運命の騎士〜対峙〜

ここ数ヶ月、何度もブリタニア軍と小競り合いを続けている。
とりあえず、負けてはいないが、完全勝利と言えるものは一つもない。
大分、物資や人員も充実してきているとはいえ、それでも、依然として、物理的な不利は変わらない。
『ゼロ、朝比奈機、被弾…。帰艦します』
『紅蓮可翔式、ブリタニア軍左翼を突破…』
「よし、カレンはそのまま前進…。朝比奈隊の残存部隊はカレンの隊と合流…その後、紅蓮のフォローを…」
ここのところ、カレンのパイロットとしての才覚が著しい。
故に、ブリタニアからも一番の標的となっている。
スザクは出て来ていないが、他のラウンズの2機に集中攻撃を食らう事もしばしば…。
そう云った過酷な状況の中で、カレンは更にパイロットとしての才能を伸ばしていっている。
「くっ…スザクを出しなさいよ…どこに雲隠れしているのよ…」
『お嬢さん、今は俺で我慢してくれないかな…』
カレンとジノが闘いながら、お互いに悪態づいている。
その隙を見て、アーニャがすかさず、紅蓮に向かって、発砲する。
「後ろからしか狙えない、惰弱者にやられるほど、私は甘くないのよ…」
そう叫びながらモルドレッドから放たれるシュタルカハドロン砲を避けて、モルドレッドに向けて一撃を加える。
『ホント…ブリタニアにいたら、確実にラウンズになっていたのにな…今からでもどうだい?』
ジノが感心しながら話しかけてくる。
カレンには茶化されているようにしか聞こえてはこないが…
「あんな連中に魂を売る気はないわ!」
二人のラウンズを一人で相手にしている黒の騎士団のエースパイロットにジノ自身、半ば、敬服のような感情さえ出てくる。
カレン自身、半分はブリタニアの血が流れているが、ブリタニア人としていい事など何もなかった。
母は、カレンの父親の屋敷でメイドとして仕え、カレンの事を『カレンお嬢様』と呼んだ。
父親の正妻は常にカレンに冷たく当たった。
「ブリタニアなんて…」
シュタットフェルト家にいて自分にも兄にも気の休まる場所などなかった。
あからさまな差別、母の立場…様々な思いがすべて、思い出すだけで吐きそうな程耐えられなかった。

そんな戦いのさなか、会話を断ち切るように砲弾が飛んできた。
「スザク…」
『ジノ、アーニャ…ここは引いてくれ…。彼女は僕が…』
『スザク…その女の何?』
アーニャが珍しく戦いに関係のない言葉を発した。
『僕の…元同級生だよ…』
『そうか…俺的にはお近づきになりたかったけどな…』
ふざけたような口調でトリスタンとモルドレッドが後方に引いていく。
「スザク…そろそろあんたとも決着付けたいんだけど…」
怒りと憎しみを込めてランスロットに対して声をかける。
日本人でありながら、ゼロを、日本を裏切り、そして…ルルーシュを皇帝に売った男…。
『黒の騎士団としての君に対しては、僕は、容赦はしない…僕も、ナイトオブラウンズとしてエリア11を守る使命がある!』
「エリア11じゃない!日本よ!」
そんな怒鳴り合いをしながらも、この二機の闘いは白熱している。
カレンにとって、既にスザクはただの憎い敵でしかなかった。
「あんたが、そうやって、日本を裏切って、ゼロを殺そうとするなら…私は最後まで日本を、ゼロを守るわ!」
『僕は日本を裏切ってなどいない!』
スザクの声にカレンの顔に怒りが込み上げてくる。
裏切っていない…スザクははっきり言い放っている。
スザクとて、将来の展望をどのように見ていても、カレンに裏切っていないと力いっぱい力説したところで、カレンに通じる訳がない事は解っていた。
ただ…

