ブラックリベリオンのあと…ずっと、シュタットフェルト家に帰っていない。
実の母親もいないし、黒の騎士団のエースパイロットのカレンが今更どの面下げて帰れると云うのか…。
と云うより、帰りたくもない。
「おい、カレン、俺達、ちょっと買い出し行ってくるから…お前は留守番頼むな…」
扇と玉城がそろって、アジトから出ていく。
かつて、シンジュクゲットーでレジスタンスをやっていた頃に比べても、今は物資が豊富とは言えない。
黒の騎士団を立ち上げた頃、必死に戦ってきて、そんな中でも、黒の騎士団が多くの人々に支持された事もあった。
しかし、ブリタニア軍に負けて…結局、単に凶悪なテロリストと云う烙印を押された。
それは、あくまで、ブリタニア側の言い分ではあるが…。
日本人の中にはゼロが行方不明の間も必ずゼロが帰ってくると信じていた人々もいた。
ブリタニアの違法カジノに潜入している時、共に働く日本人の中にも口には出さないが、黒の騎士団の刻印のあるグッズをそっと忍ばせていた者がいた事は知っていた。
見つかったら、即刻警察に通報されるであろう代物…。
でも、日本人はゼロのあの行動に期待し、縋っていたのだ。
もう…失敗は許されない…。
あんな、日本人たちを見ながら…あのまま放っておく事なんて出来なかった。
だからこそ、ルルーシュを黒の騎士団に連れ戻した。
アッシュフォード学園にほぼ軟禁状態のルルーシュを見ていて…本当は彼はあのままの方が幸せなのかもしれないとさえ思った事もあった。
しかし…
『カレン…このまま放っておいても、ルルーシュはいずれ殺される…。あの、ブリタニア皇帝の事だ…。あの、新しく就任したナイトオブセブンを使って…な…』
『え?だって…スザクは…』
『忘れたのか?枢木スザクはルルーシュをブリタニア皇帝に売り渡したのだ…。自分の、地位を確保する為に…な…』
『……』
C.C.に聞かされた、今ある、ルルーシュの現実…。
偽物の弟と共に暮らしているらしい。
しかし、偽物を使うと云う事は、その弟も、ルルーシュを監視するためのブリタニア軍に所属するものだと考えるのが自然だった。
「だから…私はルルーシュを…この黒の騎士団に連れ戻した。死なせたくなかったから…。生きていて欲しいから…」
思い出す記憶をかみしめる様に、呟いた。
「紅月か?」
「千葉さん…」
「ここは私が替わろう…。最近、ずっとここに籠りきりだっただろう…。少し、外の空気を吸って来い…」
千葉の言葉に素直に甘える事にした。
一人でこんなところで考えてこんでいると、ドツボにはまりそうだ。
「すみません、お願いします。」
その一言を残し、カレンは制服から私服に着替えて、外に出た。
ここのところ出撃もないから、本当に、アジトに籠りきりだった。
外を歩いていると…ゲットーは本当に荒れ放題だ。
ブラックリベリオンの失敗で、日本人への締め付けが厳しくなった。
毎年、数千人単位で増えていた名誉ブリタニア人登録も激減している。
エリア11からナイトオブラウンズが出ていると云うのに…どうやら、そのラウンズ以外は虫けら同然に扱われている。
「私たちが望んだ世界…なんで…こんな事に…」
そう呟くと、涙が出てくる。
相手は世界最大の超大国ブリタニア帝国…。
経済力も、発言力も、軍事力も…この国にかなう国などない。
世界がこの帝国の脅威に気づいた時には、ブリタニア帝国以外のすべての国が結集してもこの国相手に勝てないとさえ言われている。
本当に、今の状態は事実上、そんな感じだ。
『人は…平等ではない!』
演説でそう高らかに宣言していたブリタニア皇帝…。
動物の世界ならそうだろう。
弱肉強食…。
それが当たり前のルールだ。
なら…人は…?
その自然のルールにあてはめるなら…確かに、強きものが得て、弱きものは朽ちていく…と云う構造が成り立つだろう。
しかし、なら、なぜ人は、感情を持つ?
