皇子とレジスタンス



敵と味方

カレンはルルーシュと共にいた学生服のライと言う少年に取り押さえられてはいるが、とりあえず暴行を受けている様子はない。
さっき見た、ルルーシュの表情の変化には驚いたが、今の彼は優しげな少年の表情だ。
それに、見れば見るほど、綺麗な顔をしている。
「あんたが噂の『黒の死神』さん?随分綺麗な、お上品な顔をしているのね…」
「見た目の評価は個人の主観の問題だ。君が好きに判断してくれればいい…。あと、君が言ったように揶揄されている自覚はあるよ…」
ふっと笑いながらルルーシュはカレンに答える。
しかし、カレンとしては不思議な場所で彼と話している気がする。
さっき、ルルーシュと一緒にいた少年に取り押さえられてはいるものの、その場にブリタニア軍を呼ぶでもなく、場所を移動するでもなく、さっき捕まった場所で話をしているのだ。
「まぁ、人の評価はどうであれ、私は本当は戦争と言うのは苦手でね…。出来れば、話し合いで解決できればそうしたいのだが…」
ルルーシュの言葉にかっときて、カレンはルルーシュの顔めがけて唾を吐いた。
流石にライもこれには驚き、カレンの動きを封じている腕に力を込める。
それと同時に痛みを感じたのか、カレンは顔をしかめた。
ルルーシュは構わないというサインを送り、ライが先ほど込めた力を緩めさせる。
自分の上着のポケットからハンカチを取り出し、自分の頬をぬぐいながら自嘲気味に笑う。
「話し合いで解決をするのは嫌いかい?」
「今まで私たちと話し合いをしなかったのはあんたたちでしょう?今更何を言っているのよ!」
「前任の総督の傍若無人な統治には私からも謝罪する。申し訳なかった…」
スザクの時と同じようにルルーシュはカレンに頭を下げた。
「ただ、私は彼とは違う。出来る事なら、あまり血を見たくないんだ。恥ずかしい話、血を見るのが怖くてね…」
自嘲気味に笑いながらカレンに対して言葉を発する。
その様子を見ていて、カレンはスザクの言葉を思い出した。
―――こいつは…シュナイゼルの片腕だった…
そう感じた時、先ほどの『黒の死神』の顔と、『血が怖い』と自嘲するルルーシュの姿が重なった時、背筋がぞっとした。
―――こいつ…
その時、カレンの全身が震え始めた。
確かに身体能力だけならこのルルーシュには負けないだろう。
でも、人間の大きさが自分とはまるで違う…いいにつけ、悪いにつけ、自分よりはるかに大きな器を持つ人間を目の前にすると、本当に体が震えるのだ…。

ルルーシュはこのカレンの様子を見て、第一段階はクリアした…そう確信する。
人間の器の違いを見せられたら、相手がバカでなければ相手は自分に対して恐怖を覚える。
そして、自分の力量を知っていれば、その差に気づいた時の恐怖感は絶大である。
「カレン、君は強いんだな…。きちんと自身の力量を知っている。今の君のこの震えは誇っていい…。君が、自分を理解していて、そして、まだ強くなれる。相手の力量を見極め、把握できる事も強さのうちだよ…」
ルルーシュはそう言って、カレンに微笑んだ。
肉体的力量の差を見せつけるよりも、内面の力量の差を見せつける方が、相手がバカでない場合は効果を発揮する事をルルーシュはよく知っている。
ただのバカに対してなら、相手をコテンパンにしてしまえばそれで話が済むのだが、少しでも頭を使える人間相手だとそうはいかない。
ただ、ルルーシュは常に頭脳プレイで全てを乗り越えている。
腕力勝負をしないから、卑怯者と揶揄される事も多いが、それに関しては、腕力無き者の武器だ。
腕力で勝負できる者が拳を使うのと同じように、腕力で勝負できない者は他で勝負するだけだ。
そんな事も解らない輩なら、ブリタニア軍の精鋭の相手をさせればいい。
こちらは、世界の1/3を手にする超大国だ。
それだけ大きな国ともなれば、当然ながら、軍人個人の強さも高いレベルを要求される。
ある程度のレベルになると、テロリスト相手なら10対1でも勝てるくらいの訓練は受ける。
そして、自分の力量を理解させると、まず、精神的に堕ちる。
精神力を削いでしまえば、どれだけの強力な人間でも、子猫を殺す事すらできなくなる。
だからこそ、ルルーシュは頭脳プレイで、戦ってきた。
うまくいくと、その後、トラウマとなって、戦闘行為が出来なくなる人間もいるからだ。
戦闘行為で叩き潰すよりも効率的だし、無駄な血を流す事もない。
確かに、生き残ってしまった相手からは恨まれる事も多いが…。
それも軍を統括する者の努め…ルルーシュはそう思っている。
だから、そう言った輩の恨みも、甘んじて買ってきた。
その度に苦労しているのは、ジェレミアをはじめとする、ルルーシュの側近たちではあったが…。
しかし、ジャレミアも、そのほかの側近たちも、世間のルルーシュに対する揶揄とは裏腹なルルーシュの本質が好きだった。
そんなルルーシュに仕えられる事に、誇りを持つ者は少なくなかった。

