皇子とレジスタンス



条件

 ルルーシュとスザクは今、アヴァロンの別々の部屋にいた。
ルルーシュはシュナイゼルの私室、スザクはルルーシュに宛がわれた一室でライと共にいた。
ルルーシュの目の前には異母兄であり、神聖ブリタニア帝国の宰相であるシュナイゼルがソファに腰掛けていた。
そして、ルルーシュに穏やかな微笑みを見せながら…でも、その腹の内は絶対に解らない表情である。
「あ…あの…異母兄上…」
ルルーシュはおずおずと異母兄に声をかけた。
「ルルーシュ…私の云いたい事は…解るね…?」
いつものように穏やかな口調でシュナイゼルはルルーシュに問いかける。
これまで、シュナイゼルやコーネリアがいくら言っても専属の騎士を決めてこなかったルルーシュがいきなり、ブリタニアにとって反乱分子であるテロリストのリーダーを自分の専属騎士にすると云い出したからだ。
尤も、シュナイゼル自身、あの無人島に二人きりでいた時間を考えた時、ルルーシュの中で何かが変わったのかも知れないと思うのだが…
しかし、今、ブリタニア軍と戦闘状態にあるテロリストのリーダーをいきなり自分の騎士にするなどと云い出したルルーシュの行動は見過ごす事は出来なかった。
「はい…解ります…」
ルルーシュはシュナイゼルの穏やかな質問に、声をこわばらせて答えるしか出来なかった。
あの時、自分でも咄嗟だった。
ただ…スザクを死なせたくない…それだけだった。
ルルーシュもエリア11の総督だ。
テロリストを先導していた人物が捕まれば…極刑は免れない事は解っていた。>
「しかし、エリア11には…あまりにテロ組織が多すぎます。そのテロ組織たちが目指す先は枢木スザクです。もし、彼が我々の手に落ちたとなれば…散らばっているテロリストたちの動きを…」
個人的感情でここまで言い訳をしているのは初めて…否、言い訳している事そのものが初めてだ。
スザクの命を救いたかった…ただそれだけの為に…
「しかし…ルルーシュ、私は彼が、それを受け入れているとは思えないのだがね?それに、私はお前が可愛い…。だから…こんな事で自分の守るべきものを見失って欲しくないのだよ…」
―――自分の守るべきもの…
その言葉にルルーシュは身体がぴくっと反応する。
そう、ルルーシュは守りたいものの為にシュナイゼルの下で手腕を振るっていたのだから…
そんな事も忘れてしまうほど…ルルーシュはあの枢木スザクと云う存在を守りたかったのか…
シュナイゼルはルルーシュの心の動揺に気づいたのか、ルルーシュにふっと微笑みかけた。
「解ったよ…ルルーシュ…。お前が私に頼みごとをしたのは…私の軍に入りたいと言った時以来だ…。私も出来るだけの事をしよう…。ただし…条件を付けさせて貰うけれどね…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュは顔をあげて穏やかに笑っているシュナイゼルの顔を見る。

―――ルルーシュの私室
 先ほどのルルーシュの言葉…恐らく、咄嗟の言葉に違いなかった。
ライはルルーシュを救出に向かうアヴァロンに乗り込んだ時、シュナイゼルに云われていた。
『もし、君が嫌でなければ…ルルーシュの騎士になって欲しい…』
と…。
神聖ブリタニア帝国の第二皇子に頭を下げられたのだ。
そこまでされて、ライの立場で断る事は出来ないし、断る理由もない。
しかし…
「枢木スザク…あの島で…一体何があったのですか?」
ライは目の前にいるスザクに声をかける。
スザクはこんな話は聞いていない…と云う態度だ。
ライ自身、ルルーシュとスザクの間に交わされた専属騎士の叙任ではないと解っている。
ただ…あのルルーシュが他人の為に…しかも、テロリストのリーダーの助命の為に咄嗟にあんな嘘をついたのだ。
「別に…普通に話していただけだ…。俺は…あいつの騎士になる気なんか…」
そこまで云いかけた時、ライがスザクの胸倉を掴んだ。
「それ以上云ったら、せっかくの殿下のウソが無駄になります…。口には気をつけて下さい!」
確かに、ルルーシュの専属騎士だという事で、捕虜の扱いを受けず、拘束もされずにいるのだ。
そうでなければ、今頃、テレビでも見たことあるブリタニアの拘束衣を着せられていたに違いない。
ライが乱暴にスザクから手を放す。
ライ自身、短い時間ではあったが、ルルーシュの近くにいて、彼の苦悩を垣間見てきた。
しかし、ルルーシュは決してライに対して、本心を晒さなかった。
否、常に総督としての顔しか見せなかった。
そんな彼が、たった一晩、目の前の男と一緒にいて、自分の身の危険も顧みず、命を助けようとしているのだ。
それ故に…悔しさ半分、そして、ルルーシュを守ろうとしている者を守ってやりたいと思う気持ちが半分だった…。
今、ルルーシュとシュナイゼルがその事について話している事は解る。
そして、その結果がどうなるのか…
「枢木スザク…僕は…ちょっと悔しいですよ…。僕の方が殿下と一緒にいた時間は長い筈なのに…。否…殿下は常にあなたの影を追っていたのかも知れない…」
ライの言葉にスザクは驚きを隠せずにいた。
「でも…殿下にとって、あなたは必要な人間だと云うのなら…僕は…あなたを守ります…。あなたの為ではなく…殿下の為に…」
ライは射抜くような視線をスザクへ向けた。
「しかし…」
「しかし?」
ライが一呼吸おいて再びスザクに言葉を放つ。
「あなたが…あなたの存在が殿下に仇なす者であれば…僕は…殿下の意思を裏切っても…あなたを撃つ…」

