スザクに手を引かれて、露店の並ぶ通りに戻ると…
「じゃあ、とりあえず、何か食べよっか…」
スザクにそう言われると…周囲からは色々な匂いがしてくる。
甘い匂い、ソースの匂い、醤油の焦げた匂い…
恐らく、この匂いの中にいるだけで空腹になりそうだと思えてしまう程…
「しかし…俺は…」
いつも何かと周囲の者が気にしてこうした場所での飲食は殆どした事がなかった。
「大丈夫だって…。先に僕が食べるから…」
にこりと笑って、こともなげに云ってくるスザクを見て、スザクに握られている方の手をぎゅっと力を入れる。
これまでも、『皇族』の立場と云う事で、何も危険に見舞われず…と云う訳にはいかなかった。
ルルーシュの食事も、ゼロの食事も、きっちり見えないところで管理されている。
しかし、ここは…皆に黙って出てきたお祭りの会場だ…
「でも…」
普段なら決してこんな顔をする事はないのだが…
二人きりの時、スザクの身を案じる時にはルルーシュはいつもこんな顔をする。
「大丈夫だって…。政庁の人たちが知らないと云う事は、ルルーシュの事を知っている人も知らないって事だし…。それに、このお祭りは枢木家がちゃんと監視している。一般人に犠牲が出ちゃうようなそんな事は絶対にないから…。今のルルーシュは『皇子殿下』じゃなくて、ただの…僕の『恋人』…でしょ?」
ルルーシュが何を心配しているのか手に取るように解るだけにスザクも、なるべくルルーシュに心配かけないようにと言葉を選ぶ。
「そ…そうだよな…。そうだった…」
ルルーシュが下を向きながらそう小さく呟いた。>
ルルーシュの心配はよく解るのだが…
今のスザクにとっては、この場の雰囲気をぶち壊すような心配と云うか、葛藤が心の中にあるのだ。
―――ルルーシュ…そんな風に僕を心配しながら、身体を震わせて、下向いて、そんなに可愛い事云うのやめてよ…。やっぱり連れてきたのは…間違いだったのかなぁ…
下を向いているルルーシュ…スザクの目にはルルーシュの白いうなじがもろに飛び込んでくる。
もし、ここが祭りの会場ではなく、二人きりの場所だったら…その場で押し倒しても、自分の良心が許してくれると思えてしまう程…スザクの理性を試しているような姿だった…
と云うか、この場で押し倒しても自分の良心が許してしまいそうな…
「スザク?」
スザクの必死の葛藤をよそに、ルルーシュが顔を上げると…やっぱりスザクの身を案じている顔をしている…
―――と…とにかく、何か食べ物でも食べよう…。とりあえず、今は食欲で誤魔化す…
と、まぁ、『スザクの心…ルル、知らず…』のような状態であるが…
ルルーシュの手を引きながらとりあえず、何か、こうしたお祭りならでは…の者を物色して歩き始める。
スザクに手を引かれながら…周囲を見渡すと…本当に色々なものが露店に並んでいる。
『いかやき』とか『やきそば』とか食べ物の露店があるかと思えば、『サメつり』とか『射的』と云った文字も目に飛び込んでくる。
どの店にも興味深そうに見ている人々、買い物やゲームを終えて、手に入れたものを手にしてまた、自分の行きたい店を物色し始める。
「……」
これまで、『皇族』として、主催者からのゲストとして呼ばれている祭りは…こんな雰囲気じゃなかった。
規模は確かに、普段出席している『祭典』『式典』などとは比べ物にならないくらい小さいが…
それでも、こうしてこうしたフェスティバルで、人々を身近に感じる事は…初めてで、楽しそうに見て回っている人々を見ていると…
―――『お祭り』と云うのは…これほどまでに人の表情を変えるのか…
ルルーシュの素直な感想だった。
それに、見た事もない様な食べ物やゲームの類を目にしていると…
自分もその中に入って行きたくなる…
『皇子』として招かれる『フェスティバル』とも、アッシュフォード学園で行われる突然の『イベント』とも違う…
恐らく…ルルーシュは初めて見る光景…
