蜃気楼でカレンとスザクが相撃ちとなった場所に飛んでいく。
既に紅蓮の一番近くで戦っていた千葉の隊が周囲に警戒網を敷いていた。
「千葉…紅蓮と白兜は?」
「パイロットの二人は収容できている。ラクシャータを呼んでくれ…。多分、今なら2機とも回収できる」
千葉の言葉を聞いて、早速ラクシャータのグループを呼び寄せた。
ラクシャータ自身は、激しい戦闘の後で、周囲はかなりの警戒網を張っていると云うのに、かなり嬉しそうである。
「ゼロ…このまま、この機体も貰っちゃってい~い?」
「ああ、好きにしろ…とりあえず、パイロットも命は助かっているらしいから…枢木スザクが回復したらお前に預けよう…」
「あ〜ら…それはそれは…。あのプリン伯爵…悲しむでしょうねぇ…」
相変わらず間延びした口調でラクシャータが上機嫌に話しながら、2機のナイトメアの回収作業をしている。
「千葉は、ラクシャータの回収作業が済むまで、あたりの警戒網を緩めるな…。パイロットの二人はすぐに医療部へ連れて行け。私がお前の隊の外側でブリタニア軍の動きを監視する」
「承知…」
その一言を残し、蜃気楼で飛び立った。
ランスロットが撃墜された事によって、かなりの混乱が生じているようだ。
トリスタンが撤退命令を出している。
「黒の騎士団全軍に告ぐ!深追いする必要はない!一時撤退!」
蜃気楼から全軍に告げる撤退命令…。
どちらもエースパイロットを欠いた状態で戦えば、確実に不毛な消耗戦となる。
物理的にはブリタニアの正規軍にかなう筈もなく、消耗戦に持ち込まれれば黒の騎士団の方が不利である。
「警戒態勢は厳に!両軍、かなりの混乱状態だ!両軍が完全に撤退できるまでは警戒を怠るな!」
蜃気楼で最前線の部隊のところまで飛んで行き、指示を出している。
『キングが動かなければ、部下は着いてこない…』
ルルーシュの持論で、危機的状態になったら、自ら前線に飛び出す事も多くなっている。
その度に、C.C.、ディートハルト、カレンには叱責されるが…。
『弱いくせに、大将自ら最前線に出て行ってどうする!総大将が消えれば、軍そのものが壊滅する!自覚しろ!』
と…。
確かに、ブラックリベリオンの時にはルルーシュが捕縛された事で黒の騎士団は壊滅状態となった。
斑鳩に戻り、医療部に入る。
「紅月カレンの容体は?」
「何箇所か、骨折がありますが、脳波にも内臓にも問題はないようです。ただ…暫くは休養が必要でしょうが…」
「そうか…では、枢木スザクは?」
「紅月カレン程の怪我はないようです。ただ、頭を強く打ったようで、出血が多かったようですが、それも、止血の処置を施し、今は眠っています。脳波にも、これと云った問題はありません」
医療班のスタッフたちの言葉に小さくほっと息をつく。
こんな形でスザクが自分の手元に来る事になろうとは…。
黒の騎士団ではあまり捕虜と云うものを確保した事はない。
ただ、相手がナイトオブセブンともなれば、ブリタニア軍の判断も気になる。
式根島の時のように、スザクを囮として殺す…と云う訳にもいかないだろう。
少なくとも、このあたりで戦っている軍部の連中では、そんな事は出来ない筈だ。
それよりも、ブリタニア皇帝がどう判断するかにかかってくる。
「あいつは…捨て駒として扱われていたとしても、軍の命令なら受け入れてしまうからな…本当に扱いにくい…」
半分ため息交じりに呟いてしまう。
そう云いながら、スザクが収容された部屋に赴く。
まだ、眠っているだろうが、取引材料になるかもしれない相手だ。
丁重に扱わなければならないし、あの体力バカの事だ。
普通の人間よりも回復は早い筈だ。
ゼロとして、話したい事も、聞きたい事もある。
部屋の前のロックシステムに自分の指紋を当てる。
その瞬間にシャッと音を響かせながらその部屋の入り口が開く。
「様子はどうだ?」
「あ、ゼロ…だいぶ眠りが浅くなってきている。何か、寝言と云うか、うわごとみたいな事を時々呟いている。何を言っているのかは、よく解らないが…」
その場にいた副指令の扇が報告する。
確かに、本当に眠っているだけのような雰囲気である。
幼い頃にも、ゼロの正体を知られる前にもみた事のないような寝顔…。
何かに苦しんでいるような、悲しんでいるような寝顔である。
そして、恐らくゼロに向けてのものだろうが、憎しみの色もにじんでいる。
