運命の騎士〜再会〜

卜部たちの犠牲もあり、ルルーシュは記憶とギアスを取り戻した。
「C.C.済まなかった…。カレンも…」
彼女たちの知る、誇り高い口調でルルーシュが言葉を発した。
C.C.は顔色を変えずに
―――別に…お前は私の契約者だからな…
と一言で済ませる。
カレンは言葉が出ない。
代わりに強気な右手がルルーシュの頬を打ちつけ、その直後にルルーシュの胸元に抱きつく。
ルルーシュはその勢いによろけながらもしっかりと受け止めた。
「バカルルーシュ…心配したんだから…。何も言ってくれないし…私は…あんな形でルルーシュの秘密なんて知りたくなかった…」
涙声になって半ば叫ぶようにルルーシュの胸を拳で打ちながら言葉を吐き出す。
ルルーシュだって、何か事情があって云えなかったのかもしれないと思っていても、そんな事は頭から吹っ飛んでいた。
「ごめん…。ごめん…カレン…」
ルルーシュはただ、カレンの背中に右腕を回し、左手でカレンの髪を撫でる。
ゼロである事を記憶から消し去られ、カレンの事も記憶から消えていた。
ゼロの記憶がないと云う事は、黒の騎士団に関する記憶もないと云う事だ。
カレンの事は同級生としての記憶があったが、本当に同級生の一人としての記憶に書き換えられていた。

こうして思い出すと色々と怒りが込み上げてくる。
スザクの事、父の事、そして…ナナリーまで奪われてしまった自分自身…。
そして…学園のみんなまで、記憶が書き換えられていた…。
自分の無力さに腹が立つ。
「C.C.、現状はどうなんだ?黒の騎士団は?」
「お前が捕らえられ、ブラックリベリオンが黒の騎士団の敗北になって、政庁付近にいたやつらはみんな、捕らえられた…」
「そんな事は解っている。ディートハルトやラクシャータはどうした?それに、皇の姫君も…」
「ディートハルトたちは中華連邦に逃れた。で、たまたま、外苑部で戦っていた少数だけが残った。」
「私も、ルルーシュを追いかけて行ったから、無事だったの…。もし、政庁の周辺にいたら…私も、逃げ切れたかどうか…」
紅蓮弐式でも…とも思うが、物量ではどうしたって、あの時の黒の騎士団ではブリタニアには敵わない。
エナジーフィラーの燃料が切れれば、どれだけ優秀なナイトメアでも、パイロットでもどうする事も出来ない。
「そんな事よりも、藤堂たちだ…」
ルルーシュが彼女たちの会話を遮るように言葉を挟む。
今の黒の騎士団では圧倒的に戦力が足りない。
どれだけ、ルルーシュが戦略を巡らせても、現状の戦力では小競り合いにも勝てない。

「藤堂さんたちは、まだ生かされているわ。ただ、いつ、処刑されるかは解らない…」
「まぁ、ゼロが現れたんだ…。いずれ、ゼロを誘き出す為の餌として…利用されるだろうな…」
ルルーシュの一言に二人が会話の内容を変える。
確かに、今は、オレンジよりも藤堂たちの事の方が重要だ。
「俺を誘き出す為だと云うなら…公開処刑だろう…。もし、俺がカラレス総督…もしくはその代理として実権を握っていれば、一番手っ取り早いし、ゼロを崇拝する人々に目の前でゼロが倒れる姿を見せつける事も出来るからな…」
ルルーシュのその一言に、カレンはぐっと言葉が押し殺される。
C.C.は
―――まぁ、そうだろうな…と云う表情でルルーシュを見る。
「じゃあ、近い内に公開処刑を執行すると云う報道がされるだろう…。どうするつもりだ?ルルーシュ…」
ルルーシュが考え事をする時にはいつも右手の人差し指を横向きに顎に当てる仕草をする。その仕草を見せながら頭の中でいろいろ考えているようだ。
「カラレスの後、誰が指揮官になっているか…が問題だな…」
「ただ、それを確認する術はあるのか?いくらなんでも、今の人員ではどうにもできないぞ…恐らく、公表された時には準備時間としては時間が足りない状況になるに違いないぞ…」
「もしかしたら…」
カレンが二人の言葉の間に入る。
「コーネリア皇女が行方不明になっているって云う事で…確か、まだ、日本にギルバート=GP=ギルフォードがいるって聞いた事あるけれど」
「ギルフォード?」
ギルフォード…第2皇女であるコーネリアの騎士だ。
コーネリアらしい人選だと思える程、冷静沈着で頭脳明晰でコーネリアへの忠誠心は誰よりも強い。
「まぁ、ルルーシュなら、ギルフォードが出てきてくれた方が助かるな…」
「……」
「?なんで?」
「あの男は、ルルーシュを裏切ったコーネリアの妹の騎士によく似ているんだよ…」
枢木スザク…ルルーシュを皇帝に売った男…。
ルルーシュの幼馴染で親友だった男…。
ルルーシュが誰よりも信じていた…誰よりも手放したくなかった…。
でも…今は…ルルーシュが最も憎悪を抱く男の為の騎士になっている。
そう、ナイトオブラウンズに…。
ルルーシュの全身が小刻みに震える。