スザクがナイトオブセブンとなってスザクに対しては様々な感情が向けられるようになった。
ブリタニア本国では、ブリタニア皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアには、格別な信頼の念を持って重用されている。
スザクはその理由を知っているが、ブリタニア本国で、そんな事情を知る者は誰もいない。
ブリタニア本国でのスザクへの評価と云えば、
『ゼロを皇帝に差し出してナイトオブラウンズの地位を要求した成り上がり者』
とか、
『自分の母国を簡単に裏切った男。いつ、ブリタニアも寝首を掻かれるか解らない存在』
など、決して、耳障りのいいものではなかった。
しかし、元はナンバーズとはいえ、ナイトオブラウンズだ。
皇族の軍からも独立し、自分の意思で行動することを許されている立場だ。
内心はどうであれ、少なくともスザクの目の前では一応の礼節を払うが、あからさまに屈辱的だと云う表情を隠さないものも多い。
その度に、スザクはユーフェミア…今は亡きブリタニア第3皇女の顔を思い出している。
守れなかった…目の前でゼロに撃たれた自分の主…。
『スザク…私に力を貸して頂けませんか?』
ユーフェミアのあの時の言葉の中にはこう云った事を含めて発せられたことなのだ…スザクはそう思って、外野のどんな言葉にも耳を貸さなかった。
それに、ずっと気になっている事もある。
『君を…終わらせる…』
そう云った相手、ゼロ…否、幼馴染で、たった一人の友達、ルルーシュが何故、あんな結果を生み出してしまったのか…。
ルルーシュなら、絶対にあんな形ではない結果を出すことは可能だった筈…。
それに、ルルーシュはユーフェミアを憎んでいた訳じゃない。
むしろ、ルルーシュとナナリーを蔑んでいた王宮内で数少ない理解者で、笑い合える相手だった筈だ。
あの時には冷静な判断が出来ていたかどうかは解らない。
ただ、今、こうして考えている自分の方が、多分、後々納得できる結果を生み出せるような気がしている。
「ルルーシュ…今は、君とちゃんと話す事が出来ないけれど…。でも、いつか、本当の君と、きちんと話をしたい…。僕にかけたギアスの事…ユフィの事…」
だからこそ、任地はエリア11を希望した。
恐らく、そこに住むイレブン…否、日本人たちからは裏切り者としてしか見て貰えない。
尊敬していた藤堂も、今は黒の騎士団の幹部としての存在…。
スザクが追うべき存在だ。
「…ただ……こんな状態じゃ、話せないね…。ゼロが目覚めたら、僕はゼロを倒さなくてはいけない…。でも、ルルーシュ…僕は本当の君と話がしたい…」
自分でも、矛盾していると苦笑してしまうが、ルルーシュをブリタニア皇帝の前に引きずり出してからずっと、そんな風に考えていた。

『スザク!あんたなんかにゼロは渡さない!』
コックピット内にカレンの声がこだましている。
ルルーシュの恋人だと云う事は知っていた。
だからこそ、ゼロを守ろうとする彼女の気迫は本物で、スザク自身、冷静に接している時には気圧される事がある。
「カレン!君はゼロに騙されている!君だって、彼の正体を知っているだろう…」
今のところ、現在の黒の騎士団を率いているゼロが本当にルルーシュなのか、正直解らない。
声は確かに、1年前、ブラックリベリオンの時に対峙したゼロと同じだが、声など、なんとでも変える事が出来る。
ただ…これまでの戦術を見ていると、ゼロそのもの…つまりルルーシュだ。
『私にはゼロはゼロ…。裏切り者のあんたにゼロについて、とやかく言われたくないわ!』
「なら…君も黒の騎士団として全力で討つまで…」
―――君のその矛盾…いつか君を殺すよ…
ロイドの言葉が思い出される。
『白き死神』
今、世界でスザクはそう揶揄されている。
元々はランスロット一機で相手の軍を全滅させられる能力がある事からの揶揄であるが、噂と云うのは色々と変化するもので、今では、エリアの鎮圧、EUとの戦闘でも極悪非道の悪鬼のごとく語られている。
しかし、今はそんな事を気にしている時ではない…。

スザクのランスロットの前にカレンもかなり苦戦している。
以前、何度も戦っているが、これほど厄介な相手もいない。
正直、命を助けるから投降しろ…などと言われると屈辱であるが、あれだけの力を持ちながらもスザクは人を殺す事を好まない。
カレンはそんな甘い奴に手こずっている事に正直、腹が立ってくる。
―――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ…
ゼロの言葉…。
あの言葉を聞いた時、自分を振り返って、見ると、どうだったか不安になった。
そして、改めて自分の中で覚悟を決めた。
「私は…お母さんの為に…お兄ちゃんの敵を取る為に…その為に私は…」
口の中で呟く。
恐らく、ランスロットのコックピットには聞こえていない。
自分の身を守る為に日本を売った奴になど、負けたくない…カレンの思いだった。
「…日本を…ゼロをブリタニアに売り払ったあんたにだけは…絶対に負けない!スザク、あんたは、自分の同胞を売って出世した…。同胞を売る事さえ厭わないあんたなら、スザク、あんたの売った日本人に撃たれて…あんたは死ぬのよ!」
知らない内に両目から涙が出てきて止まらなかった。
何の涙かは解らない。
でも、ゼロを…ルルーシュを守りたい…その思いが、今は一番強い。
『なんて言われようと…僕はここで死ぬ訳にはいかない!僕は…生きなければいけないんだ…』
カレンはスザクの言葉を聞いて、さらに腹が立ったのか、輻射波動をランスロットめがけて放った。
カレンは、ルルーシュがスザクにギアスで『生きろ』と命じた事を知らない。
それ故に、腹が立って仕方がなかった。
「いい加減、あんたとのタイマンにも飽きたのよ…」
スザクが気付いていたら直撃は免れているだろうが、ダメージは避けられないだろう。
『…っく…』
『おい、スザク、一旦下がれ…このままじゃ、こちらが不利になる…』
「!?」
どうやら、トリスタンのパイロットの声…。
さっきのふざけた奴だ…。
『スザク…私たちはともかく…スザクがその赤いナイトメアに夢中になっている内に…他のナイトメアは殆ど動けなくなっている…』
アーニャの声にスザクは周囲を見渡す。
確かに、まともに戦っていたのはスザクとカレンだけのようだ。
『カレン、一旦撤退だ…これ以上消耗戦を続けても仕方ない…』
やっと、聞いてくれたか…と云ったような口調でゼロがカレンに通信で話してくる。
「解りました…ゼロ…」
そう答えて、紅蓮を反転させて、旗艦に帰る。

