ルルーシュの母…マリアンヌ皇妃がある日突然、殺された。
たまたま、その日、ルルーシュはアリエスの離宮を離れていた。
その時、アリエスの離宮にいたのは、母マリアンヌとナナリー、そして、マリアンヌ付きの護衛、数人だった。
しかし、その護衛達の目を掻い潜って、何者かが、機関銃を乱射し、母は死亡、ナナリーはその時のショックと後遺症で、目と足が不自由になった。
「は…母上…」
母の遺体を目の前に呆然としているルルーシュに声をかけてきたのは、ルルーシュの異母兄であり、ブリタニアの第二皇子、シュナイゼルだった。
「ルルーシュ…大丈夫かい?」
「あ…異母兄上…」
シュナイゼルの表情も冴えない。
マリアンヌ皇妃は庶民の出ではあったが、人望が厚く、帝国民からの支持も高かった。
父である皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアには、数多くの妻がいた。
その妻同士の間では、マリアンヌは決して、好意的に見られていた訳ではなかった。
ただ、皇子や皇女の中にはマリアンヌに憧れるものも多く、皇子や皇女たちにはとても好かれていた皇妃であった。
魑魅魍魎の住まうこの王宮内での出来事だ。
決して、あり得ない話ではなかったが、それでも、こんな、王宮内の白昼堂々、マリアンヌに対して、銃弾を降らせた者がいたのだ。
「僕…僕は…」
震えながらルルーシュが言葉を発しようとしていた。
しかし、うまく言葉を紡ぐ事が出来ずにいた。
いつも優しく笑いかけてくれていた母…。
優秀な異母兄姉達からも慕われていた母…。
「ルルーシュ…大丈夫だ…。私がお前とナナリーを守ろう…。大切な弟妹だ。決して悪いようにはしないよ…」
優しい異母兄の一言に、涙があふれ出てきた。
しかし、その異母兄の優しさにいつまでも甘えてはいられないだろう。
自分たち兄妹を守ってくれた母がいなくなった今、自分がナナリーと自分の身を守らなくてはならない。
マリアンヌの遺児であると云うだけで、殺される理由は十分にある。
そう考えついた時…ルルーシュはぐっと涙をぬぐって、まっすぐにシュナイゼルの目を見た。
「異母兄上…お願いがあります。」
「なんだい?ルルーシュ…」
ルルーシュの表情の変化に気がついたシュナイゼルがルルーシュの瞳を見つめ返す。
「僕…いえ、私を、シュナイゼル異母兄上の軍に入れてください!」
意を決したように、ルルーシュはシュナイゼルに頭を下げる。
まだ、10歳の子供が、年の離れた異母兄に対して、初めて頼みごとをした日であった。
―――5年後…
ルルーシュは本来の頭の回転の速さ、読みの正確さを発揮して、シュナイゼルの片腕ともいえる作戦指揮を執っていた。
「ルルーシュ…今度の戦いもルルーシュのおかげで、我が軍の犠牲が最小限に抑える事が出来たよ…」
「ありがとうございます。」
恭しくシュナイゼルに頭を下げる。
シュナイゼルに軍に入りたいと云ってから、5年が経つ。
「ルルーシュ…そろそろ、シュナイゼル異母兄上の軍から独立をしてもいいんじゃないか?」
そう云ってきたのは、ずっと、シュナイゼルの軍で、ナイトメアフレームで敵を蹴散らしてきた、異母姉のコーネリアだった。
「いえ…私にはまだ…」
ルルーシュ自身、出世が望みだった訳じゃない。
ルルーシュ自身と、妹のナナリーの事を守れるだけの立場と地位を得られれば良かった。
あまり、目立つ地位につくと、自分の命を狙われる可能性も高くなる。
目も足も不自由なナナリーを一人残して、死ぬ訳にはいかないのだ。
ナナリーを守れるのはルルーシュだけなのだから…。
「いや、ルルーシュ、それは私も考えていた事なのだよ…。今度の戦いで、日本が我々の植民エリアとなった。このエリア11の総督に…君を推薦しようと思っているのだよ…」
「エリア11…しかし、それは、クロヴィス異母兄上が行くはずでは…」
