戦闘の只中…スザク自身は殺したくはない…と思っている…。
しかし、実際の戦闘になれば、必ず、敵味方関係なく、死亡者が出る。
中には、流れ弾に当たる一般人だっている。
黒の騎士団に限らず、各エリアには当然のように、反ブリタニアを掲げてテロリストが湧いて出てくる。
そう云う点では、ゼロは、効率的な戦い方を考えている。
だから、他のエリアで、熟慮されたとは言えないような作戦でテロ活動を起こす輩よりも遥かに被害は少ないのかもしれない。
テロリストが街中でゲリラ戦でも繰り広げた日には…おびただしい数の民間人の死体が後に残っている。
敵軍に対してだって、出来るだけ、コックピットに当たらないようにしている。
ナイトメアが出てきた時には、足を止めるなり、武器を叩き落とすなり…。
幸い、フロートシステムを搭載している機体は他の国ではそれほど多くない。
足を止めて、自分が空を飛んでしまえば、相手のエナジーが切れるまで自分はよけながら、相手にライフルでも何でも撃たせればいい…。
場所を選べば、民間人への被害は激減してくれる。
ブリタニア軍の中にいて…日本人である事を忘れる事はない…。
ただ…スザクには自分の事を知ってくれている人はそばにはいない。
「僕は…一人で何とかする…」
いつも、そんな事を呟きながら、ここまで来た気がする。
少なくとも、ナイトオブセブンになってから、誰かに本心を話せたこと…と云うより、自分から何かを話したことなどない。
常に、話しかけられれば答える…そんな感じだった。
ブラックリベリオンで…スザクは大切なものを二つ失った。
一つは初めて心の底から愛した女性の命…。
もう一つは…初めて心を許した大切な友達の心…。
以来、スザクは自分で自分を一人でいるように、追い立ててきている気がする。
ナイトオブラウンズのジノやアーニャは…ナンバーズのスザクでも話しかけてきてくれるし、他のラウンズも、スザクがナンバーズ出身者と云う事を気にかける事もない。
力さえ、認められれば、ラウンズとして認めて貰えるのだ。
そして、世に力を知らしめて自分につけられたもう一つの名は…『白き死神』…。
殺したい訳じゃないが、その圧倒的強さ故に、ランスロットの機体の色とスザクの戦闘能力からそうつけられたのだろう。
ナンバーズにとっては、黒の騎士団の方が救いの神で、スザクの方が死神に見えると云う事だ。
『邪魔だ!!』
そう云いながら、スザクの周囲に配置されているサザーランドやグロースターを薙ぎ払う赤いナイトメア…。
『ここは、下がれ…。その赤いナイトメアは君たちでは無理だ…。僕が出る…』
オープンチャンネルで周囲のナイトメア達を下がらせた。
確かに、カレン相手では、単純に、ただ死ぬだけになってしまう。
否、ある程度弾減らしにはなるか…。
そんな事の為に多くの軍人の命を捨てさせる訳にはいかない…。
『カレン…僕が相手だ…』
『ふん…やっと出てきたわね…白き死神…』
今、一番呼ばれたくない呼び名だ。
殺したい訳じゃない…。
ただ…相手を止めたいだけなのに…。
ロイドからも大切なデヴァイサーとして、ユーフェミアの騎士になる前から大切にされてきた。
あのロイドが認める程のパイロットなのだから…それに見合った期待を与えられれば一方的な戦いになってしまっても仕方ない。
「ゼロ…ルルーシュ…君は…一方的な戦況で死んでいった人々の罪まで…背負うと云うのか…」
口の中で呟く。
この間、ゲットーで会ったカレンの言葉が引っ掛かっている。
今まで、正義の為に戦ってきたと思っていた。
しかし、2週間ほど前に話をしたC.C.の言葉と、先週ゲットーで話したカレンの言葉…。
自分の中で何か引っかかってくる。
彼らには明確な、強い願いの下に戦っている。
勿論、スザクにも、ユーフェミアの遺志を継ぐと云う目的はあるが…過程を考えた時、こんな戦い方をユーフェミアは望むだろうか…そんな事を考えてしまう。
