親友〜side.suzaku〜

久しぶりの学校…。
ナイトオブラウンズになってからも、その前も、軍の仕事がある度に学校を休んだり、遅刻したり、早退したり…。
スザクは戦前、日本だった頃に小学校に通っていた頃以来、毎日学校へ通う…などと云う生活からはかけ離れた生活だ。
日本だった頃なら、スザクの年齢であれば、平凡な17歳の少年であれば、毎日学校へ通っていて、当たり前だった。
でも、今のスザクはそんな事は望むべくもないし、そんな事を望んでもいない。
ルルーシュがゼロだと知って、ブリタニア皇帝に引き渡した。
そう、自分がナイトオブラウンズになる為の代償だった…。
後悔はない…。
そう、スザクの一番守らなくてはならなかった筈のユーフェミアを守る事が出来なかった…。
ゼロの…ルルーシュのギアスの力によって…。
「ルルーシュ…お前…否、君は…」
ユーフェミアの死を目にした時には、頭に血が上ってしまい、冷静に話す事も出来なかった。
今になってしまうと、いろいろな後悔が頭の中で渦巻いている。
今の、スザクの立場では…と云うか、現状ではあの時のルルーシュの気持ちを尋ねる事すらできない。
ルルーシュは今、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアではなく、ただの、ルルーシュ=ランペルージだ。
ゼロの事も、ユーフェミアを殺した事も、ギアスの事も、覚えていない。
スザクの事も、書き換えられた記憶があるだけで…あの、子供の頃の記憶は、残っていない。
幼馴染としての記憶であるが、ナナリーの事を消された記憶…。
「僕は…バカだな…」
そう云えば、以前、ルルーシュによく言われた…
『このバカ…』
と…。今となっては、共通の記憶は偽物の記憶が半分くらいあるのだ。
確かに、ユーフェミアの事は大切な存在だ。
でも、ルルーシュだって、スザクにとっては初めて出来た友達なのだ。
そう思っていると、リヴァルと一緒にルルーシュが教室に入ってきた。
「おはよう、ルルーシュ…」
「ああ、おはよう、スザク…」
以前と変わらぬ朝の挨拶…。
でも、以前とは違う朝の挨拶…。

ナイトオブラウンズになって、いろんな戦場を駆け回った。
戦って、血まみれになった友軍、敵軍の死体を見ていると…黒の騎士団と闘っていた時の事をどうしても思い出してしまう。
確かに、ゼロのやり方は…スザクにとっては認められるものじゃなかった。
今だって、認める訳にはいかない。
それでも…
「今日は軍の方はいいのか?」
いつもの調子でルルーシュがスザクに声をかけてくる。
親友としての、当たり前の質問…。
スザクは、ゼロのやり方は気に入らないが、軍略、戦略の才能、判断の正確さは認めている。
もし、共に闘えていたら、子供の頃云ったあの発言が実現していたと思える。
『二人なら、何だって出来る…』
しかし、今の自分たちは、共に手を取って、共に闘う事も出来ない。
否、何も飾らずに昔話をすることすら出来ないのだ。
「…ザク…スザク…?」
肘を小突かれながら、小声で話しかけられている。
「?」
考え事をしていて気付かなかった。
目の前に授業を受け持っている教師が仁王立ちしている。
「枢木君、軍の仕事が忙しくて、お疲れなのは解りますが…授業中は授業に集中してください…」
一応、ナイトオブラウンズである事は隠していない。
それでも、学校では、一生徒として扱ってほしいとスザクは学園長に頼んでいたので、授業中に上の空になっていたら、普通に注意はされるし、授業中の指名もされる。
「すみません…」
「大丈夫か?何を考え事をしていたんだ?」
ルルーシュがスザクに問いかける。
珍しく、最近は、真面目に授業を受けている。
黒の騎士団の活動は、ルルーシュの授業出席数と関係なく、普通に行われている。
なら、今、黒の騎士団を動かしている『ゼロ』はいったい何者なのだろうか…。
そんな事が頭の中をぐるぐる駆け回っている。
「最近、また、黒の騎士団の動きが活発化しているからね…」
まるで、ルルーシュの記憶に探りを入れる様に黒の騎士団の名前を出してみる。確かに、ルルーシュなら、こんなベタな会話で、しっぽを出すとも思えない。
ただ…こうした会話の中で、彼の変化を見極める事が出来るくらい、ルルーシュの事は見てきている。
出来るなら、ルルーシュをこのまま、アッシュフォード学園の生徒として、卒業して貰って、普通の…皇帝がかけたギアスによって『唯人』となってくれればと思う。
ゼロであるのなら…スザクはまた、ルルーシュを犯罪者として追わなくてはならない。
ブリタニアに仇となる者として…。
「そうか…あんなかわいらしい総督では…周りが一生懸命やらないと大変なんだな…」
ルルーシュは顔をそらす事もなく、顔色を変える事もなく平然とそんな返事をスザクに返す。
―――やはり…記憶は戻っていない…?

