皇子とレジスタンス



エリア11

―――エリア11シンジュクゲットー
日本がエリア11と名前を変えてから、エリア11の重要施設が配置されているトウキョウ租界から一番近いゲットーで、トウキョウ租界で、一番気になるテロリストたちが潜伏する町…。
ナリタには『日本解放戦線』という、旧日本軍の流れを持つ、エリア11最大の反ブリタニアの勢力組織が存在している。
「おい!スザク…近いうちにブリタニアからエリア11の総督が来るらしいぜ…」
テロリストのメンバーの一人が、そのグループのリーダーらしき少年に報告する。
「そうか…まぁ、臨時の総督もお役御免って事か…。どんな奴が来るんだか…」
「扇さんの話だと、なんか、ブリタニアの皇子が来るって…」
少女の言葉に『スザク』と呼ばれた少年が、眉を動かした。
「皇子?まさか…第二皇子か?」
テロリストにとって、ブリタニア帝国宰相、第二皇子シュナイゼルがこの時期に来る事は好ましくないと考えている。
敗戦後、臨時の総督が着任していたが、今度来るのは、正式にこのエリアを統括する為に就任する総督である。
シュナイゼルが来たら、今、エリア11で活動している反ブリタニアの勢力が一掃されてしまうだろう。
「いえ…シュナイゼルの軍の作戦指揮を務めていたって云う…第11皇子…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアとかいう皇子よ…」
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…名前は知っている…。これまでの、シュナイゼルの戦役で決して表舞台には出てこなかったが、この皇子の働きなくして、ここまでの功績は挙げられなかったって言う…」
「流石スザクだな…いろいろ知ってるな…」
ともに会話をしている男の発言にスザクは少々苦笑する。
これでも、旧日本の最後の首相の息子である。
「シュナイゼルの片腕…って事?それって…」
「ああ、今のこのエリア11の状況を見て、シュナイゼルが送ってきたんだろう…。それに、俺も、彼の話は何度となく聞いている。親父が、俺と同じ年の皇子で、恐るべき知略で戦果をあげていると云う話を何度かしてくれた」
スザクの一言でその場にいたテロリストたちが息をのむ。
「しっかし…15で…総督…ねぇ…」
スザクの隣にいた少女が感心したのか、呆れたのか、そんな言葉を発した。

―――ナリタ空港
ルルーシュは飛行機から降り立ち、VIP専用の出口から空港を出た。
「ジェレミア、先行したヴィレッタからの報告書をもう一度目を通したい…。資料を出してくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス」
リムジンの中でのやり取り…。
不安を抱えてはいるものの、この場で不安な顔をしている訳にはいかない。
「殿下…これが、トウキョウ租界と現在、テロ活動の激しいシンジュクゲットーの資料です。数日前に届いたヴィレッタからの報告です。」
そう云って、ジェレミアはルルーシュにプリントアウトされた資料を渡す。
かなり膨大な量たと思った。
ブリタニアを発つ前、この資料を送ってきた1週間前にも資料が送られている。
それほど、エリア11での地下活動が頻繁であると示している事になる。
「この、シンジュクゲットーでのテロ活動を抑えてしまえば、おそらく…このテロ地帯である、エリア11のテロも激減するな…」
「は?」
「キューエルとヴィレッタの資料を見比べると、そう感じる。ただ…このシンジュクの連中と『日本解放戦線』と合流されると面倒な話になりそうだが…」
資料を見ていると、最初にテロ活動で戦果をあげたのはシンジュクゲットーでのグループで、その後に追随して他の地域でのテロが広がっている事が解る。
「殿下…まずは…シンジュク…ですか?」
「まぁ、そう考えるのが妥当だろう。とりあえず、一度は、試してみよう…。恐らく、私が就任すると云う情報は3日ほど前に流れている筈だ…」
「まさか…殿下がこのエリアに来る事をイレヴンにリークしたのですか?」
「ああ、私の名前も含めて…な…」
不敵な笑いを見せながらジェレミアに返した。
ジェレミアの方は…『まったく…この方は無茶ばかりなさる…』と云う表情で、ルルーシュを見る。
「殿下…あまり無茶をなさらないでください…。あなた様はまだ、ご自身の騎士もお持ちではない事を自覚して頂かないと…」
「まぁ、仕方なかったんだよ…。異母兄上、特派を私につけてくれたが、デヴァイサーもいないようなナイトメアを預けられてもな…」
ため息をつきながら資料に目を通す。
「確かに…どうしますか?特派は…」
「まぁ、デヴァイサーを探す協力だけはしてやってくれ…。もし、動かせるパイロットが出てくれば、私たちにとって利に働くだろう…」
「…イエス、ユア・ハイネス…」
「ん?何か、気にかかる事でもあるのか?」
ジェレミアの様子の変化にルルーシュが顔を上げた。
「あ…いえ、私の個人的な話ですので…」
「?そうか…」
そう云いながらルルーシュは再び資料に目をやる。

