かつて…トウキョウ租界と呼ばれていたその場所…
今は…日本と云う名前を取り戻した国の首都東京と云う都市になっている。
トウキョウ租界と呼ばれていた頃との違いは…
租界とゲットーと呼ばれる場所の境目がなくなっている。
そして、日本人がどこを歩いても理不尽な理由で逮捕される事もない。
ブリタニア人が作ったものを破壊すると云った行為も…今のところはない…
と云うよりも、今の日本政府にこうして残された施設を全て壊して、作り直せる程の力はない。
現在の日本国の首相は、黒の騎士団で『ゼロ』の死亡発表がなされた後、『黒の騎士団』の総責任者となった扇要だった。
彼は…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアと枢木スザクに対して辛辣な発言が多く、本当なら、ルルーシュ皇帝の遺したインフラなど使いたくない…
そこが本音だろう。
しかし…現在、彼はこの日本の首相であり、代表だ。
責任者と云うのは責任をとる事が仕事である。
だからこそ、権限が大きく、また、それに伴う特権も多いのだ。
その辺りを多少は自覚しているのか…現在、ルルーシュ皇帝の遺したあらゆる施設を日本の政府が接収し、日本政府の重要施設となっている。
これで…ルルーシュ皇帝の残党が日本を攻め込もうと思えば、いくらでも日本の中枢に攻め込んで、人的被害は最小限に、物理的被害は最大限に発揮できる事になる。
施設のコンピュータシステムまで…元々『ゼロ』として存在してただけの事はあり、システム全てが世界でもトップクラスのシステムを施してあった。
ただ…扇にも周辺にいる人間にもルルーシュ皇帝の残党がこのシステムをそのまま使っていても危害を加えない事は…無条件に信じている。
あの、『ゼロ・レクイエム』の後…
ルルーシュの人間性と、生き様を改めて思い知ったからだ。
彼が望んだ事…
そして、その為に彼が執った手段…
彼が、後の世界の事をどこまで気遣っていたかは解らないが…決して、遺された世界がただ、『悪逆皇帝』が消えただけで全てが終わったと思わせない為の…つまり、自分たちの手で世界を創り上げて行くという手段まで残していた。
ただ…どれ程の人間がそれを解っているのかは…解らない…
でも…あれからもうすぐ…1年…
未だに深い傷が開いたままの世界…
それでも、少しずつ…少しずつ…前に進んでいる…
少なくとも…後戻りしようとしているものは…いないように思われる…
ルルーシュ皇帝がブリタニアの皇族、貴族の特権を全て剥奪していた事もあり、一時的にその特権を取り戻そうとしようと動こうとした者たちがいたが…
それでも、疲弊している世界の中…当然のことながら、彼らに協力できる余裕のある者もおらず…自然消滅的に消えて行った…
かつて…シンジュクゲットーだった場所は…
ルルーシュ皇帝の直轄領だった頃に完全にインフラ整備がされており、新しいビルや公園が作られている。
他の地域も、ルルーシュ皇帝が施したインフラ整備が生きており…
それを利用して、日本は少しずつ復興への道を歩んでいる。
ルルーシュ皇帝が『ゼロ』に倒された通りに沿った場所は…一部ビルを撤去して狭い公園が作られた。
そこには…ルルーシュ皇帝が『ゼロ』に倒されたという記念碑が建てられた。
そこに込められている言葉の意味は…
見る人によってそれぞれ違う…
それは…全ての人が、違う価値観を持ち、違う正義を持ち、違う考えを持つ…と云う事…
そう云った人々が、うまく調和して進んで行くのが…『民主主義』…
しかし…『民主主義』の言葉の裏には、自分自身を否定されない代わりに、自分自身に全ての責任を負うと云う事だ…
『独裁』であるなら…全てをその『独裁者』のいいなりになる代わりに、全ての責任はその『独裁者』にある事になる。
世の中が乱れれば、それは『独裁者』の執政の失敗と云う事…
世の中が貧しくなり、飢える者が増えれば、その『独裁者』の経済活動が誤っていたという事…
『独裁=悪』の構図は…そう考えること自体は簡単だ。
しかし、『民主主義』となった時…特に執政者になった者は…様々な考えや価値観を持つ者が同じ国の中に存在する。
それは…非常にバランス感覚を要する…難しい舵取りになる事も多い。
それを、争う事のない世界にする事は…執政者と国民に対して、大きなハードルを課しているともいえる。
だからこそ、ルルーシュ皇帝は彼らに自らの世界は自らで創り出すようにあのような形で倒れたのかもしれない…
『ゼロ』の秘密を知ってしまった者たち…特に、その手に執政権を持つ者たちはその事に感づいて、そして…その重さを思い知る。
日本はまだ、狭い国土だから…ずっと…全ての国民が『自分は日本人である』と云う自覚が無意識の内に自分たちの心に植えつけられる。
