キッチンに立っているルルーシュの姿に時々目をやりながら…
一抹の不安が消えずにいたのだが…
しかし、見ている限りではルルーシュの様子が変わったようには見えない。
相変わらず、料理をしている姿を見て、色んな妄想…じゃなくて、何が出来るのだろうかという期待感に胸を膨らませる。
何せ…特派での食事は…とにかく表現のしようがない程切ないものがあるからだ…
一時は本気で自炊をしようかと考えた事もあったが…
あの特派にいてそんな時間と体力の余裕がある訳がない。
大体、スザク自身、食べる専門で作る事はあまり得意ではない。
それでも必要に迫られて幾度となく作った事はあったが…
ルルーシュの作った食事を知ってしまうと…もはや自分の作った食事に戻れる訳もなかった。
とにかく、ロイドから貰ったあの怪しげなジュースをルルーシュが飲んでしまった事によって…相当な不安が生まれてきたが…
ルルーシュ自身の事もそうだが…そんな妙なものを飲ませてしまった事がナナリーにばれたら…
―――確実に『殺される』事なく『呪われる』な…
と云う事になる。
それでも、見た感じは普通だし…確かに、ロイドにとって、スザクは『ランスロット』の大切なデヴァイサーだ。
身体にいいものをスザクに渡しても、毒を渡すような真似はしないだろう…
そう思うとほっと出来た。
ほっとしたら…
―――ぐぅぅぅぅ…
お腹がすいてきた…
ずっと緊張していて…その緊張の糸が切れた途端にお腹が鳴った。
「あ…スザク…悪いな…もう少しで出来るから…」
「あ、ごめん…。僕って、意地汚いよね…」
顔を赤くしながらルルーシュにそう言うと…ルルーシュの方がクスッと笑った。
「もう少しだ…。今日は肉料理だぞ…」
そう云いながらルルーシュがオーブンのタイマーを見ている。
一昨日もルルーシュの作った夕食を食べたばかりだと云うのに…
―――まぁ…仕方ないよね…。ルルーシュの作ったものって、何でもプロ並みに美味しいから…
と、そんな風に思いながら自分自身に言い訳をしておく。
そして、サラダなどの付け合わせなどがテーブルに並べられる。
相変わらず、色彩豊かな食卓になるように工夫している。
「今日はパンを焼いているんだ…。ナナリーにも、スザクには栄養を付けてやれって云われているから…しっかり食べてくれ…。たくさん作ったしな…」
なんだかルルーシュはご機嫌のようだ…。
確かにルルーシュはナナリーの事を大切にしているが…やはり、恋人のスザクと二人きりになれると云う事で嬉しいのだろう…。
ナナリーを邪魔だと思った事は一度もないが、それでも、スザクと二人きりと云うシチュエーションに少し緊張していて、ハイテンションになっているようだ。
そんなルルーシュを見ていて…スザクも嬉しくなってしまう。
恐らく、本人に指摘したら、機嫌を損ねる事になりかねない。
何せそこは、天下無敵のツンデレ設定…
それに、こうしてたくさんの料理を準備して笑顔を見せてくれると云うのは…中々幸せな状況だと思う。
やがて、全ての料理が並べられた。
「凄い御馳走だね…」
「今日から1週間もここに泊まって貰う事になるんだからな…。軍の方も大変なんだろ?悪いな…」
「そんな事…」
「最近のお前…ここの食事をしに来るたびに…何か…色々あるんだろうなぁ…って思う様な食べ方をするから…。少し気になっていたんだ…」
本当に心配そうな表情でルルーシュが見ている。
確かに…特派の食事は…セシルが出張でいない事でもない限り、恐ろしい食事が待っているのだ。
食べると云う事は、生きる為に必要なことであり、そして、食べると云う行為は楽しみでもある。
特別な趣味を持たないスザクにとっては食事と云うのは貴重な楽しみの一つだ。
しかし、特派では…その楽しみは…苦悩に変わる…
ルルーシュの作った食事を食べられると云う事は…それこそスザクにとってはこの潤いのない生活の中で数少ない清涼剤なのだ。
目の前に並べられた豪華な料理の数々に…感動さえ覚える。
「さ、スザク…冷めないうちに食べて見てくれ…。今日はちょっと自信作なんだ…」
