皇子とレジスタンス



同じ思いを持つ敵(後編)

 ルルーシュとスザクが無人島に飛ばされていた頃…トウキョウ租界の政庁には騒ぎを聞きつけた神聖ブリタニア帝国第二皇子にして、宰相であるシュナイゼルが姿を見せていた。
「ルルーシュは?どこに飛ばされたのかも検討がつかないのか?」
普段は冷静沈着なシュナイゼルがやや、声を荒げてジェレミアに尋ねる。
「はっ…ただ今、殿下が騎乗されているナイトメアからの通信電波などを全力で探しております。間もなく…殿下の現在おられる位置が特定できるかと…」
ジェレミアがそこまで云った時、戦闘時から点けっぱなしになっていたジェレミアのインカムから声が聞こえてきた。
『ジェレミア卿!』
「なんだ?殿下が見つかったか?」
ジェレミアのその声にシュナイゼルが反応して立ち上がる。
『はい…伊豆諸島近く北緯34度45分39秒、東経139度34分28秒…地図にも載っていない小さな無人島から、グロースターに搭載された国際救難チャンネルの電波をキャッチしました!』
「そうか…では、アヴァロンの管制にそのデータを送れ!すぐに向かう!」
そう云って、ジェレミアがインカムを切って、シュナイゼルの前で礼を払って、報告した。
「ルルーシュ殿下はご無事です。先程、我が軍が殿下の乗られたグロースターからの国際救難チャンネルをキャッチいたしました。テロリストどもがその事に気がつく前にこのジェレミア=ゴットバルトがお迎えに…」
そこまでジェレミアが云うとシュナイゼルがそっと目を閉じて安堵の色を見せる。
そして、ジェレミアに向かって、いつもの穏やかな声で言葉を口にした。
「ジェレミア…私も行こう…。少しルルーシュにお灸を据えなければなるまい…。一人で何でも抱え込み過ぎだ…あの子は…。少しは、誰かに頼る事も覚えて貰わなくてはね…」
シュナイゼルの言葉にジェレミアがややほっとしたように頭を下げた。
ジェレミアもルルーシュが何でも自分でやろうとしている事に関しては心配していた。
戦場での汚れ役も、それによって生まれてくる恨みなども全て、自分で抱え込もうとする。
辛いのに、辛いと言わないルルーシュの気持ちも解らないでもなかったが、それでも、ルルーシュの周囲には信用のおけない人間ばかりではないという事を知って欲しかった。
ジェレミアやキューエル、ヴィレッタをはじめ、ルルーシュを異母弟としてこれほど愛し、慈しんでくれているシュナイゼル達…。
ルルーシュは自分の母親が暗殺されてから、一気に大人になり過ぎた。
しかし、実際の年齢は今現在、まだ、15歳…。
人が実年齢より大人になる事には、いろいろな意味でひずみが出来る。
シュナイゼルも、ジェレミアもそんなルルーシュの姿に時々、歯痒い思いを抱いていた。
彼の過去を考えれば…仕方のない事…そうは思っていても、彼のナナリーを守る為に自分を全て捨て去っている姿は…見ていて辛いものがあったから…

 その頃、無人島では、ルルーシュはスザクに教えて貰った水場で身体を洗って、ふっと息を吐いた。
ナイトメアの中には一応、緊急時用の食料などが入っている。
そして、ここまで来る途中で集めてきた小枝などを集めてそれに火をつけてたき火している。
そのバッグの中からキャンプ用の毛布を出した。
隣には相変わらず、スザクが立っているのだが…
ルルーシュの行動がそんなに面白いのか、興味津々にルルーシュを見ている。
自分の脱いだ服を全て洗って、周辺の木にかけて、毛布にくるまってその場に座り込んだ。
「お前も…そんなところで私の観察なんかしていないで、身体を洗って来い…。気持ち悪いだろう?」
「あ…ああ…」
ルルーシュをじっと観察していたスザクがやっとその場から動いた。
恐らく、レジスタンスグループで作ったパイロットスーツなのだろう。
ブリタニア軍では見た事のないデザインのパイロットスーツ…。
今度はルルーシュがスザクを観察している。
レジスタンスグループでは、正規軍と違って、常にサバイバル戦の様なものだから、そう云った準備はちゃんとできているのかと思っていたら、スザクは殆ど手ぶら状態だった。
その事に驚いていた。
もしかすると、こんな無人島に飛ばされる事は考えていなかったのか…。
市街戦だけであれば、確かに、こんな、キャンプグッズを持っている必要もない。
確かにスザクが殆ど手ぶら状態だったから焚火を作る為の小枝を拾い集めながらここに来る事が出来た訳だが…。
そして、パイロットスーツを着ていても彼の筋肉質の身体は解ったのだが…
実際には、着痩せするのか、それこそ、並みの軍人などよりも遥かに筋肉がついていた。
―――こいつが…本当に首相の息子だったのか?どう見ても、お坊ちゃんの身体には見えないが…
ルルーシュはスザクが水浴びをしている姿にそんな感想を抱いた。
作られた筋肉ではなく、必要だから付いた筋肉…。
使う為の筋肉が、バランス良く、スザクがその身体にまとっている感じだ。
ルルーシュはと言えば…比べるまでもなく、軟弱な身体をしている。
皇族として育った事がよく解る感じだ。
これでは、確かに、敵将に『卑怯者』と罵られても仕方ない。
頭を使うしかないから、どうしても、全力でぶつかって…と言う手段ではどうせ負ける事は解っているから…。
そんな事を思いながら、スザクの姿をボーっと見ていた。
水浴びが終わったのか…スザクが犬のように頭を振って、茶色のくせ毛の水を飛ばしている。
そんな姿にルルーシュは
―――こいつ…雑種の犬みたいだ…
そんな風に思った。