日本に生まれ、自分が日本人であると云われていた者たちは自分の事を『日本人である』と信じて疑わない…
実は、そんな国家はかなり珍しい…
ブリタニアも…中華連邦も…その広い国土の中には多くの民族が混在して暮らしている。
当然ながら、民族、宗教などが違えば価値観も違うし、信じる神も違う。
民族、宗教によってはトップに存在する『神』同士が仲が悪い場合もある。
そんな中で、高々と『民主主義』を唱えたら…確実に争いの元になる。
『民主主義』とは、あらゆる人々の考え、価値を認めると云うことであり、そして、その認められる代償に後で遺された結果には自分自身が責任を負うと云う事だ…
『民主主義』を手に入れ、そして、国のトップに立った者たちは…段々…その事を思い知る。
夏も終わりに近い…夕暮…
かつて…シンジュクゲットーと呼ばれていた場所にある…ある公園がある。
ルルーシュ皇帝が創った…規模の大きい…そして、その広い敷地の半分が森になっている公園だ。
ここには…ルルーシュ皇帝を倒した『ゼロ』の意思によって、あの時の戦争の犠牲者の名前の刻まれた石碑が建てられている。
『ゼロ』の強い意思によって…そこには…『枢木スザク』と『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の名前も彫られている。
『ゼロ』の秘密を知る者は…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の名前は…まだしも、『枢木スザク』の名前まで刻んでいる事に疑問を持った。
しかし…『ゼロ』が二度と、その仮面を外さないという意志であると…『枢木スザク』の従妹である『皇神楽耶』が告げると…その言葉に納得した…
納得せざるを得なかった…
その石碑には…たくさんの花が、今でも手向けられている。
ただ…
今、ここに…人目を忍んで花束を二つ持ってきた…この人物は…この二人の名前を見つめている…
「『ゼロ』…こうして…何かのトップに立つという事が…これほどまでに…大変な事だったんだな…」
一人…呟きながら、二人の名前の刻まれている場所の前に…二つの花束を置いた。
本来なら…こんなところを見咎められたら…妙な雑誌には何を書かれるか解らない。
それでも…この1年…日本の為に…自分なりに奔走してきたつもりだった…
恐らく、あの『ゼロ』程の功績は残せていないかもしれないが…
失って初めて知る事が…この世にはたくさんある。
「俺には…あんな才覚はない…。カリスマもない…。ディートハルトが云っていた…。俺は…凡庸であるからこそ価値があると…。でも…それは…『ゼロ』…君がいたからだ…。俺は…そんな器じゃ…」
「何弱音はいているんですか…扇さん…」
涙を流しそうになりながら…今の自分の気持ちを吐露している時に…後ろから声をかけられる。
振りかえると…そこには…
「カレン…」
あの戦いの後…学生に戻り…当然ながら、出席日数が足りず…留年して、まだ、学生でいるカレンが…アッシュフォード学園の制服を着て…でも、髪型は『黒の騎士団』の時のまま…
そして…胸には…紅蓮の起動キーが下げられていた…
「やっと…扇さんもここに来る覚悟ができたんですね…」
そう云いながら、カレンは扇が花束を置いた隣に…白と黒のバラの花束を置いた。
まるで…ルルーシュとスザクを表す様な…そんな花束…
「私も…ここに来る決心がついたの…最近ですけれどね…。私…扇さんよりも…彼の事を知っているから…。彼の…素顔も…涙も…知っているから…私は…ここに来るのが…怖かった…」
しゃがんだ状態で、二人の名前が刻まれている場所を見上げて…カレンがそう告げる…
カレンは…アッシュフォード学園で…二人を見ている…
「カレン…カレンから見た…彼らって…どんな感じだったんだ…?」
しゃがんだまま二人の名前を見上げているカレンに、扇はそう尋ねる。
あの時の二人は…まだ、18歳の子供だった。
『ゼロ』として動いていたルルーシュは…普通の高校生だった筈だ…
カレンが学校に行った時に…彼らの姿を見ていたと云うのなら…
「そうですね…多分…扇さんが知っている学生と変わりませんよ…。大人に反抗して、大人にやり方が気に入らなくて…。それでも自分にはそんな力はないと思い知らされて…葛藤して…」
カレンの言葉に…確かに…扇が学校の教師をしていた頃に見てきた生徒たちと殆ど変らない印象のルルーシュの姿をカレンが語る。
「スザクは…元々名誉ブリタニア人で、軍人だったから…滅多に学校出会う事もなかったし…。どちらかと云うと、戦場でランスロットに乗っている彼の印象の方が私は強いですけれどね…」
カレンの声が…少し震えている気がしたが…
それでも…扇は黙ってカレンの言葉を聞いている。
「でも…彼も…本当は普通の学生でした…。複雑な世の中に翻弄された…犠牲者の一人です…二人とも…」