「扇、戻って、周囲の警戒を続けてくれ…。ここは私が見る。こいつが目覚めたら聞きたい事もあるからな…」
「ああ…でも、相手は枢木スザクだぞ?大丈夫か?」
「こいつとて、ナイトオブラウンズになっているんだ…。そう、浅はかな行動はとらないだろう…。念の為に、扉の外に、救急医療班と警備班と配置してくれ…」
「了解…」
その一言を残し、扇は部屋の外に出ていく。
「スザク…」
仮面を外す事も、手袋を外す事も出来ないが、その声には、慈愛の色が見え隠れしている。
ずっと、大切に思ってきた幼馴染の親友…。
共に闘えたら…そう思って、悔しさに叫び、悲しさに泣いた事が何度あった事だろうか…。
共に闘う事が出来なくても、ここにいれば、ルルーシュと、敵対して戦闘を行う事は出来ない。
心は敵のままでも、スザクへの攻撃命令を出さずに済む。
「…ん…」
スザクの瞼が動いた。
医療班スタッフの予想よりはるかに早い目覚めである。
「僕は…ここは…っ…」
頭の激痛に顔をしかめる。
そして、腰のあたりに拘束具が付いており、動く事が出来ない事に気がつく。
着ているものもパイロットスーツではなく、病院の患者が着るような白い薄い衣服を着せられていた。
「気がついたか…枢木スザク…」
「!!」
「そう警戒する必要はない。捕虜の扱いは国際法に則っている。」
「ゼロ…」
「どこまで覚えている?」
「……」
スザクが敵意をむき出しにしてゼロを睨んでいる。
仮面の所為で表情は見えていない筈だ。
ルルーシュ自身は、仮面の下で安堵の色を示していた。
「まぁ、気を失う前の記憶は残っているようだな…。一応、こちらとしても、黒の騎士団の旗艦に君を乗せているのでな…ある程度の拘束はご容赦願おうか…」
高慢な態度で接している。スザクの敵意を煽るかのように…。
「でも、大人しくしていてくれるのであれば、その拘束具は外すようにしよう。まぁ、この部屋から出られるとは思わないがな…。監視カメラもあるし、外にはきちんと武装警備班がついているしな…」
「僕を…どうするつもりだ?」
低い声でゼロに問う声…。
「やっと、君の意思で話をしてくれたな…。まぁ、悪いようにはしないさ…。ただ、この戦闘が終わるまでは大人しくして貰えると助かるがね…」
スザクを見下ろすように横柄な態度で話を続ける。
「…ルルーシュ…」
低く、小さな声ではあるが、はっきりとした声でスザクがゼロに呼び掛ける。
「今更…ゼロとして話す事もないだろう?僕は、君がブラックリベリオンの時の君だと云う事を知っている…」
「…ルルーシュ=ランペルージと、ゼロは…別物だ…」
そう一言答えると、その場を立ち去ろうとする。
「待て!僕は…君に聞きたい事がある!確かめたい事も!」
「私にはないな…とりあえず、ブリタニア軍については聞きたい事はたくさんあるがな…。これまで、君には随分手こずらされてきた事だし…色々と礼、も、したいしな…」
皮肉交じりのその台詞…そんな態度しか取れないルルーシュは自分自身が凄く悲しかった。
今の立場はそうするしかないのだから…
「僕は軍の事は喋らない…。君にとっては利用価値もないだろう…。人質としての価値は皆無に等しい…。それは、君が一番よく知っている事だろう?」
「……ああ…知っているよ…。よく…」
「なら、僕を殺すかい?少なくとも、黒の騎士団の利になる事は絶対にしない…」
「君を殺しても黒の騎士団にとって得られるものはあまりないな…。私は無駄な事に労力を割くのは嫌いでね…」
そう一言残して、ゼロは部屋を出て行った。
どうやら、心身共に、それほどのダメージは受けてはいないらしい。
軍人としての訓練を受けているだけあって、言葉を聞くほど素直ではなさそうではあるが…。
そして、その足で、カレンが運ばれた医務室に入っていく。
「怪我の状態は?」
中にいるスタッフにカレンの状態を聞いている。
どうやら、骨折以外、特に、問題視するような状態ではなさそうで、そろそろ、目を覚ます頃であろうとの説明であった。
「…ん……私…」
ゼロとスタッフの背後でカレンが目を覚まして、声を出した。
「気がついたか…カレン…」
「ゼ…ゼロ…。私は…いったい…」
目を覚まし、目の前にゼロがいる事に驚いているようだった。
あの時、下手すれば、ブリタニア軍に連行されていたかも知れないのに、こうして、目の前にゼロがいるのだ。