本当のルルーシュと話をしたいと思いながら、でも、記憶を取り戻したら、彼を殺さなくてはならない…。
自分の主を殺された恨みを忘れた訳じゃないし、その時の怒りは今でも健在だ。
でも、スザク自身、ルルーシュがあんな形で自分の異母妹であるユーフェミアを自分の手にかけるような真似をするとはとても思えなかった。
そう、それまでだって、彼のギアスでスザクを黒の騎士団に入れる事だって出来た筈だ。
ルルーシュはプライドが高い。
自分の考えに妥協することはない。
ルルーシュがスザクに与えたギアス…それは…『生きろ』と云うものだった。
以前、ナナリーをさらったマオと云う男にも指摘された。
自分の全てを抉られるような記憶を暴露されながら、自分の心の底にある本音をほじくり返された。
―――死にたがりの甘えん坊め…
確かにそうだった。
ずっと自分の罪を誰かに許してほしいと思いながら、許されてしまったら自分自身を許す事が出来ない…そんなジレンマの中で見出したのが、
―――誰かの為にこの命を捨てる事。自分の為に自分の力を使わない…自分の為にだれも殺してはいけない…
だった。
今自分のやろうとしている事は、それに真っ向から矛盾している。
自分の大切な主を殺された憎悪を抱きながら、初めてできた友達を殺す為にその、友達を彼の一番憎むブリタニア皇帝に売り渡した。
あの時は、確かに憎しみだけだった。
あんなに大切に思っていた友達をいとも簡単にブリタニア皇帝の前に引きずり出した。
ただ、あの時の妙な違和感…まだ忘れられない。
『まだ使い道はある…』
皇帝のあの言葉に何となくほっとした自分がいた。
使い道…利用価値があるのなら、ルルーシュは殺されない…と…。

ルルーシュが記憶を取り戻したら、スザクの行為に対して、何を感じるのだろう。
怒り?憎しみ?それとも…悲しんでくれるのだろうか?
スザクを友達として、見てくれるのだろうか…。
スザクは黒の騎士団に入らなかった事を後悔などしていない。
彼らのやり方に賛同出来ない…
しかし…今、自分のやっている事は…?
人を殺したくないと云いながら…自分の桁違いのスペックを持つランスロットで逃げ惑う人々を殺している。
軍人だから…ブリタニア皇帝の命だからと…そして、ゼロを倒す為だからと…様々な言い訳をして、圧倒的な力の差の下に人々を手にかけている。
以前、ゼロに言った言葉…今では自分でも、それが何なのか、よく分からなくなっている気がする。
と云うよりも、頭の中から消えている時間が増えた気がする。
―――間違った方法で手に入れたものに、価値はない…
自分は正規の軍人だから…だから、今の自分の行動に間違いはないのか?
そんな事を思うと思わず自嘲してしまう。
何となしに自分の襟元に手をかけてしまう。
この合図は…忘れてはいない筈だ。
スザクは幼馴染として彼の記憶にある筈だから…。

