ルル先生と僕(後編)


 スザクの突然の…『ヤダ』には…ルルーシュも驚く。
一体何があったと云うのか…
スザクを見ると…今にも泣きそうな顔になっている。
「スザク?一体どうした?」
ルルーシュが驚いてスザクに尋ねる。
普段、時々悪ガキになる事は知っていたが…こんな駄々のこね方は…多分、ルルーシュが幼稚園から小学校に入学する事になった時以来…そんな気がする。
「だって…だって…ルルーシュ…その…『センパイ』とか言う人と…」
スザクの言葉に…ルルーシュは一瞬、頭の中で『?』が飛び交った。
こんな風に言うからには…恐らく、スザクは本気でこんな状態になったらしい。
と云うか、本当に泣き出している…
子供の頃から甘えん坊だとは思っていたが…
しかし、ある程度の年齢くらいになった時には、ルルーシュとしては、『そこまでスザクに嫌われてしまったか…』と云うくらい、様々な場面で誰かと一緒に何かをしようとすると、邪魔しに来ていた。
いつの間にか…ルルーシュが特定の誰かと付き合う事がなくなった。
―――まぁ、人付き合いはそれほど得意な方じゃないからいいか…
位には思っていたのだが…
人好きのする笑顔を振りまけるスザクがうらやましいと思わない事がなかったわけではないが、不都合を感じた事はないし、『駄犬』だが…調教のしがいがあってこれはこれで楽しいと思う。
体力バカなスザクが必死になって、自分と同じ高校、大学へ行きたいと…そう考えている姿に…不安を覚えないわけではなかったが、スザクの真剣に頑張る姿に、ガラにもなく少し感動してしまった自分がいたのも事実だ。
「おまえ…何を言っているんだ…。大学へ行けば当然の事だが、人間関係を学んでいかなくてはならない…。こう云う時に色々コネとか作るんだよ…。社会に出てから色々必要となるからな…」
ルルーシュにしか…本当の意味で懐かないこの、『駄犬』は…本当にしょうもない事で駄々をこねてくれる…
確かに人好きする笑顔をばら撒いているが、基本的に駄々をこねるのも、その時に宥めて云う事を聞く相手もルルーシュだけだ…(涙目になってしまった時には既に、スザクの両親でも手がつけられない)
―――しかし、スザクはまだ、こんな事を考えていたのか…
何故、ここまでルルーシュを独占しようとしたがるのかがよく解らないのだが…
「まさか…ルルーシュ…その…コネとか云うやつの為に…そいつのいいなりに…」
涙目でそんな事を尋ねられ、訴えられると、少々頭痛を覚えるのだが…
「おまえ…怪しげな漫画の見過ぎだ…。今時、大学教授だって、『単位』をちらつかせて学生に妙な事をしたら普通に訴えられるぞ…」
やれやれと云った感じで答えてやるのだが…
せっかく、こんなにいい成績になったご褒美をやろうと考えていたのだが…これまたどう切り出せばいいか解らない。
「じゃあ…ルルーシュは…誰とも付き合っていない?無理矢理押し倒されたりとかしていない?」
続いてきたスザクの言葉に、ルルーシュとしては…頭を抱えたくなる…
―――どうしてこいつは…そんなところに頭が回るなら、二次関数に使えんのだ…
今度はルルーシュが泣きたくなった…

