皇子とレジスタンス



騎士

 重苦しいアヴァロンのルルーシュの私室で、ルルーシュも、スザクも、ライも黙っている。
実際に、彼らは何を話していいのか、解らない。
スザクに、ブリタニアでの皇室に対する礼儀作法などは…流石に元首相の息子とでも言うべきか、基本的な事は知っていた。
そうなってしまうと、ライもスザクに話す事などないし、ルルーシュにしてみれば、敵とは言え、ルルーシュの中で特別だと思えた相手を…いわば、裏切った形になっていたからだ。
でも、出来れば、ルルーシュとしては、叙任式の前にスザクを帰してやりたかったが…しかし、それは個人としての感情…。
スザクはテロリストグループのリーダーで…ルルーシュが討たねばならない敵であった。 ―――コンコン…
ノックする音が聞こえた。
「どうぞ…」
浮かない声でルルーシュが答えた。
扉が開くとこそには、シュナイゼルの側近であるカノン=マルディーニが立っていた。
「ルルーシュ殿下…間もなくトウキョウ租界の政庁に到着いたします。シュナイゼル殿下と後について、お降り頂きます。また、枢木卿…」
その、カノンのスザクの呼び方にスザクは驚いた表情を見せる。
「枢木…卿…?」
「はい、あなた様はルルーシュ殿下の専任騎士となられましたので…これにお着替えになってルルーシュ殿下と共にお降り頂きます…」
そう云って渡されたのは…白い騎士服…
元々そんなものを用意していたのかと思いながらカノンを見る。
その様子に気がついたカノンがスザクに向って事務的に説明する。
「シュナイゼル殿下は、元々、そこにいる、ライ准尉にルルーシュ殿下の専属騎士を任せようとお考えでした。しかし、ルルーシュ殿下自らがお選びになったあなたがいると云う事で、サイズの方はあなたが着てみて応急処置程度には直します。とりあえず、着替えて下さい…」
そう云いながらスザクに持っていた騎士服を渡す。
「それから、ライ准尉、あなたもこれに着替えて下さいね。専属騎士の騎士服ではないのですが、ルルーシュ殿下の親衛隊用の正装になりますから…」
そう云いながら、ライにも持っていた服を渡す。
「イエス、マイ・ロード」
ライはためらわず受け取った。
そして、最後にカノンはルルーシュの方を見て、ルルーシュの正装服を渡す。
「ルルーシュ殿下…あなた様はこれにお着替えください。また、そんな沈んだ顔をしていては、迎えて下さる妹君たちが心配されますよ…」

 ルルーシュはそのカノンの言葉にパッと反応した。
「妹君って…」
ルルーシュが聞き返すとカノンは相変わらず事務的に話をしている。
「ナナリー皇女殿下とユーフェミア皇女殿下が、シュナイゼル殿下と共にエリア11に来ているのです。到着早々、あなた様の行方不明騒ぎでしたからね…ご報告が遅れました…」
「ナナリーと…ユフィが…」
ルルーシュの表情がややほころんだ。
王宮内で誰よりも仲の良かった同腹の妹と、異母妹…
「シュナイゼル殿下も心配しておいでです。少なくとも、これから先、ルルーシュ殿下に対する風当たりはそれなりのものと覚悟してください…」
カノンの言葉にルルーシュはぐっと拳を握る。
「解っている…。着替えるから…出て行ってくれ…」
「承知致しました。枢木卿、ライ准尉…こちらへ…」
そう云って二人を連れていく。
一人になった事を確認できると…
「ナナリー…ユフィ…」
あの王宮内で…唯一、自分が自分に戻れた場所…
それが二人のいたところだった。
目を瞑ると、あの二人の笑顔が思い浮かぶ。
二人が仲良く会話していて…自分はちょっと離れたところで本を読んでいて…
そんな二人の姿を見ながら、本を読むのが好きだったルルーシュは、一時でもそんな時間が持てたら…などと思っては見るが…
今自分の目の前にある大問題を何とかしなければならない…
何とか…スザクを…
それを実行すれば、ただの背任行為…
当然露見すればルルーシュはエリア11を離れなくてはならなくなる。
いくら、シュナイゼルの片腕として周囲に知られていても…
それに、ルルーシュがそんな事で本国に連れ戻されたら…ナナリーが…
そう思うと、今回の事の重大さを…改めて痛感する。
まさか…シュナイゼルが出向いてくるとは思わなかった…なんて…云い訳にはならないし…
そんな云い訳で通るのなら、この世に争いなんて起こらない。
自分に用意された皇子としての正装に着替えながら…ルルーシュは今回の自分の行動に後悔が募る…
―――後悔?僕が…?何故?あいつは敵なのに…何故、あの時…僕は枢木スザクを助けようとした?
自分でも不思議な感覚だった。
本当に…何かを考えてやった訳ではなかった。
ただ…それこそ、ルルーシュにとってはあり得ない事なのだが…身体が勝手に動いた…
そんな感じだった。

