それは…数日前にクラブハウスのルルーシュとナナリーの居住スペースに赴いた時の話だった。
その日は軍の仕事もなく、ルルーシュのお手製の夕食をごちそうになる約束で…
普段、軍で頂く食事が…あまりにあまりな状況で…でも、体力バカでまだまだ伸び盛りなスザクの肉体は相当燃費の悪い身体で…
味はどうあれ、食わない事にはとてもじゃないが、あの特派のハードスケジュールには耐えられるような状況ではなかった。
とりあえず、毒じゃないから…死にはしない…と云う感じで…
その日その日を乗り越えてきたのだが…
だからだろうか…
軍の仕事が休みで、ルルーシュから夕食のお誘いがあった時には天にも昇る思いだった。
流石に軍の食事内容を話してしまっては、スザクが軍に籍を置いている事をいつも心配しているルルーシュに更に心配かけてしまう事になる。
元々、軍の食事が豪華なものではないと云う認識はルルーシュにもあった事に感謝している。
ルルーシュお手製の食事にありつける時には…とにかく、味わいながらも…それでも、涙を流しそうになり、貪り食ってしまいそうになるので…
―――やっぱり…人間…『美味しい食事』って…大切だよね…
そんな事を、17歳の身空で悟ってしまっている自分が悲しかったが…
スザクのそんな様子に気づいているのか…ルルーシュはいつも、スザクを夕食に誘う時には、スザクの好物をたくさん用意して待っていてくれるのだ。
こんなに燃費の悪いスザクがそれこそ、『もう食べられない…』と云ってしまう程…
その日も、日本人のスザクには嬉しい、サンマの塩焼きを準備してくれているようで…
『これは焼き立てでないと意味がないからな…』
と云って、(さすがに部屋の中で七輪と云う訳にはいかないので)キッチンでサンマを焼いている時…
ナナリーがスザクに話があるとかで…ナナリーの部屋に呼ばれた。
「どうしたんだい?ナナリーの部屋で二人きりで長い時間いると…ルルーシュに怒られちゃうよ…」
スザクが、ナナリー第一のルルーシュの怒りが怖いのか…そんな事を云っている。
「あら…スザクさん…大丈夫ですよ…」
ナナリーがにこりと笑った後、小声で何かを云っている。
「どちらかと云うとスザクさんとお兄様を二人きりにする方が危ない気もしているんですけれど…設定上…仕方ないんです…」
小声だったので、何を云っているのか、はっきり聞こえなかったのだが…
「え?」
スザクが聞き返すとナナリーが慌てて『なんでもありません…』とだけ云って、暫く悩んでいるかのようなそぶりを見せるが…それでも意を決したように口を開いた。
「あの…明後日から私、検査入院なんです。1週間程…」
「検査入院?」
「はい…。だから…私、お兄様の『貞操』が心配で…」
ナナリーの言葉に…スザクの思考が止まった…
今、目の前にいるルルーシュの妹は何を云ったのだ?
そんなところで固まっているスザクを完全に無視してナナリーが話を続ける。
「だから…スザクさん…どうか、私の留守中に…お兄様が『ヨコシマな欲望』に満ちた男女の『魔の手』から…お兄様を守って欲しいのです!」
これは何の冗談だ?と思うのだが…ナナリーの姿を見ていると至って真剣な様子…
と云うより、『それくらい出来て当然ですよね?出来なかったらどうなるか解っていますよね?スザクさんなら…』と云う、怖いオーラを放ちながら黒い笑顔を見せる…ルルーシュの最愛の妹…
「あ…うん…そうだね…。解った…ナナリーの…入院中…僕、クラブハウスに…泊るよ…」
少しどもりながら…顔は大いに引き攣っているだろう事は予想出来る。
―――ナナリーの目が見えない設定で助かったかも…僕…
思わず心の中で本音をぶっちゃけてしまう…
しかし…目が見えなかった所為か…ナナリーは目の前にいる人間のオーラを読むのが得意だったようで…
「あら…スザクさん…そんなに怯えないで下さい…。お兄様の『貞操』が守られてさえいれば、私、スザクさんを『呪ったりしません!』から…」
この、目の前にいるナナリーの凄まじい黒オーラ自体が『呪い』ではないのか…と云うツッコミを入れたりしたら…
