親友〜side.lelouch〜

スザクが学校に来ている。
ルルーシュにとって、今では最悪の敵となった、ルルーシュ自身は今でも、彼を信じたいと云う気持ちと、もう彼は敵なんだと思う気持ちが心の中で葛藤している。
「おはよう、ルルーシュ…」
「ああ、おはよう、スザク…」
今は、ルルーシュが皇帝のギアスによって記憶を書き換えられている事になっている。
本当なら、スザクとは、本来のルルーシュとして話もしたかったが、今の、自分やスザクの状況はそれを許してはくれない。
ルルーシュとスザクが、共に、ナナリーの事を話す事が出来ない。
「今日は、軍の方はいいのか?」
差し障りがないと思われる話題を振る。
今となっては、スザクはルルーシュにとって最大の憎悪の相手である、父、ブリタニア皇帝シャルル=ジ=ブリタニアの騎士、ナイトオブセブンなのだ。
「あ、うん、学校に通っているのだから、ちゃんと、勉強しろって…総督にも云われちゃって…」
総督…今のエリア11の総督は、ルルーシュの妹、ナナリーだ。
ナナリーからはルルーシュの記憶は消されてはいなかった。
多分、ナナリーからルルーシュの記憶を消してしまってはルルーシュが記憶を取り戻した時に、エサとして使いにくくなる事を懸念したのだろう。
確かに、実際に会った時にナナリーからルルーシュの記憶がなくなっていれば、ルルーシュに対するダメージは大きいだろうが、何も、ゼロに対していやがらせをするのが目的ではないのだ。
「ルルーシュ、ここを教えてくれない?」
普段、軍の仕事で殆ど勉強など出来ないスザクは、ルルーシュが記憶を書き換えられる前と同じような態度で、ルルーシュに教えを請う。
「ああ、ここはだな…」
スザクの開いたテキストに目をやりながら、ルルーシュは一つ一つ、スザクに解り易いように説明する。
ルルーシュはどう説明すればスザクが理解出来るのか、熟知していた。
「ああ、そうか!やっぱり、ルルーシュは教え方がうまいね…。もっと真面目に勉強すればいいのに…」
「今のままでも、スザクの解らないところくらいは教えられる。それで充分だろ?」
お互いの心にどす黒い何かを、自分たちは望まない状態で抱えたまま、表面上は以前と変わらぬ親友同士を演じている。

―――スザク…もう…あの頃には…戻れないんだな…。
ふっと、そんな事がルルーシュの頭の中をよぎる。
なんだか自分で苦笑してしまう。
自分が初恋だと思った…
大切に思っていた異母妹…ユーフェミアを自分の手にかけたのに…だからこそ、一人でも構わないと…そう考えていた筈なのに…。
「我ながら、ここまで感傷的だったとは…」
思わず、自嘲を含んだ苦笑をする。
もう、自分の手は十分過ぎる程血で染まっている。
自分の策略によって消えた命は数えきれない。
自軍、敵軍の兵士を含め、一般市民の犠牲だって、目を瞑ってきた。
ルルーシュとて、人を殺したい訳じゃない。
「俺が、こんなに色々な物のはざまで自分の心を乱す事になるなんて、思わなかったな…」
思わず口に出てしまう言葉が増えてしまう。
―――キィ…
屋上に出てくる扉が開く。
「誰だ?!」
「兄さん、僕だよ…」
そこにはロロが立っている。
あの、ブリタニア皇帝に植えつけられた記憶の為に、ルルーシュに宛がわれた弟…そして、ルルーシュの監視役…。
「……」
「そんな、顔、しないでよ…。僕はもう…兄さんの敵じゃないよ…」
ロロはちょっと複雑そうな笑顔でルルーシュに云う。
「ああ…お前は…確かに、俺の…弟…だ…」
「うん、そう。僕は兄さんの弟だよ…」
恐らく、スザクの復学で、ルルーシュが色々と考えている時間が増えた事を察して、心配して様子を見に来たのだろう…。
「ねぇ、必要なら、僕は、彼を殺す…。僕なら、あいつを殺せるよ…」
ロロがあまりに冷静に、その外見に似合わないセリフをさらっと放つ。
「お前は…もうそんな事をしなくていい…。お前は、もう、人殺しなんてしなくていいんだ…」
自分でもロロの言いたい事は解っている。
それをはぐらかすように、ロロに答える。
「兄さん、本当は、枢木スザクときちんと話をしたいんでしょう?でも、出来ないから、苦しんでいる…」
「……」
さくっと言われてしまい、言葉が詰まってしまった。
そう、スザクと、もう一度、話をしたいのだ。
それでも…今のルルーシュにはそれが出来ない。
それをやったら、ルルーシュはC.C.を捕らえる為のエサにされた揚句、殺され、黒の騎士団は殲滅される。
「なぁ、ロロ、お前は、どうして俺の事を許す?お前は、俺がお前を捨て駒にするつもりなのを知っていたのだろう?」
「知っていたと云うか…徐々に解ってきたという感じだけど…。でも、僕は、兄さんと出会うまで…あんなに優しい思い出は…なかったんだ…」
「……」