「カレン…今日はらしくなかったな…」
黒の騎士団がそれぞれ解散し、ルルーシュとカレンが二人で歩いていた。
これまで、ゼロの支持が聞こえなかった事など一度もなかった。
タイミングを間違えれば、決定的な打撃を受けていたかも知れないのだ。
「…ごめん……」
カレンは下を向いたままルルーシュに謝る。
「否…その事よりも、カレンの様子がいつもと違っていたから…それが気になってな…」
痛いところを突かれた。
カレンは顔を背け、その場に立ち止まった。
ルルーシュは無理矢理カレンをこちらに向かせようとしないで、カレンが自分から動いてくれることを待つ。
「あの…ルルーシュ…スザクって、ルルーシュの親友…だったんでしょう?初めての友達だって…」
どの程度時間が経ったのかよく解らないが、カレンが不意に口を開いた。
「…ああ……俺が、日本に送られて、スザクの家に預けられた。あの頃から、ブリタニアと日本の関係は良いものではなかったからな…。そんな中でも、スザクは『弱い者いじめは嫌いだ…』と云って、いつも助けてくれたよ…」
「スザクは、私があなたに騙されているって、今でも思っている…。本当のところ、私はよく分からない。でも、私たちって、みんな、それぞれに望みがあって、その為に利害が一致している人たちが集まっている…って事でしょう?」
「まぁ、そうだと思うが…。俺だって、ナナリーの為にゼロをやっているし、カレンだって、お母さんとお兄さんの敵を取る為にこうして戦っているのだろう?」
一人称は『俺』だが、言っている事は何だか、ゼロと話しているみたいだ。
同じ年の少年と話しているのに…ゼロは元々だが、ルルーシュはこういう時、遠くの存在に見える。
ブリタニアの皇子ではあるが、ずっと、辛酸を舐めてきているのだろうと思う。
それこそ、カレンやスザクではきっと、理解できない程に…
「ええ…それに…ゼロを守りたい…。私にとって、黒の騎士団にとって、ゼロは特別だもの…。だから、スザクの『騙されている』と云う言葉が…凄く嫌だった…」
「スザクらしいと云えば、スザクらしいじゃないか…」
ルルーシュがふっと笑いながら…でも瞳はどこか遠くを見てそう云った。
「…で……つい…我を忘れて輻射波動を…」
カレンの頭がどんどん下がっていき、声が小さくなっていく。
ルルーシュはちょっと複雑な笑みを浮かべて、カレンの頭をぽんぽん叩きながら
「カレン…お前が無事でよかった…」
「ルルーシュ…」
ルルーシュの行動にふっと頭をあげてルルーシュの顔を見る。
紫藍の瞳が優しくカレンを見ていた。
「お前は、お前の為に戦え…。絶対に死ぬな…もう、これ以上…俺の周りから、大切な人を亡くさないでくれ…」
「ルルーシュ…」
ユーフェミアの事も聞いた。
クロヴィスもゼロが殺したと云っていた。
いくら、王宮内での権力闘争でいい思い出は少ないにしても、血を分けた兄弟たちを殺さなくてはならなかったルルーシュの言葉がずしんとカレンに響いてきた。
ルルーシュは必要な事さえ、言い訳としてきちんと他人に話さない。
もし、ユーフェミアの事、ルルーシュがきちんとスザクに説明していたら、結果は少しは変わっていたかも知れない。
ただ…あの状況の中で、スザクが素直に聞き入れるかどうかは別の話だが…
「ルルーシュ…私は死なない…。だって、私が死んだら、ゼロを守れる人が…いなくなっちゃうでしょ?」
カレンが優しい目…しかし、強い光の宿った眼でルルーシュに言葉を放つ。
その言葉にルルーシュはやや面喰っているようだ。
「流石…カレンだな…。俺の目に、狂いはなかったって事だな…」
ルルーシュは空を見上げながらそう言葉を紡いだ。
自分が守るべきもの…大切なもの…ひとつでもあれば、ちゃんと自分は強くいられるのだ。
今まではナナリーだけだったが、今は、もう、ナナリーだけではない。

―――決して…俺の大切なものを死なせはしない…


『挫折』へ戻る 『親友〜side.lelouch〜』へ進む
『運命の騎士』メニューへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