 でも、ルルーシュ自身、こいつの計算尽くの泣き顔とか笑顔と、素の泣き顔とか笑顔の見分けがつくので…今のスザクは大まじめにそんな事を訴えているのは解る。
そもそも、ルルーシュの中でそれほど他人に好かれている自覚がない。
と云うのも、自分自身、非常に無愛想な自覚はあるし、自分だって、いつでもスザクみたいにニコニコしている人間と話している方が話していて心地いい事は解っている。
そんな事は自分には無理だと悟った時、『無理して他人にあわせる必要はない…』などと考えてしまい、ここまでずっと、そう云った事に気を遣ってくる事はなかった。
しかし、大学生ともなり、就職などの進路を考えた時には、それなりの人間関係を築いておく必要があると、最初の1年の時に学んだ。
で、それに気づいた時から少しずつ、(相当めんどくさいとは思うのだが)同じゼミの学生や先輩などとそれなりに付き合うようになっていた。
ただ、やはり、これまでそう云った対人スキルを磨いてこなかった事もあり、なかなか要領を得ないので、たまに面倒な事を押しつけられる事もあるが…
ただ、スザクの勉強を見る…これに関しては、絶対に約束を破れなかったから…夜、飲み会などに誘われても、『未成年なので…』とか、『家の方が忙しいので…』など、色々理由を考えて断ってきた。(実際に誕生日が来ていないので、まだ未成年だし、家の方が忙しいというのは、多少語弊があるにしても、我が儘な大型犬の調教があるのは事実…。また、新歓の時、酷い目に遭ったので、すっかり懲りた事も理由の一つ)
その分、大学にいる時間は色々とうるさい。
―――本当は…リヴァルが妙なサークルに誘ってきて無理矢理入らされなければこんな筈ではなかったのだが…
大学に入ってすぐに声をかけてきた男子学生にほぼ無理矢理引っ張っていかれて現在のサークルに入らされた。
最初は名前だけという事だった筈だったのに…いつの間にやら、見事に雑用をやらされるようになったのだ。
その時の話をちょこっとしただけで…スザクはこんな顔をしているのだ…
「スザク…とりあえず、今回は予想以上にいい成績だったからな…。ちゃんと、ご褒美をやるぞ…。何がいい?」
涙目になってしまっているスザクの栗色の癖毛を梳きながら尋ねた。
いつの間にか…ルルーシュの身長を超していたスザク…
高校受験の時はまだ、ルルーシュの方が身長が高かったのに…今では本当にスザクはルルーシュにとって大型犬だ。
その大型犬が泣きそうになって身体を小さくしている。
「何でも…いいの…?」
「あんまり金のかかる事は困るがな…」
ルルーシュがちょっとふざけてそんな事を云うと、スザクはちょっと気分を害したかのような視線を送ってきた。
「僕…これまで、金銭や高級品を強請った事…一度もないよ…」
確かにスザクはこれまで金銭的なものを要求してきた事はない。
尤も、そう云う意味では…母子家庭のランペルージ家よりも枢木家の方が遙かに裕福だ。
「そうだったな…悪かった…」
「あのね…」
スザクがおずおずと上目遣いでルルーシュを見た。
ルルーシュとしても…そんな風に視線を向けられて…いったい何を要求されるのか…少しだけ不安になる…

