『ゼロ』の仮面を継承して…もう1年が経とうとしている。
一つの問題が消えると同時に…新しい問題が生じる…
人間とは…本当に欲が深い…
一つの願いが叶うと次の願いが生まれて来る。
そして、共通の敵が消えた途端に、ついさっきまで味方だった者が…敵となる…。
所詮は、利害関係で結びついていたという事…
これは…ある意味仕方ない事…
しかし…それは、彼の望んだ世界ではない…
最初の頃は…『過去の反省を振り返って…』などと云ってはいた世界だったが…
結局、『ルルーシュ皇帝』に刃を向けた者たちは…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』という共通の敵がいたから…
だから…その共通の敵が倒れるまでは…と…その時の自分たちに降りかかる不利益を見て見ぬ振りが出来た。
確かに…不便は多かったし、不都合な事もあった…
しかし、目の前に迫りくる『自分』にとっての『敵』を打ち払う為には仕方なかった…
そして、自国の国民たちにも『祖国を取り戻す為!』とか『祖国を守る為!』と云う大義名分が立っていた。
しかし…大きな『敵』を打ち払った後…遺されたものは…
それまで、大義名分の下に押さえつけてきた国民たちの増大した不満だった…
確かに、世界は『神聖ブリタニア帝国』と云う国の国是を知っていた。
だからこそ…国家元首や国王の云っている大義名分に納得もした。
しかし…当時、世界の1/3を支配していた『神聖ブリタニア帝国』…しかも、『第99代唯一皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』は、その自身の独断と采配でそれまで、多くの血を流して得てきた『植民エリア』をあっさり解放できる程の権力と実力を持っていたのだ。
ブリタニアの国民にしてみれば、多くの血税、多くの人間の血を流したうえで勝ち取ってきた『植民エリア』を易々と手放すなどと云う事に…不満を持たない筈もない。
確かに、ルルーシュ皇帝に対して不満を持った貴族たちがブリタニアの国土の中で反乱を起こしていたが…所詮は微温湯に浸かり切った連中の起こした反乱など…ルルーシュ皇帝の前には何の力も持たなかった。
だから…ルルーシュ皇帝が即位した直後は…世界は驚き、そして、彼の行動に対して賛同を賞賛を送った…
一部を除いては…
『黒の騎士団』…彼らは最前線でブリタニアと戦ってきた武装集団だった。
だからこそ…『神聖ブリタニア帝国』と云う国をただ、信じるという事が出来なかったのは仕方なかった。
しかし…トップ会談もされないままに…ただ、全否定した『超合衆国』代表の皇神楽耶の姿勢に対して…異を唱えられるものは…あの当時はいなかったし、『ルルーシュ皇帝』を認める事の出来なかった、『神聖ブリタニア帝国』の皇子、シュナイゼル=エル=ブリタニアまでもが『ルルーシュ皇帝』に対して敵意を示していた…
そして…『ルルーシュ皇帝』が『超合衆国』への参加表明をする際、傍目から見てどう見ても『超合衆国』側の非礼な振舞いとも思える様な姿勢を示し…それを予想していたかのように『ルルーシュ皇帝』は…『超合衆国』の各国代表たちを…一人残らず人質にした…
何も…解りやすい『優しさ』や『慈悲』の形だけが世界を導くものではないと…今になって、世界も気づき始める…
人々に…それぞれの意思と価値観、正義があるのなら…それを守る為の闘いも必要だったという事だ…
それを証明しているのが…現在の世界…
確かに…今のところは…大国と呼ばれる国々にも、戦火の狼煙を上げられる程の余力を持つ国はない。
だから…武器を取らないだけ…
『話し合いのテーブル』についていて…罵倒の声を聞かない事がここ最近ではなくなっている。
お互いが…お互いの価値観で話をするから…
どの国にも、民族にも…否、各個人にも…譲れないものを持つのだから…
それは仕方ない…
『民主主義』と云う魔法の言葉は偉大だ…
