皇子とレジスタンス



己が価値

トウキョウ租界政庁取り調べ室…
この狭い空間の中で、ちょっとしたパニックが起きていた…。
ルルーシュがテロリストとして捕まったカレンに対して持ってきた『オニギリ』が、その元凶である。
『まぁ、食べながらでいい…。少し私と話をしてくれないか?私も、このエリアは、初めて来たのでね…。知らない事も多い…。教えて欲しいのだが?』
ルルーシュの笑顔のその一言にカレンがやや安心して、空腹をおぼえた。
そして、差し出されたその『オニギリ』に手を伸ばして、一口かじったのだが…その瞬間、カレンの顔が思いっきり歪んだ。
「☆※×○◇!」
彼女は、日本国内にいろんな『オニギリ』がある事は知っていた。
知ってはいたが…
カレンのその様子にルルーシュが驚いて訝しげにカレンを見た。
「どうした?」
「…な…何でもいいから…口の中…洗いたいんだけど…」
ルルーシュは相変わらず不思議そうな顔でカレンを見つめている。
ここを逃げ出すというにはあまりに素直すぎる。
そんなルルーシュの思考を読むかのようにカレンはさらに怒鳴りつける。
「逃げ出したりしないわよ!って言うか、この状態じゃ逃げられっこないし…。なんだったら、見張りつけてくれればいいから…」
涙目になり、半ば顔色を悪くしながらカレンが叫ぶ…。
ルルーシュは仕方なく、女性の政庁職員にカレンを化粧室へと案内させる。
ルルーシュはカレンへの差し入れに薬を入れろという命令は出していないし、そんな命令もなく、あのセシルがこんなあからさまな薬物など入れる筈もない。
ルルーシュはセシルに渡された『海苔』と云う、黒い薄いシート状の物の巻かれた『オニギリ』と呼ばれるものを見つめる。
そして、その中の一つを手に取る。
「殿下?」
傍に控えていたジェレミアがルルーシュの行動を不思議に思ったのか、ルルーシュに声をかける。
そんなジェレミアを無視して、ルルーシュはその手に取った『オニギリ』を口に運んだ。
「!!!!!!」
ルルーシュは無言で取り調べ室を出て行った。
そして、化粧室に入り、必死に口をすすいだ。
カレンの先ほどの驚愕が解ったような気がする。
「セシル…どうもあれは…『オニギリ』ではないらしいぞ…」
誰が聞くでもないセリフを一人、口の中で呟いた。

翌日、ライのいる特派へと足を運んだ。
昨日の『オニギリ』の事も聞きたいが、どうすれば枢木スザクを確保できるかを一緒に考えて貰う為だ。
エリア11に来てから、あのライと云う青年にかなり依存している事は自覚している。
初めて会った時のあの印象…。
物事に的確な判断能力とそれに見合った行動力…。
出来る事なら、側近にしたいところだが、特派はルルーシュの兄、シュナイゼルの配下だ。
今回も、データが欲しいという事で、エリア11に来ているが、ロイドが十分にデータを得たと判断したら、すぐにでもシュナイゼルの元へ帰るのだ。
「ロイドに取られる前に出会っていたらな…」
つい、本音を漏らしてしまう。
そして、特派の研究室のパネルを押して、扉を開いた。
「ロイド…ライはいるか?」
「これは…ルルーシュ殿下…。今は、起動実験中ですが…ライ君に何かご用ですかぁ?」
ロイドの相変わらずな口調はジェレミアは嫌な顔をするが、ルルーシュなそんな事は気にならないし、いつも堅苦しい挨拶をしてくる役人たちのいる政庁よりもここは居心地がいい。
「あ…テスト中なら後でいい…。そうだな…彼はお前のデヴァイサーだったな…」
そう云って踵を返した。
その時ロイドがルルーシュを呼びとめた。
「せっかくいらっしゃったんですから…殿下もシミュレーターで遊んで行かれませんかぁ?たまにはいいでしょ?」
そう云って、傍らにあるシミュレーターのプログラムをセットし始める。
ルルーシュのナイトメアの腕は…ブリタニア軍の中でも、それほどいいという訳ではない。
たまにシミュレーターなどで訓練をしているが…自分の才能だと諦めている部分もあるが…
「今度ぉ…ルルーシュ殿下の専用機…作っちゃおうと思いまして…。複座式でルルーシュ殿下は指揮をとられ、パイロットが別につくと言った形になりますがぁ…。設計図…見てみます?」
ルルーシュはそんな事は聞いていなかった。
「いったい誰の命令で…そんな予算、恐らく私の方から許可した覚えがないのだが?」
「大丈夫ですよぉ…請求書はぜぇんぶ、ルルーシュ殿下をこよなく愛されている、第二皇子殿下にして神聖ブリタニア帝国宰相閣下、シュナイゼル=エル=ブリタニア殿下の方に行くようになってますからぁ…」
返す言葉もなかった。
シュナイゼルのこれまでのルルーシュに対する過保護は、十分承知していた筈だが…しかし、特別派遣卿導技術部は…今はルルーシュの預かりで、ルルーシュの管轄で動いている。
ならば、そこへの予算はルルーシュの采配で決め、ルルーシュの権限の下で実験、開発を行う筈なのだが…
「ロイド…一つ聞いていいか?」
「?どうかされましたか?ルルーシュ殿下…」
「あの…ランスロット・クラブの予算は…エリア11政庁から出ているのか?それとも…」
「ああ、あれも勿論シュナイゼル殿下の…」
ロイドの言葉にルルーシュはがくっと膝の力が抜けてその場に崩れ落ちた。

