ランスロットの奪取事件から1週間…。
政庁は大騒ぎの中過ぎ去って行った。
護衛も付けずに総督が一人、シンジュクゲットーへ入っていくとか、結局ランスロットのありかを見つける事も出来なかったことなど…エリア11に配属されている軍の再編成が急務となった。
旧日本が残していた力にも驚いたが、トウキョウ租界の政庁の規律そのものがなっていなかった。
ルルーシュは愕然とし、ルルーシュ自らが乗り出して、人事編成を変更して行った。
軍の方も同じ事が言えた。
前任の総督は気位だけの貴族だと聞いていたが、ここまで無能だったとは…とルルーシュは愕然とした。
しかも、どうやら、自分の気に入った者たちだけで周囲を固めていたことも判明し…総督就任早々、大忙しとなった。
こんな中、シンジュクでテロ活動でもされた日にはルルーシュが連れてきた者たちだけで戦わざるを得ない。
こんな事で、本国のシュナイゼルやコーネリアを呼びだす訳にもいかない。
とにかく、内部の再編成が急務であった。
書類との格闘、役職の解任、任命…こんな基本的な事も出来ていない状態で、よく半年ももったものだとルルーシュ自身、その事実に驚く。
確かに、ルルーシュが着任早々、宴を行おうとしていた間抜けな連中がいた…。
大体、シュナイゼルの片腕と言われているとはいえ、皇位継承権は第17位、ご機嫌を取ったところで何の得もないし、排斥するだけの価値もない。
この状況にルルーシュは頭を抱えたくなった。
「ジェレミア…とにかく、前任の臨時総督の任命した第3級以上の役職を持つ者は全て解任しろ…。そして、その下で働いていた中から、仕事の出来る者を選び出してくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス…。殿下…お顔の色が優れないようですが…」
ルルーシュの顔を覗き込み、ジェレミアが心配そうに尋ねた。
「この政庁の中身を見て、頭を抱えないのは、シュナイゼル異母兄上くらいだろう…。コーネリア異母姉上なら、政庁職員を一掃しかねないな…」
そう云って、ルルーシュは大きくため息をついた。
こんな時にテロの一報が入ってこない事がせめてもの救いだ。
恐らく、この間、二人で話が出来た事も功を奏したのかもしれない。
シンジュクのテロリストも枢木スザクの一派だけが、要注意グループで後は、モグラたたき方式で、叩いていけばいい。
その程度の相手なら、キューエルやヴィレッタの指揮で何とでもなる。
枢木スザクが動き出す前に、この政庁を何とかしなければ…ルルーシュは今、そんな思いに駆られていた。
数日後、やっと、政庁内の人事整理が整った。
一通りの確認が出来ると、ルルーシュは大きく息を吐いた。
これでやっと、本来の仕事に戻れると…。
もしかすると、シュナイゼルはエリア11の政庁のこの状況を知っていたのかもしれない。
普段なら、決してルルーシュを手放そうとしなかったシュナイゼルがいきなりクロヴィスに決まっていたはずのエリア11の総督をルルーシュに任せたいなどと云う事自体不自然な話だった。
「異母兄上…確信犯だな…これは…」
ルルーシュが一人、呟いた。
それを聞いていたジェレミアが大きくうなずく。
「確かに、クロヴィス殿下ではこの任務はきついでしょうな…。まして、テロ活動が盛んなこのエリアでは…」
ジェレミアも大きくため息をついた。
「ジェレミア…明日、特派のライを呼んでくれないか?」
「は?また何故?」
怪訝そうにジェレミアが聞き返した。
「もう一度、シンジュクを見たい…」
その一言にジェレミアが顔色を変えた。
「な…何を仰っているのですか?この間見たのなら、もうよろしいでしょう…」
「少し歩いただけだ。それに…もしかしたら…シンジュクへ行けば、枢木スザクがいるかもしれない…」
ルルーシュのその一言にジェレミアは厳しい顔になる。
「殿下…あなた様はご自身の立場をわきまえてください。相手はナンバーズのテロリスト、あなた様はブリタニア皇族でエリア11の総督ですぞ?」
「ああ、その通りだ。だからこそだ…。相手はシンジュクでも最も大きな敵となる組織のトップだ。どんなグループでも頭をつぶせば戦いは終わる。我々は別に、イレヴンを殺したい訳ではない!きちんとした形で治めたいだけだ!」
ルルーシュはきっぱりと言い切った。
こうなってしまうと、ジェレミアではルルーシュを抑える事は出来ない。
ここで、どれだけ反対したとしても、ルルーシュは勝手に動いてしまう。