「ルルーシュ…」
カレンが悲しい目をしているルルーシュと同じ目そして、それでも、何とか慰めようとする目をしてルルーシュの肩に手を置く。
「カラレスの配下にあれほどの人材がいるとは思えない。もし、ギルフォードがこのエリア11がいるとすれば、カラレス亡き後は、急遽、彼が出てくる可能性が多分にある。コーネリアが行方不明の今、彼が他の皇族に仕えるとも思えないからな」
もし、コーネリアの生存を信じているならば、彼女が行方不明になった日本で、彼女の帰りを待つだろう。
もし、ブリタニア軍に保護されていれば、確実にギルフォードに連絡は入る筈だ。
コーネリア不在のこの状況で、ギルフォードが日本にいる理由などひとつしかない。
「となると、ルルーシュはどうするつもりだ?」
「手勢がそれ程いる訳じゃない。それに、俺は今、監視下にいるんだ。恐らく、学園の外でも、完全な監視状態だ…」
「だから…そうするつもりよ?」
「だから…これからその監視の目をかいくぐる方法を探すんだよ。今の状態ではどうしたって俺自身が動けない。」
「……」
意外と云うか、本当に、ルルーシュの考えてる事が解らない。
二人は対照的な表情を見せているが、これまで、ルルーシュの判断で動いて基本的には失敗した事はない。
ルルーシュが望んでいるか否かは別にしても、彼は軍略の天才だ。
カレンも記憶を取り戻す前のルルーシュのチェスの操り方に目を奪われた。
―――やはり…彼は天才…
と…。
「カレンは、中華連邦総領事館で紅蓮をスタンバイさせて待機していてくれ」
「え?何でここ?」
「恐らく、中華連邦への牽制も加味してここの近くで公開処刑を行われる可能性が高いだろう。それに、ルルーシュは中華連邦の総領事館の治外法権域に合衆国日本を建国宣言しているんだからな」
「そう、もし、ギルフォードなら黒の騎士団を根こそぎ捕縛して、コーネリアの行方を探ろうとするだろう」
「……通信コードは以前と変わっていないわ」
カレンが一言言葉を発する。
「そうか、なら、ブリタニア軍からナイトメアを拝借してもいいと云う事か…」
「まぁ、その方が手っ取り早いが…今のままでは、ギアスの暴走は抑えられないぞ…だからこれを使え…特注品だ。暫くはそれで、ギアスを隠せる。」
そう云いながら、ルルーシュに小さな箱を渡した。
中には色の濃いコンタクトレンズが入っていた。

『行政特区日本』の宣言の式典の時にはルルーシュのギアスの制御は利かなくなっていた。
それ故に、ユーフェミアを殺さざるを得なくなった。
誰がスザクにギアスの事を話したかは知らないが、最後に彼と対峙した時には既に、スザクは怒りと憎しみいっぱいの眼差しでゼロを…否、ルルーシュを見ていた。
「お前らにはもう、ギアスは利かない。C.C.はもともとギアスが利かないし、カレン、お前にももう使えない…」
「……たの?」
カレンが下を向いて、小さく呟くように問いかける。
「ん?」
「ルルーシュはいつ私にギアスを使ったの?何の為に?」
やや震えているが、顔をあげ、はっきりとした口調でルルーシュに尋ねる。
瞳には涙が零れそうになっている。
ルルーシュを救い出した時にも、その事で銃口を向けられた。
きちんと話しておいた方がいいだろう。やや間を置いて、ルルーシュが口を開く。
「カレンと初めて同級生として対峙した時だ。」
「え?」
「お前の姿を見て、シンジュクゲットーのナイトメアパイロットに似ていると思った。俺も、ギアスを手に入れ、行動に移そうと思ったから…。だから、お前の事と聞きたかったが、ゼロの事を伏せなくてはならなかったから…」
「本当に?」
「ああ、意味のないウソはつかない。お前にそんなウソをついたところで、俺にとって得になる事はない。」
ルルーシュがはっきりとした口調でカレンの目を見ながらに断言した。
「カレン、ルルーシュはウソは言っていない。と云うか、今の言葉にウソの要素はない。信じてやれ…」
今のやり取りを見ていたC.C.が小さく言葉を発した。 「……解った。その言葉を信じる。私は、また、ゼロの親衛隊隊長でいいの?」
「ああ…頼む」

