ルルーシュがエリア11の総督となってから…ブリタニア側も日本側も変わった。
シンジュクを中心に活動していた反体制グループのリーダー、枢木スザクがルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの騎士となった事が大々的に報道された。
それは、エリア11だけでなく、世界を驚かせた。
あの、差別社会、格差社会をよしとするブリタニア帝国の皇子が赴任先のエリアでナンバーズを専任騎士としたのだから…。
その報を聞いたコーネリアはカンカンになってルルーシュのプライベート通信に連絡を入れてきた。
コーネリアの傍でコーネリアを宥めている彼女の専任騎士のギルフォードと異母兄であるクロヴィスには正直、素直に申し訳ないと思ったくらいだ。
そして、政庁内も大騒ぎとなった。
ブリタニア人とナンバーズを区別する政策は日本がエリア11となる前からなされてきた政策で…それまでの慣習が一気に崩れさることを意味している。
皇族の専任騎士とは、ブリタニアの貴族の中でも花形の地位だ。
皇子や皇女と同年代の子供を持つ貴族などは、それこそ、その同年代の皇子、皇女の思考を調べ、どんな才能があって、どんな役職に着きそうかを研究して、殆ど英才教育の様な形で我が子を育て上げる。
皇子や皇女の専任騎士ともなれば、家の名は上がるし、将来も約束されたも同じだ。
ルルーシュは自分が庶民出身の母から生まれてきた皇子と云う事で殆ど自覚がなかったが、そんな、皇位継承権順位の低い皇子であっても、たった15歳でシュナイゼル宰相の片腕とまで呼ばれる彼に対しては貴族たちが我が子を彼の専任騎士にしようと眼の色を変えていた。
そして、専任騎士の叙任式が済んでしまっている今、スザクが死なない限り、ルルーシュの専任騎士の座が空く事はない。
となると、もし、万一スザクが死んだ時のルルーシュの専任騎士の座を狙おうと、次から次へと彼の親衛隊への入隊を希望する貴族の子女たちの資料が送られてきた。
執務室のルルーシュのデスクの上には、数えきれないほどの資料が積み重なっている。
ルルーシュはそれを見るなり、スザクにこう告げる。
「今日は…会議室は空いているか?」
「…第13会議室が空いております…」
傍に控えていたスザクがルルーシュに答える。
「ふっ…私は死神だからな…。いい数字の会議室が空いているじゃないか…。今日はそこで仕事をするから、資料やパソコンをそちらに運んでくれ…」
ルルーシュが苦笑しながら…と云うより、顔を引きつらせながらスザクに命じる。
スザクが叙任式を終えてから殆ど毎朝の光景となっている。
スザクはと云えば…
「イエス、ユア・ハイネス…」
―――『今日は』じゃなくて、『今日も』の間違いだろうが…
と、内心考えながら、そう答えるのだった。
第13会議室に全ての資料とパソコンを持ち込んで仕事を始める。
あの、親衛隊員候補者資料の中には異母兄姉の推薦者も恐らく入っている。
確かに、彼らの推薦状があるのなら、信頼は置けると思うのだが…貴族の中で自分がどういう目で見られているかは…母が亡くなってからはよく知っている。
本当は、シュナイゼルの軍に入る時にも一度、ルルーシュは自分の専任騎士をつけようと考えた事もあった。
しかし、母が庶民の出でその母が亡くなって、後ろ盾を完全に失った皇子となった。
母がせめて貴族の出身であったなら、母の実家が後ろ盾になってくれるが…母が庶民では、それも望めない。
それに、当時、まだ10歳の皇子が軍に入ったところで何が出来る…と思ったのが、当時の貴族たちだった。
そして、母の後見をしていたアッシュフォード家もその時に当時日本だった現在のエリア11へと移り住んでいた。
結果だけ見ると、アッシュフォード家は日本攻略のために何らかの使命を受けていたと考えるのが自然だが…それはアッシュフォード家の当主にしか解らない事だ。
それはともかく、たった10歳の子供がたった5年でシュナイゼルの片腕となった事実にブリタニア本国にいる貴族、植民エリアとなったエリアにいる貴族たち全員が驚愕した。
確かに、あのシュナイゼルが使えない者を自分の軍に入れるなど考えられない。
そうして、後悔をしていたが…まだ、ルルーシュに専任騎士がいなかった事を思い出して、まるで付焼刃的に英才教育を自分の子供に施していたが…結果的にみると、『後悔先に立たず…』と云う事だったらしい。
しかし、専任騎士が立ったと云う事であれば、その専任騎士を中心に親衛隊が構築される。
親衛隊のメンバーは基本的に数の制限がない。
とりあえず入ってしまえば、その皇子の下で出世の道が開ける。
正直、心情的には庶民出身の母親の皇子に頭を下げるなどプライドが許さないのだが…それでも、庶民出身とはいえ、母親があのマリアンヌ皇妃で、今では本人はシュナイゼルの片腕として能力を発揮しているのだ。
