枢木スザク…多分、現在、18年の人生の中で、一番頑張っているかもしれない…
それは…理由はいくつかあるが…
元の発端は、
『僕、ルルーシュと同じ大学の、同じ学部に行きたい!』
と云う一言だった。
ルルーシュと云うのは、スザクより2つ年上の幼馴染のお兄さん…
しかし、このルルーシュ…とにかく、アイドル顔負け綺麗な顔をしていて、頭がよくて、料理がうまくて、天然さんで、おまけに無自覚さん…
スザクとしては…このお隣のルルーシュが県外の大学へ行ってしまわなくてよかったと思っている。
スザクが生まれた時から…ルルーシュはお隣のお兄さんだった…
そして、ずっと一緒に育ってきた。
スザクはルルーシュが大好きで…とにかく、付き纏っていた。
と云うのはルルーシュの談だが…スザクとしては、天然で、無自覚なルルーシュを守っているつもりだった。
ルルーシュに寄って来るのは、女に限らず、男も寄ってきた。
それほどの美人さんだったし、彼の醸し出すオーラは…誰をも魅了するもので…
そんなルルーシュにスザクにとっての『悪い虫』を寄せ付けないように…必死の努力を重ねてきた。
高校入試のときだって、ルルーシュとは1年しか被らないと云うのに、ルルーシュの通ったどう考えてもルルーシュと同じレベルの高校に行けるだけの頭があったとは思えないが…その時にもルルーシュに頼み込んで家庭教師をして貰って…(恐らく、下から数えた方が早いだろうが)合格をもぎ取った。
今回も…受験シーズンとなり、スザクの母親からは、
『21世紀最高の無謀ものがうちにいたわ…』
と云われ、家庭教師をこの無謀な息子の為に高校受験の時と同じように、スザクの母親に頼まれたルルーシュからは、
「お前…俺と同じ大学、学部へ行って何をする気だ?どうせなら…今度こそちゃんとお前にあった学校を選ぶべきじゃないのか?」
と云われた。
確かに、母親の云う事は解らない訳でもないが、スザクとしては、
―――僕にあった学校は…ルルーシュの通っている学校…。ルルーシュと同じ進路なら…これから先もルルーシュと一緒にいられるし…
と思っているのだ。
スザクが運動関連の進路を進んだ方がいいと云われるのはしばしばだし、今通っている高校は元々スザクの学力で行ける筈のなかった学校だったけれど、実際に、ルルーシュの助けがあったとはいえ、ちゃんと入学して、ちゃんと留年する事もなく3年まで進級しているのだ。
進路指導の教師からは何度も『お前は一体何を考えているんだ…』と云われている。
それは、入学当初から云われているから今更だ。
全国的にも偏差値の高い、スザクの通う高校を…剣道で個人戦とはいえ、全国大会で優勝させてしまっているのだ。
しかも、1年の時から、3連覇…
学校側としても扱いに相当困っただろう事は予想が付く。
で、進路調査をしたら…ルルーシュの通う大学名と学部名を書いて提出したのだ。
そりゃ、学校側としても扱いに困ると云うものだ…
現在、ルルーシュは大学の中でも一般教養課程なので、割と時間が取れると云う事で、時間のある時はスザクの勉強を見ているのだ。
スザクが自室で、ルルーシュの用意したテキスト(これはルルーシュが受験の時に使っていたテキストのお下がり)とルルーシュに出された課題のノートを自分の机の上において待っていた。
ルルーシュが受験の時に使っていたテキスト…
頭のいいルルーシュでも相当努力をしていたのか…
剥がし忘れているフセンやら、ルルーシュが書きこんだと思われる解説メモが残っている。
ルルーシュに頼み込んで貰う時には…
『こんな俺のお古でいいのか?相当汚いぞ?』
『大丈夫…。これがいい!それに、使える物を使った方が経済的でしょ?』
などと云って、半ば無理やりこのテキストを貰い受けたのだ。
確かに、ところどころ破けているところもあるし、何度もめくったのか、ページにはクセもついている。
それでも、スザクにとっては、大好きなルルーシュと同じ物を使って勉強しているのだから…これを私服と云わずして何を私服と云うのだろう…と思っている訳なのだが…
ただ…どうもルルーシュとは頭の作りが違うらしく、それこそ、受験勉強の為の家庭教師を頼んだ時には…ルルーシュも困った顔をしていた。
―――確かに…今の学校じゃ、下の下の成績だったからなぁ…あの頃…
既に、入学当初から授業内容はちんぷんかんぷんだったのを思い出す。
おまけにスザクは中学の時には剣道の大会で全国優勝していた事もあって、この学校にあった剣道部へとひっぱって行かれてしまった。
元々、ルルーシュと一緒にいる為にこの学校を選んだし、ルルーシュと同じ進路を進んで行くための手段だったから、高校に入ってからは剣道をする気はなかったのだ。
ただ…スザクが何故、この学校に入学してきたのかを…どこで聞きつけてきたのかは知らないが…当時の剣道部部長が知ったらしい…
卑怯にもルルーシュを使ったのだ…