程なくして、トウキョウ租界の政庁に到着した。
「ルルーシュ殿下、エリア11への就任、おめでとうございます。これから、簡単ではありますが、歓迎の宴などを…」
到着した途端に、政庁で現場を仕切っているであろう中年の男が声をかけてきた。
「歓迎の宴などはいらない…。私は皇子とはいえ、そこまでして貰えるだけの立場でもない。宴をしたければ、お前たちだけでやれ…」
その一言を残し、政庁の案内をして欲しいと告げ、執務室へ向かう。
「ジェレミア、エリア11に先行していたものを集めてくれ…これからの事を話したい…」
「イエス、ユア・ハイネス」
ルルーシュは歓迎の宴の準備をし、仰々しく出迎え準備をしていた政庁の職員をその場に残してジェレミアと共にさっさと政庁の庁舎内に入って行った。
執務室に入り、中央に置いてあるソファセットで主だった者たちを集めて話し合いを始めた。
「とりあえず、ヴィレッタ、キューエル、その眼でこのエリアを見てどう感じた?」
「はい、無条件降伏と云った割に、テロリストたちの戦力はあまりに強すぎます。恐らく、消耗し過ぎない程度に戦って、降伏した…と云って問題はないでしょう」 ヴィレッタが最初に話し始めた。
「しかし、実際にそれだけの戦力を活かしながら抵抗活動が出来ているのは、シンジュクゲットーのグループだけのように見えます。私は地方のゲットーなどの反ブリタニア勢力を見ていますが、纏まりはありませんし、指揮官すらいないようなグループもありました」
キューエルが今まで集めてきた資料と写真をルルーシュの前に差し出した。
「なるほど…。ヴィレッタ、シンジュクのグループの事は解るか?」
「なかなか、情報が出てこなかったのですが…ただ…リーダーの正体だけは…ほぼ間違いないという情報が入っています。」
「そうか…で、それは誰だ?」
少し、ヴィレッタはいいにくそうに言葉を発した。
よほど、厄介な相手なのだろうか…
「枢木スザク…旧日本最後の首相、枢木ゲンブの嫡子です…」

ヴィレッタの言葉に何と答えていいのか解らないと云った表情でルルーシュは黙り込む。
「……確かに…厄介だな…。日本解放戦線とは合流させたくないな…」
今まで読んだ資料の中で日本解放戦線には『厳島の奇跡』の立役者、藤堂鏡志郎がいるとあった。
確かに、この二人を合流させてしまったら、抵抗勢力の士気は上がるだろう。
戦いの中で必要なものは色々あるが、その中で厄介なものは、敵の士気の高さであるとルルーシュは思っている。
圧倒的な戦力差を見せつけても、萎えない闘志を一掃するのは、ひどく骨の折れる話である。
「とりあえず、私がこのエリア11に到着した事は彼らも知るところとなっている。放っておいても、何かしらのアクションは起きる…」
ルルーシュが極めて冷静に分析し、言葉にする。
この時のルルーシュは『黒の死神』の顔となっていた。
表舞台には殆ど登場する事はないが、ブリタニア帝国宰相である第二皇子シュナイゼルの片腕としては名を知られていた。
そして、ルルーシュが作戦指揮を執った時の華麗なる戦略に畏怖と敬意の念の込められたルルーシュに対する呼び名…。
敵将ですら、ルルーシュの戦略には舌を巻く。
まだ、15歳の少年であると云う事を知ると、更に驚愕する。
「となると、租界とゲットーの出入口の警戒は強めましょう。租界を奴らの戦場にする訳にはいきません」
「出来れば、ゲットーでも、人の住んでいない地域での戦闘を望みたいがな…。ブリタニア人であれ、イレヴンであれ、犠牲が少ないに越したことはない…」
『黒の死神』などと呼ばれるルルーシュの本質はこれである。
幼いころから戦場を見続けてきて、嫌と云うほど、人からの恨みを買ってきた。
弾圧を加えれば、自分にその火の粉がかかる事を熟知している。
「出来るだけ、戦闘は広い場所を選べ…。変に反抗心を植え付けるような真似はするな!」
「「「イエス、ユア・ハイネス」」」