「へぇ…そうなんだ…。そう言えば、このパン…ひょっとして君が焼いたの?」
「勿論だ…。こんな風に料理を振る舞える事って…中々ないからな…」
「そうなんだ…ありがと…。頂きます…」
スザクが両手を合わせてそう云って、ナイフとフォークを手に取り、ルルーシュが再三気にしていたオーブンで焼いていたミートローフを一口大に切り、口に入れる。
口に入れるまでのドキドキ感は…何とも言えない気分だ…
そして…口の中に入れて…咀嚼すると…
「!☆※▽◇?$#」
言葉にならない…
目の前には…『自信作』の感想を待っているルルーシュの顔がある。
スザクの心の中では…
―――ルルーシュに一体何があったんだろう?僕、何か、ルルーシュを怒らせるような事をしたのかな?でも、ルルーシュの機嫌はすこぶる良さそうだし…。でも…この味は…セシルさんの料理に匹敵する…
とまぁ、パニック状態…となっていた。
数少ないスザクの楽しみが…露と消えた…
「どうだ?スザク…」
ルルーシュの方は、ドキドキ、ワクワク…と云った表情でスザクの感想を待っている。
とにかく…ここは…何としても、今、口に入っている、この一口を何とかしなくてはならない。
何とか飲み込んで…
「お…美味しいよ…。流石…ルルーシュ…」
セシルに料理で鍛えられたスザクの舌を持ってしても…これは…輻射波動を直撃で食らった後、至近距離からハドロン砲をぶち込まれた様な…そんな気分だ…
置いてある水で流して…少しだけ思考を回復させた時に…思いついたのは…
―――あ…あのジュース!
そう言えば…ここ最近…ロイドが変なものを作っていたような気がする…
セシルの作る食事に…困り果てていて…何とか、セシルの料理をまともに食べられるようにしたいと云う事から…セシルの味覚を変えればいい…とか…何とか…
ロイドがわざと渡したのかどうかはこの際問題ではない…(と云うか、プログラム開発中と云っていたので、スザクにジュースを渡した事実を覚えているかどうかさえ怪しい)
あのジュースは…
―――ひょっとして…その薬のプロットタイプの失敗作???
それに気づいてしまったスザクは…心の中では滝のような涙を流し、顔では(少々引き攣ってしまうのは大目に見て欲しいと云う願望がありありな)笑顔を作っている。
ここまで気づいてしまうと…そして、既にあの笑顔につられて『美味しい』と云ってしまった手前、それに加えて、ルルーシュの『今日のは自信作なんだ…』と云う一言が引っ掛かり…
―――まずいなんて言えない…。と云うかそれ以前に、食べられないなんて言えない…
スザクが一口食べて飲み込んだのを見て、ルルーシュも食事を始める。
ルルーシュの方はと云えば…あのジュースのお陰なのか…自分の作った『自信作』を堪能している様子だ。
食事前に腹の虫まで鳴いていた。
一口で終わり…と云う訳にはいかない。
「スザク…どんどん食べてくれ…。まだおかわりはたくさんあるからな!」
嬉しそうにルルーシュが云ってくれる。
いつも味気ない食事ばかりなスザクを気遣って、ルルーシュはスザクが一緒に食事をするときにはいつも多めに作る。
「あ…そうなんだ…有難う…ルルーシュ…」
この危機に…どう対処すべきなのか…
スザクは必死に考えるが…
しかし、ルルーシュと違って頭脳派ではないスザク…
そして、普段から軍の仕事をしていると云う事で心配をかけているから…こんな時まで、ルルーシュに悲しい顔をさせたくない…
そう思って…
ちょっと勇気を出して尋ねてみる。
「そう言えば…ルルーシュ…あのジュース…どうしたの?ほら…僕が冷蔵庫に入れておいた奴…」
とりあえず、目の前にある料理の中で、無難そうなサラダに手をつけながら尋ねる。
「ああ…あれか…。全部は飲みきれなかったから…準備する前に捨てたよ…。調理中には、ちょっと邪魔だったしな…」
「あ…そうなんだ…」
ひょっとして、自分もそのジュースを飲めばこの場の危機を回避できるかもしれないと云う一抹の希望は消え去った。
つまり…
「ちょっと作り過ぎてしまったからな…。しっかり食べてくれ…」
「あ…うん…。有難う…」