今でもその事は許せない…
当然だが、最初の内はきっぱり断っていた。
でも、ルルーシュとしても剣道部の部長に付きまとわれていた事にほとほと困っていたらしいし、自分の所為でルルーシュが困っていると理解した時に…スザクは折れたのだ。
その時、ルルーシュはスザクのこう言ってくれた…
『お前が部活をやって勉強できない分、俺が出来るだけみてやるから…』
と…
その言葉に涙が出そうになった…
そして、剣道部に入り、部活をしながら、ルルーシュに勉強を教えて貰う生活が始まった。
その時、ルルーシュは既に3年生で自分の勉強も大変だと云うのに…
それでも、スザクに付き合ってくれていた。
『大丈夫だ…お前が問題を解いている間、俺は自分の受験勉強をするから…』
そう言って、笑ってくれた。
それが…どれほど嬉しかったのか…きっと、ルルーシュは知らないだろうとスザクは思っている。
だからこそ、一生懸命勉強した。
そんな風に笑ってくれるルルーシュと一緒にいたかったから…
そんなルルーシュと離れるんが…絶対に耐え難かったから…
大学に入ってからもルルーシュの家庭教師、相変わらず続いていた。
ルルーシュは高校の時も部活動などはやっておらず、基本的には学校で必要最低限の事だけして、後は自分の好きな事をやっていた。
ルルーシュ曰く、
『頭の悪い犬を調教するのは面白い…』
とのことだったが…
口が悪いのは昔から出し、スザクに対してはいつもこんな感じだから、スザク自身もその言葉を真に受けて落ち込む事はなかったが…
ただ、ルルーシュにそんな事を云われ続けている内に、本当に自分は『犬属性』になって行った気がする。
否、元々そう云う素質があって、ルルーシュに云われ続けてそこに目覚めてしまったのか、ルルーシュに云われている内に単純なスザクがそう思い込み、暗示にかかってしまったのかは…正直解らないのだが…
それでも、ルルーシュがスザクを『犬』呼ばわりするのは…スザクの中で、『僕はルルーシュにとって少しは特別なんだよね?』と都合のいい方に考えている。
これはこれで便利な性格だと思う。
それに、ルルーシュはムチばかりじゃない。
きちんとアメもくれる。
ルルーシュと一緒に勉強する時は、いつも夜遅くなってしまうのだが…
その度に、ルルーシュは自宅で色々と差し入れを作ってきてくれるのだ。
スザクが体脂肪率が少なく、筋肉の割合が多いから燃費の悪い身体をしている上に、全ての人間の行動の中で一番エネルギー消費の激しい頭を使う事をしているので、『糖分が足りないと脳みそが働かないからな…』と云って、ルルーシュが『よし!』と認めてくれた時に小さなご褒美も待っている。
そして、定期試験や全国模試で、スザクの掲げた目標より高い点を取れた時には…スザクが半ば強引に強請ったのだが…
それまた御褒美付き…と云う訳だ…
本当は、誰の為にスザクは勉強をしているのだか…と云う感じなのだが…
それでも、ルルーシュはスザクに優しいのだ。
それが嬉しくてたまらなくて、つい、我儘を云ってしまう。
見た目はクールそうだし、綺麗な分、冷たい雰囲気に見えるかもしれないけれど、ルルーシュは助けを求められれば決してそれを無碍に扱う事はない。
―――それは…僕だけが知っている事…
これまで、ルルーシュは誰とも付き合った事がない。
既に、20歳になろうと云うのにそれはどうかとも思うのだけれど…
でも、スザクはそれが許せなくて…『ルルーシュの弟の様な幼馴染』として、邪魔し続けていた。
幸い、スザクは童顔で腹黒い割に、それが他の人からはそんな風に評価されない何かを持っているらしい。
その、童顔と無邪気(に見える)な笑顔でルルーシュとお近づきになりたい人たちを遠ざけても何ら、文句を云われる事もなく…
恨まれる事もなく…
それでもめげない女の場合は…その『甘え上手』なところを見せて、ルルーシュから遠ざけた…。
どんな事をしていたかなんて…とてもじゃないけれど…ルルーシュには言えない。
そして、夜は、ルルーシュと二人きりで勉強をしている日々…
ルルーシュはどうしてスザクの為にこれほどまで時間を割いてくれているのか解らないけれど…
でも、理由なんてどうでもよかった。
とにかく、ルルーシュと一緒にいる時間が欲しい…
それだけだ…
同じ高校に行って、同じ大学の同じ学部に行って、同じところに就職して…
そんな、未来図を描いている。
ただ…よく思うのは…
―――なんで僕…ルルーシュより年下なんだろう…
と云う事だ。
確かにルルーシュの方が2つ年上だけれど…天然だし、鈍感だし…
スザクとしては、
―――僕が目を光らせていないと…誰かに悪い事されちゃう…
と考えているのだが…
ルルーシュの方が年上だと云う事は解っているけれど…確かに頭はいいし、頼りになるところはたくさんあるんだけれど…
どこか、何かが抜けているのだ。
