騎士さまとフェスティバル(前編)


 それは…本当に突然の提案だった…
「ね、ルルーシュ…お祭りに行こう!」
この提案をしてきたのは、ルルーシュの専任騎士である枢木スザクだった。
ルルーシュはこれでも神聖ブリタニア帝国第11皇子殿下だ。
そう簡単に、治安が不安定になり易いフェスティバルの類は公式での参加しか出来なかった。
と云うか、皇族としての自覚が強くあったのでその辺りはごく当たり前の事としていた。
「祭り?しかし、そんな予定は入っていないぞ…」
「だから…主催者からの要請によるゲストじゃなくて、お祭りを楽しみに行くの!もうすぐ、僕の実家の枢木神社で収穫祭があるんだ…。その年の実りを神様に感謝するんだ…」
「感謝祭…?」
そう云った神様に何かを奉納する為の祭りと云うと…巫女が出てきて、よく解らない神様との交信をして供物を捧げると云った…儀式…
ルルーシュの中ではそんな認識だったのだが…
「そんな、儀式を見て何が楽しい?大体、そんな神様に対する感謝祭によそ者が行っていいのか?」
ルルーシュが読んでいた本からやっと目を離し、スザクを見ながら尋ねる。
スザクの方は…微妙に苦虫を噛んだような笑いを顔に張り付けているが…
「あ…あのね…ちょっと誤解があるみたいだけど…。ブリタニアでもあるでしょ?収穫祭って…。どう言う事をしているか、僕は不勉強でよく解らないんだけど…。でも、みんなで騒いで踊って…っていう事…やるでしょ?」
「ああ…フェスティバルか…。日本の祭りでもそんな事をするのか?」
「あ…あのね…ルルーシュ…。別に、お祭り騒ぎってブリタニアの専売特許じゃないって…。日本にだってミレイさんに負けないお祭り好きはいるんだから…」
どこか日本に対する誤解を持つルルーシュに口で日本を説明するのが非常に難しい。
確かに、日本人は働き者で、真面目に、地道に働いていると云うイメージがあるらしい…
しかし、日本人だって、人間だ…
真面目な生活ばかりでは疲れてしまう。
そんなとき、お祭り騒ぎをして普段ためているストレスをふっ飛ばしたり、明日からの活力にしようと云う事は当然、あるのだ。
「そうか…日本の…お祭りかぁ…」
スザクのここまでの説明で、ちょっぴり興味が出てきた様子だ。
しかし、ルルーシュの護衛の問題などがあるから…きっと、政庁にいるジェレミアは絶対に許さないだろうし、ゼロに知られれば自分も行くと云い始めて、大事になる事は必至だ。
ゼロが騒ぎ始めると、ゼロの専任騎士であるライにも迷惑がかかる。
「ね?行こうよ…」
「しかし…俺たちだけで行くのは…目立つんじゃないのか?」
「大丈夫…これがあるから…」
スザクはそう云いながら何かを取り出した。
それは…日本のお祭りの時にはよく着られていると云う…『浴衣』と云うものだった。
「これに着替えたくらいで誤魔化せるものか…」
「大丈夫だって…ちゃんと考えてあるから♪」

 スザクの『ちゃんと考えてあるから♪』と云うセリフは…決して信じてはいけないと…ルルーシュはこの時知った…
「スザク…これはいったい…」
「うん…こうすれば、ルルーシュだって解らないでしょ?ゼロにはばれちゃうかもしれないけど…」
スザクがニコニコして、満足そうにルルーシュを見ている。
「この浴衣…どう見ても男が着るようには見えないんだが?」
「うん…だって、女性用だもん…。和服ってこういう時便利だよね…」
それは…藍染に藤の花が描かれているがらの浴衣だった。
そして、髪には藤の花の髪飾り…
単純にスザクの趣味によって選ばれたものと思われる。
スザクはこのルルーシュの姿を見て
―――絶対にゼロには見せられないな…
と内心では思っていた。
と云うか、祭りなんかどうでもよくなっていた。
このまま、二人で手をつないで歩ければ…それでいいと思ってしまっていた。
と云うよりも、祭りの人混みの中でこんな光輝くルルーシュを連れて行く事に少し不安を覚えるのだが…
それでもルルーシュには『二人でこっそりお祭りに行く』と云う名目でこの浴衣を着せている手前、何としても、縁日や花火の会場では手を離さず、守り切らなくてはならないと云う、使命感に燃えていた。
「で、なんでお前はどう見ても男ものの浴衣なんだ?」
「だって、女の子を守るのは男の役目でしょ?僕、最近はやりの『草食系』じゃないから…ちゃんとルルーシュを守るから、安心してね…」
どこか…云っている事が間違っているのは気のせいだろうか…ルルーシュはそんな風に考えてしまうが…
それに、この不本意極まりない恰好で外を出歩かなくてはならない事に素直に大きなため息を吐く。
と云うのも、流石に学園から浴衣を着て行く訳にはいかない…と云う事で、電車に乗ってスザクの実家まで行って、こそこそっと本宅に入り込み、着替えさせられたと云う訳だ。
「スザク…ホントにこれで歩かなくちゃいけないのか?」
「だって、ばれたら困るでしょ?でも、僕、ルルーシュにも日本のお祭り、楽しんで欲しかったし…。ルルーシュ…アッシュフォード学園に来てから…ずっと、学園と租界しか歩いていなかったし…」
しゅんとスザクが下を向いて、犬耳としっぽが垂れているのが見える…
いつも、このスザクの姿に惑わされて、後で後悔する事になるのだが…
「わ…解った…。有難う…スザク…気を使ってくれて…」
本来、ルルーシュは非常に優秀な頭脳と学習能力を持つのだが…どうもスザク相手だとその能力は封印させられてしまうようである。