多分、ゼロも、他の異母兄姉妹たちも…こうして直接は見た事ないかもしれない…
たくさんの人々がこうして集まって…『お祭り』を楽しんでいる。
露店で客寄せしながら調理している人間も、ゲームで当てた商品を選んで指差している子供も…みんな…笑っている。
恐らく…心の底から…
熱心に平べったい水槽の中で泳いでいる大きな金魚の動きを観察しながら、どう見ても水に濡れたら『網』としての役割を果たさないであろう、プラスチックの輪に薄い紙を張り付けただけの…すくい網を片手に真剣な表情をしている子供たち…
射的の前で『あの人形が欲しいの…』と、連れている(恐らく恋人であろう)女にせがまれて、緊張しつつも、何とかその商品を手に入れようと狙いを定めている、ルルーシュと同じくらいの年齢か、もう少し上の年齢の男…
匂いにつられて売られている食べ物を買って欲しいと親にねだる幼子…
「フェスティバルって…こんなに笑いの多い…楽しいものだったんだな…」
ルルーシュがぼそっと呟く。
スザクはその言葉がちゃんと聞こえなかったのか…『え?何?』とルルーシュに尋ねるが…しかし、その問いにルルーシュは答える事なかった。
自分の知らない世界を…今、体験している…
そんな思いだった…。
そして、目の前で祭りを楽しんでいる者たちと同じように…色々と楽しみたいと云う衝動に駆られる。
しかし…周囲には色々な露店が並んでおり、どうも目移りする…
それに…こんなところで、見た目にも結構ちゃちなゲームに興味を持ったりしたら…
―――ひょっとして…スザクに笑われる…?
などと、変な方向に思考が向いてしまっている。
普段、パソコンゲームをするにしてもスザクが見ると…
『頭痛くなりそうなゲームだね…』
と云われるようなゲームばかりだ。
そして、スザクのやっているゲームに対しては…
『そんな幼稚なゲーム…楽しいのか?』
などと云っているのだ。
それに…売っているもの、何もかもが珍しくて…
ゲームのほかに、花火、お面、動物の形をした風船…
「ルルーシュ?」
色々ときょろきょろしながら…スザクがどこに連れてきたのかさえも確認してない。
「あ…否…別に…あんなゲームやりたいとか考えている訳では…決してないぞ!」
いきなりスザクに声をかけられて、驚いてルルーシュが頭の中で興味を持ったものに対して『興味なんかない!』と云う事を強調している…
しかし…スザクの方を見ると…空腹を誘ういい匂いがしている…
「とりあえず…何か食べようと思って…ここに連れてきたんだけどね…」
と、指を差されたのは…串焼きを扱っている露店だった…
「え?あ…えっと…」
やっと、状況の把握が出来て…ルルーシュは一生懸命言葉を探している。
そんなルルーシュを見て、スザクが思わずくすりと笑った。
「解ったよ…。とりあえず、ルルーシュ…何か食べよう?ここにあるの…選んで?」
と、目の前で店主が焼きながら販売している串焼きを指差した。
「え?えっと…」
イレギュラーにはとことん弱い事は知っていたが…よっぽどこの『お祭り』に興味をもったらしい…。
「大丈夫…。ここの店主さん、僕の昔馴染みだから…。僕の事も知っているし…」
「あんたがスザク君の恋人かい?ホントに美人さんだねぇ…。あの小さかったスザク君が…色気づいたもんだ…」
けらけらと笑いながら中年の店主がスザクをからかっている。
「えっと…その…」
店主の口調にも驚いて、ルルーシュは更に言葉が出て来なくなる。
この店主がどこまで知っているのか…とか、今、自分が声を出したことで、自分の性別がばれている事とか…
日本ではブリタニアと違って、同性愛に対する偏見は非常に根強い。
困っているルルーシュの表情を見て、その店主が更に笑いだした。
「日本人全員がそう云う事に偏見持っている訳じゃないさ…。こう言う仕事やっていると…色んな人と接する機会があるからな…。それに、スザク君の事は、こんなにちっちゃい頃から知ってんだ…。全部知っているし、スザク君の邪魔をする気はないから…安心しな…」
