おにぎりの中身


 ルルーシュとスザクが、ロイドとセシルのキャメロットと合流して3日目…
ルルーシュ達の話を聞いて…ロイドたちは…事情を理解しようと努力して…何とか理解して…
ただ…納得できていたのかは良く解らない。
それでも、彼らの真剣な目を見ていて…自分たちが彼らの意思と相反する行動をとったとしても…彼らは確実に代わりの人間を連れて来て、彼らの計画を遂行して行く事は目に見えていた。
ロイドもセシルも…
ルルーシュの『ギアス』で自分の意思を捻じ曲げられた人間にやらせるくらいなら…どうせ乗り掛かった船だ…。
自分たちが彼らに力を貸そうと考えた。
彼らの計画で…確実に力を発揮できるのは…多分、自分たちだと云う自負も…特に根拠があった訳ではないが…
確信めいたものが自分たちの心にはあった。
ルルーシュとスザクの言葉に『Yes』の答えを返した時、彼らの表情は…これから、自分たちの存在を否定する為の戦いを始めるとはとても思えない様な表情で…ロイドとセシルにこう一言告げた。
『有難う…』
その言葉は…彼らの表情は確かに何か安心したようにも、そして、必要な力を得たことへの嬉しさがあるが…
それでも…それは…酷く悲しく、寂しく見えた事を…セシルは忘れない。
ここまで世界が狂ってしまった原因には…色々なものがある。
彼らが考える『優しい世界』とやらは…
彼らの存在を消す事だけで生まれて来るものではない事を…セシル自身も、そして、一緒に話を聞いていたロイドも解っていたが…
それでも、彼らの真剣な瞳は『否』の答えを許さないと云った光を帯びていた。
否、『否』の答えを出したら…即刻彼らを監禁してその情報を漏らさない為の画策をしたに違いない…
彼らのやろうとしている事は…
その計画を遂行する者だけが知っていればいい事…
そして、彼らしかその真意を知らないから意味をなす事…
彼らは…ロイドもセシルも殺す気はない…
それは…彼らの云う、『ゼロ・レクイエム』の後に…必要なコマとなる存在だから…
彼らはこれから…世界を壊す為の画策に入る。
自分たちの心を殺し、被りたくもない仮面を被り、自分の意思を捻じ曲げ、その行動自体が自分たちの犯した『罪』に対する『罰』として…彼らは…
本当は…そんな事を考える様な年齢ではない筈…
本当なら…まだ遊んだり、普通の少年として悩んだりする筈の年齢であると云うのに…
ここに…大人たちの作り上げた、狂った世界を壊し、その先に新しい『優しい世界』を創る為の礎になろうとしてもがく少年たちがいる…

 あんな子供にそんな荷を背負わせて本当にいいのだろうか…
そう考えては見るものの…ルルーシュには『絶対遵守』の『ギアス』と云う能力を持つらしい。
自分たちの目の前でその能力と使って見せているから…その事実は疑いようもない。
だから…自分たちがやらないと云ったところで…自分の意思を持たない動く人形がルルーシュ達のほう助をする事になるだけだ。
それくらいなら…と、彼らへの協力をする事にした訳なのだが…
しかし…近くで彼らの働きを見ていると…
本当に…
これ以上ない程に忙しい毎日を送っている。
彼らがこの世界から名前を消す事によって生じて来る…様々な可能性を模索し、自分たちが名前を消した後の事にまで彼らは心を配っている。
確かに…古今東西、クーデターにしろ、革命にしろ、起きた直後の混乱は…下手をするとその戦っている時よりも激しいものになる事もある。
市民を巻き込んだ混乱状態…政府、行政がマヒ状態になり、無法地帯と化す時間も出来てしまう。
クーデターや革命が起きる前の権力者を支持していた者たちによる新政権への抵抗運動も起きて来るし、政府、行政がマヒ状態であれば、市民生活にも支障をきたすし、公共の施設は勿論、病院、警察、学校、役所…それらがマヒしていると云う事は市民生活がマヒする事になる。
また、交通機関に関しても中央がその様な状態では、まともに動く筈もない。
その為の対策を二人が…寝る時間を削って…対策を考えている。
しかも…これ以上、他に何があるのだと…尋ねてしまいそうなほど…綿密に…また、中々気づきにくい可能性までも考慮している。
夜遅くまで…執務室の電気が点いているのを見て…
セシルは…何か、自分にもできる事はないかと…考える。
それほど…二人は一生懸命な姿を見せている。
彼らのその一生懸命な…ひたむきな姿の向こう側を知る者としては…ただ…痛々しく見えるが…
それでも、彼らの決意が変わらない事を知っている。
今日も…もうすぐ、日付が変わりそうな時間になっているのに…
皇帝の執務室には…電気が点いている…
他の部屋どころか…廊下さえも灯りが落とされていると云うのに…
その…扉の隙間から漏れだしている光を見て…
セシルはある事を思いつく…
自分にもできる事があったと気が付いた…
―――そうだわ…。何か…差し入れをしましょう… そう思った時…少しだけ…嬉しくなった事に気づかぬ振りをして、踵を返した。