 家人にばれないように本宅を出た二人だったが…
枢木神社周辺の細い道路の周辺には数多くの露店が並び始めていた。
どうやら、それなりに大きな祭りの様で、枢木神社周辺の住人以外にもたくさんの参加者がいるらしい。
「まだ、ちょっと早かったみたいだね…。まぁ、祭りは暗くなってからがメインだし…どこか腰掛けられるところで待っていようか…」
「否…こう言う準備の風景も面白いな…。ミレイ会長のイベントもそうだけれど、主催者側の場合、本番よりも準備の時が結構楽しいだろ?」
「確かにね…。お祭りの楽しみ方って、多分人それぞれなんだよね…。僕は、準備よりも、本番で皆と一緒にワイワイ騒いでいるのが好きだけど…」
そんな事を話しながら、少しずつ組み立てられていく露店を眺めている。
アッシュフォード学園のイベントの時とはちょっと違った雰囲気の準備の風景…
自分の今のカッコは不本意ではあるが…これも、スザクなりの気遣いだとルルーシュは理解した。
日本にブリタニアの皇子が留学していると云う話しは日本でも知られている。
あまり、マスコミなどには露出していないが…完全に非公開と云う訳ではない。
それに、日本国内で『反ブリタニア』を掲げている組織がある事も知っている。
スザクの父であり、現在の日本国首相である枢木ゲンブが『親ブリタニア』の外交をしており、表向きには良好な関係を築いている。
しかし、国同士の中での利害関係はそう簡単なものではない。
一人一人の意思を持つ事が許されている『民主主義』の場合、たとえ国のトップが『親ブリタニア』だからと云って国民全員が『親ブリタニア』にならなくてはならないと云う事ではないのだ。
当然、互いの主張をごり押しすれば争いが生まれる。
今のところは日本国内の中で互いが『妥協』と云う形でバランスを取っている訳なのだが…
それでも、強硬に『反ブリタニア』を掲げる勢力もいる。
そんな中で、無防備にブリタニアの皇子が祭りを楽しむと云うのはなかなか難しい事で…
だとしても、ルルーシュだって日本で普通に学生をやっており、様々なものを見て興味を持ち、やりたい事も出来ている。
しかし、『皇子』と云う立場ではそれがままならない事は当たり前のことで…
そんなルルーシュを見ていて…スザクが何とか、自分の国の『お祭り』を体験させてやりたかったのだろう。
普段は、『皇子』として、主催者側のゲスト席にいるのだが…それでは真に『お祭り』を楽しんでいる事にはならない。
だから、スザクはない知恵を絞ってルルーシュを連れ出したのだろう。
「スザク…このカッコは不本意だが…それでも…たまには学園や租界を出るのも悪くない…」
こう言う時、素直に『有難う』と云えない自分が悲しくなるが…
それでも、スザクはその言葉に対して笑みを返してくれる。
「どういたしまして…」

