運命の騎士〜挫折〜

藤堂たちを救い出して、3ヶ月…。
ラクシャータや神楽耶たちとも合流し、活動も活発化させつつある。
ナナリーがエリア11の総督になると云うイレギュラーも発生し、今は、ナナリーはスザクの手の内にある。
ナナリーが自分から総督になると望んでいると聞いた時には正直、ゼロも、黒の騎士団もどうでもいいと思った。
イレヴンのゲットーの中で蔓延していたリフレインに救いを求めそうにもなった。
しかし…
「ゼロ、クルルギの部隊だ…」
『よし!ならば、ミッションナンバーAで突入しろ…』
「了解!」
ルルーシュがまた、ゼロとして戦おうと思ったのは、カレンの覚悟を知った事と…そして、スザクやブリタニアの軍の企みを知った。
知った理由は些細な偶然だった。

配下の者の中で何やら妙な噂が出ていると云う。
ナナリーが総督の挨拶のときに口にした『特区日本』の話…。
スザクはその時には把握していなかったという。
元々、ナナリーにはルルーシュの事はかなりのでたらめを教えていたと云う事、予想は出来ていた。
そうでなければ、スザクを傍に置く筈はない。
「スザク…」
思い出すたびに怒りが込み上げる。
善人の顔をして、ルルーシュ…ゼロを殺す為に手段を選ばない。
「お前は…俺に言ったな…。間違った方法で手に入れた結果に意味はないと…。お前の云う正しい方法と云うのはこういう事か…」
ナナリーの為のゼロ…それが当初の目的だった。
だけど、今は、それだけに留まらない。
だけど、ルルーシュにとっての最優先はナナリーだ。
ナナリーをコマとした事…絶対に許さない…。
『ゼロ、全機殲滅を確認!』
「よし、全機、ルートBを使って帰艦せよ!」
『了解!』

戦闘の終了を確認し、モニターを切る。
ほぅ…と息をつくと、リフレインに手を出しそうになったあの時の自分を思い出す。
よかったと思う。
止めて貰えて…。
そうでなければ、今頃、ゼロとしての存在どころか、人としての存在としても意味がなくなっていた。
「カレン…」
口の中で呟く。カレンはアッシュフォード学園で生徒会にいた。
故に、ルルーシュが妹を大切に慈しんでいた事を知っている。
そして、スザクの噂を聞いた時のルルーシュのあの怒りを今でも鮮明に覚えている。
「大切なもの…か…。まさか、ナナリーと…スザク、以外にそんな風に思えるものが出来るとはな…」
スザクは今、最強最悪の敵…ナナリーはその敵の手の内にある。
今、自分の手の届くところにいる大切なものはカレンだけだ。

―――時はやや遡り…
『ルルーシュ…今のあなたは、ゼロなのよ!?』
『私たちに夢を見せた責任があるでしょう!だったら、最後の最後まで騙してよ…今度こそ最後まで完璧にゼロを…演じ切ってみせなさいよ…』
 あの気の強いカレンが、半ば、泣きそうになって、吐くように叫んだ。
再会した時の威風堂々としたルルーシュじゃない彼を見た時、カレンは愕然とした。
本当は、リフレインを使わせないのは当然として、ただのルルーシュに戻らせた方がいいのかもしれないとさえ思った。
でも…
『私は、ゼロの親衛隊長…。ゼロを守るのが私の役目…』
と、決死の思いで、ルルーシュに声をかけたのだ。
自分の言いたい事を言ったあと…カレンは、ルルーシュの頭を自分の腕に抱いた。
「ルルーシュ…私はあなたの代わりにはなれない。私では"ゼロ"にはなれない。でも、あなたが望むなら…あなたの代わりに…」
ルルーシュは閉じかけていた目を見開いた。
カレンがゼロに…
「お前がゼロになるなど…無理だ!それに、紅蓮はどうする?」
「私じゃゼロの代役は無理なのは解っている。でもね…賽は投げられちゃったの…。だから…私は…」
ルルーシュはカレンの腕を振り払うように頭を上げた。
「お前は…」
「…悔しいけどね…私、あなたが思っているよりもずっと、あなたの事好きなの…。でも、あなたは、いつも、ルルーシュであると同時にゼロだから…私が見ているあなたはいつも辛そうだった…」
ぽつぽつとカレンが話している。
声が震えているのも解る。
カレンはナイトメアのパイロットとしては一流だ。
恐らく、今、黒の騎士団でスザクと互角に戦えるのは彼女だけだ。
「だから…私はいつも辛かった。本当は、あなたにばかり、甘えちゃいけないって解ってる。ナナリーがちゃんと、守られているなら、あなたにとってはこの戦いは、あなたの闘いではなくなる…」
「バカな…」
「でも、辛いんでしょ?私は、あなたの一番近くで、あなたの戦い方を見てきた。あなたが記憶を取り戻す前にみた、カジノでのチェス…正直、見惚れたの…」
カレンが記憶を探るように目を瞑る。
「私にはあんな事は出来ない。そんな事は解っているわ。でも、私にはまだ、取り戻さなくちゃいけないものがあるの。だから…私が…」
涙が零れていた。
カレンの顔をじっと見て、ルルーシュが立ち上がりカレンの体を抱きしめる。
大切なものをそっと、抱きしめるように…
「ごめん…カレン…」
「ルルーシュ…辛いなら、辛いって言っていいのよ?」
カレンの言葉にルルーシュがはっとする。
そう…自分はきっと…ずっと辛かったのだ…。
別に、戦いたい訳じゃなかった。
ただ…ナナリーが幸せに暮らせる世界であれば…それでよかったはずなのに…
「暫く…このままでいていいか?」
「……うん…」
ルルーシュは…ただ、声も出さずに、涙を流していた。
カレンはそんなルルーシュの顔を隠すように、ルルーシュの頭を抱いていた。