 セシルが向かったのは…厨房…
そして…冷凍庫の中に…いくつか、残ったご飯をラップに包んで冷凍してある物を見つけた…
「あった…。陛下も、スザク君も…日本の食べ物が好きだから…きっと喜んでくれるわね…」
そう呟きながら、冷凍庫に入っていた冷凍ご飯を全て電子レンジにかけて解凍する。
そして…冷蔵庫の中にある、セシルが買い集めたジャムの瓶を取り出した。
解凍して、ご飯をボウルに移し、海苔を準備する。
出来あがったおにぎりを乗せる為の大きめの皿を戸棚から取り出す。
かつては…ブリタニア軍の特派で良く作っていた…
懐かしいと思う…
戦争のさなかでありながら…
あの時…特派の中では…少なからず、笑い声が上がっていた…
いつの頃からだろうか…
恐らく…ユーフェミアが…『ゼロ』…否…ルルーシュに撃たれた後…
ルルーシュは…その『罪』を抱えたまま…そして…今もなお、その『罪』を忘れていない…
償う為に…彼女の『虐殺皇女』の名前を…人々の記憶から少しでも消し去る為に…
ただ…その為だけに生きている。
そして…スザクは…守るべきものを守れず、その守れなかった『罪』から目をそらして…ただ…目に見えるものだけを真実と信じ…その事に気づいた時には…
スザクも…ルルーシュの大切な者を…殺めていた…
確かに…ルルーシュの『ギアス』があったとはいえ…
二人は…互いに同じ『罪』を持つ者として…共にいて…
そして…互いに最大の『罰』を与える為に今…存在している。
たった…18歳の少年たちが…
自らに与える『罰』の為に生きる…
そんな事をしなくてはならない…
あそこまで…世界の事を考えられる少年たちが…
こんな形で生き…消えて行く事に…
しかも…彼らを止める事も出来ず、手を貸しているなんて…
そう思うと…涙が出てきそうになる…
元々は…こんな世界を創り上げてしまった…大人たちの責任なのに…
その罪を…彼らが一身に背負おうとしている。
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…後にロイドから聞いた事だが…彼の母親は…
そう考えた時…ルルーシュも…スザクも…複雑な事情を持っている事を思い知る。
止められないのなら…せめて…彼らが望む事を…目指している場所へ進む為の手助けをしたい…
今は、半ば無理やりだが…
そう思いこんでいる。
そして…今は…あんなに根を詰めて自分たちの目指す者に全てを注いでいる彼らに栄養をつけて貰おうと…そう考えて…
特派にいた頃にも良く作っていた…おにぎりを作る事にした。
手を濡らして…ご飯を手にしようとした時…
「あ…セシルか…」

