ルルーシュは…本来なら、総督が…皇族が来る筈のない場所に立っていた。
紅月カレンが拘束されている…地下牢だった。
ブリタニア名ではカレン=シュタットフェルト…ブリタニア帝国の中でもかなり有力な貴族の名家だ。
「紅月カレン…」
ルルーシュは、自分の目の前にいる、囚人に声をかける。
意外な訪問客にカレンは驚いたような表情を見せる。
「君に…頼みたい事がある…。それを成し遂げてくれたら…君を…彼らの元へ、お帰ししよう…」
ルルーシュの言葉に、カレンは更に驚いた顔を見せる。
エリア11の総督である、ルルーシュが…ブリタニアの貴族の娘とは言え、テロリストであるカレンに頼み事…しかも、自分の仲間の元へ帰すと云っている。
「いったい…何の話よ…。頼み事…って言うより、取引?それ…」
彼女が訝しく思うのは当たり前だ。
ルルーシュは、テロリストを制圧するのが仕事で、カレンは、そのルルーシュの敵の立場に当たる。
大体、カレンに会いにくるにしても、恐らくは、カレンが取り調べ室などへ連れて行かれて、拘束されたままで、見張りがずらっと並んでいる筈だ。
それなのに、今のルルーシュは誰一人供を連れていない。
あの、ライとか言う、やたらルルーシュに対して忠義を尽くそうとしている男もいないのだ。
「枢木スザクが…私の騎士になった…。済まない…私の…責任だ…」
そう云って、ルルーシュがカレンに頭を下げている。
カレンはルルーシュの告げた事実と、ルルーシュの行動に驚いている。
何の計算もないであろう…その行動…
「あんた…一体何を考えているの?大体スザクが…あんたの騎士になんて…」
カレンがそこまで云うと、ルルーシュがカレンの言葉を遮った。
「ああ…彼は…絶対に自分の意思で私の騎士になどならない…。彼は…君たちを裏切ってなどいない…。だから…今ならまだ間に合う…。彼を連れ去って欲しい…」
「!」
さっきから、ルルーシュの云っている事は驚く事ばかりだ。
大体、いくら、ルルーシュがブリタニアの皇子とはいえ、これは完全なる背任…
ルルーシュ自身、ただで済むはずがない。
「済まない…私は…ただ…枢木スザクを…死なせたくなかっただけなのに…こんな事になるなんて…。否、これはただの云い訳だ…。許しを乞うつもりはない…。ただ…枢木だけは…」
「誰が…そんな事を頼んだんだ?」
その声に、ルルーシュが振り向くと…枢木スザクが立っていた。
「枢木…」
ここまでの監視システムは全て切ってきた筈だった。
長時間そのままと云う訳にはいかなかったが、それでも、こんなに早く露見するとは思わなかった。
「スザクがいるの?」
「カレン…しばらくだな…。助けに来られなくてごめんな…」
スザクがカレンに謝っている。
ここにスザクがいるのなら話が早かった。
「枢木!このまま、彼女を連れて…」
ルルーシュがそこまで云うと、スザクがぴしゃりとルルーシュの言葉を遮った。
「お前…俺の言う事聞いていなかったのか?カレンを逃がしてくれるのは有難いけれど…俺は、ここに残るよ…。ただし、カレンたちを裏切るつもりもない…」
スザクの言葉にルルーシュの顔が強張る。
この男が、スパイみたいな真似をするとは思えなかったし、まして、ルルーシュに近づいて暗殺などと考えているとは思いたくもなかった。
「お前…」
ルルーシュがスザクにキッと睨みつける。
流石に、ルルーシュもそうやすやすと暗殺される訳にはいかないからだ。
今のルルーシュには守らなくてはならないものがあるから…
「ホントに、最後まで話を聞かずに判断する奴だな…。頭の回転のいい奴はこれだから困る…」
スザクがやれやれと言った表情でルルーシュとカレンを見た。
「スザク…今云った事って、どういう事?」
スザクの中で何か考えがあるのだと判断したカレンがスザクに尋ねる。
ルルーシュの方は、相変わらず警戒を解かない状態だ。
実際、素手の勝負ではルルーシュに勝ち目はない。
流石にこんな、逃げ場のないところで暗殺されるとも思わないが、ルルーシュを人質に取るくらいは出来る…。
「カレン…俺…実はこいつと無人島に飛ばされて、二人で話をしたんだ。それに、その前に一度、二人で話をした事があってさ…」
「それで?スザクの中で何か、心境の変化でもあったわけ?」
カレンとしては、ルルーシュと二人で話が出来た事で、彼に対する印象が変わってもおかしくはないとは思うが…ただ、お互いの立場を考えた時に、目の前の二人は…どうやったって平行線をたどる事になるだろうと思ってしまう。
