『ゼロ』に貫かれ…その、白い皇帝服が真っ赤な血に染まる…
『ゼロ』が勢い良く、その痩身からその刃を引き抜くと…『悪逆皇帝』と呼ばれたその男は…最愛の妹の元へと滑り落ちて行った…
誰もが…息をのんだ。
そう、彼を『悪逆皇帝』と呼び、彼に刃を向けた、その場にいた死刑執行直前の彼に対して刃を向けた者たちでさえ…
コーネリアの号令により、そこで拘束されていた、彼に対して反逆した者たちはすべて解放された。
ただ一人…その中心人物だった少女だけは…その亡骸にしがみついて離れようとしない。
群衆の大歓声によりかき消された…少女の泣き叫ぶ声…
コーネリアはその様に自身への怒りと、異母妹に対する、そして、憎んでいた筈の異母弟に対する罪の意識で顔を歪ませた。
―――結局…あの子たちも…時代の犠牲に…
しかし、その時、彼女はそんな物思いに耽っている余裕などない。
目の前の『悪逆皇帝』の抹殺劇に…群衆たちの興奮状態はピークに達している。
あのままにしておいたら、あの群衆の騒ぎに巻き込まれて、いらぬ犠牲を増やすだけだ。
あの時点で、あの騒ぎを治める事が出来たのは…コーネリアだけだった。
彼を貫いた『ゼロ』がそこで、陣頭指揮を執ってしまっては、彼の思いは遂げられる事がなくなる。
『ゼロ』の存在感で世界が平和となったとしても、それはいずれ破たんする。
今生きる、世界に暮らす人々がその世界を創り上げ、守って行かなくてはならないのだ。
『ゼロ』とは…『平和を祈る為の象徴』にならなくてはならないのだ。
様々な思いの中、コーネリアは彼にしがみつくナナリーを引き離し、そして、彼女を安全な場所へと移動させる。
そして、撤退していく彼の率いていた彼の守護隊…
その中でどさくさに紛れてジェレミアが彼の亡骸を運び出しているのが目の端から見えた。
―――頼むぞ…ジェレミア…
あのままでは、『悪逆皇帝』として、異母弟の遺体にまで狼藉を働く者が出てくる。
現在のこの状況では仕方ないにしても…それはあまりに人間として許されざる行為だと思う。
だから…
そして、彼の遺体の運ばれた場所は…誰にも解らないように作られ、何重ものロックのかけられた、地下の小さな部屋だった。
「C.C.…」
彼の遺体を運んできたジェレミアがその部屋で待っていた黄緑の長い髪の少女に声をかけた。
「ご苦労だったな…ジェレミア…。さぁ、ルルーシュをここへ…」
そう言って、あらかじめ準備していたベッドに目を閉じて動く事のないルルーシュを寝かせた。
「本当に…ルルーシュ様は…」
「ああ…シャルルの『コード』を継承している…。だから…このまま暫くすれば…」
C.C.がそう言った時、ルルーシュの身体が変化し始めた。
その身体から光を発し、その首筋にうっすらと…『ギアス』の紋章が浮かび上がってきた。
しかし…そこから変化が進まない…
ジェレミアは不安に駆られ、後から、C.C.も不安を感じ始める。
「C.C.!これはどういう事だ!この状態のまま…一体どれだけ時間がかかっていると思っている?もう、1時間は経つぞ!」
「まさか…」
C.C.にも宿る…その不安の色は…
ルルーシュの衣服を開いてみると…『ゼロ』に貫かれた傷が…治りかけて入るように見えるが…それ以上の変化がないのだ。
「このままでは…ルルーシュは…」
C.C.は咄嗟にその傷に自分の手をかざす。
しかし…傷その者はそれ以上変化して行かない…
「仕方ない…」
C.C.はそう呟いて、ルルーシュの上半身を抱きしめて自分の身体からも不思議な光を放った。
「死ぬな…この状態では…お前は…」
どうやら、シャルルからの『コード』の継承が不完全だったらしく、このまま放っておいては、目を覚ます事もなく、ただ、心臓が動いているだけの状態となってしまう。
そんな、不完全な『コード』は非常に危うい。
その力の行き場を失った時…世界への影響も…
ルルーシュの身体は、C.C.の光に包まれ、やがて…少しずつ小さくなって行く…
「ル…ルルーシュ様!」
ルルーシュの変化に気づいたジェレミアがC.C.を止めようとするが…しかし、C.C.の放つ光がそれを許さない。
やがて、彼女の放つ光が消えた時…ルルーシュは…
「どうやら…『コード』の継承が不完全だったようだ…。だから、私が処置を施した。ただ…これはあくまで応急処置的なもの…。いずれ、ルルーシュは『コード』を正式に継承する事にはなるが…」
「しかし…これは…」
「言いたい事は解るが…それでも、あのままにしておいたら、その不完全な『コード』の力が世界にどんな影響をもたらすか解らない…。恨まれる覚悟は出来ているさ…。このルルーシュには…これまでのルルーシュの記憶はない…何も知らぬまま…『コード』を封印されているのだからな…」
C.C.の顔に苦悩の色が見えるが…
それでも…今はそれも仕方ないと…無理矢理納得するより仕方がなかった…