―――ホントにこの黒オーラで死ねるかも…僕…
背中からは冷たい汗がだらだら流れ、顔は…引き攣った笑顔しか作れない…
「でも…もし、お兄様に『万が一』の事がありましたら…その時はスザクさん…私は…あなたの敵です!」
しっかりと『失敗したら許しませんよ?地獄の果てまで追いかけて差し上げますね?』という笑顔だ…
「い…イエス、ユア・ハイネス…」
ナナリーの凄まじいオーラに、ブリタニア軍では最新鋭の機体『ランスロット』を駆ってエースパイロットとしての頭角を現しているスザクだが…
―――これなら…『紅蓮』と戦っている時の方がずっと精神衛生上楽だ…
と、うっかり思ってしまった。
ひょっとしたら、『黒の騎士団』にルルーシュを攫わせて人質にされれば、ナナリーのこの黒オーラで『黒の騎士団』を殲滅できるのではないかと思ってしまうくらいに…
「スザクさん?」
スザクの怯えオーラの中から何かを察知したのか…再びナナリーが真っ黒な笑顔でスザクの名前を呼んだ。
「な…なんだい?」
スザクも努めて普段通りに装おうとするのだが…
どうにも顔が引き攣るし、スザクの身体を覆っているオーラがあまりの恐怖に委縮している事が良く解る。
「今、何か物騒な事を考えていませんでしたか?『黒の騎士団』にお兄様を攫わせて人質にさせて…私の『心の底からの怒り』で『黒の騎士団』を殲滅しようなどと云う…」
「め…滅相もないよ…。ナナリー…。これでも僕…ルルーシュの恋人だし…ルルーシュをそんな危険な真似を…させる訳…ないじゃないか…」
「そうですか…。私の気の所為でしたか…。ならよろしいのです…。お兄様は『私の大切なお兄様』なのです…。よろしいですか?スザクさん…あなたには『私のお兄様を貸して差し上げているだけ』であることをお忘れなく…。ほら…レンタルDVDでもレンタカーでも…傷をつけたりしたら…怒られてしまいますでしょ?ですから…お兄様とのお付き合いもどうか…『お兄様をキズもの』になさらないように…お願いしますね…」
この天下無敵なナナリーを前に…スザクはただ…ナナリーの言葉にこくこくと頷く事しか出来なかった…
そして…ナナリーが検査入院する当日…
「ではスザクさん…お兄様はちょっと目を離すとすぐに睡眠を忘れて色々な事に没頭してしまうんです…。それを…止めて差し上げて下さいね…」
一昨日のあの、真っ黒で、誰にも負けない(『聖●士星矢』の戦闘力は皆無なのに攻撃力と防御力は無限大な城戸○織のコスモ並みの)オーラ…は一体どこに行ったのか…と思えるようなナナリーの姿が…スザクの目の前にはあった。
そのオーラを抑制しているのは…スザクの隣に立っている、眉目秀麗で、どこまでもナナリーを愛しているルルーシュだろう…
「うん…解ったよ…。ルルーシュの事は…僕に…任せて…」
これまで…(枢木神社にいた頃から)何度か、ナナリーのあんなオーラを見てきたが…あのオーラを見た後1ヶ月程は色々と後遺症が残る。
少なくとも、彼女の無邪気な笑顔も『悪魔の微笑み』に見えてしまうのだ…
「どうしたんだ?スザク…」
隣に立っているルルーシュがスザクの様子がおかしいと…顔を覗き込む。
「あ…否…、ここ最近軍の仕事がちょっと…忙しくって…」
「なんだ…一昨日も休みだったのに…。まぁ、軍の仕事…大変そうだからな…」
「まぁ…スザクさん…そんな時に私…無理を云ってしまったのでしょうか…」
「あ…そんな事ないよ…ナナリー…。心配しないで…」
スザクが一生懸命ナナリーに弁解している。
ルルーシュはよほどスザクがナナリーに心配をかけたくないのか…と、解釈しているのだが…その辺りは、一昨日の状況から云って、それはあり得ない。
ただ…ルルーシュは一昨日の二人のやり取りを知らないし、ナナリーはルルーシュの前では決して、あの、『悪魔の微笑み』や『黒いオーラ』をおくびにも見せる事はないのだ。
「じゃあ…お兄様…行ってきます…」
「ああ…俺も時間が空いた時には病院へ行くから…」