そこへ、セシルが慌てて入ってきた。
「ルルーシュ殿下?ロイドさん…一体何したんですか?」
セシルの姿を見て…昨日の『オニギリ』騒ぎを思い出して、さらにルルーシュは脱力した。 多分、彼女に悪気はない…
悪気がないという事は、悪意満々で行動を起こされるよりも始末が悪い。
気持ち的に悪意がないから怒りをぶつける事も出来ないからだ。
「いや…セシル…何でもないよ…。ロイドが悪い訳じゃない…。多分、さっきのはロイドの所為と言うよりも、異母兄上の私への過保護が原因だ…」
でも、結局のところ、シュナイゼルのルルーシュに対する過保護によってこれまでにも随分救われてきている。
いくら、『黒の死神』と称されて、恐れられているとはいえ、実際にその実力を震えるのはシュナイゼルの傘の下にいるからだ。
もし、ルルーシュ一人で放り出されてしまえば、ルルーシュについてくる者などいないだろうし、経済力はおろか、権威も人望も…すべてシュナイゼルに守られているから…ルルーシュはそんな風に考えていた。
「結局…私は異母兄上の保護がないと…何もできないのだな…」
ぼそりと呟いた。
自覚はあったが、こうして現実として突きつけられてしまうと、やはり辛い。
自分の軍を持ち、動かしていくという事は、当然、その軍に対しては、ブリタニア本国から予算や人員を配分される。
しかし、指揮官の実力如何では潤沢に物資、人員を得られる場合もあれば、そうでない場合もある。
ルルーシュ自身でそう言った事にかかわった事が殆どなかったため、自分がどんな位置にいるのかよく解っていないから…だから不安だという事もある。
シュナイゼルは本当にルルーシュの実力を高評価してくれる。
『黒の死神』と敵軍に呼ばれる程の事は…多分しているから、そんな風に揶揄されるのだろう。
それでも、実際には、ルルーシュは…異母兄姉に守られ、その中で井の中の蛙の様に異母兄姉の庇護のもと…離れられずにいる事を実感せざるを得ない。
「ルルーシュ殿下…一人で何でもできる方なんて…いませんよぉ?僕だって、シュナイゼル殿下の庇護の下、好きな事をやらせて貰っているんですからぁ…」
相変わらず間延びした口調でルルーシュの思考を読んで口を出す。
ルルーシュが驚いてロイドの方を見る。
「人は、自分が出来る事しか出来ませんから…。少なくとも、シュナイゼル殿下もコーネリア殿下も…あなたの事を認めていらっしゃるし、愛してもいらっしゃる…。シュナイゼル殿下がエリア11に僕ら特派を置いてくれたのは僕の希望でしたしねぇ…」
ロイドはパソコンの画面を見ながらルルーシュに対して云った。
「ライく〜ん…今日はもう終わりにしていいよぉ…。ルルーシュ殿下のご使命だからねぇ…早く着替えておいでぇ…」
ロイドがコックピット内のライに指示した。
「さぁ、ルルーシュ殿下…。今日はもう、ライ君のやる事はないですからぁ…好きに使ってやってください…。肩もみでも、お使いでも…」
ロイドなりの気遣いにルルーシュはふっと笑って素直に答えた。
「ありがとう…ロイド…」

