―――シンジュクゲットー
テロリストのアジトには、かなり若い年齢の少年、少女が含まれていた。
「スザク、もう、新しい総督が到着して、着任したんでしょう?」
「ああ…。でも、表だった報道は一切ないな…今のところ…」
新総督が着任する前に流れてきた、新総督の名前とその身分…。
その情報が流れてからは新総督に関する情報が一切流れてこなくなった。
新総督の名前と身分だけは、ちょっと情報に精通している者であれば、簡単に手に入るものであったが、その情報を得て以来、どれほど頑張ってみても情報が一切流れてこなくなった。
「結局…あれは、意図的に流されたものなのかしら…」
少女が独り言のように呟く。
「まぁ、カレンの云う通りだろうな…。ただ、それは、何を意図しているのか…それも気になるが…」
スザクがいろいろ頭の中を整理しながら答える。
「で、どうするんだ?リーダーはお前だ…スザク…」
「相手が名前を流したと云うのは、俺達が試されているんだろう…。その名前につられてホイホイ出てくるのか、それとも、状況把握をしながら行動するのか…」
周囲にいるメンバーたちがリーダーの判断を待つようにスザクに視線を向ける。
「カレン…お前、アッシュフォード学園に通っていたよな?」
「あ…ええ…。でも、最近はあまり行ってないけど…」
「一度学校へ行ってみてくれないか?確か、アッシュフォード家と云うのは、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの後見をしていた筈だ…。情報としては何も手に入らなくても、何か動きがあるかもしれない…」
「わ…解った…」
ここにいるメンバーはかの戦争で大切な存在を失っていたり、焼け出され、行き場のないままここに辿り着いたりとそれぞれの事情はさまざまである。
ただ、共通しているのは、このブリタニアの支配を受け入れる事が出来ない…と云う事だった。
「後、もうひとつ、試してみたい事がある…。うまくいけば、こちらの戦力はかなりのアップを見込める…」
ふと、スザクが複雑そうな表情を浮かべながら周囲の人間に提案した。
そして、その内容を小声で仲間たちに伝える。
「何言ってるの!危険すぎるわ!」
「でも、今のままではいずれ、飲み込まれる…。うまくいけば、相手に対するダメージは大きい…」
不敵にスザクが笑う。
今度の総督がどんな人物かは知らないが、戦争が終わって就任した臨時総督の傍若無人ぶりにはほとほと嫌気がさしていた。
差別社会の構築、名誉ブリタニア人制度、軍部によるゲットーを実機の演習場利用…数え上げたらきりがない。
植民地となると云う事の現実を彼らはブリタニアとの戦争に負けて以来、否応なく痛感し続けている。
スザク自身、自分の父親が分裂していた軍部の人間に暗殺され、リーダーを失った日本は、ブリタニアに無条件降伏をするしかなかった事実を否応なく受け入れるしかなかった。
今の方法が最善とは言えなくとも、それでも、いつか、何かの形で日本の為になる…そう信じて、今は、反ブリタニア組織のリーダーとして活動していた。
ただ…時々、一人で抱え込み、仲間たちの心配を誘う。
今のところはなんとか、危機を切り抜けてきているが、リーダーを失ったら、この今のグループも壊滅する。
スザクが日本最後の首相の遺児であると云う事だけでもリーダーとしての存在感が大きい。
それに加えて、彼の身体能力の高さ、判断力の速さなどは、今のこのグループにとって、何にも代えがたい存在である。
ただ…スザク自身に、その自覚が足りない…そう思えてしまう現状に、彼らの心配が募る。
今のところ、スザクに代わるリーダーがいないからだ。
「大丈夫だ…。必ずやり遂げて見せるから…」
どこから来るか解らない自信を周囲に見せつける。
この自信はこのグループのメンバーにとって、力強い存在であるが、彼一人に依存していると云う現実を浮き彫りにするものでもあった。
「とりあえず、カレン、実行に移す時には、君にも手伝ってもらう…。かなり危険なミッションになるとは思うが…」
「それは構わないけど…。本当に大丈夫なのね?」
「ああ…俺は絶対に失敗しない…」
―――トウキョウ租界政庁
ルルーシュはジェレミアから受け取ったシンジュクゲットーの地図を開いていた。
流石に荒れ果てていて、街の構造が複雑になり、解りにくい。
正直、この地図も、情報としては古いかもしれないと思うほど、このエリアに来てから、シンジュクゲットー内で小さな小競り合いが続いている。
