ルルーシュの命令でアヴァロンから一斉射撃を行った後の戦場は大混乱だった。
破壊されてしまったナイトメアや装甲車などが立ち往生し、ケガ人もかなり出ている。
そして…何より、双方の指揮官のナイトメアが見つからないのだ。
「殿下!どちらにおられます!いたら返事を!」
最初にテロリストをここへ誘導し、戦線を開いていたジェレミアが真っ青になってルルーシュの乗っていたグロースターを探す。
先ほどの攻撃で、グロースターから脱出していてくれれば…とも思うが…。
それでも、必死の捜索にもかかわらず、影も形も見当たらない。
また、テロリスト側のリーダーも、ルルーシュ同様、ナイトメアごと姿を消していた。
ブリタニア軍もテロリスト側も、今は戦っている場合ではなくなり、形式的に停戦状態としている。
先ほどまで戦場だった場所は大騒ぎである。
互いの指揮官、リーダーがナイトメアごと消えたのだ。
仕方なく、ジェレミアと藤堂が臨時に会談を開いて、一時停戦と云う形を取っていた。
ジェレミアとしては、さっさとテロリストを一掃したかったのだが、今は、ルルーシュの事が最優先である。
そして、藤堂としても、まだ、シンジュクのスザクのグループに合流したばかりで、そのグループのトップとして、そのグループを纏める事など不可能だった。
お互い、不本意の中の停戦となったわけである。
ちょうどその頃、ルルーシュとスザクはナイトメアごと、何らかの不思議な力によって、どこかの無人島に飛ばされていた。
その不思議な力が…一体何だったのかは知らないが、とりあえず、二人とも、周囲を見渡してから、現状把握するしかないのだ。
先に目を覚ましたのはスザクだった。
ナイトメアのコックピットから弾き出されている状態だった。
そして、周囲の状況を把握しようと見回すと…すぐ隣にはエリア11の総督であるルルーシュが倒れて気を失っていたのだ。
そして、気を失っているルルーシュをその場に残して、周囲の散策をし始めた。
一周してみると…スザクの足で20分程で回れてしまう程の小さな島だった。
先ほどの海岸に戻って来ると、とりあえず、スザクはルルーシュを起こす。
「おい!おい!しっかりしろ…」
ルルーシュの肩を揺さぶった。
そして、彼の身体に触れた時にスザクは愕然とした。
『黒の死神』と呼ばれる男が…こんなに細い身体で前線で戦っていたのだ。
どう見ても、ブリタニア皇族として、贅沢している皇子様…には見えない。
そして、初めて、この皇子と出会った時に垣間見た、彼の姿…。
ルルーシュを起こしながら、スザクはいろんな思いが頭を駆け巡った。
―――こいつは…一体何を守る為に、こんなに…無理をしているんだろう…
敵である筈のルルーシュに興味を抱いていた。
それは総督としてではなく…恐らくは…ルルーシュ個人を…。
口のきき方は、自分たちと接するときはエリア11の総督としてであるから、気に入らないのは仕方ないが…。
しかし、あの時垣間見たルルーシュの姿が…恐らくは…ルルーシュの本当の姿…。
それを考えた時にスザクは、ルルーシュも、スザク同様、自分一人では抱えきれない筈のものを背負っているように見えた。
出来る事なら…敵としてではなく、同士として出会いたかった…とさえ思った。
戦い方を見ていて、スザクにはないものを持っている。
戦術と戦略…これがかみ合ってこそ、敵に対して有効な攻撃を加えられるのだ。
スザクにもそれくらいの事は解っている。
しかし、今のスザクのグループでそこまでの軍師はいないし、スザクもそこまでの戦略を練る事は出来ない。
「ん…」
何度か、ルルーシュの肩を揺らしている内に、ルルーシュの長い睫毛が動き始め、ゆっくり目を開けた
。
まだ、焦点が合っていないらしく、その目に何が映っているのか…良く解らないと言った感じだった。
「気がついたか…?」
スザクは敵将であるルルーシュに声をかけた。
ルルーシュの瞳の焦点が合ってきて、目に映っているその人物を見て、ルルーシュのアメジストの瞳が驚きで見開いた。
「!」
ルルーシュの驚きに…
―――まぁ、仕方ないか…
そんな風に思いながらスザクは声をかけた。
「とりあえず、ちゃんと目は見えているようだな…。それに、見たところ、大した怪我もしていないみたいだしな…」
顔や手に擦り傷などが見られるが、大した怪我はしていないようだった。
「お前…」
ルルーシュは目の前の人物に驚きを隠せない様子で、まだ、痛みの残る身体を起こした。
どうやら、砂浜らしい。