なら、ルルーシュには万全の態勢で動いて貰うしかないのだ。
「別に、一人で行く気はない。だから、ライを呼べと言ったのだ」
「殿下はあのライと云う男をよほど気に入られたのですか?」
「まぁ、嫌いではないな…。頭は回るし、言葉は少ないが、その少ない言葉の中にはきちんと意味を持っている。特派に取られていなければ、私の護衛役にでもしたいくらいだ…」
そう云って、ルルーシュはふっと笑った。
翌日…特派からライが呼び出されて、二人はアッシュフォード学園の制服に着替えた。
恐らく、枢木スザクに出会ったら、ばれてしまうだろうが、そのほかの人間であれば、彼らが政庁の関係者であるとは気づかれにくい。
「すまないな…ライ…。お前も忙しいだろうに…」
「いえ、ロイド伯爵がまだ、新しい機体の開発に集中しているので、デヴァイサーの仕事はあまりないので…」
そう云って、ライはルルーシュの後を歩いた。
「すまないが、今日はよろしく頼む…」
ルルーシュはそう云ってライに頭を下げた。
ルルーシュのその姿にライは少々驚いたようだが、あえてスルーして、答える。
「イエス、ユア・ハイネス」
そう云って、ルルーシュとライはシンジュクゲットーへと向かって歩いて行った。
出入口は厳戒態勢が敷かれている。
これもルルーシュの指示ではあった。
ランスロットを奪取されたのだ。
トウキョウ租界内でそんなものに暴れられてはたまらない。
ナイトメアが数機並ぶような厳戒態勢である。
ルルーシュはポケットに忍ばせていた皇族の証を衛兵に見せる。
一応、衛兵たちにはルルーシュが今日、シンジュクゲットーへ入ることを知らせてあった。
しかし、厳戒態勢をさらに厳しくすると、シンジュクゲットー内のテロリストたちに怪しまれると、ランスロット奪取事件以降の厳戒態勢レベルでの警戒を行っている。
「2時間で戻る。3時間経って戻らなかったら、ジェレミアに伝え、指示を仰げ!」
「イエス、ユア・ハイネス」
その一言を残し、ライを連れだって、ルルーシュはシンジュクゲットーへと足を踏み入れた。
あの、枢木スザクに会ってもう一度話がしたいと思う気持ちと、今のエリア11の現状をしっかりと把握したいと思う気持ちを併せ持ちながら…。
あの男が、レジスタンスの頭をやめれば、恐らく、エリア11の治安は格段によくなると予測が出来た。
エリア中に散らばっている大小のテログループはシンジュクでの枢木スザクのグループの働きを見て呼応している感じだ。
ただ、不幸中の幸いにして、このグループと連絡を取れているグループはないようだ。
その辺は、ブリタニアも無能な訳じゃない。
情報管理については徹底して行っている。
盗聴、ハッキング、物流などの把握はゲットーの出入口でしっかり押さえていた。
枢木のグループに連絡を取ろうとする地方のグループは数多い。
その把握が出来ているため、現在では、ゲットーと租界の出入口に警備はどこも厳戒態勢を敷いていた。
しばらく歩いていくと、ブリタニアとの戦争の時に破壊され、テロリスト鎮圧のためにまた、ブリタニア軍に破壊された廃墟がいくつも並んでいる。
こんな廃墟、さっさと撤去しなければ、テロリストのゲリラ戦の時の盾ともなりかねない。
ただ…ここにブリタニアの技術者を呼びいれて、作業させるにはあまりに危険すぎる。
この廃墟たちがテロリストたちの武器になっている事も解ってはいる。
空爆でもして、完全に焦土としてもかまわないのかもしれないが、あまり反感を買うと、日本中に散り散りになってくれているテロリストたちが一気にトウキョウ租界に押し寄せる危険性もある。
コーネリアからは臆病すぎると言われるのだが、戦争時に一番恐ろしいのは、終わった時に敵となった者たちが大きすぎる怒りを抱き過ぎてしまう事だ。
怒りと云う負の感情は、時に、人知を超えた力を持って、自分たちの身に降りかかってくる。
コーネリアのように、敵を完全に殲滅出来ればいいのだが、ルルーシュにはそれが出来ない。
だから、こうして、人の心をつかもうとする戦略に出る。
「ひどいものだな…」
ルルーシュはライに向かってつぶやく。
「そうですね…。人間の心の力と云うものは時に恐ろしい武器となります。ルルーシュは、それを使って、戦おうとしているのでしょう?」
ライはルルーシュの考えを先読みするかのように言葉を発した。
「それが出来れば…悲しい涙や、辛い恨みを見る事もないのかな…私も…」