人間を狂わせるには…充分過ぎる力を持つ…
『ゼロ』の仮面を被った『英雄』は思う。
『独裁』と『民主主義』…
どちらにも云えるのは…どちらの世界も、人々が暮らしていて幸せだと感じられるかどうかは…その世界に住まう人々の心であると…
国のトップ、国際会議での自国の国益を考えるからこそ、会議場での話も白熱するのだろうが…
しかし…宗教や民族が違う場合…どうやったって価値観を曲げる事が出来ない事も多くある。
現在のこの、国際会議の議長を務めているのは…現在一番国力を有している『神聖ブリタニア帝国』のナナリー=ヴィ=ブリタニア…
あの、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の妹姫であり、そして…彼に反旗を翻した『ダモクレス』で『フレイヤ』のスイッチを押し続けた少女…
彼女に対する思いも、各国の代表それぞれ、様々だ。
ただ…その事実は…公然の秘密…
誰もが知っていて…誰もが口に出せない真実…
彼女が『フレイヤ』のスイッチを押し続けていたとなれば…『大量破壊兵器』を使って、ブリタニア軍兵士を『虐殺』していたのは…自分たちの方になる…。
明らかに戦力の差がある中…一方的に『フレイヤ』の力で抑えつけようとしていた事は…真実だ…
恐らく、ナナリー代表も…そんな空気をひしひしと感じている。
しかし、今、その事をここに集まっている国々の代表に対して告白して、謝罪したところで何が変わる訳でもない…
否、寧ろ、折角こうした形で『話し合いのテーブル』が出来上がったのに…それをぶち壊す事は後退を意味する…
だから…ナナリー代表は何も言わないし、ナナリー代表が何も言わないのであれば、他の者も何も言わない…
しかし…今のパワーバランスが崩れれば…どうなるか解らない…
この事が世界に暴露されたら…世界は再び手に武器を取り、軍事力の介入する混乱状態へと陥る事となる。
これも…『罪』を犯した者の『罰』の受け方なのだろうか…
本当は…全てを語り、全ての世界の怒りや憎しみを一身に受けて…消えてしまえれば…その方が楽かもしれない…
しかし…それでは何の解決にもならない…
今も…ナナリーは毅然と会議の議長として会議の進行をしている。
その辺りは…流石にブリタニアの皇族…と云うべきか…
今の彼女は…裸の王様にも見える様な…そんな感じだ…
否、今の世界のどの国の代表が議長になったとしても…それは…同じなのかもしれない…
―――それは…全て、ルルーシュの掌に上で踊らされた上での…『今の世界』…なのだから…。せめて…最後にルルーシュを討ったのが…『ゼロ』でなかったのなら…こうはならなかったのかもしれない…
目の前で繰り広げられている会議を目にして…そう思う…。
『ゼロ』は…記号…
つまり、この世界に生きる、『人間』としての扱いではない。
『英雄』であったとしても…ある意味、偶像に近いものである…
『偶像』は…決して答えを出さない…
『偶像』は…決して助言をしない…
もし…それをしてしまったら…
『偶像』が全てになる…
『神』と呼ばれる者も『悪魔』と呼ばれる者も…
決して自身では何も言わない。
あくまでも、『人間』がその『声』を聞いたとして…人々にその『言葉』を与えるだけだ…
『神』の存在も『悪魔』の存在もまるで信じていなかった彼が…最後にこの世界に遺したのは…
『ゼロ』と云う名の『偶像』…
『独裁』を『是』としない『今の世界』は…
自らが考え、自らが実行し、その結果に対しては…自らが責任を取る世界だ…
だから…彼の望んだ、『世界』を守る為にも…『ゼロ』は決して、何を問われても答えを出したりしない…
否、何を尋ねられても…何も答える事が出来ない…
今の…『ゼロ』は存在する事に価値がある…
ただし…いざとなったら…世界を巻き込む様な騒乱が起きた場合に…『ゼロ』は初めて、その存在で世界に対して力を発揮させる。
それが…彼の望んだ…『世界』の姿であり…
あの時、彼に対して刃を向けた者たちが望んだであろう『世界』の姿…