戦闘は日に日に激しくなっていく。
もともと、ブラックリベリオンで壊滅させられてしまい、物資も人員も全然足りない状態だったので、戦力不足故に、頭をフル回転させている状態だ。
ラクシャータたちに新しいナイトメアの制作を急がせてはいるが…
「今のところは、ギリギリのところで守っているが…今のままでは絶対的に戦力が足りない…」
「確かに…今、戦力は足りない…。でも、協力を申し出てくれている人たちはいるわ。人員は難しいかもしれないけれど、物資に関しては…」
「それに、新総督が『特区日本』をぶち上げたおかげで、日本人はかなりのアレルギー反応を示しているからな…。ユーフェミアがあの時、大量虐殺をしたおかげで、日本人はたぶん、早々賛同できないだろう…」
主要メンバーがテーブルを囲んで、現状の問題を話し合っている。
ゼロは…カレンがいい含めて、ルルーシュを置いていない。
C.C.がいれば、必ず、ルルーシュに情報は伝わる。
リフレインに手を出しそうになっていたルルーシュを見て、カレンはC.C.にだけは報告した。
C.C.もルルーシュの状態を慮って、何も云わなかった。
C.C.自身は別に、ルルーシュがゼロをやめようが、黒の騎士団をやめようが興味がないが、それでも、あのような形でナナリーから拒絶される形になってしまい、変な事を考えられても困る。
「とりあえず、今は、戦力の補強と情報収集に当たる事を最優先とする。今の状況では、いくら、ゼロでもこれ以上は…」
「そうだな…。どれだけ戦略を練ったとしても、絶対的な物量にはかなわないからな…」 「とにかく、『特区日本』がどのように動いているか、調査することを考えるんだ。再び、あのような犠牲は払う訳に行かないからな…」
ユーフェミアの時には失敗した『行政特区日本』。
カレンはルルーシュがリフレインに手を出そうとした時に聞かされた。