やや切なそうなルルーシュの表情にライは切ない気持になる。
『黒の死神』と呼ばれる少年が、ここまで、人の心を理解し、血を嫌っている。
「大丈夫…ルルーシュは自分が信じるように進んでください。僕らはそれを支えるのが仕事ですから…」
ライはルルーシュに微笑んでそう云った。
有能であるがゆえに、敵側からは恐れられ、揶揄されるのだろう。
こんなルルーシュの実態を知れば、敵味方関係なく、彼に尽力したいと思うに違いないはずなのに…。
しばらく歩くと、イレヴンたちの生活領域が見えてきた。
租界とは比べ物にならないくらいの粗末な環境である。
破壊されて崩れかけたビルに人々は住んでいた。
テントのようなものを立てて、少ない物品を売っている。
人々は、よほどの環境で働かされているのか、痩せているし、疲れきった顔をしている。
ブリタニアからの差別とはここまでひどいものだったのか…。
ルルーシュは今までの戦いの中で、こんな形でゲットーを見た事がなかった。
そして、時々みかけるブリタニアの地下商人たち…。
闇取引による物品や法に触れる様な品物まで扱っている。
闇取引品の中には、食糧や生活必需品なども含まれている。
ゲットー内で賄えない分は、ブリタニアの地下商人たちがどこからか手配した物品を法外な値段でイレヴンたちに売りつけていた。
そうして、格差は広がって行っている。
ブリタニア人はどんどん富を得て、イレヴンたちはブリタニア人の為に働いて得たわずかな賃金はまた、ブリタニア人に吸い上げられている。
これでは、ブリタニアの植民エリアからテロ活動がなくならない訳である。
この間、枢木スザクがルルーシュに発した言葉の意味が解る気がした。
この現状を見て、日本国首相だった父を持つ枢木スザクであれば、何とかしたいと思わないはずがない。
彼と話をしたいと思ったが、今のルルーシュには彼と話す資格があるのだろうかと考えてしまう。
彼と話し合い、妥協案を見いだせれば…そう思っていたのだが…今はまだ…その段階じゃない気がしてきた。
と云うか、そこまでの信頼を得るには途方もない時間もかかるだろう。
「一度は…戦わなくてはならないのだろうか?」
ルルーシュは口の中で一言つぶやいた。
ライと二人で歩いていると、やや日本人離れした顔つきの赤い髪の少女が歩いてきた。
一応、普通の服を着ているようだが、何だか…雰囲気が違う。
これまで見てきたゲットーの中にも彼女と同じ年頃と思われる少女はいた。
しかし、彼女に関してはこれまでに見てきた少女と何かが違っている。
そう思った時、いきなり、ナイフをかざし、ルルーシュに向かって突進してきた。
その様子に気がついたライはルルーシュの前に立ちはだかり、ナイフを持つ少女の手首を強く握った。
そして、手刀で彼女の持つナイフを叩き落とし、彼女を地面にねじ伏せた。
「っく…」
その少女は苦痛の声を押し殺した。
ライは、黙ったまま、その少女を後ろ手に拘束して、その場に座らせた。
「君は?」
ライに抑えつけられている少女にルルーシュは尋ねた。
「ふん…人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものでしょ?」
少女はこの状況下でルルーシュに悪態づいてきた。
ルルーシュはふっと笑って、口を開いた。
「これは申し訳ない。私はルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…。君たちテロリストが狙う人物だよ…」
ルルーシュは穏やかにその少女に答えた。
こういう時、焦りの顔を見せたら、相手につけ入る隙を作る事になる事はよく解っている。
「……やっぱり…あんたが…」
その少女は鋭い目をしてルルーシュを睨んでいた。
「私は名乗った。せめて君の名前を教えてはくれないか?」
相変わらず、穏やかな表情でその少女に尋ねた。
こうした演技を出来る様になったのもひとえにシュナイゼルのおかげであろうとルルーシュは自分の中で自嘲した。
「カレン…」
その少女はそう一言だけ答えた。
「ルルーシュ…彼女をどうしますか?」
「そうだな…」
ルルーシュは考える仕草をして、何かを思いついたようで、一瞬、『黒の死神』の表情を表した。
目の前にいた二人は、その表情に、ただ、ぞっとするしか出来なかった。
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