シンジュクゲットー内にもさまざまな反体制組織があるらしく、ブリタニア軍が出撃して、あっさり壊滅させて、幹部もろとも根こそぎ捕縛できる場合もあれば、前線に出てくる一兵卒まできっちり引かせている組織もある。
今のところ、相手の力量を測っている状況ではあるが、考えていた以上に、組織の数だけはやたらと多い。
そして、恐らく、ヴィレッタからの報告にあった枢木首相の遺児、枢木スザクが統率しているグループはこの中には含まれていない…。
「確かに…一つ一つは小粒だが…これだけ数が多いと流石に面倒だな…」
そして、今のところ、本命のグループは一度も顔を出していない。
ルルーシュが就任すると云う情報を流して以来、何一つ情報を出していない状況を警戒しているのだろうか…。
だとしたら、今、ブリタニア軍と小競り合いをしているグループよりも遥かに厄介な相手であるといえる。
本当は、自分の名前を出せば、必ず、何らかのアクションを起こすと思っていたのだが、相手も首相の嫡子だけあってそれほど馬鹿ではないらしい。
「とりあえず、一度、このまま、ゲットーに潜り込んでみるか…」
まとまりのない抵抗組織など、モグラたたきの要領で出てきたら叩けばいい。
しかし、小さな情報程度では動き出さないようなグループである場合には、もっと大きな餌をばら撒かなければ顔を出す事はない。
一応、リーダーの名前と顔は解る。
しかし、それは相手も同じだろう。
首相の息子であると云うのなら、ブリタニアの第二皇子シュナイゼルの片腕である、ルルーシュの顔を知らないはずもない。
確かに表舞台には出た事はない。
しかし、軍事に携わる者、政治に携わる者であれば、顔と名前くらいは知っている…そのくらいの知名度はあると、ルルーシュ自身、自覚はしていた。
ルルーシュは不意にソファから立ち上がり、内線でジェレミアを呼びだした。
「何でしょうか?殿下…」
「これから、シンジュクゲットーへ行く。特派の人間をよこしてくれないか?」
「特派?また…なぜ特派を…」
ジェレミアが不思議そうにルルーシュに尋ねる。
「本当は、ジェレミアやヴィレッタ達が一緒に来ればいいのだろうが、恐らく、お前たちは奴らに顔が割れている。とすると、多分、顔を知られていないのは特派の連中だけだろ…」
あっけらかんとルルーシュが言うが、ジェレミアの方はルルーシュの申し出にあきれとも何とも言えない表情を浮かべる。
「しかし…特派の人間では…とても護衛には…」
「この間、ロイドが面白い人材をスカウトしたと言っていたからな…確か、私と年齢的には同じくらいらしい…」
「はぁ?あのアスプルンドがスカウトした人間など…」
「腕は確からしい…。今は、デヴァイサーとして使っているらしいし…。それに、同じくらいの年代なら、友達同士でゲットーに入り込んだ…と云う風にも見えるだろう?」
「しかし…」
ジェレミアはいつも、ルルーシュの心配をしてくれるのだが…時々、自分の感情で反対をしている事がある。
ルルーシュも長い付き合いの中で、そう云う時は解るようになっていて、今回は引く気は毛頭なかった。
「これ以上は議論はいらない。特派とその、ロイドが連れてきたと云うデヴァイサーを呼べ…」
「…イエス、ユア・ハイネス…」
呼ばれた特派のメンバーが入ってきた。
ロイド=アスプルンド、セシル=クルーミー、そして、ライと呼ばれた謎の少年…。
「これはこれは…お久しぶりですぅ〜ルルーシュ殿下…」
「相変わらずだな…ロイド…。とりあえず、お前のところの新人、今日は貸してくれ…」
「構いませんが…ちゃんと返してくださいねぇ…」
何とも独特な空気を醸し出しているロイドにルルーシュもどういう表情をしていいか解らない事がある。
「出来るだけ努力はする。戦闘の多いシンジュクゲットーだ…。きちんと約束は出来ない…」
「まぁ、僕は、ライ君を信じていますけれどねぇ…。彼のナイトメアの操縦も、生身での戦いに関しても、僕の眼には特別なものを感じてますからぁ…」
「そうか…」
そうルルーシュが答えると、ライと呼ばれた少年の方を向いた。
「私はエリア11の総督に就任したルルーシュ=ヴィ=ブリタニアだ。よろしく頼む…」
「ライです…。こちらこそ、精一杯、殿下をお守り…」
「堅苦しい挨拶はいらない。それに、ゲットーでは私が総督であるとばれる訳にはいかない。ゲットーから帰るまで、私の事はルルーシュで構わない…。いや、そう呼んでくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス…」
「それもなしだ…」
ルルーシュは笑いながらライに右手を差し出した。