「何を云っていらっしゃるんですか…お兄様…。私はただ、検査の為に入院するのであって…具合悪い訳ではないのですよ?」
「しかし…」
「大丈夫です…。折角スザクさんが泊まりにいらっしゃっているのですから…二人きりの夜を楽しんで下さいね…」
ルルーシュの心配する言葉を…いかにも『お兄様の幸せが私の幸せ…』と云ったセリフで返してくるナナリー…。
しかし…スザクはその言葉の真意を知っている。
総合病院の職員と云うのは…兎角にして家に帰れないとか、遊びに行けないとか…色々ストレスがたまっている事が多い。(これは入院患者にも云える事だが)
そんな、欲求不満の巣窟の中にこんなに『無意識に色気を撒き散らす兄』を連れてきてはあまりに危険だと判断しているからだ…
ナナリーも本当はルルーシュに会えない事は耐えがたい事なのだろうが…
しかし…ルルーシュを欲求不満な人間の巣窟に放り込む事を考えたら…
―――スザクさんを脅しつけている私自らがお兄様を危険に晒してはいけません…
と云う、自我抑制の下必死に涙をのんでいるのだ…
ここまで来るとナナリーのルルーシュ愛も本物だとスザクは素直に思う。
ナナリーを見送った後、スザクがルルーシュに声をかける。
「ルルーシュ…ごめん…。ちょっと僕、軍の方に忘れ物しちゃったみたいなんだ…。ちょっと取りに行ってくる…。その時に着替えとかも持ってくるから…」
「そうか…。じゃあ、俺は夕食の準備をして待っているから…。今日は何が食べたい?」
「う〜ん…改めて聞かれると困っちゃうんだけど…。ルルーシュの作ったものは何でもおいしいし…(少なくとも特派の食事を知っている分、ルルーシュのご飯は身体に染み渡るよ…)」
「なんでもいいって言われると…それはそれで困るんだけれどな…。まぁ、買い物行って考えるか…」
「うん…楽しみにしているよ…」
そんな会話を交わして、ルルーシュとスザクは別行動となった。
スザクが特派の更衣室のロッカーでごそごそと忘れ物を漁っていると…
「あっれぇ…スザク君…」
「ロイドさん…こんにちは…」
「今日は君、非番だし、まだ、僕、新しいプログラムの開発中だから…テストは出来ないし…」
「今日は忘れ物を取りに来ただけなんですよ…。これから、友達のところに行く約束なんです…」
ロイドのテストに付き合わされないように、何とかスザクの方が必死になっているが…(せっかく、特派の食事から解放されると云うのだから)
「そんなに警戒しなくても今日は君を引きとめたりはしないよ…。とりあえず、今僕が作っているプログラムが出来ない事にはシミュレーターも動かせないしね…」
ロイドの言葉にほっと一安心するスザクにロイドは特に何も思わないのか、表情一つ変えない。
ただ…からかいたくて仕方ないと云った表情はしているように見えるのだが…
―――ここはさっさと退散した方がいいかな…
スザクがそんな風に思っていると…
「あ、そうそう…これ…よかったら持って行ってよ…」
と云ってロイドが何かジュースのペットボトルの様なものをスザクに差し出した。
スザクの見た事のないラベルが付いている。
なんとなく怪しげに思うのだが…
「そんなに怪訝そうな顔をしないでよぉ…別に毒じゃないんだからさぁ…。いつも、君には色々無理させちゃっているからさぁ…」
へらへらと笑っている上司に…少し怪訝な視線を送るが…
それでも、大切なデヴァイサーの身体に悪いものを渡すとは思えない。
だから…
「有難うございます…。遠慮なく頂いて行きます…」
そう云いながら、ペットボトルを受け取り、それを見てロイドが更衣室を出て行った。
少々不安がない訳でもないが…
それでも、ロイドの『ランスロット愛』を信じる事にした。
―――しかし…そうまでしてなんで受け取っているんだ?僕…
書いてあるロゴがブリタニア語で、原材料名にはよく解らない名前が入ってはいたものの…とりあえず、見た目的にはさわやかな色でフルーツの名前も書いてあるから…大丈夫だろうと思う…
ただ…
―――これは僕が飲んだ方がいいのかな…