周囲を見ると、先ほどの戦闘の痕など、何も残っていない…。
と云うより、彼ら二人だけ、どこかに吹き飛ばされたのだろう。
「まぁ、そうやって起き上がれるなら大丈夫だな…。ナイトメアも幸い、すぐそこにあった…」
ルルーシュは懸命に自分の頭を覚醒させようと手のひらでこめかみ部分を叩いている。
「ここは…一体…。私たちは…確か…」
「ああ…。戦闘状態だった。なんだか知らないが、ブリタニア軍の空中浮遊艦が何か、赤い砲撃をしたかと思ったら…俺達はここに吹き飛ばされていたらしい…」
「アヴァロンの…ハドロン砲…」
ルルーシュは異母兄から貸し与えられていたアヴァロンの武器の名を口にした。
大分覚醒してきたらしく、今度は、テロリストのリーダーとこの場には二人きりとなっている現状を考えた。
「まぁ、今は俺達しかいないし、ここでやり合っても仕方ないだろ?とりあえず、今は一時休戦って事にしないか?このままじゃ、二人ともこの無人島で一生仲良く…って事になりそうだからな…」
「無人島?」
ルルーシュがオウム返しに尋ねた。
「ああ…お前が気を失っている時、ちょっと一周してきたんだ…。俺の足で大体20分程度で回れる程度の小さな島だ…」
スザクの足で20分と云っても普通の人間がら、恐らくその2−3倍はかかる。
スザクはその辺の計算をせずに話しているのだが、ルルーシュはそんな事を知らないから、そのまま鵜呑みにする。
「そうか…でも、そんな小さな島では水場に困るな…。少なくとも、国際救難チャンネルを使っても、私たちが見つけ出される迄に2日くらいは見た方がいい…」
ルルーシュが冷静に状況判断をしていると、スザクはけろっと言葉を返した。
「え?水場ならあったぞ…。ここから、5分程歩いたところに…」
ルルーシュはスザクのその言葉に目を丸くする。
周囲5−6kmの小さな島にそんな水場がある訳がない。
「お前…私をからかっているのか?」
「確かにある。ほら、そこから見える岩の向こう側…そこに小さな川が流れている。流石に海に流れ込んでいるところじゃ、水場として使えないだろうが…上流部分に行けば…」
そう云えば…目視して見ても、この島…周囲5−6km程度の島には見えない。
「お前…一体どんな足をしているんだ…」
ルルーシュは素直な感想をそのままぶつけた。
「え?普通だよ…。ただ、人よりちょっと運動は得意だけどな…」
ルルーシュは笑いながらそんな事をほざくテロリストグループのリーダーに目を丸くした。
―――人よりちょっと???どう見ても、周囲20kmはありそうなこの島を20分で歩いてきた奴がか?
スザクの云っている事が本当であれば、とんでもない体力バカである。
ルルーシュ自身、状況判断が出来てきたらしく、その場を立ちあがる。
しかし、砂浜に倒れていた事で、服の中も砂だらけで気持ちが悪い。
このスザクが云っている事が本当なら、この男の足で5分なら…ルルーシュの足なら15〜20分前後かかると考えて、先ほど、スザクが指さしていた方向へと歩いて行った。
「おい!どこへ行くんだよ!」
ルルーシュの突然の行動に今度はスザクが驚いて、ルルーシュに尋ねる。
「服の中まで砂が入っていて気持ちが悪い…。それに、ナイトメアから『国際救難チャンネル』の電波を飛ばして、救援を待つ…」
ちょうど、そちらの方向にルルーシュの乗っていたグロースターがあったのだ。
ルルーシュはグロースターの中にある『国際救難チャンネル』用のアンテナを取り出し、ケーブルをつけた状態で海の方へと飛ばした。
そして、グロースターのキーを外して、スザクの云っていた水場の方に歩いていく。
こんな状況の中…テロリストのグループに先に見つけられると厄介である。
『国際救難チャンネル』なら、テロリストはハッキングでもしない限り、電波をキャッチする事は出来ない。
ただ、スザクがグループ独自の電波を発信して自分たちの仲間を呼んでいる筈である。
だから、出来るだけブリタニア軍に見つけて貰わないと厄介な事になる。
こんな形でのエマージェンシーは初めてだ。
それでも、冷静に状況判断をする事に関しては、幼い頃から随分叩き込まれている。
海岸線を歩きながら…随分静かなところだと思った。
こんなに静かな環境にいられるのは…一体どのくらい振りだろうかと考えてしまう。
そんな思いに耽っていると後ろから声が聞こえてきた。
「おい!俺も一緒に行く…」
振り返ると、さっき、ルルーシュを起こしたその男が走って来る。
あの脚力…
―――あれを普通よりもちょっと…だと?