更衣室からライが出てきて、ルルーシュを見つける。
「すみません…お待たせしたようで…」
「いや、こちらこそ済まない…。昨日、枢木スザクと戦った時の事を教えて欲しくて…」
昨日、ルルーシュとライがシンジュクゲットーに行った時に勃発したナイトメア戦の事だ。
ある意味、ある程度想定していたとはいえ、ランスロットのスペックに驚かされた。
第七世代のナイトメアフレーム…。
世界で最新の技術を施されている。
そして、今は敵の手に落ちた。
「あの枢木スザク…一体どこでナイトメアの操縦の仕方を覚えたのでしょうか?エリア11には元々、ナイトメアフレームはありませんし、テロリストたちが数機、前線で奪取したとの報告は聞いています…しかし…」
ライはあのランスロットのテストパイロットをしていた。
故に、あのランスロットと言うナイトメアフレームの特質をよく知っていた。
並みのパイロットでは操縦しきれない…。
と言うよりも、あまりに特殊で一回見ただけで動かせる代物ではない。
ライもナイトメアフレームの操縦技術に関しては、ロイドが目を丸くする程の技量を持っている。
しかし、そのライがあのナイトメアフレームの操縦は難しいと言っているのだ。
「枢木スザク…ナイトメアの操縦は並みのブリタニアのパイロットでは束になってかかっても敵わない…と言う事か…」
「僭越ではありますが…はっきり言ってしまえばそうです。自分もセシルさんが言うには相当な潜在能力があるのだそうですが…。その事をうのみにしたとしても、かなりきつい相手である事は間違いありません…。敢えて言うなら…心理戦も加えて攻略すれば…とも思いますが…」
「心理戦?」
ルルーシュがやや不思議そうな顔でライを見た。
「はい。彼は非常に感情の起伏が激しいと思われます。当然、レジスタンスを束ねるリーダーをしているのですから、必要な時には自分を押させることが出来るでしょう。しかし、殿下程の冷静さを持ち合わせているようには見えませんでした。特に…自身の仲間が絡んできた時には…」
「そうか…」
ルルーシュはそこまで聞いて、ほぅ…とため息をつく。
多分、ルルーシュとは正反対の性格だ。
反発しているうちは理解も出来ないだろうが、うまく歯車がかみ合った時には、お互いがベストパートナーと呼びあえるほどの中になれるかもしれない。
「ふっ…夢物語だな…」
ルルーシュが呟く。
「殿下?」
「いや…何でもない…。ありがとう…ライ…。私もいろいろ考えてみる。ライも力を貸してくれ…」
自嘲気味にルルーシュが笑い、ライにそう言った。
「イエス、ユア・ハイネス…」
ライはそんなルルーシュの背中を見ながら、ルルーシュの後について歩いて行った。

―――シンジュクゲットー
一人の長身の男と4人の軍服を着た人物がこのシンジュクゲットーにたどり着いた。
「ここが…シンジュクゲットー…」
「聞きしに勝る荒れようですね…。これも…ブリタニア軍によって?」
「確かにここは、テロ活動が頻発しているからね…」
「中佐、ここで本当に合流できるのでありますか?」
「向こうが、ここまで来られれば…。昨日もナイトメア同士の戦闘があったらしい…」
「とにかく…我々は、彼らと合流しなければならない…。一刻も早く…」
リーダーらしき男が4人の人物たちに一括する。
そして、ふと、3時方向から人の気配がする。
「誰だ!」
長身のリーダー格の男がその人の気配に対して警戒する。
それでも、その人物は何も言わずに近づいてくる。
そして、彼らがその人物の顔を確かめると、リーダー格の男が表情を緩めた。
「スザク君…」
「お久しぶりです…藤堂さん…。無事を確認できて…安心しました…」
「ああ…君も無事で何よりだった…。君の活躍はナリタにも流れてきていた…。君の師匠として、誇りに思うよ…」
『藤堂』と呼ばれた男がスザクの姿を見て、目を細めて、スザクの肩に手を置いた。
「自分が欲しいのは、誇りではない…。勝利です…。日本を取り戻す為に…」
スザクが真剣な表情を変えずに藤堂の両眼をその翡翠の瞳で射抜いた。
スザクの表情に藤堂も表情を険しくする。
「そんなに…状況が悪いのか…」
「俺達の仲間が数人、捕らえられました。その中にはエース級実力を持つ、紅月カレンも入っています。このままでは自分たちの勝利はあり得ない…」
スザクが苦しげに言葉を口にする。
自分の無力さに悔しさをにじませながら…
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…。ブリタニアの第二皇子のお気に入りだと言うだけの事はある…と言う事か…」
「はい…。俺自身、皇子であるという事で見縊っていたことは否定しません。だからこそ…仲間を解放し、その先で、日本を…」
「それは我々も同感だ…」
藤堂がそこまで言うと、スザクが姿勢を正して、藤堂の顔を見上げた。
「藤堂さん、俺達に力を貸してください…。俺達と一緒に…戦ってください…」
そう云ってスザクが頭を下げた。
藤堂はふっと笑って、スザクの頭を上げさせた。
「この死に損ないで…役に立てるのなら…。協力は惜しまない…スザク君…」
そう云って、藤堂はスザクに対して右手を差し出した。
その右手にスザクも右手を差し出した。
「よろしくお願いします…藤堂さん…」
ここで、シンジュクゲットーの枢木スザクのグループと『イツクシマのキセキ』を起こした藤堂と四聖剣が合流した…

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