と云う事になる訳だ…
いつものルルーシュが作ったものなら天にも昇る気持ちになるのだが…
「スープもおかわりあるし…とにかく…スザクに栄養を付けてやろうと思って頑張ったんだ…」
少し顔を赤らめてそんな事を云われてしまうと…
完全に退路を断たれている事を知る…
―――見た目は…それこそ、一流のレストランの料理なのになぁ…
目の前に並べられた、見た目は一流レストラン…その実ルルーシュの愛情が120%詰め込まれている(少なくともスザクにはそう見える)…しかし…ロイドに手渡された時点で何かおかしいともっと追究しなかったが為に起きてしまったイレギュラーにより…
味はセシルの料理に匹敵する味…
―――そう言えば…セシルさんの料理も…見た目は悪くないんだよね…
スザクの頭の中ではそんな事を考えていた。
「ありがと…嬉しいよ…ルルーシュ…」
目の前でツンデレな笑顔を見せながら…機嫌よさそうに自分の料理を堪能しているルルーシュを見ていて…気持ちは複雑になった。
それからの料理は…どう表現していいのか解らなかった。
とにかく…頓珍漢な味付けがなされていた。
普段から料理をしているルルーシュの事…そうそう調味料を間違えるとか、スパイスの調合を間違えると云った事は考えにくい…。
きっと、その度にきちんと味見をしながら作ったに違いない。
こう考えると本格的にルルーシュの責任ではない事になってしまい…
しかし、これだけの量のこの料理…
全て平らげると云う事は…まさに…
―――試練?拷問?これは自業自得なのか?でも…僕も中身を知らなかった訳で…と云うか、ロイドさんに手渡された時点で見えないところで誰にも被害に遭わないところで捨てなかった僕の所為?僕はロイドさんの事、確実にルルーシュや世間一般の皆様よりも知っている訳で…。確かに、死んじゃったり、妙な病気にはならなかったけれど…でも…こんな風に人の味覚を変える事は絶対に間違っている!
とまぁ、考えてしまうのだが…
「なぁ、スザク…ナナリーは今頃…如何しているのかな…」
ルルーシュが今いない、最愛の妹の話題を振ってきた。
自分の中に思い浮かんでしまった、今回の原因と…脅迫めいたナナリーからの『お願い』が思い出されてきて…全身になんだかよく解らない…冷たい汗が流れてきた…
「病院の食事は早いから…今頃、ラジオでも聞いているのかな…。それとも、折り紙かなぁ…」
とりあえず、差し障りがない様に…それでも、いつものようにルルーシュの作ったものを食べることにも神経を傾けて…
心の中でロイドへの恨み事を散々並べて…
楽しい筈のルルーシュとの二人きりの食事なのだが…
しかし…今では、なんだか、ブリタニアの犯罪者になって、吐くもの全て吐いたのにもかかわらず、その、取調官の趣味で審問が続けられているような気分だった。
目の前のルルーシュの笑顔や、ナナリーを心配している表情…時折見せる、スザクと一緒にいるから嬉しいと云う表情…どれをとっても普段のスザクにとってはスザクの幸せを読んで来てくれるルルーシュの顔なのだが…
「そう言えば…スザク…今日は食の進みが遅いな…。どこか具合悪いのか?」
ルルーシュが心配そうに尋ねて来る。
しかし…本当の事は言えない…
と云うか、ルルーシュには自覚症状がないので、ここでスザクが何を云っても、変に誤解を招くだけだ…
「そ…そんな事はないんだけど…。あ、そう…ルルーシュのご飯は美味しいから…味わって食べなくちゃなって…。それに、あんまりがっついて早食いすると…太っちゃうしね…」
苦しい言い訳だと…自分でも思うが…
「太っちゃうって…お前の場合、もう少ししっかり食べて身体の維持をしなくちゃいけないんじゃないのか?筋肉はあるが、脂肪が全然ないじゃないか…。脂肪だって付きすぎると身体によくないが…全くないと云うのも、また身体によくないぞ…」
「ルルーシュには云われたくないけどね…。僕、ルルーシュほど細くないし…。君が云っている程筋肉ばかりじゃないと思うんだけどなぁ…」
空腹の筈なのに…会話をしている時の方がほっとする…