労わりの心、慈悲の心、人であれば、必ず持っていると思われる情だ。
それらをすべて否定するのが、ブリタニア帝国だ。
「スザク…あんたは…こんな、弱い者いじめのような不条理を許すような奴になっちゃったの?」
かつて、ルルーシュが猫を追いかけて、屋根の上から落ちそうになった時…スザクは、ルルーシュを助けた。
そう云う意味では、ルルーシュは決して強い訳じゃない。
体力勝負であれば、スザクどころか、カレンにすら敵わない。
それに、ルルーシュから聞いた、昔話の中で、スザクは弱い者いじめが嫌いだと言っていた。
「それは違う…」
後ろから、聞き覚えのある声がする。
「スザク…」
その声の主の顔を見て、カレンは臨戦態勢に入る。
こんなところで、スザクに捕まる訳にはいかない…
スザクはと云えば、完全に無防備の状態で、ただ、立っている。
「バカにしているの?女だからって、なめないで!」
「そんなつもりはないよ…。今、僕は枢木スザクとして、カレン=シュタットフェルトと話しているんだ。そんなに警戒しないでほしい…」
一人で出歩いている自分もうかつだと思うが、こんなゲットーにラウンズが何をしに来たんだろうと云う疑問は拭えない。
「僕は…自分が日本人だって事を忘れない為にここに来たんだ…。今は、君を捕まえる気はないよ。ただ、普通に話したいとは思うけど?」
「私にはあんたと話す事なんてないけど…」
カレンのその一言に、臨戦態勢のかまえは解いたが、顔はまだこわばったままだ。
相手は、ブリタニアのナイトオブセブン…たった一人で、こんなところにのこのこ出歩くとも思えない。
「そんなに突っかからないでほしい…。僕は…別に日本を貶めたい訳じゃないし、日本を裏切ったつもりはないよ…」
「あんた…その口でまだそんな事言うの?」
相変わらず気の強い言葉に、スザクからはふっと笑みが零れる。
「信じて貰えないのは解るけど…僕は…もう、このエリア11に黒の騎士団…ゼロの存在が必要のないところにしたいだけだ…。もう、ルルーシュが苦しまない世界を…作りたいだけなんだ…」
「……」
多分、ウソはついていない。
ただ…ルルーシュが記憶を取り戻している事を知らないと想定して話すべきだろう。
カレンはそんな事を考えていた。
「でも、あんたはルルーシュをブリタニア皇帝に売ったんでしょ?その挙句に日本人全てが地獄の苦しみを味わう事になった…。ルルーシュは昔、あんたの事を弱い者いじめを何より嫌っているって言ってたけど…ルルーシュの勘違いだったのかしら?」
「今だって、弱い者いじめは嫌いだ。でも…ゼロのやり方だけは許せなかった。君だって、ゼロに騙されていた事にショックを受けただろう?」
「でも、冷静に考えれば、あれは当然ね…。何かに立ち向かってチームを組む時に、全員が同じ願いの下に集まっているとは思えない。利害が一致しているから…一緒に戦っている事って多いんじゃないの?ブリタニア軍だって、真中にあるポリシーは確立しているけど、その周囲を取り巻く人たちの思いは全く違う筈よ…。だから…別に騙された訳じゃないわ…」
そう、冷静に考えればそんな簡単なことだ。
カレンとて、日本を独立させて、その後にやりたい事があるからテロリストとしても黒の騎士団の一員としても戦ってきた。
他のメンバーだって同じだ。ルルーシュはただ…妹のナナリーを守る為、ナナリーが幸せに暮らせる場所を作る為に戦いに身を投じた。
カレンと同じだ。
「……僕だって同じだ。確かに今はブリタニア軍に身を置いている。でも、僕は、自分が日本人だと云う事を忘れた事はない。どんな立場になったってね…」
「でも、あんたは、ゼロだけでなく、日本に暮らす日本人全てを代償に今の地位を手に入れたのでしょう?ブラックリベリオンで私たちが敗北して、日本は矯正教育エリアとなった。その後のブリタニアの日本での横暴を…あんたは鼻で笑っていたんでしょう?自分の地位を手に入れる為に売り払ったものすべてが苦しむ姿を見て…」
なんだか堂々巡りな、不毛な議論をしている気がする。
解っている。
この二人がいくら自分の意見を相手にぶつけたところで、きっと、相容れる事はない。
「カレン、君がルルーシュを失ってしまった事は同情するし、その事だけでいえば、君には申し訳ないと思っている…」
相変わらず、ここで会った時から変わらない表情…。
カレンはそんなスザクを見ていると無性に腹が立ってくる。
自分はお前よりずっと上にいるんだと…そんな態度を取られているようで…。
スザク自身には、恐らくそんなつもりは毛頭ないだろうが、今のスザクの社会的立場…それを考えれば、対等に見ているとはカレンには感じろと云う方がかなり無理な話だろう…。
「でも、それは、僕だって、ゼロに対して、そんな風に思っている。ゼロは…僕の最愛の女性を僕の目の前で撃ったんだから…」