 ルルーシュの中では
―――そんなに大変な事なのか?
と、少々不安にもなっているのだが…
しかし…スザクが口を開き始めて、出てきた言葉…というのは…
「後…受験まで毎月1回ずつ、全国模試があるんだけど…その時のお弁当…ルルーシュが作ってくれる…?」
そんな風に身を縮めて頼むから…いったい何を頼むつもりだったのかと思いきや…
「そんな事でいいのか?」
ルルーシュはうっかりそんな事を尋ね返してしまう。
「僕にとっては『そんな事』じゃないよ!多分、それだけで僕、すっごく頑張れると思う!と云うより…絶対に頑張れる!」
握り拳を作ってそんな事を力説するから…ルルーシュとしても一瞬きょとんとしてしまう…
「と云うか…ルルーシュ…僕が何を言うと思ったの?」
スザクの中での素朴な疑問…
しかし、その辺りは天然で鈍感で無自覚なルルーシュだ…
スザクの期待した答えは返ってこない。
「否…今度のテストの『ヤマ』を教えろ…とか…」
あまりにルルーシュらしい…
ここでスザクは脱力してしまう。
確かに…ルルーシュに下心付きで近寄ってきた連中は、スザクのその見事な笑顔で追い払ってきたのだ。
そして、ルルーシュ自身も、『まぁ、いいか…』という感じだったから…自分自身がどれだけ妙な意味も含めて人々の注目を集めているのかを解っていない…
「そっか…ルルーシュ…そんな風に思ってたんだ…。僕…ふざけて『ヤマ』教えて…って云った事あるけど…実際に教えて貰った事…ないじゃん…」
「確かに…そうだったな…。悪かった…。解ったよ…。ちゃんと、日を教えてくれ…。ちゃんとその日はおまえの好きなおかずを作ってやるから…」
極上の笑顔でそんな事を云われたら…頑張らない訳にはいかない…
スザクとしては…いつも、こんなルルーシュと一緒にいたいから…同じ高校に入学したし、同じ大学を目指している。
出来る事なら、仕事だって同じところで働きたい…
その為にたくさん、たくさん、頑張っているのだから…
「うん…。あ、後…受験の日も…」
スザクがそう付け加えると…ルルーシュが『ふっ』と笑った。
「ああ…解っているよ…。おばさんにはちゃんとそう云っておけよ?弁当二つも持っていくのは変だろ?」
「大丈夫…母さん、僕の事よく理解しているから…」
そんな事をあっけらかんと答える辺りはスザクだと思うし、それを容認してしまっているスザクの母親もスザクの母親だと思う。
「そうか…まぁ、あと少しだし…頑張れ…。どうせ、俺が何を言ったところで…と云うより、この期に及んで進路変更は大変だけど…な…」
ルルーシュの言葉にスザクはむっとする。
「何言っちゃってるのさ…僕はルルーシュと同じ場所に行く!それは変わらない!」
相変わらずの言葉だ…
本当にこれでいいのか…と思う気持ちはないが、ここまで言い切っている時、ルルーシュが何を言ったところで聞く耳を持つワケがない。
それは…過去にも経験済み…
解っている事だ…
「解った…とりあえず、昨夜の復習をするか…。どうにも、昨日のところはちょっと、苦手らしいからな…」
ルルーシュの言葉で…スザクはやっと、いつもの表情に戻った。
そんなスザクを見て…少しだけ…安心したようにルルーシュは息を吐いた。

 それから…受験の日まで…とにかくスザクは頑張った。
ルルーシュも真剣に向き合ってくれたし、スザクの苦手なところを的確に見つけて、確実に克服させる。
そして、進路指導の教師も、担任も、驚いている。
挙げ句の果てに…
『どんな魔法を使ったんだ???』
と云う事にまで話が発展している。
最初の内は色々と適当に誤魔化していたが…
毎日あまりに五月蠅いので、ある時、うっかり、
『2年前に卒業した…ルルーシュ=ランペルージ君に…家庭教師して貰っているんです…』
と云ってしまった…
その後、ルルーシュの家には結構、既に卒業した高校から色々と電話がかかってきた。
確かに、毎日、毎日、しつこく『何でこんなに成績が上がっていったんだ!おまえは!』と尋問されてはばらしてしまうのも解らないでもないが…
そんな事で、授業が終わった後も教師に付き纏われては、受験生としては迷惑極まりない。
大体、スザクは自分でレベル違いだと解っているところに受験しようとしているのだ…
何も、受験勉強を精一杯頑張らなくてはならない時期にそんな事を問いただすのは教師としていかがなものかとは思う…
教師の方だって、スザクの進路調査票に書かれている大学がスザクにとっては相当難しいレベルだと解っているのだろうから…
おまけに、スザクは『ルルーシュのいるところじゃなきゃイヤだ!』とか云って、第一志望しか書き込んでいなかったのだ。
ルルーシュの通う大学は、総合大学で…学部が違うと校舎が違ってしまう。
だからこそ、スザクは学部まで拘ったのだ。
そして、その為に努力も惜しまなかった。
本当なら…スポーツ推薦で引く手数多の大学を全て蹴っ飛ばして…
尤も、スザクの通っている高校は有数の進学校だ。
スポーツ推薦での進学と云う事は基本的にはない。
成績優秀者は指定校推薦などで進学を決める。
ただ…ルルーシュの進学した大学は、この高校からの推薦はない。
だから、ルルーシュは普通に受験して入学した訳だが…
ルルーシュは、何かとルルーシュに拘るスザクが心配だったが…
それと同時に…人付き合いが下手で、自分の周囲にあまり人を置いて来なかったルルーシュに…物心ついた時からルルーシュに懐いて、慕ってくれていたスザクの存在は…確かに行き過ぎたところを感じない訳でもないのだが…それでも、悪い気はしない…
と云うか、こうして、ルルーシュの事で駄々をこねるスザクを見ていて…うれしいと思う事もある。
ただ…そう云う事を…黙認し続けて…スザクの人生を左右してしまっているような気がしてならない。
本当なら…スザクはもっと、自分の得意分野の進路を選んでいたかも知れない…
そんなスザクが…ルルーシュに拘って、本当はもっとスザクを輝かせる場所があったかも知れないのに…と思ってしまう…
何となく…心の中にチクリと刺さるものがあるが…それを敢えてここまで黙ってきたのは…恐らくは…ルルーシュの我が儘…なのだろう…