「ライ、とりあえず、そろそろ移動しようか…。彼女のお迎え部隊が来たようだ…」
ルルーシュは特に、取り乱すでもなく、周囲の異変に気づいて、ライにそう言った。
「ルルーシュ…これは…ナイトメアの…」
「ああ、多分、枢木スザクのグループだろう。恐らく、彼女に発信器でもついていたのかな…」
その一言にカレンはびくっとした。
そんなカレンの様子にルルーシュはおかしそうに笑った。
「君は、総督の私を殺そうとしていた。君単独の行動でない事は普通なら察しがつくだろう?それに、枢木スザクも君と同様、馬鹿ではなさそうだからな…」
そう言いながら、ルルーシュは何かのスイッチを押した。
「ライ、もうじき、ロイドたちが出来たばかりのお前のナイトメアをここに運んでくる。ロイドたちのトレーラーを見つけたら、すぐに向かえ!それまではジェレミア達にこの場を抑えさせる!」
ルルーシュはライにそう、命じて、カレンを取り押さえながら、答えた。
「イエス、ユア・ハイネス」
「さて、カレン、君にも、来て頂こうか…。みすみす帰す訳にも行かないからな…」
「なら、トレーラーに一旦連行します。」
「ああ、ちゃんと拘束しろよ?彼女の動きはさっき見ただろう?気を抜けばすぐに逃げられる…」
「イエス、ユア・ハイネス」
そう言って、ライは出かける時に渡されていた、緊急で捕まえた時に使用する、簡易の拘束用の細い化学繊維のロープを出して、拘束した。
「手荒になってすまないな…。しかし、君はテロリストのメンバーだからな…ご容赦願いたい…」
周囲の状況を確認しながらカレンに社交辞令的に謝る。
やりたくはなかったが、シンジュクゲットー内でのナイトメアフレーム同士の戦いは…どうやら避けられないようだ。
そう思っていた時、特派のトレーラーがものすごいスピードで到着した。
「ライ、頼むぞ…。恐らく、あのランスロットのパイロットは、枢木スザクだ…。出来れば、生きたまま捕らえたいものだな…」
「出来る限り、やってみましょう…。僕も、ブリタニア軍人のはしくれです。任地の総指揮官の指示に従い、守るのが僕の…自分の役目です!」
「解った…いってくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
そう言って、ライはカレンを連れて、特派のトレーラーへと向かった。
そして、その時に、ジェレミア達のナイトメアも到着した。

『殿下!』
ジェレミアがナイトメアからオープンチャンネルでルルーシュに呼びかける。
「ジェレミア、私のグロースターはあるか?」
『はい、ブリタニアの前線本部をここに設置します。そこに殿下のグロースターの配備をします。』
「ジェレミア、ライが準備できるまで、その辺のうるさい連中を食い止めてくれ…私も準備でき次第、前線に出るから…」
『なりません!総指揮官自らなんて…』
「コーネリア異母姉上もやっているし、今は、あの連中の足止めをしなくてはならない…。ライが出るまででいい、時間を稼ぐぞ!」
『イエス、ユア・ハイネス!』
そう言って、ジェレミアの後に来た、軍本部のトレーラーから自分の機体を見つけ出し、アッシュフォード学園の制服のまま乗り込んだ。
「ジェレミア、多分、あのランスロットに枢木スザクが乗っている!まさか、こんなに早く実戦投入してくるとは思わなかったがな…」
『とにかく、殿下は陣頭指揮をお願いいたします。われわれが邪魔なナイトメアを排除します!』
「頼むぞ…」
そう言って、ルルーシュはグロースターを駆った。
しかし、準備万端に整えてきたらしい、相手にどうやら、ルルーシュも高見の見物と言う訳にはいかなそうだ。
ただ、総指揮官を欠いたら、軍隊は動けなくなる事も解っている。
出来るだけ、ジェレミア達が相手にしなくていいような雑魚はルルーシュが相手する事にした。
無頼と言うナイトメア…ブリタニアのグラスゴーを元に改良されたものらしいが、グロースターと比べてスペックははるかに低い。
ルルーシュ自身、人並みよりも、ナイトメアを操縦する事は出来るが、コーネリアほどの腕はない。
それくらいの自覚はあった。
だから…
「ジェレミア、キューエル、ヴィレッタ…雑魚はすべて私の方に回せ!あんな、グラスゴーもどきよりも、先日奪取されたランスロットの方が遥かに強い!お前たち3人で抑えろ!」
『『『イエス、ユア・ハイネス』』』
3人がそう答えると、一斉に散らばり、ランスロットの方へと向かって行った。
残されたルルーシュはランスを構え、グラスゴーたちの動きを見ながら、どう動くべきかを計算した。
どうやら、日本は、ナイトメアフレームの開発がなされていなかったようで、パイロットたちもそれほどの腕はないようだった。 「これなら…」 そう言いながら、ランスを構えて、突っ込んでくるナイトメアにランスを突き刺す。
想像通り、それほどの腕はないらしい。