 ライのそんな様子にスザクは驚いたような表情を見せるが、すぐに、ふっと笑って見せた。
「なんだ…ルルーシュが思っている程、ルルーシュは一人じゃないじゃないか…」
昨日からのルルーシュを見ていて、スザクはルルーシュがどれほど孤独にさいなまれているかと考えていたのだが…
「貴様!殿下に対して…」
「俺はまだ、正式にルルーシュの騎士として指名された訳じゃない。お前が云った通り、あの時のルルーシュの咄嗟的なウソだ。ルルーシュにしてみれば、俺に礼をしたかったらしいからな…」
「礼?」
ライが不思議そうな顔をした。
ライのそんな顔を見てスザクがクスッと笑いながら言葉を続けた。
「俺が…お前の皇子殿下を『ルルーシュ』と呼んだ事の礼だそうだ…。元々、ルルーシュは俺を見逃す気でいたらしいからな…」
スザクの言葉にライは逆上する。
「バカな!殿下が…貴様になど…」
「そうやって…決めつけるから…ルルーシュは…仮面を被り続けるんだよ…。あいつは、俺と同じ15歳の子供だ。どれだけしっかりしているように見えても、どれだけシュナイゼルの下で功績を挙げていてもな…。それでもあいつは、自分の責務を忘れないから…周囲がちゃんと察してやらないとあいつ…本当にパンクするぞ…」
スザクの言葉にライは…ルルーシュが何故にこの男を気にかけたのか…少し解った気がした。
しかし、この男はルルーシュの敵であり、こうしてルルーシュに命を助けられた今も、ルルーシュに対する敵対の態度を隠していない。
「勘違いするなよ?俺はルルーシュの事は嫌いじゃない…。ただ、俺が嫌いじゃないのはただのルルーシュだ!エリア11の総督としてのあいつも、ブリタニアの皇子としてのあいつも、俺にとって敵でしかない…」
続けられたスザクの言葉にライは再び厳しい顔になった。
「枢木スザク…自分の立場をちゃんと理解してそんな事を云っているのか?君自身、この場では非常に危うい立場にいる事を忘れるな!仮にも、テロリスト組織のリーダーをやっているのだろう?」
「俺は…別に正直な気持ちを云っただけだ…」