 そして、二人が人心地ついて、焚火のそばで座り込む。
服が乾かないので、ルルーシュは毛布にくるまっているが、スザクはさっさとパイロットスーツを着ていた。
「お前…濡れたままのスーツで気持ち悪くないか?」
「気持ち悪いは気持ち悪いけど…俺達レジスタンスの生活ではこんなのは慣れている。常に逃げ回っている状態では、どんな環境でも耐えなければならないからな…」
スザクの一言にルルーシュはある疑問が生まれる。
「何故…そうまでして、お前たちは戦っているんだ?確かにブリタニアの占領下では、ナンバーズはかなり過酷な生活を強いられるが…しかし…名誉ブリタニア人になれば、そこまでひどい生活ではないだろう?」
ルルーシュの素直な疑問にスザクはキッと眉を吊り上げてルルーシュを睨んだ。
怒りで震えているのがルルーシュの目から見ても解る。
「お前は…占領している側の人間だからな…。実際に俺たち日本人がどんな暮らしをしているかを知らない…。ブリタニア人たちが、どれだけ俺たち日本人に対して理不尽な事をしているか!お前は…シンジュクゲットーを見て…何も思わなかったのか!」
そう云って、スザクはルルーシュに掴みかかってきた。
そして、ルルーシュはその勢いに押されて倒れ込んだ。
くるまっていた毛布は完全にただの敷物となっていて、ルルーシュは全裸をスザクの目の前に曝している状態ではあるが…今はそんな事を云っている場合ではなかった。
「でも…それは…君たちの日本がブリタニアより弱かったからだろう?確かに、今、あのエリアでテロが頻発しているのは、我々が弱いからだ…」
ルルーシュが下からスザクを見上げてそう云った。
日本がブリタニアに負けたのは…日本がブリタニアより弱かった…それだけの事…。
そして、戦争に負けた時、それは、負けた側は『無条件降伏』なのだ。
敗戦国が戦勝国に何を要求されようと文句は言えないのだ。
「自分の弱さを認めて、どうすべきか考える事…。私は今、我々ブリタニアにとっても、君たち『日本』にとっても必要なのではないかと考えるが?」
ルルーシュはどう考えても腕力勝負されたら勝ち目のない中で、冷静に話を続けている。
スザクはそんなルルーシュに恐怖に似たような感覚を覚えた。
「どうした?殴るなりなんなりしないのか?」
ルルーシュは薄く笑いながらスザクに尋ねた。
こう云う場面はルルーシュにしてみれば、あまり珍しくないのかも知れない。
力で勝てないのであれば、その力を発揮できないようにしてしまう事…いつも、ルルーシュはそうやって自分を守ってきた。
スザクが驚愕で動けなくなっているようだった。
しかし、両肩を力いっぱい押さえつけられているルルーシュは身動きが取れずにいる。

「っくしゅ…」
 そんな緊張状態の中、ルルーシュが寒さにくしゃみをした時、その場の空気が変わった。 スザクがその状況で、いきなり顔を真っ赤にしていた。
「あ…ご…ごめん…」
そう云って、スザクが慌ててルルーシュの身体から離れた。
ルルーシュはゆっくり体を起こして、再び毛布にくるまった。
スザクの方はいきなり背中を向けて小さくなってしまっている。
「おい…どうした?」
ルルーシュは冷静にその状況を判断しようとするが、今のスザクの反応はこれまでのルルーシュの経験やデータにはないもので、頭の中に『?』が回っている。
とりあえず、放っておいた方がいいと思って、その場でじっと黙っている。
段々日も落ちてきていた。
先ほど洗ってほした服も乾いていたので、ルルーシュはそのままその服を着込んだ。
「流石に、日が落ちると冷えてくるな…」
そう云いながら、荷物の中から、キャンプ用のコッフェルを出して水を入れて火にかけた。
そして、キャンプ用のアルミ製のカップに沸かした湯でコーヒーを入れて一つをスザクに渡した。
「流石…正規軍だとこう云う時の準備も万端なんだな…」
ルルーシュのやっている事を見て、感心しながらスザクが云った。
「別に…。それに、私だって、訓練以外でこんなものを使った事なんてない…。それに…」
ルルーシュがそこまで言うと、言葉を詰まらせた。
今、云おうとした事と、今、ルルーシュ達のやっている事に矛盾を感じたから…。
そんなルルーシュを見て、スザクがやや、じれったそうに言った。
「なぁ…お前さぁ…本当は、自分の事、『僕』って言っているんだろ?なのに、こんな誰もいない所でも、そんな総督の顔をしているのって疲れないか?俺の場合、グループに戻ってもこんな感じだけどさ…」
スザクの言葉にルルーシュは目を丸くした。
そんな事を言われたのは初めてだったから…。
それに、エリア11では常に、『エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』でなければならないと云い聞かせてきたのも事実であったから…
「疲れるとか、疲れないとか…そんな事を云っていたら皇族などやってはいられない…。守りたい者や自分の果たすべき使命があるなら、尚更だ…」
ルルーシュの言葉にスザクはため息をついた。
スザクにしてみれば、同じ年である筈のルルーシュがここまで背負わなければならないものが何であるのか…そして、そこまでして守らなくてはいけない理由は何なのか…皆目見当がつかないからだ。
スザクの場合、周囲にはもっと、仮面を被らずに話せる者がいるし、ルルーシュが率いている軍隊の様な規律などない。
ただ…解放義勇軍として存在するなら、可能な限り、犠牲を少なく抑える事…それを最優先にはしていたが…。
時々、独断先行、作戦無視をするバカがいる事は事実だが、それでも、こんなに四六時中両肩に力の入っている状態ではない。
「そんな風にお前に守られているやつ…ちょっと気の毒だよな…」

