皇子とレジスタンス



敵将

目の前に、お互いのターゲットが立っている。
一人はブリタニアの第11皇子で、エリア11の総督に就任したルルーシュ=ヴィ=ブリタニア。
一人は日本国最後の首相枢木ゲンブの嫡子で、現在、シンジュクゲットーを中心に活動を続けているレジスタンスグループのリーダー、枢木スザク。
運の悪い事に、ルルーシュは総督の恰好を…スザクは戦闘服を着ていた。
どうみても、お互い、敵同士だ。
「君が…枢木スザクだな…。日本国最後の首相、枢木ゲンブ氏の嫡子にして、現在はシンジュクゲットーを根城にしているレジスタンスグループのリーダー…」
最初に口を開いたのはルルーシュの方であった。
護衛がいないのはかなり痛いが、相手も、敵であるエリア11の総督が相手であれば、いきなり飛びかかってきて殺すような真似はしないであろう。
ヴィレッタの調べた資料の内容がより正確なものであれば…。
また、そんな短慮なリーダーをもつグループが手こずっているようでは、エリア11の軍そのものを考え直さなければならない。
「そうだ…。お前が…ブリタニア第11皇子、第17位皇位継承者、エリア11総督に就任したルルーシュ=ヴィ=ブリタニアか…」
どうやらお互いがお互いの顔を知っているようだった。
そして、お互いに同じ年であり、複雑な過去を持ち、友人として出会える環境であったなら、どれほど心強い友人になっただろうか…これまでお互いに得た資料を読んで、お互いがそう思っていた。
「私が、エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアだ。初めてお目にかかる…枢木スザク…」
皇子としての口調、総督としての口調…。
スザクが先ほど、聞いた、ルルーシュの言葉とは全く違う言葉を使っていた。
さっき聞いた、ルルーシュの独り言は…本当に…一人の少年の言葉に聞こえた。
だから、つい、驚いて、足を踏み出して、見つかった…。
「ああ、初めまして…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…。枢木スザクだ…」
スザクも挨拶を返した。
ここで、黙りこんだら、ルルーシュのその雰囲気にのまれてしまいそうな錯覚に陥った。
さっきの独り言をこぼしていた少年とは別人のようだ。
流石に、ブリタニア帝国宰相、第二皇子シュナイゼル=エル=ブリタニアの片腕と謳われる少年だと思う。
まして、彼は、スザクと同じ、15歳なのだ。
「一つ、聞いてもいいだろうか?」
ルルーシュがスザクに尋ねた。
スザクは、その言葉の意図が解らないまま、黙ってうなずいた。

ルルーシュはそんなスザクにやや表情を和らげて口を開いた。
「君たち、日本人は…一体何を望んでいる?独立か?日本人の権利か?誇りか?」
ルルーシュが冷静にその質問を口にした。
相手の意図が安いものであれば、刺し違えてでも、ここの敵を殺してしまおうという算段もある。
ルルーシュ自身、ここで、エリア11内での大きな組織のリーダーと刺し違えて死んだともなれば、名は上がるし、ルルーシュの名が上がれば、ナナリーの安全も保障される。
英雄、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの実の妹として…。
「俺達は…今言ったお前の、全てを取り戻したい…。別に、ブリタニア人を殺したい訳じゃないし、出来る事なら、戦闘行為などと云うものに頼りたくはない。しかし…」
スザクはここまで言うと、いったん言葉を切った。
何か、過去に辛い事でもあったのだろうか?
「ブリタニア軍は、話し合いをしようと云う日本人を、次々に反ブリタニア分子として、処刑して行った…。女子供…関係なくな…。だから…そんな理不尽を、俺は変えたかった…」
スザクの悲痛な気持ちにルルーシュは大きくため息をついた。
ルルーシュの前任の総督は一体何をやっていたのか…。
力で押しつければ、力で返そうとする…動物であれば、当たり前の行為だ。
「すまなかった…。私も、ゲットーと云うところを実際に歩くのは初めてなのだ…。惨状に…正直驚いている。前任の総督に代わり、私から謝罪しよう…。申し訳なかった…」
そう云って、ルルーシュはスザクに頭を下げた。
一応の算段はある。
こうして、素直に状況を喋ってくれる相手に、力で強引に押し付けようとすれば反発する。
しかし、こうして、自らの罪を認め、謝罪すれば、抵抗勢力の力を落としていく道筋も出来る。
抵抗勢力の人間を殺したところで反発を生むだけ…。
不満分子を取り除くことこそが、統治の為に必要である。
必要なときは飴を与え、必要な時に鞭を与える。
統治する上での基本だ。
前任の総督は、気位ばかり高い貴族だと聞いた。
とすると、云う事を聞かないから、たんに叩き潰すような真似を続けていた結果が、エリア11のゲットーの現状を生んだのだろう。
「あ…あの…」
ルルーシュの行動に、スザクの方が驚いている。
それはそうだろう。
相手はブリタニアの皇子で、シュナイゼルの片腕と呼ばれる男だ。
その男が、ブリタニアのやり方の非を認め、謝罪をしているのだ。
「私は、出来る事なら…血を流さずにこのエリアを統治していきたい。私が世間でどんな呼ばれ方をされているか知っている。だが…私は出来れば血を見たくないと思っている。だが…」
ここで言葉を切り、ルルーシュの表情が変わった。
「必要とあらば、私は地獄の黒の死神の名を証明する働きをしよう…。このエリア11で…」
その時のルルーシュの顔はまさに『黒の死神』であった。