「自分が、そんな目にあったんだから、自分も他の人へ同じことをしても許されるっての?結局、どんな言い訳をしたって、あんたは日本にとって裏切り者よ…」
「許されるとは思ってはいない。でも、ゼロと云う存在は…この世にあってはならないんだよ…」
「それは、ブリタニアの都合でしょ?私たち日本人が、そんなブリタニア様の都合に合わせなくてはいけない義理はないじゃない…。私たちにはゼロが必要よ…」
あくまでも、冷静に話すスザクを見ていると凄く腹が立ってくる。
感情的に話しても仕方ない事は解っている。
でも、カレンはスザクを許せないし、許す気もない。
ここが戦場であれば、最大出力の輻射波動を食らわせてやりたいところだ。
「本当は…僕だって、戦いたくなんてない…。本当は…ただのルルーシュと…話したいよ…今は…」
スザクのぽつりと零した一言…。
その言葉の真意が解らないが、自分の主を殺された恨みだけではない感情が混じっているようにも見える。
妙なツーショットが妙な場所で歩いている…。
ルルーシュが見たら、記憶を取り戻している事がばれる事も構わずにこの場に乱入してきそうだ。
「あんたが、そこまで、ブリタニアの作ったルールにこだわる理由は知らないけど…それでもさ、あんたがやりたいのは、軍人じゃなかったんじゃないの?」
「軍人…やらなくて済むならそれでいい…。でも、軍に入って、いろいろな事を学ぶうちに、人間は必ずどこかで戦争をしている。誰もやりたくないと思っているのに…。でも、僕が、軍人になれば、軍人をやりたくない人が一人、軍人にならずに済むかも知れない…」
「ふん…所詮はきれいごとね…」
カレンが鼻先で笑う。こんな綺麗事を並べていたって、彼は世界最新鋭のナイトメアフレームを駆って、レベル違いの相手のナイトメアフレームや戦車、稼働要塞を次々に討ちつくしているのだ。
「あんた、自分の出した被害を見て、泣いた事ある?」
かなり唐突な質問…。
「軍では、そんな事は許されない。相手に情を持ってはいけないんだ。」
「まぁ、ルールを順守するあんたはそうでしょうね…。なら、質問を変えるわ…。自分の起こした惨劇の跡を見て、心を痛めた事ある?」
「そりゃ…ないとは言わない…。否、見るたびに心を痛めているよ。」
「で、その後、その死んだ人々たちに対して何を思っている?」
「……謝罪の思い…かな…」
言葉を選びながらスザクが答えた。
カレンは、そんなスザクに何やらため息をついてしまっていた。
「あんたは、結局、ゼロほど犠牲と云うものを解っていないわ…それが解らない内は、多分、ゼロには勝てないわね…」
「なら…君やゼロは解っていると云うのか?」
スザクが少し声を荒げてカレンに問う。
「完璧に知っているとは言えないかもしれないけれど、あなたよりはそれを承知して戦っているわ…。少なくとも、ゼロは感情だけで戦争をしているあんたとは違う…」
カレンの真剣な目にスザクは気圧されているのを自覚した。
スザク同様、彼女も信念を持って、黒の騎士団に身を置き、戦いに身を投じている。
大人たちから見れば、こんなまだ年端もいかない少年、少女たちが最前線で自分自身の心を削りながら戦闘行為をしている事に違和感を覚えるだろう。しかし、これが、今の日本の現実なのだ。
「じゃあ、ゼロは…そこまで解っていて、何故、あれほどの犠牲を出しながら戦い続けているんだい?」
スザクの素直な疑問をぶつけた。
その質問にカレンは間髪入れずに答える。
ナリタでの戦闘の後のゼロの姿を見ているカレンは、ゼロは決して犠牲者の血を無視している訳じゃない事を知っているから…
「流した血を無駄にしない為よ…。ゼロは、流した血への罪はすべて自分が被ろうとしている。ガウェインからユーフェミアを殺せと命じた時の彼の声…多分、あれは泣いていた…。他の人は気づいていたかどうかは知らないけれど…でも、あれは、泣いていた…」
「……」
「ゼロは、自分の流した血を忘れていない…。あんたみたいに世の中綺麗事だけで渡っていけると思っているおめでたい頭を持ち合わせてはいないって事よ…。だから、私はゼロを支えるのよ…」
「僕は…君ほどゼロの事は解らない…。でも、ゼロは国家反逆罪と云う重罪を犯している。だからこそ、僕は彼を捕まえなくてはならない…でも…君の云う彼がゼロだと云うのなら…少し残念だ…」
「何が?」
「いや…こちらの話だ…。僕は、政庁に戻るよ…。久しぶりに君と話せたな…。出来れば、ずっとこういう形で話が出来る事を祈りたいけど…戦場では、手加減はしないよ…」
「お互いさまでしょ…。私は…ゼロを守る…」
そう云い残し、二人は逆方向へ歩き出す。
もし…カレンの言っているのが、本当の彼であるとしたら…
―――本当に残念だよ…こんな風になるまで…話し合う事が出来なかった事が…。今なら…本当の君と話が出来れば…僕らは解りあえるのかな…
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