 別室に連れ出されたスザクは、結局、云われるまま、騎士の正装に着替える。
こんな事が自分たちのグループに…否、日本人に知られたら…
これまで…日本を取り戻す為にスザク達はレジスタンスとして戦ってきた。
ブリタニア軍に取り囲まれた時…ルルーシュを人質にしていれば…逃げ延びる事が出来たかも知れなかった。
でも…スザクにはそれが出来なかった。
生来の正義感の強さ…と云うのもあるのだろうが、しかし、あの場合、何を最優先事項とすべきか…そんな事の解らないスザクではない。
白い、いろんな飾りのついた衣装を身にまといながら…あの時の自分が、逃げ延びることだけを考えられなかった自分に驚いていた。
そして…あの時、ルルーシュがスザクに云った言葉を…何故信じたのか…
ルルーシュはスザクとは敵で…ブリタニアの皇子で、日本をエリア11と呼び、総督として、支配している人物だ。
でも…あの時、ルルーシュはスザクにはっきり言ったのだ…
『いいから、私に合わせろ…。ここで君が死んだら…日本はどうなる…』
と…。
あの時、ルルーシュは『日本』と言った。
『エリア11』と呼ばなかった。
そして…日本の先を憂いて、スザクを死なせないようにと…自分の立場も考えずにスザクを庇ったのだ。
「あいつは…何故…」
スザク自身、ルルーシュの事が気になっている事は事実で…。
でも、お互いが敵同士で…しかも、ルルーシュはエリア11の混乱を平定しに来た総督で、スザクはそのエリア11でレジスタンスとして、抵抗運動をしているグループのリーダーで…。
本当に…何故彼らは敵同士として出会ったのだろうかと思う。
ルルーシュは…決して、エリア11をただの植民エリアとして、ブリタニア人だけを優遇するために来たようには見えなかった。
ただ…平穏な地にしたい…恐らくは、ルルーシュの中にあるのはそれだけなのだろう。 ルルーシュには守るべき者がいると云っていた。
そして、そのルルーシュが守っている者とは…きっと、強い力が絶対という思想の下では、生きていくのが難しい…ある意味、弱い立場の存在なのだろうと思う。
だから…ルルーシュは必死に自分を押し殺して、仮面をかぶって…
でも、スザクに見せたルルーシュの顔は…噂に聞いていたような『黒の死神』などではなかった。
確かに…頭は切れるし、出来る限り、自軍の損失を最小限にしようと考えての知略なのかも知れないと思えた。
ただ…やみくもに武器を振り回して、その力を示したところで、やはりそこには血が流れて…巻き込まれる人間がいるのだから…

 トウキョウ租界の政庁に到着し、ルルーシュ、スザク、ライが並んでアヴァロンのタラップを降りて行った。
周囲にはマスコミなどが総督が無事に帰ってきた事をカメラに映している。
そして、ルルーシュの隣に立つ…かつて、この地が日本と呼ばれていた時の最後の首相の息子が…騎士服を着て並んでいたのを見た時には騒然とした。
ブリタニア人、イレヴン関係なく…
そして、記者会見場で…ルルーシュはスザクがルルーシュの専属騎士になった事を伝える事になっている。
今のこの状況で回避する手だてなどなく…ルルーシュはスザクと目を合わせる事が出来なかった。
そして、スザク自身、硬い表情が和らぐ事なく…そのまま、政庁の記者会見場に向かう事になる。
そこには…多くの報道陣が集まっている。
国籍関係なく、世界的なニュースになっていたらしい。
と云うか、シュナイゼルがそう云う風に仕向けたのだろう。
イレヴンを統治する為に、イレヴンにとってのリーダーとして存在していた枢木スザクが、現在のエリア11の総督である、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの専属騎士になったと知らしめれば…
少なくとも、正面切って反抗出来る者は少ないだろう。
リーダー同士で手を組んだ…その事実が表に流れればいい。
それによって…双方が歩み寄ったという事が世間に広まっていけば…少なくとも、平和を望む人々には歓迎されるだろう。
「私は、エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。この度は、ブリタニア人、日本人の皆様方には、大変ご心配をおかけして、申し訳なく思っております…」
ルルーシュのその一言に、会場内が騒然とする。
総督である筈のルルーシュが、『イレヴン』と呼ばず、『日本人』と呼んだのだ。
確かに、この一言でリーダー同士が歩み寄ったと云う信憑性が高まるが、変にイレヴンたちが騒ぎたてても困る…。
少なくともシュナイゼルはそう思っている。
そして、ルルーシュのその一言には、スザクも驚いていた。
皇子であり、エリア11の総督が…『日本人』と云った事の重大性が、ルルーシュに解っていない筈はないが…。
シュナイゼルが驚いているところを見ると、どうやら、ルルーシュが勝手にそう云ったようだ。
ルルーシュはなおも、淡々とカメラの前で話していく。
これまで、ずっと、総督の姿は隠されており、イレヴンはおろか、一般のブリタニア人でさえ、今暮らしているエリアの総督の顔も知らなかったのだ。
そして、突然、行方不明になって見つかったという報告会見で、姿を現し、この発言である。
ルルーシュ自身、この状態の中…何か腹をくくったらしい…。