 そんなスザクの頑張りを全てぶつける日が来た。
「ほら…スザク…弁当だ…」
ルルーシュの作った弁当をスザクに渡す。
普段は恐ろしく度胸の据わっているスザクだが…
流石に緊張しているようだった。
確か…高校受験の時もそうだった…
「あ…ありがとう…ルルーシュ…」
ルルーシュから弁当を受け取るその手が…震えている。
普段はこういう時の度胸があるのはスザクの方だと思われがちなのだが…実は、ルルーシュの方がこういう時の肝っ玉が据わっている。
見た目だけで云えば、ルルーシュの方がナイーブに見えるらしいが、見た目によらず、ルルーシュはこういう時は結構あっさりしている。
スザクの場合、普段、明るくふざけている所為か、こう云うナイーブな部分を誰も知らない。
「大丈夫だ…俺がおまえの勉強を見ていたんだぞ…。そんなに緊張していたら…簡単にできる問題も出来なくなる…」
「う…うん…解ってるんだけど…」
声が完全にあっちの方に行っちゃっている感じだ…
「スザク…合格したら…何が欲しい?学生が払える程度のものなら買ってやれるぞ…」
ルルーシュが一言、そう云うと…スザクが『え?』という顔でルルーシュを見た。
スザクはこれまでにルルーシュに対して金銭的、物理的要求をした事がない。
こう云った提案をすると、すぐにスザクは『僕、これまでルルーシュに金銭や高級品を欲しがった事なんてないでしょ!』と怒り出す。
「ルルーシュ…頭いいくせに…何で…いつも僕にそう云う事聞くかな…。僕…これまでルルーシュに金銭や高級品を欲しがった事なんてないでしょ…」
いつもより、力のない声…、震えている声…
でも、ルルーシュの耳にははっきりと届いた。
「大丈夫だ…その台詞が出てくるなら…。合格した時…ホントに何が欲しいか考えておけ…。ちゃんと用意してやる…」
ルルーシュの顔を見ているスザクに、そう云って笑いかけてやる。
「ホントに?何でもいいの?僕…これまでに一番の我が儘を云うよ?」
どうやら、これまで、ルルーシュに対して我が儘を云っていた自覚はあったらしいと…内心でルルーシュが苦笑した。
「解った…なんだ…?」
「合格するまで内緒…」
「そうか…まぁ、あんまり無茶を云ってくれるなよ?」
「何だよ…ルルーシュじゃないか…ちゃんと用意してくれるって云ったの…」
何とかスザクは表情を和らげるだけの余裕が出来たらしい。
「解った…。まぁ、物理的に無理なものではなさそうだからな…。欲しいなら、全力で合格してこい!」
「うん…行ってきます…」
スザクはルルーシュに見送られながら…歩き出した。
ルルーシュは『やれやれ』と云った感じにスザクの背中が見えなくなるまで見送っていた…

 ルルーシュの言葉に…ガッツが出てきたのか…少しだけ、頑張れる気がしてきた…
―――僕が欲しいものなんて…1つだけしかない…。絶対に…絶対に…合格しなくちゃ…。ここまで頑張ってきたんだ…。だから…絶対に…
しかし…スザクとしては…無自覚に、あんなに嬉しい事を云ってくれるルルーシュには…ちょっとだけ複雑な思いを抱いていた…
―――ホントに…僕がただ、幼馴染みのお兄ちゃんが大好きで…ここまで頑張っちゃったと思っているのかなぁ…。僕が欲しいもの聞いたら…ルルーシュ…どんな顔をするのかな…


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