「そうか…」
カレンの言葉に扇は…ただ、そう答える。
あの二人がこの世界から名前を消した。
誰も、ルルーシュの遺体の行方もスザクの遺体の行方も知らない。
スザクの場合、ダモクレスでランスロットの爆発によって命を落としている事になっているが…後に、ルルーシュ皇帝がダモクレスを回収している。
ルルーシュに至っては…あの混乱状態の中…扇たちがヴィレッタたちに救出された時にはその遺体は…既になくなっていたのだ…。
綺麗に…ただ…『ゼロ』に貫かれた時の血痕だけを残して…
その後の混乱状態の中…結局、誰もその部分を追及する事が出来ないまま、今日まで時間が過ぎている。
「あの二人の遺体…一体どうなったんだろうな…」
扇がそんな事を口にした。
一体何を云いたいのか…良く解らないのだが…
「さぁ…スザクの遺体は…何も残らなかったのかもしれませんね…。私…気を失っちゃって…爆発を見る事も叶わなかったんですけれど…ジノが…その爆発を見ていたらしくて…。あの爆発では…まず助からないって…」
秘密に感づいていながら…それでも、本当の事を口にする事が出来ない現実…
「ルルーシュの遺体は…俺たちが解放された時には…既に消えていたし…。きっと…あの、ジェレミア=ゴットバルトなら…知っているかもしれないが…」
二人とも…そんな事を云いながら…
二人の遺体は…決して見つかって欲しくないと思う…。
せめて…自分たちが生きている内は…
遺体が見つかっていないのなら…生きている可能性を…ほんの僅かでも信じる事が出来るから…
「扇さん…今でも…彼を裏切り者だって…思っているんですか…?」
カレンが…ストレートに尋ねて来る。
確かに…あの時は…そう思った…。
『ゼロ』を庇おうとしたカレンにも銃口を向けた。
でも…今は…
「裏切り者だな…。俺たちの事…全く信用していなかったって事だ…。俺自身も、『ゼロ』を信じきる事が出来なかった…。『ゼロ』のやってきた事よりも…ヴィレッタの言葉を信じた…。俺は…死ぬまで彼を裏切り者として見る…。でないと…俺のやってきた事は…」
扇の云っている事は…
何となく解る気がする…
自分で…許さないのだろう…
彼を裏切り者ではないと…思う事を…
それ自体が…甘えとなりうるから…
「でも…死んだ後なら…『ゼロ』に…謝りに行ってもいいよな…?礼を云いに…云ってもいいよな…?」
恐らく…カレンへ向けられている言葉ではない…
この石碑に刻まれている…二人の名前…に対して…
「扇さん…」
カレンが立ち上がって、扇を見た時…
恐らく…現在の立場に押しつぶされそうになっているのだろう…
ナリタの時の…『ゼロ』のように…
あの時…『ゼロ』は…自分のした事に対して…大きな衝撃を受けていたのだろう。
扇も…トップに立ち、決断を迫られる事、そしてその決断の結果を見て…様々な葛藤や後悔が自分の中に生まれてきているのだろう。
これまで、全て、『ゼロ』の決断によって動き、全ての責は『ゼロ』が負っていた…
責任者とは…責任をとる事が役目…
日本の首相となって…イヤと云う程…そんな場面に出くわしてきた。
しんどいと思う…
恐らく…その一言が全てを表せるかのような…そんな状況だろう…
「俺は…今…日本の首相として…何ができているのか…解らない…。俺には…『ゼロ』の様な政治センスもない…カリスマもない…」
扇がそこまで云った時…カレンが扇の頬を思いっきり引っ叩いた。
「!」
「扇さん!あなたが…『ゼロ』を追い出したんでしょう!あの…ヴィレッタ=ヌゥの言葉を信じて、シュナイゼルの言葉を信じて…。自分の行動に対しては自分で責任をとる…それが『民主主義』なんじゃないんですか!自分の力不足とか、ルルーシュのやった事とか…人の所為にしていたら…いつまでも…あなたは…日本を導く事なんてできません!」
カレンが…真っ直ぐに扇を見て…泣きそうになりながら怒鳴りつけて来る。
確かに…カレンの云っている通りだ…
『民主主義』と云うのは権利と義務が二つ一組となっている。
自由と責任とも云うが…
だから…
今、扇自身、『民主主義』の難しさを知る…
「そ…そうだな…。俺が…今、日本の首相…なんだよな…」
今更な言葉を…扇は呟く…
ルルーシュが創ったという…この広い公園…
その中に建てられているこの、石碑…
その石碑を守るように囲んでいる森…
石碑には…その当時の立場も、身分も関係なく…名前が彫られている。
この石碑に彫られた名前は…今、平等だ…。
日本人もブリタニア人も関係ない…
「世界も…この…石碑の名前たちの様になればいいのにな…」
「そうするのは…私たちです…扇さん…」
二人は…夕日と森を背にしているその石碑を見ながら…そう言葉を交わした…
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