 周囲の驚きをその身にひしひしと感じながらも、ルルーシュは続けた。
「この度、私は、私の専属騎士を決めさせて頂きました。私の隣にいる…枢木スザクです。日本人のみなさんなら、よくご存じの事と思います。旧日本最後の首相、枢木ゲンブ氏のご子息です。我々は、もう争いたくない…そう意見が一致し、今のこの状況を打開したいと考えました。その結果が、枢木スザクの騎士叙任です。どうか…これからも、ブリタニア人、日本人が手を取り合っていけるよう…みなさんにも協力願いたいと思います…」
そう云って、ルルーシュはカメラの前で頭を下げた。
ルルーシュが…今、スザクにしてやれることは…争いのないエリアにして、一刻も早くスザクを解放してやる事…そう考えていたからだ。
あの短い時間では、これ以外の事は思いつかなかった。
そして、会見が終わって、執務室へ入ると…ジェレミアをはじめとする、ブリタニアからついてきた側近たちが、心配そうにルルーシュを見つめていた。
そして…そこには…ずっと会いたいと願っていた…ナナリーとユーフェミアの姿もあった…。
「ルルーシュ…」
ユーフェミアがルルーシュに声をかける。
「久しぶりだね…ユフィ…」
ルルーシュはあの頃と変わらない笑顔をユーフェミアとナナリーに向けるが…二人の心配そうな表情は消えなかった。
彼らが何を心配しているのかは解っている。
あんな、勝手な記者会見をして、何の処分も下らない筈がない。
「心配をかけてごめん…でも…僕は…」
ルルーシュが俯いてユーフェミアに話しかける。
ユーフェミアにもナナリーにも、ルルーシュが苦しんでいる事が解った。
きっと、エリア11に来て、ルルーシュの身の回りで何かが変わったのだろうと想像できた。
そんな空気を一掃しようと…ナナリーが話しかける。
「お兄様…お兄様の専属騎士に会わせて下さいな…。日本人の方なのでしょう?」
ナナリーが明るい声を出して、ルルーシュにそう強請る。
「ああ…今、呼ぶから…」
そう云いながら、先ほど渡した、専属騎士直通の通信機でスザクを呼びだす。
「失礼します…」
相変わらず浮かない表情のスザクが執務室に入ってきた。
「枢木…私の妹のナナリー…こちらは母の違う妹、ユーフェミアだ…」
そう云って、スザクに二人を紹介した。
スザクはこの二人を見て、ルルーシュの守りたい者が何なのか…すぐに解った。
「初めまして…ナナリー=ヴィ=ブリタニアです…」
車いすの少女がやわらかな声でそう自己紹介する。
「初めまして、ユーフェミア=リ=ブリタニアです。どうか…ルルーシュの事を守って下さい…」
ユーフェミアがスザクの前に進み出て、頭を深々と下げる。
仮にも皇族の姫君が…と、スザクも周囲の者も慌てた。
しかし、ユーフェミアはそんな事気にせず、頭を下げている。
スザクはこの状況に…言葉も出なかった。
そして、やっとの思いで
「イエス、ユア・ハイネス…」
そう答えた。

 ユーフェミア自身にも、スザクの複雑な心境が読めたのかも知れない。
だから、ルルーシュの為に頭を下げた。
そして…ルルーシュの先ほどの会見での発言…
これは、これから、ルルーシュに対しても、このエリア11に対しても、いいにつけ、悪いにつけ、変化をもたらす事になるだろう。
少なくとも、ルルーシュが今、目指しているものは…きっと、ルルーシュに出来る精いっぱいの事なのだろうとは予想がつくが…
それでも、ルルーシュは『イレヴン』ではなく、『日本人』と呼んでくれたのだ。
スザクは、今は…その一言を信じよう…そう思っていた。

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