ロロは、常に、暗殺の為だけに動いてきた。
ただ、生きる屍のように、言われるままに、人を殺してきた。
そう、ギアスを与えられたから…。
「僕は…ずっと、人を殺してきた…。1年間も、人殺しをしなかったなんて…僕の記憶の中にはないんだ…。人殺しをしなかった1年間、僕は、それまで感じた事のない何かを感じていた…」
「そうか…お前のギアスは…確かに、人殺しをするには好都合だな…」
「兄さんと出会う迄は、僕の中に、喜怒哀楽なんてなかった。だから、最初は戸惑った。だって…記憶をなくしている状況で、兄さんは、僕を弟として慈しんでくれたから…」
ロロはルルーシュの弟役として、ルルーシュの監視をしている時、初めて感じる感情に戸惑った。
そして、徐々にルルーシュの兄弟への深い愛情に流されそうになるのを必死に抑えていたのを覚えている。
「でも、それは…恐らく、深層心理の部分でナナリーの事を慈しんでいた…。お前じゃない…」
「そんな事は僕にだって解っているさ…。僕は、あの時の兄さんの知らない兄さんの事実を知っていたんだから…。でも、それでも、兄さんの弟としての任務は…僕は嬉しかった…」
ルルーシュが苦笑しながらロロに云うが、ロロはなんだ、そんな事…と云った表情でルルーシュに返事を返す。
素直な気持ちと云うのは、どれだけ頭をひねらせて、策略を講じて見ても、相手がその策略に落ちていく事はない。
「ねぇ、もう一度聞くよ?」
「なんだ?」
ロロがもう一度、その、無邪気な顔に似つかわしくない鋭い光を瞳に湛えて、ルルーシュの目を見つめて問いかける。
「兄さん、枢木スザクは、兄さんを苦しめているの?」
「スザクが俺を苦しめているんじゃない…。今の状況が、俺とスザクを引き裂いた、今の状況が…俺の中で重くのしかかっている…」
「兄さん、正直、僕は、枢木スザクの存在を消したいよ…。あいつさえいなければ、兄さんは、もっと、自由に戦えるんだ…。ナナリーの存在だって、僕にとっては、ある意味邪魔だけれど…でも、ナナリーは兄さんにとって、戦い、生きる為の理由だ…。だから、ナナリーは生きていて貰わなくては困る…」
ロロは静かな口調で…でも、その言葉に重みを感じさせて、ルルーシュに語りかけている。
「ロロ!!」
ルルーシュは声を荒げてロロの胸倉をつかむ。それでも、ロロは顔色一つ変えずにしゃべり続ける。
「でも、枢木スザクは…兄さんの事を何も解っていない…。解ろうともしていない。、兄さんは、そんなあいつをただ、許している。本当は、彼に傷をつける事も出来ないくせに…彼と戦い続けている…。それでも枢木スザクと闘いながら、苦しんでいる。」
「俺は…別に苦しんでなどいない…。ただ、あいつは、俺をあの皇帝に売り払った…その憎悪があるだけだ…」
―――本当に…?
ロロは、そんな表情で、ルルーシュの瞳を見つめている。
そのロロの瞳に対して、ルルーシュは言葉が出てこなかった。