そして…あれから2ヶ月ほどが経ったある日…
―――コンコン…
「どうぞ…」
ナナリーがそう答えると、すぐに扉が開いた。
そして、そこにはコーネリアが立っている。
「これが…これまでの軍人だった者たちの再就職先などをまとめた資料だ…。ブリタニア国内に関しては大体片がついたぞ…」
「そうですか…とりあえず、必要最低限の軍装備だけ残してありますから…。それに、これから、そう言った軍の仕事は災害救助などの特殊な救助作業が殆どになるといいのですが…」
ナナリーがあの場面から立ち直るまで、相応の時間がかかった。
周囲の無知ゆえのルルーシュに対する揶揄ならまだ許せた。
しかし…
今はそんな事を考えてはいけない立場だと…ナナリーは自分を諌める。
それに、その事も含めて、ルルーシュはナナリーに対してこの世界を託してくれたのだろうと思っていたから…
「まだ…辛いのか…?」
コーネリアは心配そうにナナリーの顔を見る。
しかし、ナナリーはやはりルルーシュの妹だと思わせる答えしか返しては来ない。
「いえ…そんな事を言っていたら…お兄様が心配されます…。折角お兄様が私を信頼して…与えて下さった仕事ですもの…。頑張ってやっていれば、辛いなんて思いません…」
その答えにコーネリアもやれやれと思ってしまうが…
外を見てみると…
「雪…か…。もうそんな時期なのだな…」
「そりゃ…今日はお兄様の誕生日ですもの…」
ナナリーがくすりと笑いながら答えた。
緯度の高いネオペンドラゴンの冬は早い。
そして、長い…
『なら…ナナリーにいいものをやろうか…。ルルーシュの誕生日だが、あいつに渡す訳にもいかんからな…』
廊下の方から聞こえてくる声…
ナナリーも聞き覚えのある声だ…
随分久しぶりに聞く声でもあるが…
「C.C.さん…」
「久しぶりだな…ナナリー…。元気そうで何よりだ…」
仮にも、ここはセキュリティの高いブリタニアの王宮なのだが…
それでも入り込んでくるこの少女に…コーネリアは殺意を向ける。
「大丈夫だ…どんなセキュリティだろうが、私には通用しない…」
そんな事を云いながら、彼女は白い布にくるまれた何かを大切そうに抱えながらナナリーの元へと歩いて行く。
「ナナリー…これを…お前に預ける…」
そう言って、ナナリーにその白い布にくるまれた何かを渡すと…
その布の合わせ目からは…
本当に生まれたばかりの赤子が…すやすやと眠っている。
「あの…C.C.さん…この子は…?」
「ルルーシュの生まれ変わり…とでもいうか…。記憶はないが、ルルーシュその者だと云っても過言じゃないだろうな…」
またも、あまりにぶっ飛んだ話を真顔で話している彼女に対して…どう反応していいか解らないコーネリアはナナリーの元へと駆け寄り、その赤子の寝顔を覗き込む。
「ルルーシュ…」
コーネリアから思わずこぼれた一言だった。
あの頃…コーネリアはマリアンヌに憧れ、アリエスの離宮に通っていた。
その時に何度も見てきた…赤子だった異母弟…
「お兄様…お兄様なのですか?」
ナナリーが全身を震わせ、涙を浮かべてそう尋ねる。
C.C.は黙って頷く。
「まぁ、いろいろ事情がある…。説明をさせてくれるか?出来れば、『ゼロ』とシュナイゼルにも…」
C.C.の言葉に…二人はよく解らないまま二人を呼び出した。
そして、彼らがそろって、彼女の話を聞く事となり、すべての説明が終わった時…
「そこで…私の養子として育てたいと思うのですが…」
ナナリーの一言に…その場にいた全員が驚きの声を上げた。
しかし、シュナイゼルもコーネリアもすぐに冷静さを取り戻す。
「いいのかい?ナナリーは…」
「別に…お兄様であるなら、私の傍にいる事は間違っていないではありませんか…。それに、その、『コード』が不完全だと云う事で、こういう事になったのです。その力がどのように影響するか解らない以上、手元に置いておいて見守ることが最善の策だと思いますが…」
「確かに…『コード』や『ギアス』を知る者は少ないし、知る者であれば、いろんな意味で騒ぎだすだろうな…。日本の扇たちは即刻抹殺せよと云うだろうし、『ギアス嚮団』のような連中なら取り込もうとするだろうし…」
シュナイゼルもコーネリアもナナリーの意見には反対しなかった。
確かに、不完全な『コード』がどのような影響をもたらすか解らないし、もし、何かの形で発現したとしても、自分たちの近くにいてくれれば、対処方法を探す事も出来る。
だが、他の者の手に渡ってしまっては…
「自分は…反対です!」
『ゼロ』の正体を知り、理解しているこの3人の前では彼は仮面を外している。
そして、『ゼロ』として意見を述べるのが常なのだが…
しかし、今回は…それだけとも言えない気がしているのは3人とも同じ意見だった。
「何故です?」