 厨房に入ってきたのは…ルルーシュだった。
時計の針は既に午後11時30分を回っていた。
「あら…陛下…。陛下が何故こんなところに?」
意外な人間のお出ましだと思うが…
ただ…ルルーシュがアッシュフォード家に匿われていた頃には、ルルーシュが食事の準備をしていたと、スザクから聞いた事があった。
だから…きっと、小腹が空いて何か食べ物を取りに来たのだろうと思う…
「あ、少し休憩しようと思ってな…。あいにく、執務室の紅茶の茶葉が切れてしまっていたから…取りに来たのだが…」
そう云いながら、調理台に並んでいる、セシルが準備していたおにぎりの材料を見てルルーシュが目を丸くする。
「セシル…これはいったい何を作るつもりだったんだ?」
ジャム以外はおにぎりの材料だと解るのだが…
しかし…そこにジャムが鎮座している時点で…ルルーシュが目を丸くするのは当然だ。
「あ、陛下たちの差し入れに…おにぎりを…と思いまして…。陛下も…日本での暮らしが長くて…日本の食べ物がお好きだと伺っていたので…」
セシルがそう答えると…ルルーシュが複雑そうな表情をする。
そのルルーシュの複雑な表情の真意が解らず…セシルも不思議そうな顔をする。
「あの…何か…?」
セシル自身、これまで、おにぎりにジャムを入れていても何の不思議にも思わず、何も違和感を覚える事もなく作ってきたので…
ルルーシュのその表情の意図が解らなくて当然だ…
「おにぎり…。ではなぜ、そこにジャムの瓶がいくつも鎮座しているのだ?」
ルルーシュは…『おにぎり』と云う食べ物を知る者であれば、誰もが抱く疑問を口にする。
これまで、スザクが特派にいて、スザクは日本人で…『おにぎり』と云う食べ物をよく知っている筈だから…
ルルーシュが『おにぎり』と云う食べ物を知ったのも、枢木家に預けられている時だから…スザクが『おにぎり』を知らない筈がない…
一番考えやすいのは…再会してからのスザクの様子だと…相当我慢して彼女の『おにぎり』を食べていたのだろうと…そう考えてしまう。
ルルーシュの質問の答えは…恐らく、ルルーシュにも良く解っていると思われるが…
セシルは悪びれる事も、不思議に思う事もなくあっさり答えた。
「『おにぎり』の具にしようと思いまして…」
セシルの言葉に…ルルーシュ自身、その場に脱力して膝をつかなかった事を自分で自分を褒めてやりたい気分になった。
安っぽいコントでも、ネタにならないような話だ…
―――スザク…お前も日本人なら…外国人の日本に対する誤解は解いておくべきだ…

 ルルーシュはセシルの言葉にはぁ…と息を吐いて、ジャムの瓶を全て冷蔵庫へと運び、代わりに中から、日本食用の材料としている、佃煮や梅干しを出してきた。
「セシル…米の飯にそう云ったジャムを入れる事は基本的にはない。変わった食べ方を好む奴はそれに当てはまらないかもしれないが…一般的には甘いものより、こうした塩気の多いものを『おにぎり』の具にする事が多い。そして、塩を…出来れば海水塩を…『おにぎり』の周囲にまぶしてやるといい…」
そう云いながら、ルルーシュが自分の手を濡らし、セシルが準備した解凍したご飯を手に取り、『おにぎり』を作り始めた。
そして、綺麗な三角形に握り、海苔を巻いてやる。
「良かったら…食べてみるか?」
そう云って、今握ったばかりに『おにぎり』をセシルに差し出した。
その『おにぎり』を受け取り、一口頬張ってみる。
「あ…美味しい…」
思わずその一言が零れた。
その言葉を聞いて、ルルーシュが優しい笑みを浮かべた。
「それは良かった…。この計画の後…もし、機会があるようなら…スザクに作ってやってくれ…。あいつは…日本人だ…。『ゼロ』となっても…スザクの中身そのものが変わる訳じゃないんだ…」
手を洗いながらその言葉を口にするルルーシュを見て…切なくなる。
「陛下…」
セシルが何かを云いたそうにルルーシュを呼ぶが…ルルーシュはそんなセシルの声をスルーする。
「まだ、やらなくてはならない事が残っているんだ…。紅茶の茶葉を取りに来ただけだからな…。もし、差し入れを作ってくれるなら…『ジャムのおにぎり』ではなく、佃煮や梅干しのおにぎりがいい…。スザクは、塩鮭のおにぎりが好きだ…」
その一言を置いて…ルルーシュは紅茶の茶葉を持ち、厨房を後にした…
セシルの手にはまだ…ルルーシュの握った…まだぬくもりのある『おにぎり』が残っている。
確かに…これまでセシルが作ってきた『おにぎり』の作り方は間違っていたのかもしれないが…
ルルーシュの作り方が正しいのかもしれないが…
それでも…この『おにぎり』の美味しさは…それだけじゃないような気がしていた。
「陛下…」
セシルは…手に残っている…そのおにぎりを頬張りながら…何故か…涙が止まらなくなった…
おにぎりには塩が付いていて…塩気の強い具が入っていて…ちょうど美味しい塩加減だったのに…その涙の所為で…酷くしょっぱいおにぎりにしてしまっていた…



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