ルルーシュは一旦、アッシュフォード学園に戻った。
「ルルーシュぅ…」
コメカミにいくつもの青筋を立てたヴィレッタが仁王立ちしている。
「あ、先生…」
焦った素振りを見せる。
全てを思い出したルルーシュはおどけながらも頭の中をフル回転させる。
ヴィレッタ=ヌゥ…ゼロの秘密を知り、恐らくルルーシュの監視役としてアッシュフォード学園に潜入しているのだろう。
「今、着替えてきますから…」
「さっさとしろ!教師だって、暇じゃないんだぞ…」
「だったら、補習なしにしましょうよ…」
普段と変わらない軽口を叩く。そう、怪しまれてはならない。
ヴィレッタには一度ギアスを使っているのだ。
だから、もう、ギアスは利かない。
「お前!本気で言っているなら…本気で殺すぞ…」
いつもの調子でヴィレッタを挑発して、走りながら更衣室へ向かう。
―――ヴィレッタ…恐らくは俺の監視役…。と云う事は、機情(機密情報局)か…。あの、皇帝の事だ。
常に俺は見張られている。
それに…
などと考える。
運動そのものが苦手であった事も考慮されているようだ。

着替えながら、いろいろ頭の中を駆け巡る。
ナナリーの行方、あの、弟と名乗っているロロ=ランペルージの事、そして、スザクの動き…。
時折、スザクの戦果がニュースなどで報道されているのを見た。
どうやら、本当にナイトオブラウンズに入り、皇帝の犬になったらしい。
その事に、歯が砕けそうな程食い縛り、手に作られた拳が震える。
「スザク…お前は…」
複雑な思いが行き交っている。
スザクに怒りを覚えているのは確かだが、それだけではない。
何故、お前はここにいない…多分、今のルルーシュの中で一番強い思いがこれなのかもしれない。何となく、泣きそうになっている自分に気付く。
「まさか…この俺が…」
いや…今はそんな事を考えている場合じゃない。
目先の問題は藤堂たちだ。
「さて…どうする…」
学園に帰ってきたはいいが、この先、ずっと監視状態が続く。
恐らく、学園にいる間は勿論、自室にいる時、否、携帯電話での会話やパソコンでの通信やアクセスも傍受されている。
多分、今の自分の環境を考えた場合、そう、想定した方が最善だろう。
「とりあえずは…」
相手の目を誤魔化す為にも、今はヴィレッタの補習を受ける事にする。
とにかく、出来る範囲が狭いから、一瞬のチャンスも逃す訳にはいかない。
そう思いながら、更衣室を出て、ヴィレッタの元に向かう。

「ねぇ、ルルーシュは動けるの?」
中華連邦総領事から与えられた一室でカレンとC.C.がテーブルを挟んで出された中国茶を飲んでいる。
「さぁな…ただ、私もカレンもアッシュフォード学園にはこのままでは入れない。ルルーシュだって、監視状態なのだ。下手に動けば藤堂たちを救い出す前に我々も捕まって、カレンは確実に拷問されて、殺される。」
そんな事は、カレン自身も解っている。
カレンの兄はブリタニアに殺された。
母は現状を受け止めきれずに、ゲットーで流行っていたドラッグ…リフレインに侵された。
今、カレンは自分がブリタニアに捕まって殺される訳にはいかない…そんな事は解っていた。
「そう云えば、あんたは何でブリタニアに追われてるの?」
「……」
C.C.はやや困ったように笑みを浮かべて何も答えない。
「まぁ、いいけど…。とりあえず、ゼロが戻ってきても、まだまだ、私たちには足りないものばかりで…1年前、ゼロが現れる前の私たちよりもひどい状況だものね…」
確かに、ブラックリベリオンで、ゼロを失うと同時に黒の騎士団の99%を失った。
今残っているのは、その時に残った黒の騎士団の残り少ない遺産だけだ。
紅蓮弐式が手元に残ったのだって、殆ど奇跡だ。
「まぁ、あいつは必ず勝算0を勝算50くらいにはあげてくれるさ。これまでにだって、あいつがマイナスからプラスにして黒の騎士団を導いてきただろ?お前はゼロを…ルルーシュを信じていればいい…」
C.C.が目を伏せながら出されている茶を飲みながら答える。
確かに、ここで焦っていても仕方がない。
とにかく、ゼロの指示を仰がなければ、実戦部隊であるカレンにはどうしようもない。
そして…

―――藤堂たちの公開処刑を執行すると云う報道が、その翌日になされた。その時から、ルルーシュのカウントダウンが始まった…


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