などと思うのだが…
何せ、手渡してきたのがロイドなので…セシルのおにぎりとは違って命に関わってくる可能性もあるのだ…(大げさに聞こえるかもしれないが…余りシャレになっていない気もする)
クラブハウスに戻ると…まだルルーシュが帰っていなかった。
とりあえず、いつも借りている客間に着替えなどの荷物を置き、先ほどロイドから手渡されたジュースをキッチンの冷蔵庫に入れておく。
「まぁ、室温よりも冷たい方がおいしいよね…」
そんな事を呟き、ダイニングの椅子に腰かける。
いつもながら…几帳面に整理整頓されている。
「あ、スザク…もう着いていたのか…」
「うん…ルルーシュ…。っていうか、凄い買い物の荷物だね…」
「今日はスザクがいるからな…。作りがいがあるからたくさん買ってきたんだ…」
「僕…そんなに食べているかな…」
スザクが申し訳なさそうに尋ねるとルルーシュが笑いながら答える。
「俺とナナリーだと…あんまり食べないしな…。それにスザクは、軍にいて、身体が筋肉質で、成長期真っ只中だからな…。しっかり食べさせて、しっかり栄養つけてやるからな…」
「成長期真っ只中って…君も同じだろ?」
「俺はお前ほど燃費の悪い身体していないからな…。まぁ、任せておけ…。先に風呂に入ってくるか?どうせ、食事の準備をしなくちゃならないからな…」
「いいの?なら、そうさせて貰おうかな…」
そう云いながらスザクは自分の荷物を置いた客間に入り、着替えを持ってきた。
「タオルは置いておいたから…ゆっくり入ってこい…」
「ありがと…」
スザクは一言礼を云ってバスルームへと入って行った。
そしてルルーシュはと云うと…買ってきた食材を冷蔵庫に入れ始める。
冷蔵庫の扉をあけると…見覚えのないドリンクのペットボトルが入っていた。
「咲世子さんが用意してくれたのかな?」
普段、この冷蔵庫を開ける事のないスザクの名前が浮かんでこなかったのが…これからのスザクの受難の始まりだったのかもしれない…
朝晩は涼しくなったとはいえ、昼間は相変わらず強い日差しの差している状態…
外を歩いて来て、ちょうど喉が渇いていたというタイミングの悪さもある。
「喉が渇いたし…有難く頂戴するか…」
そう云いながら、そのペットボトルの封を切って、その中身を飲み始める。
思っている以上に喉が渇いていたのか…一気にこのペットボトルの中身が半分に減っていた。
「不思議な味のするジュースだな…」
ルルーシュがそう呟くが…あまり気にもしない様子だ。
そして、ルルーシュの食事を楽しみにしてくれているスザクの為にキッチンに立った。
「さて…作るか…」
とりあえず、必要な材料だけ手元に出して、調理を始めた。
トントン…と、リズミカルな包丁がまな板を叩いている音がする。
ルルーシュも普段は軍の仕事で忙しいスザクが来ていると云う事で張り切っている。
様々な下ごしらえが終わる頃…スザクがバスルームから出てきた。
「お風呂ありがと…」
「あ、もういいのか?あ、髪を乾かさないとダメだろう!」
「そうなんだけど…ドライヤー…貸してくれる?ルルーシュ、今忙しそうだし…って…あれ?」
スザクがテーブルの上を見た時…先ほどロイドから受け取ったペットボトルの中身が半分になった状態で鎮座している。
「ルルーシュ?ひょっとして…そのジュース…」
「あ、もしかしてスザクが冷蔵庫に入れたのか?てっきり咲世子さんが用意したのかと思って、喉渇いていたから飲んだんだが…まずかったか?」
スザクは思いっきり顔を引き攣らせている…
「ルルーシュ?身体…何か変調を感じない?」
「?否…別に…。って、そんなまずいものなのか?」
「多分…命に関わるとか、変な病気になる事はないと思うんだけど…」
「変な味のジュースだとは思ったけれど…別におかしいと云う事はないぞ…」
ルルーシュの言葉にスザクはほっとするのだが…
しかし…スザクの試練は…これから始まるのであった…
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