「危険です!今は確かに記憶はないかもしれない…。でも、ルルーシュ本人であると云うのなら、記憶を取り戻した時には…」
スザクはそう訴えるが、その言葉を遮ったのは、ルルーシュをこう言った形で蘇らせたC.C.だった。
「大丈夫だ…。前世の記憶を持つ者がいると云うが…あれは基本的に自己暗示に過ぎん…。人は前世の記憶など、持って生れてくる事はない。そんな、前世の業まで背負わされていたら人間…とてもじゃないが生きては行けんぞ…」
C.C.の言葉に、ナナリーも少しほっとしたようだ。
もし、ルルーシュの生まれ変わりだと云うなら…あんな…つらい過去をもう一度背負うような…そんな人生であって欲しくないと思うから…
それに、ルルーシュはもう、あの時に十分に業を背負っていた…
なら…今度は…何も考えず、幸せになってもいい筈なのだ…
「では…この子はたった今から、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…私の息子です…。今日の日付で出生届も出しておきましょう…。形は養子と云う事で…両親は…不明で…」
ナナリーの決定が下され、その赤子は、ナナリーの子供として、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の名前を名乗る事となる。
その後…一度はマスコミで騒ぎとなるが…
ナナリーは決してひるむことなく、マスコミの対応を続けた。
そして、その日の記者会見を終えると、すぐさまルルーシュの元へと向かう。
「ルル!御免なさいね…。独りぼっちにさせてしまって…」
ルルーシュの周囲には咲世子をはじめとするお世話係もいるし、警護には呼び戻したジェレミアとアーニャもいるのだが…
まるで…ルルーシュが兄として存在していた頃にナナリーに注いだ愛情を倍返ししようとしているかのように、ナナリーはルルーシュを慈しんだ。
日を追うごとにルルーシュの面影を見せるその子供に…ナナリーが更に愛情を増して行くのは至極当然で…
「あの…『ゼロ』は…?」
ルルーシュを抱いて、咲世子に尋ねると…
「また、執務室へお籠りに…。ジェレミア卿たちと一緒に警護するように命令が下されている事はご存じだとは思うのですが…」
咲世子の言葉にナナリーはいよいよ怒りをあらわにする。
「咲世子さん!『ゼロ』と話があります…。呼んで頂けますか?二人で話がしたいと…」
あれから、『ゼロ』はルルーシュと顔を合わせようとしない。
ナナリーが抱いているのを見ても完全に無視している。
「シュナイゼル異母兄さまもコーネリア異母姉さまも…それこそ、邪魔するなと言いたくなるくらいルルの元に来てはルルを構っていると云うのに…」
『ゼロ』だけは…何か思いつめたかのようにルルーシュに対して避ける態度を崩さない。
―――本当は…この子を抱いてあげたいと一番の持っている筈なのに…
そして、『ゼロ』が命令通りにナナリーの元へとやってきた。
「仮面を外して頂けますか?ここなら誰にも見つかりませんから…」
『公私混同は困ります…』
『ゼロ』の口調で切り返される。
「なら、ナナリーとしてお話しましょう!スザクさん!顔を見せて下さい!」
このまま逆らい続けると話が長くなりそうだし、このまま、触れる事の出来ないルルーシュの傍にいるのは辛かった。
仕方なく、仮面を外し、ナナリーを見た。
「スザクさん…私の息子のルルです…。抱いてやってはくれませんか?私を守ると云うのなら、この子も一緒に守って下さらないと…」
ナナリーの言葉にスザクはぐっと唇を噛み締める。
『人並みの幸せも…すべて…世界の為に捧げて貰う…永遠に…』
『そのギアス…確かに受け取った…』
それが…ルルーシュとかわした最後の約束…
ここで、ルルーシュに触れてしまっては…慈しんでしまっては…
「お兄様と何を約束されたかは知りませんが…ルルーシュは…幸せになる為に帰ってきたのですよ?恐らく…あなたと…」
ナナリーの言葉に…スザク自身、込み上げて来るものはあるが…しかし…
「さぁ…抱いてやって下さいな…。将来、あなたが守るべき…主となるのでしょうから…」
ナナリーは敢えて、『主』と云う言葉を使ったのだ…
そして…恐る恐る…ルルーシュを受け取ると…その身体は本当に小さくて…本当に弱い存在で…
小さな手を伸ばし、スザクの顔をぴたぴたと…その存在を確かめる様に触っている。
その瞬間…スザクの二つの翡翠から涙がこぼれてきて…止まらなくなった…
「ルルーシュ…」
「スザクさん…この子の生きる世界が…優しい世界であってほしいと思います…。手伝って…頂けませんか?」
ナナリーの言葉に…スザクはルルーシュを守るように抱えながら跪いた。
「イエス、ユア・マジェスティ…」
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