この言葉で…この店主が全てを知っている事を把握した。
ルルーシュも知らないスザクを知る…この店主…
ヤキモチを妬く…と云う事はないが…ルルーシュの知らないスザクを知っていると云う事が…何だか悔しい気がする。
「ちょっと…変な事云わないで下さい!それに、ルルーシュはそう云う事…すぐに気にするから…あんまり変なからかい方しないで下さいよ…」
スザクが困ったように店主に云っている…。
その様子を見て、ルルーシュが…店主に声をかけた。
「えっと…昔のスザクって…どんな感じ…だったんですか…?」
まるで意を決したような表情と口調だった。
そのルルーシュの一言に…店主の方は『へ?』と云う驚いた表情を…スザクの方は『え?』と云う驚いた表情を見せる。
「ルルーシュ…突然・・何なの?」
ルルーシュの抱いたその、素朴な『ルルーシュと出会う前のスザクを知りたい…』と云う思いをどう受け取るのか…
スザクとしては…この店主に語られる事の方が問題のようにもみえるが…
「だって…俺は…お前がブリタニアに留学してきて、俺の騎士となった後の事しか知らない…」
まぁ、ご尤もな答えだ。
「そうかぁ…。スザク君はブリタニアに留学してから一度もここに来ていないしな…。どうせ、君にかまけて忘れていたんだろうけど…変われば変わるもんだよ…うんうん…」
そんな事を云いながら店主が腕を組んで刻々と頷いて見せる。
「変われば…変わる…?」
ルルーシュのその反芻にスザクが慌て始める。
「わぁぁぁ…ちょっと…やめて下さい!そんな…昔の恥の話を!」
スザクの慌てぶりにルルーシュは更にスザクの言葉を反芻する。
「昔の…恥の…話…?」
きょとんと聞き返しているルルーシュを見て、店主が面白そうに語り始める。
かつて、スザクはこの祭りには同級生の女子やら上級生、下級生の女子に囲まれて来ていたらしい…
ルルーシュ自身はアッシュフォード学園でスザクが女子に人気がある事は知っていたし、時々、校舎裏で告白されているのも知っている。
でも、スザクは決してその告白に対して『OK』を出す事はない。
スザクにとって、自分の主であり、恋人であるルルーシュが最優先だからだ…
最初の内は結構気にしていたが…最近では、気にしていてもスザクに対する告白の嵐は止まないし、ファンクラブまで出来ている。
そんな状況の中、一々ヤキモチを妬いていたらきりがないし、ルルーシュがあんまり落ち込んでいた事があって、それがゼロに知られた時には…ゼロの怒りが収まるまでに相当の時間がかかっていた事を思い出す。
「あ、でも、スザクは今でも女子に人気がありますけど?ファンクラブもあるようですし…」
こともなげにルルーシュが云うと、店主の方が感心したように驚いて見せる。
「ほぅ…これは、出来た相手だな…スザク君…。まぁ、その先の話があるんだが…あの…サメつりってあるだろ?そのサメつりで『特賞』を取ったら1週間、何でも云う事聞いてやるなんて云っちまってな…。それで、一人1回ずつ引いて行ったんだが…。変なところで『奇跡』って起きるんだな…」
「奇跡?」
「滅多に引かれる事のない『特賞』を取っちゃった女の子がいたんだよ…。しかも…スザク君の天敵の…」
「わぁぁぁぁぁ…もういいでしょ!」
スザクの慌てぶりにルルーシュは更に興味を持ったようで、店主の方を向いているが…スザクはもう、串焼きを食べに来た事さえ忘れてルルーシュの手を引っ張って歩き出す。
「お…おい…スザク…」
ルルーシュの声にも反応せず、スザクはすたすたと枢木神社の鎮守の森へと入って行った…
「スザク…ここは…鎮守の森って書いてあったぞ…。勝手に入ってきていいのか?」
「大丈夫…。ここは昔から僕の遊び場だったから…」
スザクの返事にどこが大丈夫なんだか…と思うが…