もし、この程度の事で何か、『ゼロ』としての力を使ってしまったら…その時は…『ゼロ』の存在が『独裁者』となってしまう…
今の世界は『ゼロ』を『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』から世界を救った『英雄』だ。
『ゼロ』のいう事なら…恐らく、今の世界は無条件に従うだろう…
しかし…そんな事になったら…『ゼロ』はやがて、『英雄』から『独裁者』となる。
だからこそ…ルルーシュは決めたのだ…
『民主主義』を…自分たちの意思で決める『明日』が欲しいから…
だからこそ、世界は戦っていたのだから…
だから…『ゼロ』は決して、会議の場で発言をしない。
『ゼロ・レクイエム』の後…国同士の争いがなかったわけではない。
何も、彼らが話し合う場は、この『国際会議』の場だけではない。
各国、首脳会談をしている。
その中で、国同士の摩擦が少しずつ生じている。
また、戦後にすぐに、それまで共通の『敵』がいたからこそ、抑え込まれていた国同士の摩擦が一気に噴出した国もある。
そんな時…『ゼロ』は、決して、その力を発揮する事はしなかった。
当然、仲裁を求められなかった訳ではない…
寧ろ、大抵の国家間の摩擦には『ゼロ』の介入を求められた。
それでも…決して『ゼロ』は介入しなかった…
見ているだけだった…
もし…あの時…
―――ここで『ゼロ』が介入したら…自らの意思で『明日』を創り上げる事が出来なくなる。何かあったら…『ゼロ』が何とかしてくれるという甘えが…やがて…『ゼロ』を『独裁者』にする事になる…
それは恐らく…ルルーシュの経験…
『黒の騎士団』は『ゼロ』の意思が全てだった…
確かにルルーシュがそう創り上げたのは事実だ。
『黒の騎士団』は…まさに『ゼロ』と云う『独裁者』によって導かれていた。
しかし…『黒の騎士団』のメンバーでその事に気づいていた者が…いなかった…
だからこそ…少しの衝撃で脆くも崩れ去る事となったのだ…
結局、『黒の騎士団』は『ゼロ』を排除した…
自分の頭で考える事もせず…
自分の足で真実を探す事もせず…
自分の目でその事を確認する事もせず…
これは…『黒の騎士団』と云う組織が中途半端な『独裁』であり、中途半端な『民主主義』であったという事だ。
彼の功績は全て…ないものとされて…
彼らはただ…自分の脳裏に映った、自分に課せられた『負』の部分への怒りを…ただぶつけた…
自分の頭で考えない者と云うのは利用するのは簡単だが…
だが、そう云った者に対しての信用は皆無だ。
ルルーシュ自身、あの場でシュナイゼルが出てきたと知った時には、最早、彼らが使い物にならない事くらいは承知していたようだ…
人間とは弱いもので…
自分が『被害者』と云う立場でなければ強い事がいえなくなる。
自分が『加害者』と認める事の出来ない連中が…自分の求めるものの為に『加害者』になっている事を全く自覚する事なく…自分が『加害者』だという事を認める事から逃げた…
だから…シュナイゼルに利用される羽目になった…
そんな事では…近い将来また混乱の世界を創り上げる事になる…
『黒の騎士団』のメンバーとして『正義の味方』の看板を…表に出しながら…そして、自分たちの背負っている『業』を知る事もないままに…
『英雄』や『正義の味方』と云うのは…戦いが終わった時点で表舞台から去るべきだと…ルルーシュは云った…
『ゼロ』も…確かにその通りだと…『世界』の『現実』を見ていると思う。
『黒の騎士団』における幹部の多かった日本と中華連邦の発言力は…確かに大きな影響を及ぼしている事が解る…
本当なら…日本も中華連邦も『黒の騎士団』で要職についていた者たちを代表にするべきではなかったのかもしれない…
どうしても『黒の騎士団』の名前は世界中の人間に影響力を及ぼしてしまう。
『ゼロ』がその場にいても…『ゼロ』がこの場で発言をしないと悟った時…どうしてもその影響が出るようになっていた。
