偽悪

町を歩いていると、租界と云うのは、本当にブリタニアとの戦争の前の町並みに見える。
笑っているカップル、忙しそうに歩いているサラリーマン、ショップのショーウィンドウで飾られている洋服を見てうっとりしている女子高生…ここだけみれば非常に平和に見える。
ただ…それは、戦争後、それらの人たちが日本人がブリタニア人に代わり、こういったごく普通とも思える風景が租界限定であると云う事を除いては…。
ルルーシュが日本に来たばかりの頃は、そんなものは見向きもしなかった。
ただ、ブリタニアから捨てられ、これから先、どうやって、体の不自由な妹と自分を守っていくか…それだけを考えていた。
あの政治情勢の中、ブリタニアから…しかも皇子と皇女が日本に留学…などと云う誰が見ても、聞いても、素直に信じられないような大義名分で、日本に送り込まれた。
その時には、恐らく、日本人が、今のこの租界の生活を送っていたのだろう。
町を見ているとそう思う。
「ルルーシュ…後は、花火と蚊取り線香だって…」
「なんだ?注文した浴衣を取りに行って、ろうそく買って、花火に蚊取り線香?夏祭りの真似事でもする気かな…今度は…」
今日は生徒会の仕事として、スザクと買い出しに来ている。
こうしていると、スザクがアッシュフォード学園に編入してきて、生徒会で笑い合って生徒会業務をしていた頃を思い出してしまう。
あの頃の生徒会は、カレン、ニーナ、準会員のナナリーがいて…。
今はすっかり姿を変えてしまったように思えてしまう。
ブラックリベリオンの記憶に関しては書き換えは加えられているものの、ちゃんとカレンが黒の騎士団だったと云う事の認識はあったようだ。
「なぁ、スザク…もし、カレンが捕まったら…カレンはどうなるんだ?」
何となく今更なようにも思えるが、聞いてみる。
「……僕が多少の弁護をしたところで…恐らくは…」
スザクが言いにくそうに答える。
スザクもカレンとルルーシュが恋人同士である事は知っている。
スザクもルルーシュの心配はよく解る。
記憶を取り戻していても、取り戻していなくても…
「……そうか…」
「司法取引…すれば…命だけはあるいは…」
スザクの答えはルルーシュの頭で計算され中の答えの一つにドンピシャリと当てはまった。
あとは…二人とも言葉を発する事も出来ず、淡々と歩くしかなかった。

スザク自身は、ルルーシュが記憶を失っていると云う事は今のところ、多少の疑いはあるだろうが、そう信じているようだった。
まして、目的はあくまでもC.C.だ。
記憶が戻ったことを悟っていたところで、そうそう、ルルーシュに手出しは出来ない筈だ。あんな風に二人で話す事が出来ても、本当に話したい事、話すべき事は、何一つ話す事が出来なかった。
そう…何一つ…
「スザク…俺達は…いつまで敵同士でいなくてはならないんだろうな…」
自室のベッドの上に仰向けに転がって、自分の両掌を見ながら誰に云うでもない疑問を口にした。
―――撃たれる覚悟はあるが、撃つ覚悟はないと云う訳か…
そんなセリフが頭の中を過っていく。
確かに、撃たれる訳にはいかない。
でも、撃たれる覚悟があるからそんな風に思うのだ。
撃たれる覚悟のない奴がそんな風に思う訳がない。
誰よりも、守りたい者の為に…。本当はその中にスザクも入っていた筈なのに…。
ブリタニアの軍隊などと云う所に所属しなくても、スザクが普通に生きていける世界にすればいいと…そう思っていた。
戦争とは政治の一部だ。
そして、駆け引きだ。
力の弱い者が力の強い者に挑む場合には手段など選んでいられない。
「スザク…お前の所属しているブリタニア軍だって…自分たちを脅かす力を持つ者が現れれば、そこに所属している事も苦しくなるくらいの事はやってのける。奴らはあれだけの力を持ちながら、弾圧と云う形でしか統治するエリアを治められないじゃないか…」
そんな状態になった時、スザクの心は耐えきれなくなる。
そう…彼がユフィを失った時よりもさらに、過酷な者が待ち受けている。
ナイトオブラウンズになってからも、最前線に出撃するスザクなら、圧倒的なブリタニアの軍事力の前に人間に踏み潰される蟻の如く殺されていく、侵略された国の人々を見ている筈だ。
スザクはそんなものを目にしていても平気でいられる訳がない。
昔から、弱い者を一方的に攻める事を一番嫌っていたのは彼なのだから…。
「それとも、ユフィを失った事は、お前のそんな信念さえ捻じ曲げてしまったのか?」
ユーフェミア=リ=ブリタニア…ルルーシュの異母妹で、スザクが騎士となった、
スザクの主…。ルルーシュはあの無邪気な笑顔が凄く好きで…そして、大嫌いで…疎ましかった。
仲の良かったユーフェミア…日本に送られてから、一度だけ、ユーフェミアにだけは手紙を書いた。
スパイと間違われてしまったら、その時点でその手紙は握り潰されてしまう。
だからこそ、細心の注意を払って、ただ…『日本の友達が出来た』事を知らせた。
あとは、ルルーシュとナナリーの事を書き連ねた。
書き連ねたと云っても、シンプルな罫線しか入っていない白い便せんに2枚ほどの短い手紙だった。
「しかし…このままでは本当に何も変わらないな…」
どうしたら…頭の中でぐるぐると様々な思いが渦巻いている。
まるで、悩んでいるルルーシュをあざ笑うかのように…