「そりゃ…あったさ…。『黒の死神』なんて呼ばれている奴だぜ?どんな奴かと思うじゃないか…普通…」
スザクが面白そうにないやら話を始める。
そこにいた、ルルーシュもカレンもスザクの面白そうに話す姿になんとなく、呆然としてしまう。
「それが…こんななまっちろい、細くて、すぐのポキッと折れちゃいそうな奴がその正体だって云うんだからさ…。確かに写真では見たことあったし、その時には単に、『目つきの悪い奴だな…』くらいに思ってはいたけどさ…」
スザクのその云い様にルルーシュがむっとする。
確かに…スザクの云う通りなのだが、目の前でズバリ言われるとかなり腹が立つもので…
カレンはと云えば…スザクの云い様に笑いをこらえている感じだった。
「貴様!云わせておけば!」
ルルーシュがスザクに掴みかかる。
あまり、自分の感情を見せる事のないルルーシュではあるが、何故か…こう云った時でも無意識なのだろうか…
感情の起伏を見せる事は殆どない。
多分、今こうしてスザクに掴みかかっているのも…恐らくは無意識…
そんな目の前の光景をカレンが不思議そうに見ている。
「あんたでも…そんな風に人間らしい感情を見せるのね…」
ぼそっとカレンが呟く。
確かに…ルルーシュとライに捕まった時、取り調べを受けた時に、ルルーシュを見ていたのだが…こんな風に、人間らしい印象を受けた事は一度もなかった。
ただ…自分と同じ年のくせに、やたら重そうな兜と仮面をつけているといった印象だけはあったのだが…
しかし、今、目の前で自分のよく知る人物とのやり取りを見ていると確かに、それは、年相応にも見える。
カレンの一言でルルーシュは更に機嫌が降下したようだが…
「カレン…俺、ルルーシュと話をして見て…確かに、最初はそのまま殺そうかとも思っていた…」
スザクのその一言に、ルルーシュは、我にかえり、ふっと眼を瞑った。
やはり、敵であるのであれば仕方のない事なのだろう。
あの無人島で、スザクの命を救う為に演じた茶番劇だって、冷静になってみれば、自分でも不思議な行動だ。
スザクがルルーシュを殺そうと思うのは当たり前だし、ルルーシュがスザクを捕らえる…もしくは、それが不可能ならその場で殺すべきだったのだ。
「でも…ルルーシュは…あの時の総督とは…違う…。話していれば、ルルーシュが別に俺たち日本人をたんに虐げる為に来たわけじゃない事は…解った…」
スザクには、あの無人島からトウキョウ租界に帰ってきて、その後のルルーシュの記者会見が、ひどく心に残っているらしい。
ルルーシュもカレンも驚いた表情で、スザクを見ている。
「俺は…日本を取り戻したいと思う。でもまずは、俺たち日本人が普通の生活を送れるだけのものが手に入ればいい…そうだろ?」
「この男に任せれば…私たちは普通の生活を送れるの?」
スザクの言葉にカレンが声を低くして尋ねる。
「解らない…。でも、俺が傍にいれば、少なくとも、ルルーシュ個人が何かおかしなことをしようとすれば、止める事は出来るだろ?それに…ただ、武力で戦い続けても、ブリタニアの正規軍には敵わないし、それに…俺たち日本人への締め付けが厳しくなるだけの様な気がするんだ…」
多分、このスザクの言葉…この短い時間に必死に考えて、自分の中で苦しみながら出した答えだろう。
カレンはそのスザクの言葉にふっと息を吐くが、カレンにはもう一つ、大きな問題がある…。
カレンの家の名前…シュタットフェルト家…
ルルーシュはそのカレンの気がかりに気づいたようだ。
「紅月カレン…済まないが、シュタットフェルトは異母兄上の命令で本国へ送られている。恐らく…エリア11でのシュタットフェルト家の地位は…保証できない。恐らく、枢木の叙任式の後にでも、あの屋敷そのものがトウキョウ租界の政庁に接収される…」
ルルーシュの言葉にカレンはわずかに表情を変える。
「じゃ…じゃあ…あそこで働いていたメイドたちは?」
カレンが何故にあの屋敷で働いていたメイドの事が気になるか…ルルーシュはシュタットフェルト家を調べた際に全てを知っていた。
「君のお母さんは…日本人だから…。しかし、君を生んだ母親でもあるから、一般の日本人たちとは違った待遇にはなる。本人が申請しなければ、名誉ブリタニア人になる事はないが…それでも、私の出来る限りのことはするつもりだ…」