―――コンコン
 部屋の扉がノックされる。
「はい…」
ライがそのノックに返事をすると、扉が開いてシュナイゼルと、今回の騒ぎの原因となったルルーシュが立っていた。
「これは、シュナイゼル殿下…ルルーシュ殿下…」
ライがその場に跪いた。
スザクは仏頂面でソファに座ったままだった。
「枢木…」
ルルーシュが申し訳なさそうな声でスザクを呼んだ。
その声を遮るようにシュナイゼルが言葉を口にした。
「枢木スザクくん…たった今から君を我が異母弟、神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの専属騎士に任命する…。叙任式は…1週間後…トウキョウ租界政庁で…。私も立ち会う…」
シュナイゼルが事務的に事の流れを説明している。
そして、スザクに対しての説明が終わると、ライの方へ向き直った。
「ライ…済まなかったね…色々と…。君には…ルルーシュの親衛隊として、枢木くんの下で任務をこなして欲しい…」
シュナイゼルの言葉にライが驚いた顔をする。
そして、シュナイゼルの表情を見て、自分に何を任されたのか、理解する。
「イエス、ユア・ハイネス…。この命に代えましても…ルルーシュ殿下をお守りすることを誓います…」
ライは再び礼を払った。
シュナイゼルは…ライに対して、ルルーシュの専任騎士の監視を申しつけているのだ。
ルルーシュの表情が暗くなっていくのが解る。
そんなルルーシュを無視してシュナイゼルがライの言葉にほっとしたように微笑む。
「ありがとう…。枢木君、ランスロットはこのアヴァロンが回収させて貰った。元々は、私の特派で開発されたものだ。特派はこのままルルーシュの補佐を任じている。きっと、特派にいた方が、ランスロットのメンテナンスも、開発もスムーズにいくよ…」
的外れな利点だと解っていながらシュナイゼルが云っているのだ。
これで、シュナイゼルに襲い掛かってくれれば逆に、スザクをこの場で射殺する口実も出来るのだが…さすがにそこまでは馬鹿ではないようだ。
しかし、スザクの表情にスザクの本音がよく表れている。
そして、シュナイゼルがとどめの一言を残す。
「ルルーシュは私にとって、一番大切な異母弟だ…。くれぐれもよろしく頼むよ…」
暗に、ルルーシュに何かあった時にはエリア11はどうなっても知らないぞ…と云う、脅しである。
スザクは拳を握り、声を震わせてシュナイゼルに一言返した。
「イ…イエス…ユア…ハイネス…」
その言葉を聞いて、シュナイゼルは含みのある笑みを残して、部屋を出て行った。

 シュナイゼルが出て行って、3人、部屋に残された。
「ライ…申し訳ないが…枢木と…二人で話をさせて欲しい…」
「よろしいのですか?」
ライは先ほどのスザクの言葉を知っているだけに心配だった。
「どうせ、武器はすべて没収しているのだろう?私の騎士だと言ってあったにも関わらず…」
「ええ…ですが…」
「なら…大丈夫だ…。どうしても心配なら扉の前で立っていればいい…」
ルルーシュがそこまで云うと、ライも流石にこれ以上何も云えないという感じでその場を離れる事にした。
「解りました。扉の前に立っています。何か様子がおかしいと思ったら、すぐに入って参ります。無礼は承知ですが…事が事ですので…」
「ああ、好きにすればいい…」
ルルーシュの辛そうな表情に気になる事もあったが…ライは素直に部屋を出て行った。
ライが出て行った事を確認すると、ルルーシュはスザクの前に歩を進めた。
相変わらずソファに座ったまま、スザクは動かない。
否、身体を震わせ、怒りを精いっぱい抑えている…そんな感じだった。
「枢木…こんな事になってしまって…申し訳なかった…」
ルルーシュはスザクに頭を下げた。
恐らく、ルルーシュにとってのイレギュラーは…異母兄であるシュナイゼルがルルーシュを迎えに来た事…。
もし、ジェレミアが指揮を執っていたのなら…なんとでも出来た…。
しかし…シュナイゼル相手では…
「俺は…このまま、お前の騎士と云う…枷をはめられるのか…。俺は…レジスタンスグループのリーダーで…お前は…エリア11の総督…」
怒りを抑え込んだ形でのスザクの言葉…。
そして、ルルーシュ自身は、後悔の念に苛まれている状態だった。
あそこでシュナイゼルが来る事を計算できなかった自分の浅はかさに自己嫌悪さえ覚える。
「枢木…お前を…必ず、ここから解放してやる!それまでは私がお前を守る…。だから…だから…」
ルルーシュはそこまで云うと、膝の力が抜け落ち、その場に崩れ落ちた。
「ルルーシュ…お前は…俺をどうしたいんだ?否、日本をどうするつもりなんだ?お前は云ったな…。出来る事なら…血を流したくないと…」
「ああ…」
ルルーシュはスザクの言葉に力なく頷く。
「なら…途中までは俺と目的は同じだ…。日本で血の流れない日本になるまでは俺は…お前の騎士でいてやる!但し、その後は…俺の好きにさせて貰う!」
スザクも今の状況を解り過ぎるほど解っていた。
だから…自分の中でぎりぎり出した妥協案だった。
「解った…。本当に申し訳なかった…」
ルルーシュは生まれて初めて…人に頭を下げて謝った。
でも…スザクには…ルルーシュにそうさせる、何かがあった。
そして、ルルーシュには…スザクにとって放っておけない何かを感じた。
お互いがそう思う理由は…まだ、二人は知る由もなかったのだが…

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