「どうした?スザク…」
昼休み、きれいな顔に柔らかな笑顔を湛えて屋上で外を眺めているスザクに背中から声をかけてくる人物…
「ルルーシュ…」
何を話すつもりだったのか、よく解らない。
今のルルーシュにはゼロとしての記憶がない。
ゼロに対してではなく、ルルーシュに対して聞きたいのだ…。
あの、ブラックリベリオンでの彼の行動で胸に引っ掛かっている全てを…。
確かにルルーシュは頭が切れる…。
いや、頭が切れるからこそ、ああいった結果をもたらすと云う事はどうしても納得できない。
神根島で対峙した時に、彼に聞ける状況だったなら…彼に尋ねる事が出来たのだろうか?
―――何故、僕には『生きろ!』というギアスをかけたのに…ユフィを殺したのか…
と…。
「久しぶりにこんな時間まで学校にいるんだな…。と云うか、この時間に学校にいる事って珍しいよな…。遅刻、早退…。軍人だから仕方ないと云うのは解るけど…それでも、どっちが本業なんだ?お前は…」
「あははは…一応これでも、ナイトオブラウンズだからね。それに、今は亡きユーフェミア皇女殿下の計らいで僕はこの学園に通えるんだ。なら、きちんと卒業して、報告したいしね…」
さりげなくユーフェミアの名前を出してみる。
卑怯なのかもしれない。
歓迎会の時のナナリーとの電話をルルーシュに振った事も…。
でも、これは軍務…そして、スザクにとって、やらなくてはならない事…。
「…枢木卿ともなると…大変だな…。こんな口きいていたら不敬になるのかな…」
「やめてよ…ここでは、僕もただの学生だよ…」
少し、間があったような気もするけれど、ルルーシュは元々こういう話し方をする。
いつも、頭の中でいろいろ考えている。
「なぁ、お前は、いつまで軍人でいるんだ?お前、日本人なんだろ?なんで、ブリタニアの軍人でいるんだ?なんで、ブリタニア皇帝の為に人を殺しているんだ…」
呟くような、絞り出すようなルルーシュの問いにスザクは答える事が出来なかった。
そう、今のスザクはブリタニア皇帝の側近だ。
ブリタニア皇帝の命令は絶対の立場にいる。
「ゼロを…捕える為だよ…」
その時には、その一言だけを返した。
―――ルルーシュ…今の僕の言葉に、何を思った?

学校が終わって、政庁に戻った。
多分、浮かない、暗い顔をしている。
「スザク?」
そんなスザクに声をかけられる。
「アーニャ…」
「今日は学校?」
「うん、そうだよ。一応、まだ学生だからね。アーニャは学校には行かないのかい?」
「別に…行きたいと思わないし…」
「そうか…楽しいけどね…」
いつも言葉の少ない少女だが、時折、痛いところを突いてくることがある。
「そうなの?今のスザク、暗い顔しているのに?」
言葉は短いが、かなり痛いところを突いてくる。
「…定期試験が近いからね…。あんまり学校に行っていないから、頭が痛いところなんだよ…」
「なら、医務課で薬貰えばいい」
鋭いところを突っ込んでくる彼女だが、天然にぼけてくれる。
「あはは…そうするよ…」
適当にアーニャの言葉を返して、自分の執務室に入っていく。
学校へ行っていた分の書類がたまっている筈だ。
執務室のデスクには書類が積まれていた。
「ルルーシュなら…30分で終わらせるんだろうけれど…」
そんな事をつぶやきながら、デスクの書類を手に取る。
スザクはこういった書類仕事は苦手だ。
だから、いつも、他のものに任せるのだが、どうしても、ラウンズの枢木スザクとして提出しなければならない書類は目を通さなければならない。
「体力バカ…」
口の中で呟いた。
ルルーシュが幼い頃からスザクをこう評していた。
「二人でも…奇跡は起こせないのかな…」
スザクはまだ、あの時の言葉に縋っていたのだろうか…
再会した時には既に、道を違えていたと云うのに…。
あの夏から7年たって再会した時、ルルーシュはアッシュフォード学園でルルーシュと云う名前以外、全てを偽ってアッシュフォード家に匿われていた。
スザクは、名誉ブリタニア人として、軍人になっていた。
ルルーシュはその後、7年前にスザクに言ったように、ブリタニアを壊すべく行動を起こした。
ゼロと名乗り、黒の騎士団を率いて…。
スザクは、そんな黒の騎士団を止めるべく、軍人として、彼らに刃を向けた。
涙が不意に零れる。
何故?何の涙?
最初は…ただ…日本のこの状況を何とかしたかった…
ただそれだけだった。
ルールに則り、誰にも文句を言われない形で、日本がもっと、平和に暮らしていける場所になって欲しかった…。
いつの間にか、その思いが変わってしまった事、状況に流されてしまった事を否定できない。

―――ルルーシュ…君は、今のこんな僕を見て、なんて答えてくれるの?やっぱり、君の口調で『このバカ…』って言いながら、僕に手を差し伸べてくれるのかな?あの頃の君なら…


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