気難しい皇子らしいが、所詮は子供…うまく手懐ければいい…そんな風に安直に考える貴族たちの気持ちとは裏腹に、専任騎士は植民エリア出身のナンバーズ、そして、今のところたった一人の親衛隊も一応ブリタニア人らしいが、どこの馬の骨かも知れない男が着任しているという。
そんな貴族たちのあからさまな態度にルルーシュはすっかり嫌気がさしていた。
だから、そう云った資料の山を見ると頭は痛くなるし、数が多くなると吐き気さえもよおすようになった。
仕事を始めると、スザクは部屋の隅で控えていた。
そして、パソコンの画面を総督としての顔で見ているルルーシュを見ながら、叙任式前のライの言葉を思い出す。
『枢木スザク…最初にはっきり言ってしまいますね…。僕は、シュナイゼル殿下から、ルルーシュ殿下をお守りするようにと云う命を受けています。ナンバーズであるあなたが不穏な動きを見せたら…その時には容赦しませんから…』
ライのその真剣な目に、スザク自身に緊張が走った。
恐らく…気持ち的には…ライの方がルルーシュの騎士としてふさわしいのかも知れないと思う。
それでも…現実には…スザクが騎士なのだ。
『ああ…。それに…俺があの時ここに残ったのは…あいつと二人で話をして見て…恐らく…目指しているものは同じだと思ったから…。そうでなかったら、あの時にルルーシュのお言葉に甘えてカレンと一緒にここから出ていたさ…』
あの時のルルーシュは…恐らく、自分の立場、足元を危うくすることを承知で、カレンを逃がし、スザクを逃がそうとしていた。
でも、ルルーシュはエリア11に差別社会を作りたいと考えている訳ではない事はよく解ったし、ルルーシュがどうして、たった15歳で『黒の死神』などと呼ばれる程の働きをせねばならないのか、解ったから…
ルルーシュは…弱い立場の者の辛さをよく知っていた。
支配される者が、どうして支配する者に対して刃を向けるのか…知っていた。
ブリタニアそのものを認める気はないが、スザクの中ではルルーシュ自身を認めていた。
だからこそ、カレンにその事を託した。
多分、ルルーシュは、日本の国民にとって敵ではない…と…。
ライが扇たちも帰したと云っていたから…恐らく、これから、藤堂たちもその事に関しては耳を傾けてくれるに違いないと信じた。
スザク達のグループがこれまで、日本国内で起こしている反ブリタニアグループの中心となっていた事は解っていた。
連絡網、情報網は完全に遮断されていたが…それでも、ブリタニア軍がシンジュクに力を集めていた事は知っている。
だから…ルルーシュが日本人に危害を加えない事さえ解れば、戦闘状態を打開していき、これ以上、無駄に血を流さない策を考えて行った方が建設的だ。
『ライ…俺はこれでも、日本国最後の首相、枢木ゲンブの息子だ。ルルーシュほどでなくとも、政治的な事は、多少は解る。俺は…もう、無駄に血の流れない日本が欲しいんだ。力で統治されれば、必ず無駄な血が流れる。でも、ルルーシュならそんな事はしない…そう思ったから…カレンをメッセンジャーにして、俺はここに残ったんだ…』
ルルーシュがパソコン画面に集中し、スザクがそんな事を考えている時、廊下から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして、普通ならあり得ないのだが…いきなりバンと扉が開いた。
「ルルーシュ殿下!」
そこには血相を変えたジェレミアとエリア11でのルルーシュの屋敷の執事長が立っていた。
「なんだ…ジェレミア…。仕事中だぞ…騒々しい…」
ルルーシュは手を休める事も、パソコン画面から目を放す事もせずジェレミアにそう答えた。
「殿下!以前かは知ってはいた事ですが…どうして、あなた様はあなた様がお住まいになる屋敷のメイドたちの仕事を取り上げるような真似をするのです!」
「殿下…かの者たちは、出自のはっきりとした、信用もおけますし、優秀なメイドたちばかりです…お願いです…。このままでは彼女たちが失業してしまいます…」
執事長が半泣き状態でルルーシュに訴えている。
ルルーシュが来てからと云うもの、ルルーシュの暮らす屋敷のメイドたちの仕事がなくなっているらしい。
とりあえず、ルルーシュの私室以外の掃除などは流石にメイドたちがやっているのだが…
しかし、私室の掃除、自分の服の洗濯など…ルルーシュはどれだけ忙しくても自分でやっているのだ。
しかも、ポケットマネーで買った洗濯機やクリーナーを持ち込んで…
それに、皇子が着任する場合には、既に側室などを引き連れてくる皇子たちもいるのだ。
親衛隊の隊員は100人を超えている皇子もいる。
しかし…ルルーシュは着任した時には騎士もいなければ親衛隊もない。
側室などいる訳もなく、ついてきたのは、腹心たちだけだし、その腹心たちにもきちんと屋敷が与えられている。
エリア11とは、新しくブリタニアの占領地となったばかりで、まだ、二人目の総督ではあるが、前任の総督は貴族らしく、自分の護衛チームには100人近い男たちを連れていたし、奥方、側室などを含めてあの屋敷の中には総督の関係者だけで120人近い人間が住んでいた。