「君は、ランスロットと相打ちになって、負傷したんだ…。君の働きのおかげで、ランスロットと枢木スザクの身柄が黒の騎士団の手に落ちた。少なくとも、これからは、君の学友と殺し合う事はなくなる…。彼が、黒の騎士団の捕虜となっている限りは…」
ゼロの声…ゼロの口調…。カレンはようやく、ゼロの元に戻ってきたと意識する。
「ゼロ…彼を…彼をどうするつもりですか?」
流石に、旧友と殺し合いになったり、殺す命令を下されたりするのは辛いのだろう。
それに、カレンはゼロの正体を知っている。
ルルーシュと、スザクが親友であった事は、知っていた。
かつて、学園に中々溶け込んでこないスザクの為に、彼が生徒会に入る事を推薦した。
そして、ずっと…スザクを信じて、慮っていた事も…。
「このままブリタニア軍に帰すようなことはしない。ただ、ここでも、それ相応の処分は必要だろう…」
ゼロの口調…。
隣に医療チームのスタッフがいるのでは、ルルーシュとして話す訳に行かない事は解っている。
カレンが、何か、話したい事があると云う表情に気づいたゼロが、隣の医療スタッフに二人にするように頼んだ。
すると、特に、疑問も持つ事なく、そのスタッフは出て行った。
出る時には、必ず、彼に連絡をして欲しいと云い残して…。
スタッフが出て行った事を確認すると、仮面を外した。
「どうした?」
「ルルーシュ…ゼロとしての判断は、しなくちゃいけないと思う。ゼロがトップなんだし、最終的にはトップの判断に下が従うのだし…でも…」
ここで一度、言葉を詰まらせる。
「でも、ルルーシュとしては、どうしたいの?」
ストレートな…でも、もっともな質問だ。
多分、C.C.でも同じ事を聞くに違いなかった。
「出来れば…カレンも含めて…戦わずに済めば…いいと思っているが…」
―――本当は、戦わずに済めば…
そんな思いがルルーシュの表情から見えてくる。
周囲の評価はともかく、ルルーシュ…ゼロは、戦いを好んでいる訳でもないし、その優しさ故に全ての罪を背負おうとしている事も解っている。
時々、何のための仲間…黒の騎士団かとも思える程、彼は、すべてを自分一人で抱え込もうとする。
そんなリーダーだからこそ、実戦部隊は、戦い、任務に専念できるのだ。
ただ、ゼロには、彼を支える為の腹心がいない。
カレンは一兵卒に過ぎないし、C.C.はそう云う感じでもない。
ディートハルトは作戦参謀であって、腹心と云う感じではないし、藤堂もある意味、ゼロから独立した位置に立っている。
そう、ゼロは一人なのだ…。
「本当は…スザクに傍にいてほしいんじゃないの?」
「……」
沈黙が答えだろう…。
ルルーシュとスザクの過去を知らないが、幼馴染だと言っていた。
そして、ゼロの仮面を壊した時のスザクの表情も、カレンは忘れてはいない。
怒りと、憎しみと…そして、自分が裏切られたと云う悲しみが浮かんでいた。
ルルーシュの性格からして、すべての結果について言い訳をすることを考える事も出来ない。
そう云えば、この間、ゲットーでスザクと話した時も、彼の口調の端々に、ルルーシュへの友情を信じている彼の気持ちが見え隠れしていた。
お互いが、お互いを守ろうとして、お互いを敵に回している。
こんなの…絶対におかしい…カレンはそんな風に考えていた。
「ルルーシュ、私は、ゼロの部下だけれど、私の一番は…最優先は、ルルーシュ…あなただから…」
今、やっと絞りだせた、カレンのルルーシュへの言葉…。
多分、ルルーシュは、自分でも気づいていない。
本当は、偽らない自分を出せる相手を欲している事を…。
恐らく、カレンの知らない、二人の過去は、お互いにそう云う存在だったのだろう…。
「ありがとう…カレン…。俺は…大丈夫だ…」
いろんな複雑な思いが交錯しているのか、いつもの徹仮面が崩れている。
今、怪我をしていて、傍に行って、抱きしめる事が出来ない自分が恨めしい。
「大丈夫だ…俺は…全てを背負う覚悟は出来ている…」
悲しい言葉…でも、強い一言…。
―――スザク…ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ…あなたが恨めしい…。きっと、あなたが、ルルーシュに心を開いた時、ルルーシュは、私に見せない顔を、あなたには見せるのね…。
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