ルルーシュの言葉にスザクも驚いていた。
カレンの母親の事については、とりあえず、聞いてはいたのだが…シュタットフェルト家と云う籠から放たれてしまった時…どうしたらいいかと思っていた事でもあった。
「君は…不満かもしれないが…私の後見をしてくれている、アッシュフォード家にも日本人のメイドがいる…。そこへ行って貰えるのなら…」
カレンはルルーシュの方を見て、驚いたような顔をして、声を出せずにいた。
「そして…出来れば…君にもアッシュフォード学園に戻って貰いたいのだがな…。君は、そこの生徒だろう?」
ルルーシュのその質問にカレンは再び、キッとルルーシュを睨んだ。
「でも…私たちが…私たちが…日本を…」
「それについては、今すぐ何とかしろと言われても流石に無理だが…それでも、私がこのエリアの総督でいる限り…日本人への締め付けを緩めるよう…何とかして行こうとは思っている…」
まだ、カレンと同じ年の少年の総督が…必死な思いで総督を務めあげようとしている。
人の血が流れる事を恐れ、何とか、植民エリアの人々が安心して生きていけるように…その為に一人で必死に前を見続けている。
「君たちには感謝しているんだ…。私がここの総督に赴任したばかりの頃の政庁は…とてもじゃないが、政庁としての機能を果たす事が出来ていない状態だった。君たちが動いてくれていたから、私は…その時に必死になって政庁を立て直すように努力出来た。それを必要とする環境がなければ、決して、動く事など出来ないからな…人と云う生き物は…」
ルルーシュがそこまで云った時…足音が聞こえてきた。
ルルーシュが足音の方を見ると…
「殿下…」
「ライ…」
枢木スザクの見張り役として、ルルーシュの親衛隊に配属された…ライだった。
「あとは…紅月カレンだけですよ…。扇要以下、14名は既に脱出させてあります…」
ライの言葉にルルーシュが驚いた。
「何を驚いているんです?自分は、枢木スザクより、少しだけですが、あなたの傍にいる時間が長いんです。とりあえず、早いところ脱出させないと、大騒ぎになりますよ?」
「し…しかし…お前…」
ルルーシュは相変わらず驚きを隠せずにライを見ている。
「紅月カレンには仕事があります…。ルルーシュ殿下の想いを彼らのグループに伝えると云う…そして、枢木スザクのやろうとしている事を伝えると云う…。だから、彼女をここに残しておいても仕方ないでしょう?」
ライは淡々と説明している。
ルルーシュはライの説明をちゃんと理解するも、納得は出来ていないようで…。
しかもどうやって彼らを逃がしたと云うのだろうか…
そんなルルーシュの疑問を察したように、ライがさらに説明を続ける。
「我々特派は、正式にルルーシュ殿下の配下となったのです。シュナイゼル殿下より、ご命令を受けています。ですから…その手の専門家たちがうまくやってくれましたから…」
ライが少し、皮肉げに笑って見せる。
専門家…
「ロイドたちが?でも…何故…?」
「ルルーシュ殿下の必死な思いが伝わっていたようですよ?それに…彼らを拘束しておいて、いまだに野放しになっている日本解放戦線がしゃしゃり出てきても困るでしょう?確か、あの時の戦いでは藤堂たちがいたようですから…」
ルルーシュが相変わらず信じられないと云った表情でライを見ているが…どうやら本当らしくて…
「さぁ、紅月カレン…僕が案内します…。きちんと、ルルーシュ殿下の思いを、彼らに伝えて下さいね?でなければ…次に会った時、僕があなたを殺します…」
ライの言葉に、カレンもただ…頷く事しか出来なかった。
そして、ライがカレンの閉じ込められている独房の鍵を開ける。
「スザク…」
「カレン…みんなによろしくな…。俺は…絶対に裏切ってはいないから…。きっと、ルルーシュを支えていけば…日本人にとって、今よりも幸せな場所になる…」
そう云って、二人が握手している。
これから先、まだ残る問題も多いのは事実だが…せめて、テロのないエリアにする…という目標がお互いにある。
だから…これは、そのための第一歩であると、彼らは思う。
まだまだ残っている山積みの問題を…少しずつ、解決していこうと…彼らが誓い合った瞬間であった。
第一部 END
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