ルルーシュと二人で歩いていた。
どれくらいぶりだろうか…ルルーシュと二人だけで話す事が出来たのは…。
自分の中で、ルルーシュの記憶が戻っていないと信じている…と云うか、信じたい。
もし、記憶が戻っているとなれば…C.C.探索の為に次のステップに進み、黒の騎士団を殲滅するなら、ルルーシュを捕らえてしまえばすぐに事は終わる。
しかし、その後、ルルーシュはブリタニア本国に連れ戻され、良くて生涯幽閉、悪くて公開処刑となる。
それでも、ルルーシュは元々ブリタニア皇族だ…。
後者は…あるいは…とも思うが、親子の情など、枢木父子よりも希薄…と云うより、まったく皆無なブリタニア皇族の中で、皇族出身と云ったところでそのことを考慮される望みは薄い。
「ルルーシュ…君は、いったい…」
ブラックリベリオンの時、ルルーシュはスザクにギアスをかけた。その事をスザクに教えたのは、妙な格好をしたV.V.という少年だった。
否、少年の姿をした人物だった。
見た目は幼いが、恐らく、スザクよりも遥かに年上だろう…そんな風にスザクは感じていた。
ギアスの話を聞いて、自分の中にあったパズルのピースがそろった感じがした。
それ故に、本当なら信じられない話なのに、素直に受け入れ、信じた。
そして、神根島の洞窟でみたルルーシュの左目…血のように赤かった。
「僕には『生きろ!』とギアスをかけたのに…ユフィにはなぜ…」
口の中での独り言…言い終えると、ふと、誰もいないはずの自室に人の気配を感じた。
「知りたいか?」
黄緑の長い髪の少女が立っていた。
「君は…C.C.…」
「ほぅ…やはり、お前も私を捕らえる為にルルーシュに近づいたのか…」
自分が追われている事は知っている筈…それなのにこの全くの動揺がない態度にスザクの方が緊張してしまう。
「お前は、ルルーシュがゼロとして何も感じずに自分の手を血に染めていたとでも思っているのか?ルルーシュも気の毒だな…こんな、自分の事を理解しようともしない者を親友として執着し続けていたのだからな…」
「ルルーシュは…記憶を取り戻しているのか…?」
「さぁな…私に聞いてどうする…」
まるでスザクを見下ろしているかのような笑みを浮かべてC.C.が答える。
「ただ…ルルーシュはずっと苦しんでいた。だから、記憶を書き換えられて…むしろ幸せなのかもしれないな…」
「どういう意味だ?」
「そんな事も解らないのか…つくづくルルーシュが気の毒だな…。まぁ、お前はルルーシュとナナリーよりもユーフェミアを選んだんだ…。そして、お前がルルーシュをブリタニア皇帝に売った…」
遠慮ないその言葉にスザク自身、返す言葉がない。
確かにその通りだから…。
ユーフェミアの為にルルーシュを殺そうとした。
ゼロであると知って、力にものを言わせてブリタニア皇帝にルルーシュを売った。
その見返りに得た、今の地位…。

