとばかり思っていた。
スザクがルルーシュに教えてくれたようにストレートに自分のやりたい事を何のためにやるのかを説明するつもりだった。
それなのに…
「此度は少々悪ふざけが過ぎましたかな?あなたの事に関しましては…色々と調べさせては頂いていました。藤堂からもあなたの成そうとしている事は聞いております。今のところ、総督殿のおっしゃる案が一番、現実的かつ、建設的と云えましょう…」
桐原の表情が柔和なものになっている事に気がついた。
しかし、ルルーシュはまだ緊張を解く事が出来ない。
目の前の老人と比べて、自分はまだまだ未熟だと云う事を痛感しているからだ。
この部屋に入ってきてすぐに解った。
これまでに感じた事のない、威圧感と圧迫感…。
日本を裏から操っていたと云うだけの事はある。
そして、ブリタニアが一方的に宣戦布告するまで、外交のみで日本の独立を守ってきたというのが理解できる…そんな存在感だったのだから…
「そう、硬くならないで下され…。年寄りの悪ふざけでございます。確かに確かめたかったという事はありますが…スザクもあれで人を見る目はあります。あのスザクが自分の作り上げたグループの元を離れて、あなたの傍で変えて行こうと考えたと云うからどんな御仁であるか見てみたかったので…。私も出来る限りのことをしていくことをお約束しましょう…」
桐原の言葉が未だにうまく咀嚼できていないルルーシュが呆然としている。
―――もう…終わったのか?
そう思った時…ふっと桐原の目が再び鋭くなった。
「ルルーシュ殿下…本当の敵は…日本国内のテロリストなどではありません…。あの戦争で中華連邦に逃げた連中のほうが…厄介な相手です。連中には力はありませんが、そのバックにいる中華連邦が問題です…。なにとぞ…そちらのお力もお貸し下され…」
桐原の言葉に…ルルーシュは再びこの地で血なまぐさい戦いが始まることを予感していた…
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