執務室から出て、自分の居住区に向かう。
「殿下、明日までにはゲットーの詳しい地図を用意いたします。」
「ああ…。後、その地図が手に入ったら、一度、ゲットーの中を見てみたい…」
ルルーシュの言葉にジェレミアが血相を変えた。
「な…何を仰っているのです!先程の話でも、シンジュクゲットーがテロリストの勢力が強い事は話をしていたではありませんか…」
「ああ、そうだったな…」
血相を変えているジェレミアとは裏腹にルルーシュはサラッと答えた。
「そんなことは、ヴィレッタやキューエル達に…」
「彼らを信じてはいるが、やはり、自分の目で確かめて、どういう状況なのかを把握したい。云うだろ?百聞は一見にしかず…と…。それに、時々、ゲットーに入り込む学生がいるらしいじゃないか…」
ルルーシュのそんな言葉にジェレミアは頭を抱える。
いつもの事ではあるが、今回は、シュナイゼルもコーネリアもいないのだ。
彼を止められる人間もいなければ、十分な護衛なしでも無事で済ませて貰えるほどの後見がない。
「ジェレミア…お前の心配は解る。しかし、私はもう、異母兄上や異母姉上に甘えている訳にはいかないのだ。それに、自分の目で確かめてから、戦略を考えたいしな…」
「……」
「心配しなくても、こんな恰好で行く気はないよ…」

今のルルーシュの恰好は完全に総督であり、皇子であると周囲に知らせる為のような格好だ。
「アッシュフォード家がこの近くで学園を営んでいると聞いている。ミレイ嬢を呼んで、男子用の制服を用意して貰ってくれないか?」
「……私が嫌だと言っても、ご自身で連絡を取って準備をなさる気なのでしょう…?」
やれやれと云った表情でジェレミアがルルーシュを見た。
「ふっ…よく解っているじゃないか…さすがジェレミアだな…」
「解りました。すぐにでもアッシュフォード家に連絡を入れましょう…」
おでこに手を当てながらジェレミアは自分の携帯電話を出して、政庁の職員と連絡を取る。
そして、数分のやり取りがなされてジェレミアが電話を切った。
「ただ今、アッシュフォード家に連絡を入れています。そして、その時に殿下の為の男子用の制服をもたせるように言ってあります。」
「解った。なら、私の私室でいい…。ミレイ嬢が来たらすぐに通してくれ…」
「イエス、ユア・ハイネス…」

30分後…
ルルーシュの私室の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ…」
「ご無沙汰しております…ルルーシュ殿下…」
そこにはセミロングの金髪の少女が立っていた。
「おいおい…今は私と君しかいない…。昔のように話してくれて構わない…」
ルルーシュはやや苦笑しながらその少女に向かって言う。
「ごめん…ルルーシュ…。久しぶり…」
「ああ、すまなかったな…ミレイ…いきなり用を頼んだりして…」
「何を言っているの…水臭い…」
ルルーシュはミレイと呼ばれた少女にソファにかける様に促す。
「こんな制服なんて…一体どうするの?」
「ああ、ゲットーを見に行こうと…」
「え?よくジェレミア卿が許したわね…」
「まぁ、いい顔はされなかったけれどな…。それより、アッシュフォード家の者たちはみんな、息災にしているのか?」
懐かしそうにルルーシュがミレイに尋ねる。
「ええ、とっても元気よ…。おじい様もあなたがちゃんと、身を立てている事を喜んでいるわ…」
「そうか…」
ほっとしたようにルルーシュは息を吐いた。
「母が死んでから…アッシュフォード家にも迷惑をかけた…」
やや、声のトーンが落ちて、ルルーシュはミレイに頭を下げる。
「やだ…何言っているの…。あなたの活躍のおかげでアッシュフォード家への風当たりは殆どないわ…。むしろ、私たちの方があなたたちの後見が全くできていない事を謝らなくては…」
ミレイは慌ててルルーシュに頭をあげる様に促す。
曲がりなりにもルルーシュは皇子で、ミレイは伯爵家の息女に過ぎない。
本当なら、こんな口のきき方だって出来ないはずの相手なのだ。
「これから…色々、アッシュフォードには力を貸してもらう事になる…」
「ええ…それは勿論、アッシュフォード家もあなたへの尽力は惜しまないわ…」
「こんなに混乱地域だから、無理な事を云うかもしれないが…よろしく頼む…」
そう云って、ルルーシュは再びミレイに頭を下げた。
そして、ミレイは皇族に対して最大級の敬意を払う仕草をしながらルルーシュに答える。
「イエス、ユア・ハイネス…」

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