後ろから、人間よりも遥かに巨大な物体が近付いてきた。
「あれは…ブリタニア軍の…」
「もう見つかってしまったか…。もう少し、話をしてみたかったがな…。早く行け…」
ルルーシュはスザクに、一言告げた。
「!?」
スザクの驚いた顔にルルーシュは苦笑した。
「今、お前を捕まえたところで、仲間の事、奪取したランスロットの事を話したりはしない。そして、お前がブリタニア軍に捕まったとなれば、お前のグループ総動員で、お前を奪還しに政庁を取り囲むだろう?それでは困るのでな…」
そう云って、ルルーシュはグロースターが近付いてくる方向へ歩き出した。
そして、右手を軽くあげ、手を振った。
「今度は、もう少しゆっくり君と話がしてみたいな…」
その一言を残し、ルルーシュはグロースターの方へ向かった。
「あいつ…」
そんなルルーシュの後ろ姿を一瞬見送り、ここから一番近いアジトへのルートを歩き始めた。
「あいつが…黒の死神?」
スザクの思っていたような印象とは全然違う。
幼さも残っているし、確かに多くの人の命を殺めているのだろうが、その罪を忘れていないと思われるような、深い悲しみのアメジスト…。
そして、自国の植民地の惨状について、植民地に住んでいた民族に対して謝罪をするという…前代未聞の行為…。
あの行動をそのまま鵜呑みにするつもりはないが、ルルーシュがスザクに言ったように、スザクも、もう一度、ルルーシュと話をしてみたかった。
立場は違えど、このエリアを憂いている事には間違いないと思うから…。
日本が占領された直後に就任し、傍若無人を働いていた臨時総督とは違う印象を持った。
多分、それは間違ってはいない…スザクは、そんな風に感じた。

一方ルルーシュは…。
ルルーシュの前にグロースターが目の前に跪いた。
降りてきたのは、ライと呼ばれた特派が連れてきた少年だった。
「総督、ご無事ですか?お怪我は?」
どこでこんな事を学んできたのかは知らないが、特派に入ったばかりと云うには、軍の慣習についてはしっかり身についているようだ。
「大丈夫だ。結局、ゲットー見物だけになってしまったな…。ランスロットのありかもわからなかったし…」
「そうですか…。では、このまま政庁にお戻りに?」
「そうだな…。とりあえず、ジェレミアと連絡を取りたい…」
「イエス、ユア・ハイネス」
ライはそう答えて、グロースターのプライベートチャンネルを開いた。
『ライと云ったか?殿下は?』
「私だ…ジェレミア…」
通信機からジェレミアの声が聞こえてきた。
ルルーシュの声を聞いた途端に、声には出していないが、随分安堵したように思えるようなため息が聞こえてきた。
「ジェレミア、このまま政庁に戻る。結局ランスロットも見つからなかった」
『そうでしたか…。まぁ、今は殿下がご無事と云う事で、この、ジェレミア=ゴッドバルト、安堵いたしました…』
「お前もすぐに軍を引き、捕虜となったものはお前に任せる。私は、ロイドと話したいから、政庁に残っているよう伝えてくれ…」
『イエス、ユア・ハイネス』
その一言でチャンネルを切った。
「ライ、すぐに政庁に戻る…。グロースターで私を政庁へ連れて行ってくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス」
そう云って、ライはルルーシュをコックピットに乗せ、グロースターで政庁へと向かった。
政庁に戻り、執務室へ行くと、ロイドが待ち構えていた。
「ロイド…済まない…。ゲットーまで行ったのだが…ランスロットを見つける事が出来なかった…」
ルルーシュがロイドに謝った。
しかしロイドの方はいたって冷静に言葉を返してきた。
冷静と云うよりも、あのロイドが半ば、苦しげな表情でルルーシュを見ていた。
「ある意味、仕方ないかもしれません。あのグループには恐らく…ラクシャータが…」
やや苦悩を隠せずにロイドが話した。
「ラクシャータ?」
「はい…ラクシャータ=チャウラー…。かつて、ブリタニア軍の技術部に所属していた、僕の同僚です。いつ頃からか、姿を見せなくなり…まさか…彼女が…」
「何故そんな事が解った?」
「キューエル卿の軍のものが、一機、敵軍ナイトメアを捕獲したのを見せてもらいました。あの構造…あれは…ラクシャータに間違いありません…」
普段のロイドから考えられないような表情だ。
よほどの技術者なのだろう。
とすると、そのラクシャータと云う女の助力でランスロットを奪取したという事なのだろうか…。