故に、メイドたちもその時の数では間に合わず、次から次に募集して集めたのだ。
そして…その総督がいなくなって、雇ってしまったメイドたちはそのまま残された。
ルルーシュは一応、腹心である、ジェレミア、キューエル、ヴィレッタが交代でルルーシュの身辺警護をさせているのだが…
で、ルルーシュは自分の身の回りの事は自分でやってしまうし…それこそ、メイドなどほとんど必要ない生活を送っていた。
その様子を何となく、気の毒に思いながらスザクはルルーシュを眺めていた。
「私はまだ15だ!側室など必要ないし、いるわけもない!」
ルルーシュが執事長にそう云うと、すかさず答えが返ってきた。
「皇子殿下であらせられる場合、10になれば、側室を持たれ始める方もいらっしゃいます。当然、政略的な、形だけのものですが…。掃いて捨てるほどの求婚者がいると云うのに…写真を見る事もなく捨て去られているとの事…。皇子殿下としてあるまじき行為です!」
確かにシュナイゼルの下で名を上げるようになってから、ひっきりなしに送られてくる見合い写真…。
しかし、ルルーシュは全く興味を示さずに捨てていた。
「……だって…めんどくさいじゃないか…。女は我が儘だし、すぐ泣くし…。私には可愛い妹たちがいれば…」
そこまで云うと執事長がくわっとジェレミアが抑えつけないとルルーシュに掴みかからんばかりに熱弁を振るい始めた。
「よろしいですか?殿下…。殿下は既に世界に名をとどろかせるシュナイゼル宰相閣下の右腕として名を馳せていらっしゃる…。昔から『英雄艶を好む…』と申します…。あなた様が世間で何と言われているかご存知ですか?見合い写真を見る事もなく捨てていらっしゃるから…『ルルーシュ殿下はシスコン過ぎて困る!』だの『ひょっとしたら、男しか愛せないのかも知れない…』だの………」
執事長のルルーシュへの世間の噂は…噂話に疎いルルーシュには初耳だったが、『シスコン』なら、そう云わせておいた方が見合いも来なくて済むのではないかと考えてしまう。
流石に『男しか愛せない』となると、ルルーシュの沽券にかかわってくるが…
くどくど涙ながらに説教をしている執事長の声をBGMに仕事もさっぱり進まない。
隅っこでは必死に笑いをこらえているスザクがいた。
ルルーシュはそんなスザクをキッと睨みつけたが、スザクの方は笑いをこらえるのに必死らしい。
執事長の説教が1時間に及んでくると、流石に気の毒に思ったのか、スザクがすっと前に出てきた。
「ジェレミア卿、執事長殿…そろそろ殿下はシンジュクで活動している元日本軍藤堂中佐との会談の打ち合わせを自分としますので…。そろそろお引き取り頂けますでしょうか?」
もうちょっと見ていたかったが、カレンを帰した後、スザクに連絡が入ってきたのは事実で…今ではシンジュクのグループのトップとなった藤堂と、エリア11の総督であるルルーシュとの会談が水面下で計画されていた。
その言葉に、ジェレミアも執事長をここから屋敷に連れ戻す口実が出来たと見てほっとする。
「ならば…枢木…私も…」
ジェレミアがそう云おうとした時、ルルーシュが間に口をはさんだ。
「否、会談には私と枢木だけで行く。一応、そう云う条件で会談の席が出来たのだ。お前たちにも事の詳細が決まらない限りは話す事が出来ない…。許せ…」
確かに、相手はレジスタンスで、ジェレミアの心配も解るのだが、こちらが威嚇する様な形になってはうまくいく話もうまくいかなくなる。
「それは…総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…としてのご判断ですか?」
「ああ…」
ルルーシュが顔色一つ変えずにそう返事するとジェレミアも納得したようで素直に引き下がって行った。
そうして、二人が出ていくのを見届けると、ルルーシュがスザクの方を見た。
「枢木…私には日本の事、習慣などはよく解らない…。だから、どう話せば、和解の糸口を見つけられるか…教えて欲しい…」
スザクはそんなルルーシュの態度にちょっと驚いたが…それでも、『目的のためなら手段を選ばない…』と云う言葉は…別に、悪い意味としてだけ使われているが、そうではないのだとなんとなく思った。
「ああ…。俺としても、藤堂さんたちとうまく会談が出来なければ、ここに残った意味がないからな…」
そう云って、ふっと笑う。
お互い、会ったばかりで、何も知らない筈の相手だと云うのに…目的が同じだからなのか…今では戦友と呼べる気がした。
「でも…まずはその書類を片づけろよ…。その為にあの二人を追い出したんだからな…」
テーブルの上に置かれている書類の束を指差す。
「ああ…解った…。午前中には終わらせるよ…。その後、その話をしよう…」
ルルーシュがそう云って、スザクが見守る中、パソコンの作業を再開した。
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