詰めが甘いし、女に対して強く出られないし、女に囲まれたら…と云うか、目の前に来られてしまうと逃げる事も出来ないし…
だからこそ、スザクはルルーシュと一緒に勉強を頑張っている訳だが…
『はい、ルルーシュ…出来たよ…』
そう云いながらルルーシュに、自分のやった問題のノートを差し出す時のドキドキ感とか、その後、間違っていれば、懇切丁寧に…ルルーシュの几帳面さを表す様な説明をしてくれる仕草とか、正解だった時の『よし!よくできたな…』と云ってくれる時の笑顔とか…
確かに勉強その物は非常に苦手なジャンルだけれど…
ルルーシュと一緒にやっていても、苦手である事は変わらないのだけれど…
でも、こうしたオプションがあれば頑張れる。
そして…ルルーシュがこうしてスザクに付き合ってくれていると云う事は、ルルーシュにはまだ、彼女とか、そういった類のカテゴリーの人物がいないと云う証拠だ。
いつもルルーシュから子供扱いされてしまうが…
でも、そう云った部分では絶対にスザクの方がルルーシュより大人だと云う自負はある。
これまで、ルルーシュに近づいてきた女たちは片っ端からその、『笑顔』と『童顔』の仮面を使って追っ払ってきたのだから…
ただ…どうしても2歳と云う年齢差は…色々な不安を生む。
どうしたって、同じクラスにはなれないし、2年と云う時間…ルルーシュとは違う学校に通う事になるからだ。
現に今だって、ルルーシュは大学、スザクは高校に通っているのだから…
それが歯がゆいけれど…
でも、ルルーシュは必ず時間通りにスザクの家に来て、スザクの勉強を教えてくれる。
もうじき…ルルーシュが来てくれる時間だ…
それを思うとちょっぴりわくわくしてしまう事が今日はある。
ちょうど、今日、2週間程前に学校で行われた全国模試の結果が来たのだ…
その結果は…
自分でも驚く様な結果が出ていた。
勿論、担任の教師も驚いていた。
最初はカンニングをしたのではないかと疑われもしたが…それでも、そんな事をした覚えがないし、それを要領よくできる程器用な頭はしていない。
スポーツマンだけあって、ルールに関しては絶対守るという信念があったから…
尤も、カンニングに関しては監視カメラまで付けている念の入れようなので、チェックすればすぐに解る事なのだが…
やがて、ルルーシュが来る時間になり、ドキドキしながら待っている。
―――コンコン…
このノックの仕方はルルーシュのノックの仕方だ…
本当は、ノックなんて必要ないのに…と思うのだけれど…
「ルルーシュ?早く入って…早く…」
そう云いながら、スザクの方から扉の方へと向かって行く。
扉がゆっくり開くと…そこにはやっぱりルルーシュが立っていた。
「遅くなったか?悪いな…。ちょっと、大学の先輩につかまってた…」
ルルーシュのその一言に…スザクの顔が曇った。
さっきまで、全国模試の…結果を見せようと張り切っていた気持ちがすぐに吹っ飛んでしまった…
やっぱり…やっぱり…年齢が違って…同じ場所にいられないのが行けないのかと思ってしまう…
せめて、自分が年上だったら…ルルーシュが入学してくるまでちゃんと留年していた…。
高校で…
しかし、ここで重大な事を忘れている事は完全にスルーだ。
ルルーシュとスザクの学力は明らかに違う。
だから、ルルーシュが年上でスザクの勉強を見ていたから、ルルーシュと同じ学校に通えていたのだ。
スザクの性格では塾に通うなんて事は嫌がっただろうし、自主的に勉強するタイプでもない。
必要最低限の宿題はやるし、ちゃんと、赤点にならない程度の努力はするのだが…
それでも、その程度の努力では、とてもじゃないがルルーシュと同じ学校に行くなんて無理な話だった…
「大学の先輩…?」
「ああ…色々頼まれてしまって…。ホント困る…」
スザクの目には…そう云っているルルーシュの顔が『困っている』顔には見えなかった。
自分の体が冷えて行くのが解る。
「そう言えば、今日だっただろ?この間の全国模試の結果出るのは…」
ルルーシュのその一言に、スザクはやっと、その模試の結果表を右手で握りつぶしていた事に気づいた。
手からは汗をかいていた…
その様子に気づいたルルーシュは…
「なんだ…そんなに顔を青ざめる程、悪い成績だったのか?」
そう云いながら、スザクが握りしめている結果表をスザクの手から取り上げた。
スザクが思い切り握りしめていたから…くしゃくしゃになってしまっている結果表…
スザクの手から出てきた汗もにじんでいる。
「なんだ…凄いじゃないか…。これなら安全圏内だぞ…。おまけにお前が掲げていた目標の順位を遥かに上回っているじゃないか…」
ルルーシュが嬉しそうにそう云ってくれている。
普段なら…その言葉は天にも昇る心地なのだけれど…
「…だ…。ルルーシュ…ヤダ…」
スザクの口からやっと出てきたのは…その言葉だった…
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