「考えたって仕方ない…」
そう、自分に言い聞かせるように、ヴァリスの引き金を引く。
ただ…雑念が強かったのか、紅蓮はおろか、黒の騎士団のナイトメアにはいっさいかすりもせずに空を切って行った。
ルルーシュは…もともと、戦闘を行うために軍での訓練を受けていた訳じゃない。
軍での訓練の中には、戦っている時の気持ちの持ち方なども学ぶ。
と云うか、戦闘行為中に精神打撃を少なくする訓練をする。
そうでなければ、どれだけ武力に優れた人間でも、人を殺すと云う行為に恐怖し、周囲の血のにおいに耐えきれず、戦場でそのまま発狂してしまう可能性だってあるのだ。
ルルーシュは…そんな訓練を受けている訳じゃない。
普通の、高校生だったのだ。
「そんな中、君は…守りたい者の為に常に自分を辛い立場に追いやっていたんだね…」
確かに、同じ年頃の男子の中では大人だろう。
彼の過去がそうしている。
それでも、戦場に立つと云うのは、その人の精神年齢とか、そんなものは関係ない。
ルルーシュはそのために自分を犠牲にした。
恐らく、ナナリーを守れる世界を作ったら…ナナリーの前からも、スザクの前からも、黒の騎士団からも、アッシュフォード学園からも、姿を消すだろう…。
単なる自分のカンだけれど、何だか確信に近い感じがしている。
ルルーシュは…今、この緊張状態だから、なんとか、自分を保っていられるのだろう。
そう云えば、カレンは言っていた…ユフィを殺せと命じた時、ルルーシュは泣いていたと…。
『何を考え事をしている!バカにしているのか!』
ほんの…時間にしてほんの数秒だったと思う。考え事をしていたのは…。
しかし、ここは戦場だ。
しかも相手は、黒の騎士団のエースパイロットだ。
黒の騎士団も、いろいろ物資などが充実してきていて、スザク自身が単に紅蓮だけを相手にしていればいいと云う状況でもなくなってきている。
そして…ゼロ自身も、新型のナイトメアに乗って前線に出てくることもある。
「っく…」
紅蓮から放たれた輻射波動がランスロットの頭部左側を掠めた。
スザク自身にけがはないが、ランスロットに傷が入っており、電子系統が一部、損傷したらしい。
「でも…僕は…」
そういって、MVSを構える。
―――僕が守るべきもの…守らなくてはならないもの…そして、取り戻さなくてはいけないもの…それが僕がこうして、戦場に立つ理由だ。ゼロやカレンが戦場に立つのに理由があるのと同じ、僕にも、誰にも譲れないものがあるから、だから、僕は戦っている。
『もらった!!』
紅蓮の右腕がランスロットの左肩をつかむ。
『私は…たとえルルーシュに恨まれても…あんたを生かしておくわけにはいかない…。だから、あんたには死んでもらう!スザク!』
ゼロの乗ったナイトメアもこちらに気づいている。
以前と違って、止めようとはしていない。
―――本当に今のゼロは…ルルーシュじゃないのか…?
そんな疑問が過るが、そんな事に浸っている暇はない。
『っく…』
絶体絶命かと思われた時、モルドレッドのハドロン砲が紅蓮に襲い掛かった…。
『!…』
流石に反応が早く、紅蓮はランスロットから離れ、数百メートル後方へ下がった。
『紅月くん…一旦下がりたまえ…君のエナジーもそろそろ危ないだろう…』
興奮しきっているカレンに声をかけたのは藤堂だった。
スザクの恩師であり、今では黒の騎士団を支えているスザクの敵…。
スザクはブリタニア軍に入って、いろんなものを失った。
自分にとって大切だと思っているもので、自分の手元に残ったものとはなんだろう…。
―――最初は…何の為に軍人になって、何をしたかったのだろう…。最近では、ユフィの敵…ゼロ…ルルーシュ憎しだけが、先に立っている気がするし、ゼロを倒したら、一体どうするのだろう?