その時…不意に緊急アラートが鳴り響いた。
「何事だ?」
「おい!何があった?」
ジェレミアが政庁の管制室にオープンチャンネルで怒鳴りつけた。
『も…申し訳ありません…ナイトメアフレームの格納庫に不審者が侵入…。そして…その…』
歯切れの悪い返事が返ってくる。
「一体どうした?」
『特派で開発していた第七世代ナイトメアフレームが…奪取されました!』
「なに?」
「えぇぇぇぇぇぇ…僕のランスロット…」
ジェレミアとロイドが同時に叫ぶ。
「どうしてそんなところまで不審者が侵入できる!?」
「とにかく…今はランスロットを追いかけて取り戻すなり、破壊するなりしないと…」
ずっと黙っていたライと云う少年がルルーシュに進言する。
「解っている!ジェレミア!」
「イエス、ユア・ハイネス!」
一気に政庁が慌ただしくなる。
「ルルーシュ殿下…僕に一機、ナイトメアをお貸し頂けませんか?」
「何?お前はナイトメアを操縦できるのか?」
「はい…特派ではデヴァイサーをしていました…あのランスロットの…」
「そうか…なら、グロースターを一機貸そう…何としても、奴らの手に渡すな!」
「イエス、ユア・ハイネス…」
「ロイド、格納庫で事情を説明して、彼にナイトメアを用意しろ!」
「わ…解りました…ライ君…ちゃんと、無事、取り戻してきてねぇ…」
泣きそうになりながらロイドがライに頼みつつ、執務室を出て行った。
「セシル!私はこれからゲットーへ行く…。恐らく、あのナイトメアを奪取したのはあの、調査書にあったグループの人間と見て間違いないからな…」
「え?しかし…」
「このままやられっぱなしと云う訳にもいかない!それに、シンジュクゲットーのテロリストの連中のほとんどは私の顔を知らない…」
「ほとんど?」
セシルが聞き返すとルルーシュが不敵な笑みを浮かべている。
「私の顔を知っているとしたら、あの、枢木スザクのグループくらいだろう…。そこらのただ、集まっただけのテロリストでは私の顔を知る事は出来ない。しかし、枢木首相の遺児ともなれば…私の顔を知っているだろうからな…」
ルルーシュの言っている事の意味がよく解らないと云う表情でセシルは聞いていた。
「とにかく…あの、枢木スザクのグループのアジトが解ればシンジュクゲットーでの戦いもしやすくなる。ランスロットと云ったか?あのナイトメア…あんなに目立つ機体だ…見つけるのは造作もないだろう…」
そう云いながら、セシルを促し、セシルと共に装甲車に乗ってシンジュクゲットーへ向かった。
シンジュクゲットーの中は、考えていたほどの騒ぎがなかった。
よほどの実力差なのか、ランスロットを追撃していたナイトメアも殆ど見当たらない。
「セシル…ここからは歩く…」
「え?危険です!」
「大丈夫だ…思っていたほどの騒ぎはないようだ。それに、最初からシンジュクゲットーを見に来るつもりでいた。予定は狂ったが、これはこれでいい…」
そういって、ルルーシュが装甲車を降りた。
破壊されつくされている街…。
戦争の後だと言われてしまえばそれまでだが…終戦後、あっという間に復興した租界と比べると…
このような状況であるのなら、テロが起きてもある意味仕方ないのかもしれない。
元々は、ここも、平和で、豊かな街であったのだろうから…。
戦争の中、家族を失ったものも、家を失ったものも多いはず…。
「これが…エリア11の現実…と云う事か…」
ルルーシュはその場に立ち尽くしてその姿を見つめる。
ブリタニアがそう云う国であるとはいえ、これから自分が総督としてエリア11を治めて行かなければならない。
そして、エリア11の現実を今、その眼で見ているのだ。
これまで、ルルーシュの戦略によって植民地にしてきたエリアも、こんな状況に置かれているのかと思うと、気持ちが沈むが、それでも、ルルーシュはその事実よりも守らなくてはならない存在があった。
「僕には…守らなくてはならない存在がいる…」
一人、その一言を口にした。
―――ガサッ…
物音にルルーシュが振り返る…。
そこには…ルルーシュと同じくらいの年頃の少年が立っていた。
―――枢木スザク!?
―――ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア!?
ブリタニアの皇子にして、エリア11の総督であるルルーシュと、日本最後の首相の嫡子にして、テロリストグループのリーダーである枢木スザクの出会いであった…
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