一人になってみると、さっき、ロロに言われた事…かなりの部分で、痛いところを突かれている。
確かに、スザクは、ルルーシュ…否、ゼロに対して、憎しみしか持っていないだろう。
それでも、ユフィの敵を討つ為に、記憶が書き換えられている事になっているルルーシュに対して、親友として接している。
「スザクと…以前のように話をする…何をそんな夢物語に縋りついているんだ…俺は…。結果がすべてだと…いつも、いつも…」
ユーフェミアを自分の手にかけた事は事実だ。
紛れもなく、自分の暴走したギアスを抑える事が出来ず、ギアスのかかったユーフェミアをルルーシュの力だけで抑える事が出来ず、一度は手を取り合おうと思ったのに…でも…殺して…。
言い訳など出来ない。
懺悔したところで、コーネリアも、スザクも、決してルルーシュを許しはしない…。
だったら、その罪をすべて、自分の中に…そう、そう決めたのだ。
だから、すべてが終わったら…ルルーシュは…許されるのなら…スザクのその手で…そう思っている。
ずっと、自分を思い続けてきてくれたカレンに、申し訳ないと思う気持ちがない訳じゃない…。
でも、今、自分にできる精いっぱいの懺悔になる。
そして、スザクも、スザクの手で、ルルーシュを、ゼロを殺す事を望んでいる…。
ナナリーとスザク以外に大切な者がなかった頃なら、とっくに、スザクにその命を差し出していただろう…。
「いっそ、記憶が戻っている事を…スザクに話すか…。さりげない、会話の中で…スザクが望むままに…」
スザクは、ユーフェミアを失った時の怒りを忘れてはいない。
ただ、逆上に駆られて動いても、空回りするだけだと云う事を、あの、ルルーシュが引き起こした戦いの中で学んだのだろう。
決して、表に、特にルルーシュにはその憎悪の感情は見せたりはしない…。
未だに、あの時に失った親友の事は…嫌でも理解できてしまう自分が情けないと思う。
スザクはもう、二度と、あの頃のように、ルルーシュを親友として、笑いかける日は来ないと云うのに…。
恐らく、ルルーシュだって、目の前で、紅蓮がランスロットに討たれれば…スザクを心底憎むだろう…。
今、ルルーシュの中で、自分が大切な存在として思っている3人の中で、唯一、自分の傍に残ってくれたのはカレンだけなのだ。
絶対に…手放すなんて、考えたくない…。
「俺は…俺は……」
自分は…欲張りなのだろうか…。
ただ、大切な者が、笑っていてくれるだけでいい…。
別に、皇帝の権力が欲しい訳じゃない。巨万の富が欲しい訳じゃない。
ただ…ナナリー、カレン、スザクと笑い合っていたいだけなのに…

―――キィ…
部屋の扉の開く音…
「なんだ…今度はC.C.か…」
「なんだとはなんだ…。私は別に、説教をしに来た訳ではない…」
手には、宅配ピザの箱が収められている。
「食うだけ食ったら、さっさと出ていけ…」
吐き捨てるようにC.C.に向かって放つ。
「お前…死のうなんて、思うなよ?契約をしているのだ…。私が絶対にお前を死なせたりはしない…。今まで、私がしてきた事は、変えるつもりはない…」
―――ふん…いつだって、お前は…
ルルーシュはそんな思いを隠そうとせずにC.C.を睨む。
「私は契約した時に言った筈だ…」
―――王の力はお前を孤独にする…その覚悟があるのなら…
あんな、瀬戸際状態でのC.C.の言葉…忘れた事はない…。
そんな事は解っていた。しかし、ルルーシュとて、どれ程大人振ったところで、まだ、高校生の子供だ。
この年齢で、そこ迄の帝王学、習得できる訳もない。
彼の過去の経験を計算に入れても、ここまでできれば十分合格点だろう。
ただ…それは、普通の人間であれば…。
ギアス能力によって、王の力を得たのであれば、そんな事は言い訳になる訳はない。
「枢木スザクはお前のギアスによって失った人間だ。いい加減、気持ちにけじめをつけろ…」
言われている事は理解出来る。
しかし…自分のどこかで、スザクに対する執着が消えていない。
初めての友達…。
母が死んで、ナナリーがあのような身体になって、ルルーシュにとって、自分とナナリー以外の人間は…すべて、人間には見えなかった。
あからさまな敵意と侮蔑…。だから、友達なんていなかった…。
しかし、敵国である日本に来て、敵国の首相の息子と…友達になった…。
大切にしたかった…。
自分の存在の所為で迷惑をかけたくなかった。
だから、あの時…アッシュフォード伯爵の手を取った…。
「そんな事は解っている…俺は…」
「なら、さっさと決めろ…。お前の弟が言ったように、息の根を止めておいた方がいいと私も思うぞ…」
「な…」
多分、ルルーシュの理性の中では解っている。
ルルーシュがゼロをやめない限り…スザクの存在は危険だと云う事を…。
それでも、ルルーシュの中にあるスザクとの…あの短い夏の思い出が…いつも、その理性の判断の邪魔をしている。
恐らく、今の段階で、スザクが誰かに殺されたりしたら、ルルーシュは使えるものをすべて使ってでも、スザクを手にかけたものを探し出し、ルルーシュの手でその人間を殺すだろう…ルルーシュは自分の心の中にそう云う気持ちもある事は解っていた。
「俺は…スザクは殺さない…。でも、自分のやるべきことはすべてやって見せる…」
「言っている事が矛盾しているぞ…。枢木スザクはお前のやる事に対して、全力で阻止するべく立ち向かってくるのだぞ?」
「それでも…俺は…スザクを殺さない…」
そう言葉を発するルルーシュに対して、複雑な表情を見せた。

―――殺さない?殺せない…の間違いだろう…


『対峙』へ戻る 『親友〜side.suzaku〜』へ進む
『運命の騎士』メニューへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