そうなると、取り戻す事はかなり困難であろう。
「ロイド…あのランスロットを奪い去ったのは、恐らく、枢木スザクだ…。どこに隠したか解らないが、今のお前の一言で合点も得心もいった。お前は、総力で代わりになるナイトメアの開発を急げ!ライにきちんと乗りこなせるように、準備してくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス」
そう云って、ロイドは部屋を後にした。
先ほど出会った、枢木スザク…ルルーシュが例に挙げたものすべてが欲しいと言った。
面白い男ではあるが、このまま放っておいては危険な男だ。
あの強い意志をたたえた瞳だけでも十分に厄介である。
そして、敵にはロイドをも驚愕させるような技術者がいて、何のマニュアルもなしにランスロットを乗りこなし、奪取した人物がいるのだ。
そして、その人物は恐らく、あの枢木スザクだ。
「ここまで知ってしまうと…もう一度ゆっくり話し…と云うのは無理かな…」
何となく自嘲気味につぶやいた。
ルルーシュがこんな風に思うのは初めてだった。
これまでに、テロリストのリーダーと会った事はあったが…こんな風に人間として、興味を持ったのは初めてだった。
同じ年だからなのか…それとも、あの強い意志を持つ瞳のせいなのか…
とにかく、これまでには感じた事もないような興味を抱いている。
「この私が…他人に興味を持つとはな…」
自嘲気味に呟く。
そう…敵としてではなく、人間として興味を持った。
一人の人間として…。
敵とは言え、彼の瞳は…自分と違って、凄く綺麗に見えたせいもあるだろう。
自分の意思で、自国を憂い、戦っているのだろうと想像が出来た。
ルルーシュの場合…帝国に守らなくてはならない妹がいるから…本当はエリア11の未来に興味があるのではなく、ナナリーの為に自分が名を上げる事だけを考えている。
純粋に自分の暮らすこのエリア11を守りたいという意志を持つ枢木スザクと云う男の心根を垣間見て、自分の人間の小ささに自嘲してしまう。
しかし、これしかナナリーを守る術はない…そう思い直して、ルルーシュは総督の仕事に戻った。

スザクは一人、アジトへ向かう道を歩いていた。
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…変わった男だと思う。
確かに、態度や言葉遣いはいけ好かないが、色んなものを背負って、自分の本音を押し殺して戦いに赴いているのだと直感的に思った。
噂では『黒の死神』と呼ばれているが、本当に彼の心が『黒の死神』なのか、正直、今のスザクには解らない。
物陰からルルーシュの姿を見つけた時の、ルルーシュの一言…
頭からこびりついて離れない…。
『僕には…守らなくてはならない存在がいる…』
彼が何を守ろうとしているのかはわからない。
しかし、あんなところで一人になった時に、ポツンとこぼした一言は恐らく、何の虚飾もない本音だったのだろう。
スザクと会話をしていた時、彼は仮面をかぶっていた。
『ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』
『エリア11の総督』
としての仮面を…。
それに、あんな場所で一人ポツンとこぼしたところを見ると、彼の周囲にはそう云って、本音をこぼせる場所がないのだろう。
恐らく、彼の有能さ故に…。
リーダーと云うのは、自分を押し殺さなければ務まらないポジションである。
スザクもレジスタンスのリーダーをやりながら、思う。
本音をこぼし、相談できる相手がいれば…と…。
敵将であるが、何だか同情にも似た感情がこみあげてくる。
少し話しただけだったが…少なくとも、一人の人間としては、悪い人間ではないと思える。 「ちゃんと話し合いが出来れば、血を流さずに済むのかな…」
空を見上げながらふと呟く。
ただ…今はそんな状況ではない。
スザクはブリタニアで開発していた第7世代のナイトメアフレームを奪取してきたのだ。
これで、宣戦布告したも同然である。
もし、あのナイトメアを奪取する前に出会っていたら…何かが変わっていたのだろうか?
ふと、スザクはそんな事を考えてしまうのだった…。

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