ルルーシュはスザクの自覚のなさに少々呆れた。
ちゃんと、然るべきところで然るべき訓練を受ければ、すぐにでも階級が貰えそうな程の運動神経に見える。
「お前…私がブリタニアから派遣されているエリア11の総督だと解っているのだろう?ここで私を殺しても意味はないと思うが?」
ルルーシュはスザクを一瞥してそう答えてやった。
しかし、スザクは心外そうにルルーシュに言った。
「別に…ここでお前を殺すつもりはない!ただ…お前と話をしてみたかったんだ…。あんな風にゲットーを悲しそうに見つめていたくせに…なんで、『黒の死神』なんて呼ばれるのか…それを知りたい…」
スザクの素直な言葉にルルーシュは少々呆れかえった。
仮にも相手はスザク達のグループがその首を狙っている敵将だ。
ただ…ルルーシュも、この枢木スザクと云う少年と話してみたかった。
恐らく、これが、最初で最後のチャンス…
ルルーシュの脳裏にそんな言葉が過った。
「そうだな…私も君の事を知りたい…。そんな少年と言えるような年齢で、テロリストグループのリーダーをやっている理由…とかな…」
ルルーシュのその言葉にスザクはむっとしたように答えた。
「お前だって、俺と同じ年じゃないか…」
「私は皇族だ…。皇族であれば、年齢に関係なく、必要な時には戦場に赴く…。それが皇族と云うものだ…」
ルルーシュはサラッと答えてやった。
しかし、スザクはその答えに満足しないかのように更に言葉を続けた。
「本当か?俺にはそう云う風には見えないけれどな…」
ルルーシュはスザクのその言葉に不思議そうな目でスザクを見返した。
「だって…お前、シンジュクゲットーで…ゲットーの状況を見て、凄く辛そうな顔をしていた…。それに、あれが本当のお前なんだろうな…。そんな風に背伸びした言葉遣いじゃなかった…」
ルルーシュはさらに何のことだ?と云った表情をした。
スザクはそのルルーシュの表情でルルーシュが何を思ったのかを察した。
「ほら…俺達が初めて会った時…ちょっと、影の方から見ていたんだ…お前の事…」
スザク達がランスロットを奪取した時の話だ。
ルルーシュはいきなり驚愕の顔を見せた。
これまで…ずっと、隠し続けてきた自分の本音を…この、敵である枢木スザクに聞かれていたのだ…。
それでも、スザクに飲まれまいとして冷静を装った。
「何かの身間違いじゃないのか?私は、ブリタニアの皇子で、エリア11の総督だ…。どんな場であれ、自分の本心を晒す事は許されない…」
そう云って、すたすた歩いていく。
「『僕には…守らなくてはならない存在がいる…』」
スザクがあの時のルルーシュの言葉を反復した。
ルルーシュは思わずスザクに掴みかかった。
「お前…私の内部を抉り出すと言う作戦か?」
怒りと、何かに怯える様な瞳でスザクを見ている。
「でも…お前の戦い方だろ?これが…。相手の裏をかき、抉り出して…」
スザクのその言葉にルルーシュは言葉を失い、掴んでいたスザクの襟首を放した。
「何とでも云えばいい…。確かに、そうやって、人の心を抉ってこれまで勝利を収めてきたのだからな…」
ルルーシュの言葉にスザクはやれやれと言った感じでため息をついた。
―――こんな奴が…『黒の死神』…
そう思うと、スザクの中で不思議な感情が芽生えてくる。
敵である筈のルルーシュに対して、妙な親近感を覚える。
「俺だって同じさ…。守りたいものがあるから戦っている…。お前は…人を殺したい訳じゃないし、まして、圧政を敷いて、差別社会を作りたい訳でもなさそうだ…。だから…俺は、お前と…戦いたくない…」
スザクの言葉に…ルルーシュはまたも驚いてスザクの顔を見つめる。
「そんな事を考えていると、その甘さが命取りになる…。死にたくないなら、そんな甘い考えでテロなんて起こす事はやめるんだな…」
「ああ…戦わずに済むなら…そうするさ…。ただ、俺は…やっぱりあの枢木ゲンブの息子だ…。親父のやった事や、残した問題への責任は取らないといけないからな…。だから、日本を取り戻す…」
そんな風に語るスザクの瞳を…ルルーシュは見入ってしまった。
―――僕が…失くしてしまった…純粋な輝き…
その瞳の光がルルーシュにとっては眩しかった。
「なら…君は、その為に私を倒すんだな…。それこそ、ブリタニアがぐうの音も出ない程に…」
そう云って、ルルーシュは黙って歩いていく。
スザクもそんな言葉にちょっと悲しそうな顔をするが、歩いていくルルーシュに黙ってついていくのだった…
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