ただ、ルルーシュ自身、非科学的な事に対しては淡白な性格をしているのでスザクのその言葉に対しては何も云わない。
「まったく…おまけして貰おうと思って行ったのに…」
「なんだ…俺に云えないような過去があるとでも云うのか?」
ぶつくさ言っているスザクに…ルルーシュが尋ねて来る。
まぁ、子供の頃の話なので…本人が恥ずかしいと思っていても、聞いた方は基本的に『可愛い』の範囲で収まる話なのだろうと思うのだが…
「別に…そんな事じゃ…」
「なら…教えろ…。興味があるからな…」
本当に興味あるぞ…と云った表情でルルーシュがスザクに対して云う。
この興味が…今も打ちあがっている花火のように、開いてすぐに消えてしまえばいいのに…と、スザクは心底思っている。
「別に…大したことじゃないから…」
「大したことじゃないなら云えるだろ?」
確かに…その通りだ…
ただ…スザクとしては云いたくなかった…
従妹の神楽耶が『天敵』である事は事実だし、未だに頭の上がらない相手だ。
それはルルーシュも知らない訳じゃないが…
ただ、このスザクを手玉にとる神楽耶は凄い存在だと思っていた…
その神楽耶がスザクに対して一体何をしたのか…と云う興味は当然湧いてくる。
その気持ちはスザク自身、自分の事でなければ人並み以上に好奇心を抱く方だから…解らなくはない。
しかし…その、神楽耶が要求してきた事が…
『1週間、云う事聞くのであったな?スザク…。では、明日から1週間…スザクは神楽耶の云う事に逆らってはならぬ…。元々スザクが決めたルールだからの…』
そう云って…その翌日から1週間…神楽耶のとんでもない無茶振りな命令を聞き入れなくてはならなくなった。
内容としては…思い出すだけでも身の毛もよだつ…
「ごめん…何か…悪い事を聞いてしまったみたいだな…」
ルルーシュが心配そうにスザクを見る。
「あ…否…あの…ルルーシュ…大丈夫…」
あまり大丈夫に聞こえないスザクの声と表情…
「スザク…」
心配そうにスザクの顔を覗き込むルルーシュに…これ以上心配かけてはならない…と云う思いと、ちょっとだけ芽生えた悪魔心…
「ね、ルルーシュ…」
「なんだ?」
スザクの思いを知らずルルーシュは相変わらず心配そうにスザクを見ている。
「ルルーシュが…元気にしてくれる?」
表向きには寂しそうな子犬の表情…心の中ではちょっとだけ黒い気持ち…
「あ…ああ…」
ルルーシュがそう答えた時…スザクはすかさずルルーシュの身体を引きよせて…そのルルーシュの唇にキスした。
「!」
ルルーシュが呆然としているのをいい事に…ルルーシュを抱きしめている腕の力が強くなり、そのキスがどんどんと深くなっていく…
漸くそのキスから解放されてルルーシュが真っ赤になっている。
「スザク!お前!」
余りの突然のスザクの行動にルルーシュが怒鳴り声を上げるが…スザクの方はどこ吹く風…
そして、再びルルーシュの手を引っ張って、あの祭りの会場の方へと歩き始める。
「ごめん、ごめん…。でも、もう元気出たから…。だから…もう一回どこかで食べ物買って食べてから、金魚すくいや射的しようか…」
スザクのあまりの立ち直りの早さにルルーシュは『やられた!』と思うが…それでも嫌悪感がないから許してしまう自分にもちょっと呆れ果てる。
「じゃあ…サメつりもな…」
一言皮肉を零してやると…スザクが数歩先でピタッと動きを止めた。
「ルルーシュ…意外ときつい事云わないで…」
泣きそうなスザクのその表情に…ルルーシュはおかしくなって声をあげて笑った。
「じゃあ、今日の払いはスザクのおごりな…」
そのルルーシュの言葉に…スザクは逆らう術を知らず…こう答えた。
「イエス、ユア・ハイネス…」
二人にとって、今日のこの『お祭り』は…お互い別々の意味で心に残る事となった…
copyright:2008-2010
All rights reserved.和泉綾