 やがて、露店の準備が出来て、祭りを楽しみに来た者たちが続々と行列を作り始める。
「ス…スザク…」
右手はスザクの手に繋がっている状態だが…それでも、人の波に飲み込まれそうな状態だ。
「大丈夫?ルルーシュ…。とにかく、僕の手、絶対に放さないでね?」
これだけの人間がいる中、絶対…と云うのは難しい…
「ど…努力する…」
「ごめんね…多分、もう少し経つと花火が始まるんだ…。一応、枢木神社は私有地だから…時間外に場所取りとか禁止していて…。だから、今は、花火の為の場所取りをしようとしている人たちが大移動しているんだ…」
「そうか…俺が、お前に早く行きたいと云ったから…」
そう…露店での販売が始まって、すぐにルルーシュが人が集まらない内に露店を見て歩こうと無理矢理スザクに提案したのだ。
スザクはもう少し待った方がいいとは云っていたのだが…
「とにかく…この人の流れから離れよう…。花火が始まれば、露店はゆっくり見られるし、露店を見ながらでも花火は見えるからね…。座りながら…ってわけにはいかないけれど…」
「済まない…やっぱり、日本の事はお前の云う事を聞くべきだな…」
流石にこの状況は苦しいらしく、少し歩いた先に歩行者天国になっていなくて、露店もない細い通りがあった。
スザクは一旦、ルルーシュをそこへ避難させた。
「やれやれ…せっかく綺麗に着た浴衣…」
そう云いながらスザクはルルーシュの着崩れた浴衣を直して行く。
正直、こんな姿…他の誰にも見られたくない…
二人とも違った意味ではあるが、同じ事を考えていた。
「はい、綺麗に直ったよ…。ここなら、祭りの会場の近くだから、車もあまり来ないし、祭りの間は人通りもほとんどないから…。花火が始まって、露店が出ている通りが落ち着いたら戻ろう…」
「あ…ああ…。ごめん…」
どこの国も祭りともなると人々はその場所に集まる…
やはり、お祭りと云うと、人の心をワクワクさせるらしい。
あの人混みの中…すれ違う人、ぶつかった人、祭りを非常に楽しみにしている事が解る表情をしていた。
これだけ人が集まり、もみくちゃにされても、人は『お祭り』に集まって来るものなのだ。
「普段は…俺…いつも主催者に用意された席に座って、主催者に準備されて、俺たちの為だけに人払いされた祭りしか知らなかったからな…」
「あ、ごめん…。人混み…慣れていないから…辛かったよね?」
ルルーシュの言葉を多少誤解した形で受け取ったスザクが慌ててルルーシュに謝った。
「否、そうじゃなくて…俺は、こうした祭りの時は…これまで特別扱いばかりされていたんだな…って思うよ…。人混みを知らなくて、並ぶ事を知らなくて…。確かに、人混み、大変だけれど…人々の『お祭り』に対する気持ちが…少し見えた気がしたよ…」
「え?」
「あんなに人混みでもみくちゃにされていても…来ている人たちは…この『お祭り』を楽しみにしている顔をしていた…」
なんだか…知らなかった事を一つ覚えた…そんな感じだった…
そして…そんなルルーシュを見ていて…スザクはある事に後悔する事になる。

―――こんなお祭りの中…僕は何故…ルルーシュに女ものの浴衣を着せてしまったのか…
 目の前で余りに可愛い(もちろん、ルルーシュに云うとへそを曲げてしまうので云わないが)表情を見せるルルーシュ…
そして、余りに無駄に色気を醸し出している…
―――何故…着替えた時に気づかなかった…僕…
正直、ここに来て、このルルーシュを連れて歩く事に不安を抱き始めた。
「どうした?スザク…」
元々不本意でこの浴衣を着たルルーシュだったが…ルルーシュをこの『お祭り』に連れて来る為のスザクの考えた苦肉の策だ…その考えに至ったルルーシュは既にこのカッコに関しては妥協している。
「あ…否…何でもないけど…」
「そろそろ人が落ち着いてきたみたいだな…」
露店が並んでいる通りを見ながらルルーシュが云う…
ルルーシュが首だけ通りに向いて…白い首筋がスザクの目に飛び込んできて…
そして、全く無自覚なルルーシュに…
心の中で大きなため息を吐いた。
そして、心底祈る…
―――どうか…こんな女ものの浴衣を着てもいいからまた、『お祭りに行きたい…』なんて云いだしませんように…
と…
正直、ルルーシュは完全に無自覚なのだが…こうして暗がりで、中途半端な光の中…ルルーシュの白い肌は異様に輝いて見える。
多分…そう見えているのは…スザクだけじゃないと断言できる。
―――浴衣には…魔力がある…
今のスザクは心底そう思う。
「今度こそ…ゆっくり見て回れるかな…」
ルルーシュがそんな事呟いた。
その一言でルルーシュも実は、こうした形でこう言う場に来てみたかったのかもしれないと思う。
確かに、公の立場がある。
でも、普段の生活は、いわゆる庶民と生活しているのだ。
そう云ったものに触れている事で…きっと…やりたい事とかも増えて行った筈だ…
「そうだね…色々見て回ろうか…」
にこりと笑ってルルーシュに手を差し出す。
「また…手をつなぐの…か…?」
差し出された手を見ながら…ルルーシュが顔を赤くしている事が解る。
「うん…僕は、君の騎士だから…。いくらさっきほど人が多くないって云っても、まだ、たくさん人がいるし…」
「別に…俺は…子供じゃ…」
「いいでしょ?それを口実に恋人っぽいことしたいんだから…」
余りに無邪気に笑いながらそんな事を云われて、更にルルーシュは顔を赤くする。
そして…この、人懐っこい大型犬には…絶対に逆らえない事は解っているが、それを認めるのが悔しい…
「別に…俺は…」
顔を背けてそう言ってみるものの、心の中ではこれで、『じゃあ別にい…』とか言われたら、きっとがっかりする自分がいる…
そんな事はお見通し…とでも言わんばかりにスザクがクスッと笑って、強引にルルーシュの手を引いて、歩き出す。
「あ、スザク!」
「いいから、いいから…。僕が強引にルルーシュの手を引っ張っているんだから、ルルーシュはそれを振り払うだけの力がないだけだからね…」
こう言うスザクの姿を見ていて…
―――こいつ…絶対にずるい…
そんな事を考えながら大人しく手を引かれて、露店の並ぶ通りへと出て行った…


『騎士さまとフェスティバル(後編)』へ進む
『request2』へ戻る  トップページへ

copyright:2008-2010
All rights reserved.和泉綾