『ユフィは…俺のギアスの所為で…』
『え?』
カレンが驚いたように目を見開く。
ユーフェミアと云えば、ブリタニアの第3皇女…。
ルルーシュの異母妹だ。
ルルーシュが全てを語らなくても、発せられた短い言葉と彼の表情で、その時の状況を理解した。
『今の俺は、自分でギアスの制御が出来ない。だから、C.C.はあの箱を俺に渡したんだ。』
『あ…あの時の…』
ルルーシュをバベルタワーから助け出した後、C.C.がルルーシュに渡した小さな箱…。
特殊加工されたコンタクトレンズ…。
今はそのレンズをつけている事もあり、両目とも、深い紫の瞳だ。
だが、スザクがゼロの仮面を撃ち落とした時、ルルーシュの眼は深い深紅…まるで、血液が溶け込んだような色をしていた。
『普通に会話をしていた…。俺がゼロである事を知っていたんだ。ユフィは…。あの時、ユフィの云う『行政特区日本』に協力しようとも思った。彼女は…皇位継承権と引き換えに『行政特区日本』を掲げていた…と知ったからな…』
少し、自嘲を含むような表情で少しずつ吐露し始める。
カレンは言葉も出ず、ただ、ただ、ルルーシュの言葉を黙って聞いていた。
『俺が、ギアスの事を話している時…俺の意思とは関係なく、ギアスが…』
泣きたいのを必死にこらえようとして…言葉が出てこなくなる。
『ルルーシュ…泣いちゃいなよ…』
ふっと、カレンが口に出す。
『え?』
まるで子供のような反応をカレンに返す。
『あなたは凄い…。凄いから忘れちゃうんだけど…あなたは私と同じ、17歳なのよね…。ナナリーを守るためとはいえ、元々はこんな争いをしたがる人じゃない…でも…自分の意思とは関係なく、出来ちゃうのよね…。藤堂さんや扇さんが一目を置く程に…』
ルルーシュがカレンの顔を見ると、カレンが優しい顔でゆっくりと話す。
『正直、シンジュクゲットーであなたが私たちの指揮を執った時、悔しかった…。どこの誰かも解らない奴がいきなり出てきて、指揮を執るんだもの…。しかも、ブリタニアの正規軍をバタバタ倒していくし…』
『……』
『私にもあんな風に出来たら…ってゼロに憧れると同時に、嫉妬もした。長い間、私たちが必死になって戦っても勝てなかった相手を、武器を変えずにあなたの指揮一つで勝っちゃうんだもの…』
少し懐かしむような表情で、カレンはルルーシュを見た。
ルルーシュはまだ、なんとなく呆けたような表情をしている。
呆けていると云うよりも、助けを求めていると云うべきか…
『でも、あれは、あなたの本意でやっていた訳じゃない。何かを守りたくてそれを守る為に利害の一致した私たちと共に闘った…』
『それは…カレンたちだって自分の守りたい者のために戦っていたのだろう?お前は自分の母親の為に…』
カレンの母親は、厳しい現実に耐えられずにリフレインに溺れた。
そして、今、廃人の様になって、病院のベッドの上にいる。
ルルーシュにもそう云うべき存在がいる。

黒の騎士団がゼロなしでテーブルを囲んでいる頃、ルルーシュはただ、海を見ていた。
幼い頃、スザクと一緒にナナリーを海に連れてきた。
あの頃の思い出が蘇って来る。
正直、もう、必要がないなら…自分自身を消してしまいたい。
本当に必要として欲しい人に必要とされていない、しかも、自分の存在が邪魔になっているのだ。もう、戦う理由が見つからない…。
「ユフィ、母さん…俺は…」
数歩先には地面がなくなっている。
数歩、歩みを進めれば、海の魚の餌になる。
今なら…それもいいかもしれない…。
そう思って、前に足を出す。
「兄さん!」
背後から、ロロの叫び声が聞こえる。
「だめだ!兄さん…」
虚ろな目をしてルルーシュがロロを見る。
泣きたくても涙も出ない…と云った感じだ。
「ロロ…機情に伝えろ…ゼロは死んだと…」
多分、ルルーシュ自身、何を言っているか解っていないだろう。
「何を言っているんだ!兄さん…やめてよ…」
ロロがかけだして、後ろから抱きついてルルーシュの足を止める。
「ロロ…放せ!もう、俺は…」
「兄さん、約束を忘れたの?僕の未来をくれるんでしょう?僕たち、二人きりの兄弟じゃないか…」
「お前は…俺の監視役だろ…別にまた、新しい任務で新しい兄弟が出来るだろ…」
「……なら、カレンさんはどうするの?兄さんの大切な人なんでしょう?」
「……」
ふっと、ルルーシュの動きが止まる。
その隙を見て、ロロがギアスを発動し、ルルーシュを安全な場所まで引きずっていく。
「…ギアスを使ったのか…」
「ごめん、兄さん…。でも…兄さんにとって僕は必要ない存在でも、僕にとっては、兄さんが必要なんだ…。だから、捨て駒でも何でもいいから、使ってよ…」
ルルーシュに縋るようにロロが言葉を発する。
ルルーシュはその言葉にはっとした。
「お前…気が付いていたのか…」
「そりゃ、解るよ…。僕は…兄さんの弟だから…」
少し切なそうにロロが笑った。
「でも、兄さんの言葉、嬉しかったんだ。それに、僕に誕生日をくれた…」
「……」
「兄さん、僕がいる。僕は絶対に兄さんの傍から離れないから…僕を利用してもいいから…だから…死ぬ事なんて、考えないでよ…」
ルルーシュがすくっと立ち上がり、ロロを立たせる。
まだ眼は悲しい色を湛えたままではあるが、さっきのようなバカな真似はする事はなさそうだ。
「ロロ、帰ろう…心配をかけてすまなかった…」
「うん、兄さん…」
二人は伴って、暗くなったその道を歩いて、家路についた。

―――その直後、スザクに対する不信感を強める噂を耳にする事になる。


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