ルルーシュとの会話なら別に嫌いじゃないのだけれど…それでも、目の前に並べられた料理と、たくさん作ってくれたおかわりの分…
―――考えちゃダメだ!考えたら…きっと…僕は…
翌日…ルルーシュが起きる前に特派へと向かった。
ちょうど、早く出て来るように言われていたから、朝御飯は一緒に食べられないと伝えておいたら…テーブルの上に、
『スザクへ…
朝食抜きは身体によくないからな…。
休憩時間の時にでも食べてくれ…』
と、置き手紙と共にルルーシュの手作りであろうサンドイッチの入った、市販の使い捨てのサンドイッチボックスが置いてあった。
こっそり、一口食べてみると…
「!☆※▽◇?$#」
どうやら…まだ、薬の効果が切れていないらしい…。
とりあえず、ロイドに一言文句を言わなくては気が収まらない…
少なくとも、あの薬の効果はいつまで続くのかを聞かなくてはどうにも落ち着かないし、と云うか、いつまで我慢させられるのかを知りたかった…
そして…味覚が変わってしまったルルーシュの作ったサンドイッチをロイドの口の中に押し込んでやりたかった…
相手は無自覚なだけに…ルルーシュを責めるわけにもいかないし、今回はスザクの不注意の所為でもあるのだ。
「おっはよぉ〜〜スザク君…」
頭の中で色々考えている時に…ロイドが入ってきた。
そして…サンドイッチボックスから一切れ、サンドイッチをつまんで…と云うのは相当手に力が入っているように見えるのだが…
そして、へらへら笑っている目の前の上司に対して少し、引き攣った笑いで対応する。
「おはようございます。ロイドさん…。あ〜〜〜〜んってしてくれますか?」
出来る限り冷静に…でも絶対に笑顔が真っ黒な自信がある笑顔でロイドの前に立った。
「?あーん…」
ロイドが口を開けた時に…持っていたサンドイッチをロイドの口の中にねじ込んだ。
「!!!!!!!!!!」
ロイドの目が…見る見る涙目になって行く…
この姿に…スザクとしては珍しく同情しない…と云うか、出来ない…
「ロイドさん?昨日僕に下さったあのジュース…」
「へ?のんひゃっらろ?(へ?飲んじゃったの?)」
最早、その衝撃的な口の中身によってまともに口が回らないらしい…
「どうみても僕が飲んだようには見えないでしょ?僕の友達が飲んじゃったんですよ!僕…その友達の作ったご飯…凄く楽しみにしていたのに!」
涙さえ浮かんでくる怒りを目の前の上司に怒鳴りつけている。
ブリタニアのお国柄…自分より身分や立場の高い人間に対してこんな態度を取ったりしたら、普通に懲罰対象なのだが…特派の特性上それはあり得ないし、ロイドがちょっとくらいでスザクを懲罰にかけて手放すような事は絶対にあり得ない。
「あ…ひょうらっらの?(あ…そうだったの?)ほめんれぇ…(ごめんねぇ…)」
「人ごとみたいに適当に謝るくらいなら…さっさと解毒剤を作って下さい!」
「ろいふは…(と云うか…)ほふもわらひらあろり(僕も渡した後に)ひふいはんらよれぇ…(気づいたんだよねぇ…)」
「早急にお願いしますね?でないと…僕…うっかりランスロット…自爆させちゃいそうですから…」
スザクの真っ黒なオーラに…ロイドは流石に怖くなったのか…こくこくと頷いている。
よほど舌が痺れる味だったのか…さっきからまともに話も出来ていない様子だ…
「う…うん…」
その後…ロイドはスザクの真っ黒オーラに見張られながら解毒剤を作っていた。
このオーラのお陰で所要時間6時間程で完成した。
「ロイドさん?次、こんな事したら…セシルさんにチクリますからね?セシルさんのご飯に耐え切れず…ロイドさんがセシルさんの味覚を否定して、変えようとしていたって…」
「ご…ごめんなさい…ごめんなさい…。もう二度としないから…ランスロットには手を出さないで…」
スザクはここで知った…
―――ロイドさんにはセシルさんの鉄拳よりも『ランスロット』の方が効き目があるらしい…
と…
漸く、スザクの受難は終わりを告げようとしていた…
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