「クロヴィスは優しすぎる…。あんなテロばかりの地では、奴の精神がもたないだろう…」
コーネリアの云う事ももっともだ。
異母兄のクロヴィスの母は身分の事にうるさい、ルルーシュはあまり好きになれない女性ではあったが、その息子のクロヴィスは誰に似たのかは知らないが、芸術を好み、身分の低い母から生まれたルルーシュやナナリーにも気遣いを怠らない、優しい異母兄であった。
「私なら…大丈夫だと…?」
「少なくとも、クロヴィスよりは統治者としての器はあると、私は思っているがな…」
「私も、ルルーシュに任せたいと思っているよ…」
コーネリアもシュナイゼルも、ルルーシュを疎ましい訳ではなく、ルルーシュの力量を見込んで、こうして言ってくれている事は解る。
5年もの間、この二人の下で働いてきたのだ。
「しかし…エリア11…あそこにナナリーを連れて行く訳には…」
ルルーシュが言いにくそうに二人に云う。
エリア11…旧日本…。
戦争が終わったばかりとは言え、あまりに反抗勢力の力が残り過ぎている。
総督になるとなれば、確実に命を狙われる。
そして、そんな危険な場所にナナリーを連れてはいけない。
ルルーシュには、生きる為の理由がある。
いや、生きねばならない理由がある。
だから躊躇してしまう。
戦地に赴いてるのだから、いつ命を落としてもおかしくはないけれど、それでも、戦闘中に、しっかり功績を残しておけば、ナナリーの後見となってくれる貴族も出てくるかもしれない。
しかし、総督になってナンバーズに殺されたとなれば、完全な総督の失態となって、ナナリーの立場は決して良い状態に保たれる事はない。
「ナナリーの事なら心配はいらない。お前がエリア11にいる間は、ユフィと一緒に暮らせるようにはからってやる。それに…お前の戦略が必要な地域なのだ…エリア11とは…」
コーネリアがルルーシュの心中を察したのが、口を出した。
コーネリアも、母は貴族出身であるが、そんな後見に頼らないでも済むだけの力を手に入れて、妹姫ユーフェミアを守る為に軍人になった。
「…解りました。エリア11の総督の任…謹んでお受けいたします。」
統治の難しいエリア…そう云ったところを任される程、ルルーシュはこの二人の異母兄姉に信頼されている。
しかし、たった一人の家族から離れる事は、やはり、好ましいとは言えず、引き受けたものの、暗い顔を隠せなかった。
「ルルーシュ…頼んだよ…。必要な時には、私もコーネリアも、エリア11に行くから…」
「解りました。異母兄上…。異母姉上、ナナリーの事、くれぐれもよろしく頼みます。」
その一言を残し、ルルーシュはシュナイゼルの執務室から出た。
自分の執務室に戻ると、ジェレミアが控えていた。
「ジェレミア…今度、私はエリア11の総督の任に就く。お前も一緒に来い!」
「殿下が、エリア11に…」
「ああ、きっと、お前のナイトメアの力も借りなければならなくなる。頼むぞ…」
「イエス、ユア・ハイネス」
ルルーシュは見知らぬエリア11と云う場所の事を調べるべく、自分のデスクのパソコンを開いた。
すると、降伏して、まだ半年ほどであるが、さまざまなところで、小競り合いが続いているらしい。
「ふん…どこの狸の入れ知恵でこれだけのテロリストたちの戦力を残して、降伏なんかしたんだか…」
パソコンから得られる情報には、植民エリアになった割には、そこら中でテロ活動が頻発している。
読めば読むほど、このテロリストのバックアップとなっている存在の大きさを思わせる。
確かに、日本は世界最大のサクラダイト産出国だ。
サクラダイトの採掘権が日本人の手に残っている限りは、彼らに余力は十分にあると云う事になる。
日本との戦争で初めて実戦配備されたナイトメアフレームだって、サクラダイトを遣っている兵器だ。
「さて…どうしたものかな…」
パソコンの資料にある、エリア11のテロ活動の拠点を調べる。