彼らにはそんな自覚がないのかもしれない。
自覚があったとしたら、ただ悪質だとしか言えない。
どこの国も、国の代表として国益を守る為にこの『国際会議』に出席している。
その中で、妥協案を見つけながら話を進めて行く事が必要な筈だ…
それなのに…『ゼロ・レクイエム』から1年も経ってくると、その、小さな積み重ねによって、不満と持つ国も出てきている。
仕方のない事だと解っていても…
そこに『黒の騎士団』と云うネームバリューが絡んでいなければこれはまだ、彼らの手で解決するべき事であると…素直に思えるが…
それでも…『ゼロ・レクイエム』とは…それほど大きなものだったという事なのだから…
―――見ているだけと云うのは…辛いね…。でも…『ゼロ』は…ここで『ゼロ』の力を使ってはいけない…使ったら…『ゼロ』が『独裁者』になってしまう…。『ゼロ』は『英雄』として存在するから…その存在に意味が生まれる…
『国際会議』が一通り終わり…結局、話の解決のないままに…部屋から出て行く…各国の代表たち…
それでも、まだ…彼らは武器を手に取るという事を考えないだけ…まだいいという事か…
しかし…『優しい世界』とは…難しい…
全ての人間にとって『優しい世界』など…あり得ない…
全ての人間が同じ価値観で同じ正義観で…と云う事であれば可能だが…
そんな事は…あり得ない…
それこそ、『独裁』と『洗脳』で…
シャルル=ジ=ブリタニアやシュナイゼル=エル=ブリタニアが考えていた世界でなら…ひょっとしたら可能だったのかもしれないが…
そうなると…それは生きている人間の世界ではない…
ルルーシュが望んだのは…『生きている人間の世界』なのだから…
今の世界はまだ…ルルーシュが望んだ世界に向かう途中…
解っている…
それでも…
焦りを感じるのは…
―――彼なら…どうするのかな…。この会議の様子を見たら…きっと…辛い思いをするんだろうな…
仮面の下で自分たちがが『死ぬ』為に生きていた頃を思い出す…
そして…自分たちは…『死ん』だ…
『生きている人間の世界』で…その意思を表す事が許されなくなった…
本当は…この場にいるべきは…
この場にいて…誰よりも力を発揮して…世界の為に動けるのは…
そう思っていても仕方がない…
これからは…彼ら…『生きている人間』が『世界』を動かして行く事が必要なのだ…
出来る事なら…
―――知らない間に…『ゼロ』の存在が必要なくなればいい…。そう思う…けれど…
これは…『ゼロ』としての気持ちなのか…死んだ『枢木スザク』としての気持ちなのか…
正直、そんな事はどちらでもいい…
見ている事しか出来ないもどかしさ…
しかし…彼は…この事態を見る事も出来ない…
でも、彼は今の『生きている人間の世界』の状況を知っている…
きっと…
彼がこの場にいたのなら…
―――如何していたのだろう…。きっと、彼らの姿を見て…驚愕するのは確かだろうけれど…
『世界』は…『生きている人間』のもの…
だからこそ…『生きている人間』が動かして行くべきなのだ…
『ゼロ』は『英雄』としてのシンボル…
『ルルーシュ皇帝』は『悪』としてのシンボル…
『生きている人間』の記憶には…まだ新しい…
その『生きている人間』たちの記憶の中で『ゼロ』と『ルルーシュ皇帝』の記憶が鮮明なうちに…彼らがどこへ向かって歩いて行くのか…どのように、『世界』を動かして行くのか…
せめて…それが…決まって欲しい…
『世界』全体を見る事のできる人材が…
そう思えてしまう…
これから…それが出来る者が育ってくるのか…現れるのか…
未来の事は解らない…
でも…
今は…ルルーシュの望んだ…『生きている人間』の『世界』なのだろう…
一つ、願いが叶った…
それに伴って問題も生まれてきた…
しかし…だからこそ…『人間』なのかもしれない…
今は…『ゼロ』はそう思う事にした…
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