 スザクがぼそっと一言こぼした。
素直な気持ちだった。
こんな目の前で誰もいないところでさえも肩から力を抜く事の出来ないルルーシュに守られていたら、その守られている方も居心地が悪いだろうし、ルルーシュに対する負い目がどんどん増していくだけのように見える。
ルルーシュはスザクに掴みかかった。
「なんだと!何も知らないくせに!解った風な事を言うな!皇族とは言っても、母が庶民出で、強力な後見もない!その母を亡くした皇子と皇女が生きていく為には私自身に力が必要なんだ!それが、周囲から見てどんなに不可解な事であったとしてもな!それでも…僕は…」
そこまで言うとルルーシュははっとしてスザクから手を放した。
不思議な感覚だった…。
何の躊躇もなく…出てきた言葉に…驚きを隠せなかったし、恐らくは…初めての感覚だった。
「やっと…素のお前になったな…。俺は、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と話がしたかった。それは…総督としての『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』とも話したかったし、ただの『ルルーシュ』とも話がしてみたかった…」
スザクはルルーシュのそんな態度にふっと笑って云った。
ルルーシュはまだ、目を見開いて『信じられない…』と言った感じに震えている。
これまで…どんな時でも、ナナリーとユーフェミアの前以外で仮面を外した事などなかったのに…。
自分のこの態度にルルーシュは困惑を隠せなかった。
これまで…どんな状況であっても、自分の内面を抉りだされるような失態を犯した事などなかったのに…
「なぁ…ルルーシュ…」
母が亡くなって、皇帝である父と異母兄弟たちから以外、そう呼ぶ者がいなかった。
ライとて、ルルーシュの命令がなければ、ルルーシュを名前で呼ぶ事はない。
ルルーシュは驚愕に目を見開いて震えるまま、ルルーシュの名前を呼んだスザクの方を見た。
「お前さ…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』としてではなく、ただの『ルルーシュ』として、総督をやってみればいいんじゃないか?俺は、お前の事嫌いじゃないよ…。でも、日本の為にならない事をするなら、俺は敵として、ルルーシュ…お前を撃つ…。だけど…」
スザクはそこで言葉を切った。
「だけど…?」
「お前は俺と同じように、守りたいものがある。その為に日本に来て、占領統治をしている。どんな統治の仕方がいいのか、正直よく解らないけれどさ…でも、お前なら…どうすれば、エリア11の戦いが終わるのか…解るんじゃないのか?」
「僕…に…?どうして…そう思う…?」

 ルルーシュはまだ声を震わせながらスザクに尋ねた。
「だって、お前、血を流す痛みも、流される痛みも知っているじゃないか…。だったら…お前…きっと、ブリタニアが占領したあのエリア11を平和にしてくれるんじゃないのか…と思ったからさ…」
「血を流す痛み…血を流される痛み…」
ルルーシュはこれまでのルルーシュの作戦の下で消えて云った命がルルーシュの頭の中を過っていく。
異母兄たちからは早く忘れろと言われたが…それでも…ルルーシュ自身が、自分の母親を暗殺され、その時の母の姿を忘れられず、戦場の惨状も忘れる事が出来ずにいた。
「なぁ…頼みがある…」
ルルーシュはふと呟いた。
「頼み?」
スザクは不思議そうな顔をしている。
ルルーシュは下を向いたまま呟いた。
「もう一度…呼んでくれないか…?『ルルーシュ』と…」
今、ルルーシュの周囲にいるのは部下と敵だけだったから…スザクも敵だけど…それでも、名前を呼んで貰えた事が…嬉しかったから…
ルルーシュの真意が解らずにいるが…スザクはそのルルーシュの言葉に答えた。
「ルルーシュ…」
「ありがとう…」
ルルーシュはスザクのその一言に心から礼を云った。

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