ルルーシュはそう判断すると、ランスを突き刺し、動けない状態のナイトメアを盾にして、周囲に散らばるナイトメア達にオープンチャンネルで呼びかけた。
「私は、このエリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。私は、出来るだけ、血を流さずにこのエリアを治めたいと思っています。協力しては頂けませんか?」
丁寧な言葉で呼びかける。
興奮状態の相手に変に刺激を与えるのは得策ではない。
最初は出来るだけ下手に出る様にしている。
そこで、頭を使えるものであれば、一度は、返事を返してくる。
そうでない者は、味方が人質として捕らえられたというその事実だけを見て、激昂する。
その判断がつくとルルーシュはその後の戦略を考えていく。
頭を使う者がいる場合には、懐柔する事が可能であるが、その場で激昂してしまう者の場合、最悪、その場で殲滅…と言う事になるからだ。
出来るだけ、そう云う事は避けたいとは思うのだが、手加減して、相手を動けないようにして…と、考えられるほど、ルルーシュは自分のナイトメアフレームの操縦技術が高いと思っていないし、自分の身体能力を熟知している。
故に、出来るだけ、相手がすぐに頭に血の上らない相手である事を願ってしまうが、それはあくまでルルーシュの都合であって、相手がそんな都合に付き合うはずもない。
『どういう意味だ?これまで、さんざんこちらの話も聞かずに来たくせに、今度は血を流したくないから、協力しろだと?』
多少、頭に血は上っているようだが、話を聞けないほど冷静さを失ってはいないようだ。
ルルーシュはそこですかさずコックピットを開き、自らの姿を相手にさらす。
日本人のサムライダマシイとやらを試してみたいと思ったのもあるし、こうして、相手の組織の中の能力を見てみたいと思う部分もあった。
相手の力量を知らなくては、戦略の立てようもない。
とりあえず、今回は、多少なりとも、会話くらいは出来そうな気がする。
「とりあえず、今の段階で、貴殿たちが攻撃を仕掛けてこないのであれば、こちらも攻撃の意思はない。一度、銃を下ろして、話をしてはくれないか?前任の総督の行為に関しては、前任総督に代わって、この、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアが謝罪する。申し訳ない…」
そう言って、ルルーシュはその場のナイトメアの前で頭を下げた。
枢木スザク、先ほど捕らえたカレンと同様に…。
その場にいた、テロリストグループのナイトメアは動きが止まった。
いきなり、敵の大将に頭を下げられているのだ。
驚かない方がどうかしている。
しかし、ここで話し合いに応じなければどうなるか…それこそ、そのテロリストグループの真価が問われる場面でもある。

その時、そのナイトメアのグループを率いていたそのグループのリーダーと思しき人物がコックピットを開いた。
ここで、このままこの総督を殺したら、理念なき正義の名の元に糾弾されても文句は言えない。
「解った…。この場での話し合いには応じよう。ただし、我々のグループのリーダーは俺じゃないから…この場を治めるための話し合いでいいだろうか?」
そのナイトメアから出てきた男がルルーシュにそう答えた。
ルルーシュはゆっくり頭をあげて、微笑みながら答える。
「ああ、構わない。今のこの時点での話し合いに応じてくれるのであれば、名前をお聞かせ願いたいが…」
ルルーシュはなおも微笑を崩さずにその男に言葉をかける。
「俺は、このグループの部隊長で、扇要と言う…」
「扇か…ならば、他のメンバーも降りて、話し合いに参加して頂けるだろうか?」
ルルーシュは扇の目を見ながら…そう言った。
扇はこのルルーシュの目を見て、何か恐ろしいものを感じた気がした。
恐らくは、自分より遥かに年下の少年に…これは…畏怖の念…畏怖の念を抱いていた。
―――こんな…子供相手に…
扇は頭の中でそう思っているのだが、ルルーシュのその眼の光には、この少年の年齢からは考えられないほどの修羅場をくぐりぬけてきたことを実証している何かを感じる。
扇は…今この場に味方が一人もいない状況のルルーシュを見て…明らかな恐怖を覚えていた…

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