スザク自身、自分の中にある疑問が…日に日に大きくなっている気がする。
今、目の前に立ちふさがっている斬月…藤堂が搭乗しているナイトメア…。
なんだか、スザクは同胞とばかり戦っている気がしてきている。
『藤堂さん…』
『スザク君…ここは引きたまえ…無駄に消耗戦を続けていても仕方あるまい…。ここで否を唱えるなら、私も、全力で君をつぶすが…』
藤堂の言葉…恐らく、現状を見ても、藤堂の云う通りだろう。
黒の騎士団もこの数カ月で随分力をつけてきている。
スザク自身、それはよく解っている。
それでも…
『僕は…ゼロを…』
スザク自身、冷静な判断が出来ているとも思えない…。
『ならば…仕方あるまい…』
そう云って、藤堂がナイトメアを攻撃態勢に移す。
藤堂の三段突きは、ナイトメアのスペックが上がったことと、藤堂の普段からの鍛錬で以前より、キレも破壊力も増している。
彼の年齢を考えると、恐ろしい敵だ。
『…っく…藤堂さん…』
間合いの取り方、その場の戦略の判断の的確さは、彼の経験を物語っており、ゼロのそれとは違った意味での緊張感を敷いてくる。
そんなとき…
PuPuPuPuPu…
「!」
どうやら、スザクも、カレン同様、相当な戦闘を繰り広げており、エナジーの残量が少なくなっている。
『スザク君…これで…』
藤堂のナイトメアがコックピットの配慮など一切しない状態で、構えている。
『スザク!下がれ…そのままでは狙い撃ちされる!』
そう云いながらジノがトリスタンのビームの照準を斬月に合わせてロックする。
藤堂もそれに気づいて、ランスロットから離れる。
「くそっ…あと一息のところで…」
『藤堂…下がれ…。目的は達成した。ランスロットは後回しでいい…』
ゼロの声に藤堂が即座に反応し、機体を反転させた。
「どうも、カレンはランスロットと…と云うか、スザクと対峙すると、目の前が見えなくなる傾向があるな…」
戦闘後、C.C.と二人きりになったルルーシュがそんな事を口に出す。
理由を知っているだけに、止めるのも一苦労である。
今日の戦闘でも藤堂に介入させなければ、延々と戦い続けていたに違いない。
「なら、紅蓮はランスロットと戦わせないようにするか?」
答えの解りきった質問をC.C.が返してくる。
「……今、黒の騎士団内でスザクと互角に戦えるのはカレンだけだ…。機体スペック、体術、機体操作、全てにおいて…」
「解りきっている事だろう…。なら、お前がちゃんとフォローするんだな…。カレンの精神面を…」
C.C.がそんな言葉を残して、部屋を出て行った。
いっそ、蜃気楼で出て行って、カレンと共闘できるほどのスキルがあれば…とも思うが、今のルルーシュは機体スペックに頼っている状態だ。
あんな戦闘状態の中、のこのこ出ていけば、カレンの足手まといどころか、黒の騎士団全体の勝敗を左右することにもなりかねない。
シュッ…
部屋の扉が開いた。
ルルーシュはパソコンに残る、
今日の戦闘の記録を見ながら扉に目を向けずにいる。
「カレンか?」
どうやら足音で解ったらしい。
「ルルーシュ…紅蓮のスペック…凄く上がったね…」
何となしに、歯切れの悪いカレンの様子にふと、パソコン画面から目を離す。
「どうした?また、戦闘中に頭に血が上ったことを気にしているのか?」
やれやれと云った表情でルルーシュが立ち上がり、コーヒーを入れて、カレンにカップを渡す。
その時のカレンの表情は、俯いてはいたが、なんとなく想像できる。
恐らくその想像は間違ってはいないだろう。
「俺がまずいと判断したら、ちゃんとフォローを入れる。今日だって、藤堂が止めてくれただろう?」
「ルルーシュ…本当は、スザクの事、殺したくないんでしょう?」
ルルーシュがコーヒーを飲もうとしてカップを口元に持ち上げたところで、その言葉にその動きが止まる。
「でも、私、スザクを殺そうとしている。ここまで来ると、あいつが私たちと同じ考えになることはあり得ないし…それに…スザク自身が、ルルーシュへの恨みで、黒の騎士団と戦っている…」
そんな事は解っていた。
スザクはルルーシュを許す事はない。
恐らく、このまま、ゼロをやめたとしても…ブリタニア軍に出頭して、それ相応の刑罰を受けたとしても…。
むしろ、今のスザクはそれがあるから、平常心を保っている気さえする。
これで、黒の騎士団がなくなれば、完全に気の抜けた状態になってしまい、何の目的もない、何の望みもない、ただ、大切なものを失った喪失感だけが残り、下手すると二度と立ち上がれなくなる。
口では日本を変えるとは言っているが、黒の騎士団を…ゼロを目の前にした時のスザクにとって、そんなものは二の次だろうから…
「そんな事は解っている。だが、我々には個人の感傷に気を遣っていられる程の余裕がないだろう?ならば、我々の目指すものの為にだけ戦えばいい…」
いつの間にか、ルルーシュからゼロに代わっていた。
迷った時、ルルーシュはゼロとしてカレンに言葉を発すると気付いたのはいつからだろう…。
ルルーシュ自身、カレンに対して、こう言った時にルルーシュとして話しては、カレンの心情を優先してしまいそうになる。
そんな事では、黒の騎士団も、カレンも、ルルーシュも救われない。
「だから、目的を達成するまでは、短慮な行動は控えろ…紅月カレン…。日本人の為に、黒の騎士団の為に、君自身の為に…そして…私の為に…」
仮面はかぶっていないが、ゼロとしての言葉…でも、最後の『私の為に…』は誰に対してのものだったのだろう…。
ゼロ?ルルーシュ?そんなものはどちらでもいい…。
「解りました…ゼロ…。あなたの為に…」
―――そう、私はゼロを守る…。決して、誰の手にも渡さない…。ブリタニアにも、スザクにも…そして…死に神にも…
copyright:2008
All rights reserved.和泉綾