確かに、こんなところに放り込まれたら、クロヴィスでは精神的に壊されてしまうだろう。
もともと、戦いなどを好まず、そして、彼の性格からみても、決して向いていない。
「異母兄上たちが心配されるのも解るな…」
自嘲めいて一言こぼれる。
仕事が終わり、アリエスの離宮のナナリーの元へ向かう。
ルルーシュがエリア11の総督になる事を、どう説明するべきだろうか、頭を悩ませている。
ルルーシュもナナリーと離れて暮らした事はないし、ナナリーもルルーシュと離れて暮らしたことなどない。
「ナナリー…」
ノックをしながら声をかけた。
「お兄様?お帰りなさい…」
その声を聞いて、ナナリーの部屋に入っていく。
「あら、おかえりなさい、ルルーシュ…」
「ユフィもいたのか…」
ある意味ちょうどいいかもしれない。
これからの事を、ユーフェミアに直接頼みたかったし、話もしたかった。
「ナナリー…ユフィ…僕は…」
ルルーシュはこの二人の前でだけ、かつての一人称に戻る。
この二人には気を許しているからだ。
「ルルーシュ?」
ユーフェミアが首をかしげる。
部屋に入ってきた時から、何だか様子がおかしいとは気づいていたが…
「僕は…今度、エリア11の総督になる事になった…」
「「え?」」
二人が同時に驚いた声を出した。
「ユフィ…僕がエリア11にいる間、君にナナリーの事を頼みたい…。いいかな?」
「そ…それはいいですけれど…大丈夫なのですか?エリア11って…」
コーネリアから話を聞いていたのだろう。
危険なところだと云う認識はあったようだ。
「大丈夫だよ…。ユフィは僕がそんなに弱そうに見えるのか?」
本心とは裏腹な言葉を放つが、不安がないと云ったらウソになる。
「お兄様…エリア11って?今度、植民エリアになった日本の事ですよね?ニュースでもテロがたくさん起きているって言っていましたけれど…」
「大丈夫だよ…ナナリー…。僕を信じて…」
「ルルーシュ…」
浮かないルルーシュの顔色を見て、ユーフェミアも心配そうにルルーシュの名前を呼ぶ。
「大丈夫だよ…二人とも…。僕の事は心配いらない…」
ルルーシュは二人に対して精いっぱいの笑顔を見せた。
その時の心情で、出来るだけ心配をかけないようにとの…そんな笑顔を…。
―――半月後…
いよいよ、ルルーシュが日本へ経つ日が来た。
「ルルーシュ…危険だと思ったら、すぐに私たちを呼ぶんだよ…いいね?」
「はい…解っています、異母兄上…」
「ナナリーの事は私とユフィがちゃんと守る。だから…安心して行って来い。お前の危機が及ぶ時には私もギルフォード達とエリア11に行くからな…」
「ありがとうございます、異母姉上…」
あまり仰々しい見送りは御免被りたかったので、見送りはシュナイゼル、コーネリア、クロヴィス、ユーフェミア、ナナリーだけにして貰った。
「クロヴィス異母兄上、また、ナナリーに異母兄上の音楽を聴かせてやってください。ナナリーはあなたの音楽が好きなので…」
「ああ、解っているよ…ルルーシュ…。私も、時間が出来たら、君に会いに行くよ…。あと、これを…」
そして差し出されたのは、マリアンヌ、ナナリー、そして、ルルーシュが3人並んでいる油絵だった。
「異母兄上…ありがとうございます。」
素直な笑顔でその絵を見ながら、クロヴィスに礼を言う。
「では、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア、エリア11の総督として、エリア11に行って参ります。」
その一言だけを残し、ルルーシュは飛行機の搭乗口に入っていく。
ナナリーもユーフェミアも泣いてしまっていて、会話が出来る状態でもなかった。
本当は、きちんと話をしたかったのだが…。
ルルーシュは、意を決して飛行機に乗り込んだ。
テロの頻発する、エリア11へ…
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