「だが、私はルルーシュを殺させたりはしない。大事な契約者だ…。それに……だからな…」
 口の中で呟いているようで、最後の部分は殆ど耳に届かなかった。
「今、僕が君をここで捕らえればそれで終わる…」
「お前などに捕まったりはしないさ…」
鼻先で笑うようにスザクを見ている。
こんな少女のような相手にスザクが力で負ける筈もない…そう思うが…実際には気圧されている事に気がつく。
「君が…ルルーシュにギアスを与えたのか?」
声を低くして、C.C.に問いかける。
「ああ…それが何か?」
「それが何…だと?お前の所為で、ルルーシュは…」
「ルルーシュもこの能力を欲していたからな…。ブリタニアを壊す為に…。自分の守りたい者を守る為に…」
―――ブリタニアを壊す…
幼い頃、ブリタニアとの戦争に負けて…廃墟の中でルルーシュが発した一言…。
「この能力がなくても、いずれはこの行動に移すとも言っていたな…。どの道、お前がブリタニアの軍人であり、ルルーシュがブリタニアから捨てられた皇子である限りはこの運命は避けられなかったって事じゃないのか?」
「……」
C.C.の言葉に返す言葉がない。
ルルーシュならきちんと自分の中で組み立てて切り返してきそうなものだが…
「ルルーシュの守りたい者の中には…お前も含まれていたのにな…。あいつが欲したのは別に、世界の覇権でも何でもない…。ナナリーとルルーシュとお前の3人が笑って暮らせる世界が欲しかっただけ…。皮肉なものだな…」
皮肉な笑みを浮かべながらC.C.はなおも続ける。
「お前を得るためには何でもしたな…確かに…。お前に憎まれようと、お前を戦いの世界から抜け出させてやりたかったらしい…。仲間になれ…そう云った時ですら、お前を戦力として使う気などさらさらなかった。ただ…ナナリーの傍にいて、ナナリーを守って欲しい…そう思っていた…」
「う…嘘だ…」
多分、嘘だと思いたいのだと思う。
スザクだって、スザクの信念を曲げる訳にはいかなかった。
正しい方法で…そう思っていた。
「ならば聞こう…正しい方法とはなんだ?」
「それは…誰からも認められて、受け入れて貰う事だ…」
「ふっ…人殺しをしなければ正しいのか?中から変えるとお前は言った。しかし、その中から変えると云っても、誰かを追い落とさなければならない事態もある。そんなとき、追い落とされたものは地獄の苦しみを味わうことだってある。特にブリタニアの場合は…な…」
「……」
やはり、甘ちゃんだな…そう思わざるを得なくなり、吹き出しそうになるのを必死に止める。
「権力争いってのは戦争より惨い部分を持ち合わせている。お前はそんな事も知らずにゼロにあんな説教をしていたのか?笑い話にしか聞こえんぞ…」
くすくすと笑いながらスザクの反応を見ている。
「さて、そろそろ私は帰る。お前と話が出来て面白かったよ。いろんな意味で…な…」
そう云うとC.C.は窓から飛び降りる様にその部屋を出て行った。
「お…おい…」
慌てて彼女を追って、下を見てみるが、誰もいなかった。
今のは、一体何だったのだろう…

ルルーシュがチェス盤を目の前にまた、眉間に皺を寄せている。
恐らく、これからの戦略を考えているのだろう。
「ルルーシュ…腹が減った…。ピザが食いたい…」
ルルーシュの部屋に入ってきたC.C.がルルーシュに話しかけるが、ルルーシュはぴくりとも反応しない。
今の不利な状況にルルーシュも頭を痛めているようだ。
やはり相手は世界の1/3を占める世界最大の超大国…。
ブラックリベリオンで相当なインパクトを与えてしまったが故に、エリア11への警戒が強い。まして、ゼロが復活したともなると…。
「なら、勝手に頼むぞ…」
「……」
そう云われてもルルーシュは返事をする事もなく、チェス盤を見つめている。
相当思いつめているのか、集中しているのか…。
どの道、今、下手に口出ししてもルルーシュからまともな答えが返ってくるとも思えないし、変に機嫌を損ねてしまって、後が大変な事になる。
「そう云えば…お前の友達とやら…面白い奴だな…。ある意味、扱いにくい奴…ともいうが…」
「!?」
C.C.のその一言にルルーシュがぴくっと反応する。
「スザクに会ったのか…」
「ああ、他人に対して一定の距離を保っているお前が、あんなにご執心の相手と一度ちゃんと、人として話してみたくてな…」
かつて、ナリタ連山の闘いで一度、間接接触はしてみたが、彼の記憶を垣間見る事くらいしかできなかった。
実際に話してみると、その人となりは割と解る。
「お前…ブリタニア軍に追われている自覚はあるのか?ユフィの特区日本の式典の時にお前は奴に顔を見られているし、ブリタニア皇帝がスザクにその情報も渡さずにこのエリアに赴任させる訳がないだろう…。少なくとも、俺はお前を誘き出す為のエサなんだぞ…」
ルルーシュが半ば怒りを抱いて言葉を発しているのがよく解る。
だが、そんな事もお構いなしにC.C.は続ける。
「面白かったよ。ちょっとした矛盾点を突いてやるとその度に反応して…誰かさんと同じだな…。その後に、自分の意見を曲げない事も…な…」
「お前!スザクに何をした!?」
怒りを湛えた目で睨みながらC.C.の襟を掴む。
そんなルルーシュにふっと笑いながら、C.C.は答える。
「何もしていないさ…。ただ…興味があったんだよ…お前の『お友達』に…」

―――お前にとっては危険な人物でもある事も理解できたが…な…


『親友~side.suzaku~』へ戻る 『旧友』へ進む
『運命の騎士』メニューへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